考えてる
お久しぶりです、
今岡だって、考えています、
考査初日を終えた今岡育と上浦俊一は、帰る準備をしていた。
「今岡、鳥塚は?」
「まだトイレじゃないか?」
と今岡は答える。
鳥塚 肇はかれこれ十分前、今岡に「一緒に帰りたいから絶対待っててな! トイレ行ってくる」と言って教室を出ていったのだが、まだ戻ってきていなかった。
「デカイ方かね」
「……上浦下品」
「だってさ、そう思っちゃうでしょ、仕方ない」
と上浦は一人頷く。
今岡は「他にもあるだろ」と、苦笑いで黒のメタルフレームの眼鏡を押し上げた。
「体調が悪くなったとか──」
「それなら大変だ。じゃあ今岡、ちょっと様子見てきてよ」
と上浦が良いことを思い付いたというように手を叩く。
「はあ?」
「だって先に心配したの今岡じゃん。ほら、“彼氏”が倒れてたら大変だ!」
「誰が誰の“彼氏”だ?!」
と今岡は吼えるが、とりあえず心配していないわけではないので、渋々ドアに向かった。
「……見てくる」
「おー。行ってらっしゃい」
笑って手を振る上浦を少し睨んでから、今岡は教室を出る。
「……ったく、どんだけ時間掛けてんだよ──」
廊下を真っ直ぐ行き、突き当たりを曲がると、ちょうど鳥塚がこちらに背を向けて立っていた。
鳥塚の前には、よく鳥塚にアピールしている人たちの中の一人がいた。
今岡は立ち止まって、静かに角から顔を出して様子を窺う。
「……私じゃダメなの?」
「うん、ごめん。もう告白したんだ──」
ドキリと今岡は角に隠れて焦りだす。
今岡は鳥塚に告白された。だが、まだ返事をしていない──。
そして今の状況で、鳥塚が告白されているのだと今岡は理解した。
「今、返事待ち中で──。だから、糸井さんの気持ちには答えられない」
「それって……同じクラスの人?」
ドクン、と今岡の心臓が跳ねる。
一瞬の静寂の後、鳥塚の返事が聞こえた。
「──うん」
「やっぱり。鳥塚くんいつもちらちら違うところ見てるもんね、私たちが話しかけててもさ」
「え? そう?」
今岡は二人の会話を聞きながら、そうだったのか……と見られていたことに気づいていない自分に驚いた。
「うん、そうだよ。鳥塚くんの目には、私たちなんか映ってない、皆とっくに気づいてる。それでも、好きだから──私は諦めない」
「…………」
「その人より、私と居た方が良いって、絶対思わせてみせるから──」
真剣な糸井の声に、今岡はまた苦しくなる。
真剣にぶつかっている糸井に対して、今岡はまだ逃げている。待つと言った鳥塚に甘えて──。
「今岡──?」
ビクッと今岡は驚いて顔を横に向けると、鳥塚が来ていた。
もう話は終わったらしく、糸井はいない。
「あ。もしかして、聞いてた……?」
「え、ぁ……いや、今来た──てかトイレいつまで入ってんだよ」
今岡は知らないふりをして言葉を返す。
今ここで「聞いていた」なんて言ったら、気まずくなってしまう気がしたから。
「そ、そんな入ってないから! ちょっと呼び止められて……」
と鳥塚は苦笑いする。
「……わかったわかった、上浦待ってるから、早く戻ろう」
と今岡は歩き出す。
鳥塚も今岡の横に追い付いて、並んで歩く。
「ぁ。今岡」
「ん?」
「ちょっと止まって、こっち向いて」
今岡は立ち止まり、言われた通りに鳥塚の方を向いた。
鳥塚はじっと今岡を見つめて、それから笑った。
「何……?」
「何でもない」
と鳥塚は満足げに歩き出す。
今岡は不思議に思いながら、鳥塚の後を追った。
教室に戻ると、上浦はいなかった。
「どこ行ったんだ?」
「あ──」
と鳥塚がスマホを見て、今岡に言う。
「遅い。先帰る。二人で帰れよ、だって」
「アイツ……」
「様子見てきてって言ったくせに」と今岡は少しイラつきながら、リュックを手にした。
「……様子見に来てたの?」
「え? ……あぁ、まぁ──トイレから戻ってくんの遅いから、上浦が大の方かねって言うから、もしかしたら体調悪くしたとか? って言ったら、じゃあ様子見てきてよって」
「だから行ったのに、先に帰るってなんだよ」と今岡はぶつぶつと不満を口にする。
「今岡、ありがとう」
「……え?」
今岡は鳥塚にお礼を言われた意味がわからず、思わず首を傾げた。
鳥塚は「だって」と嬉しそうに笑う。
「俺を心配してくれたんでしょ? 今岡」
「し、心配って言ったって、そんな事故にあったとか、そんな大げさなことじゃないし……」
と今岡が反応に困っていると、鳥塚はやっぱり嬉しそうに笑って言った。
「いいんだ、今岡が俺のこと心配してくれたってことが嬉しい」
「……そうですか、単純だな」
今岡は少し恥ずかしくなって、くいっと眼鏡を押し上げる。
「今岡」
「ん……?」
「好き」
ドキッと心臓が反応しつつも、今岡は平然を装って言った。
「っ、よく言えるな」
「え? まぁ……、でも、今岡だから──」
鳥塚は少し照れ笑いで続ける。
「今岡だから、毎日言えるんだ。てか毎日言いたい。今岡に、少しでも伝わるなら」
「つ、たわってるよ……」
鳥塚の言葉を聞いてから、今岡は少し顔を伏せて言葉を紡ぐ。
「気持ち、……伝わってるから」
「今岡……」
「ちゃんと伝わってるから、鳥塚の気持ち──でも、俺が、逃げてるんだ……。だから、その……」
どぎまぎする今岡を見て、鳥塚は急かす訳でもなく、静かに次の言葉を待った。
「俺の気持ちが整理できるまで、あと、ちゃんと鳥塚のこと知ってから、返事したいんだ。待たせてるのはわかってる、わかってるんだけど……鳥塚が、何が好きで何が嫌いだとか、趣味とか特技、あと、えっと、とにかく色々、ちゃんと知りたい──」
今岡が鳥塚を見ると、鳥塚は「うん」と頷いて笑う。
「いいよ、どんどん質問して」
「じゃ、じゃあ……趣味は?」
「趣味? 色々」
「特技は?」
「特にこれっていうのはない」
「……今の二つでもう、質問する意欲が削られたんだけど」
と今岡が苦い顔をすると、鳥塚は「あ!」と思い付いたように手を叩いた。
「一つだけ、確かなことならある」
「へえ。何?」
鳥塚は笑顔になって言う。
「今岡が好きなこと」
「……っ……いい、もういい。帰る……!」
ちゃんと聞こうとした自分がバカだった、と今岡は少し顔を赤くしながら歩き出す。
「ちょ、今岡! 待って待って、今のは冗談だから! いや、冗談じゃないけど!」
鳥塚はどんどん歩いていく今岡を追いながら、ちゃんと考えてくれてたんだ、と嬉しく思うのだった──
今岡「待たせすぎだよな……」