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恋の路  作者: 本谷文途
9/23

考えてる

お久しぶりです、

今岡だって、考えています、

 考査初日を終えた今岡(いまおか)(いく)上浦(かみうら)俊一(しゅんいち)は、帰る準備をしていた。


「今岡、鳥塚(とりつか)は?」

「まだトイレじゃないか?」


 と今岡は答える。

 鳥塚 (はじめ)はかれこれ十分前、今岡に「一緒に帰りたいから絶対待っててな! トイレ行ってくる」と言って教室を出ていったのだが、まだ戻ってきていなかった。


「デカイ方かね」

「……上浦下品」

「だってさ、そう思っちゃうでしょ、仕方ない」


 と上浦は一人頷く。

 今岡は「他にもあるだろ」と、苦笑いで黒のメタルフレームの眼鏡を押し上げた。


「体調が悪くなったとか──」

「それなら大変だ。じゃあ今岡、ちょっと様子見てきてよ」


 と上浦が良いことを思い付いたというように手を叩く。


「はあ?」

「だって先に心配したの今岡じゃん。ほら、“彼氏”が倒れてたら大変だ!」

「誰が誰の“彼氏”だ?!」


 と今岡は吼えるが、とりあえず心配していないわけではないので、渋々ドアに向かった。


「……見てくる」

「おー。行ってらっしゃい」


 笑って手を振る上浦を少し睨んでから、今岡は教室を出る。


「……ったく、どんだけ時間掛けてんだよ──」


 廊下を真っ直ぐ行き、突き当たりを曲がると、ちょうど鳥塚がこちらに背を向けて立っていた。

 鳥塚の前には、よく鳥塚にアピールしている人たちの中の一人がいた。

 今岡は立ち止まって、静かに角から顔を出して様子を(うかが)う。


「……私じゃダメなの?」

「うん、ごめん。もう告白したんだ──」


 ドキリと今岡は角に隠れて焦りだす。

 今岡は鳥塚に告白された。だが、まだ返事をしていない──。

 そして今の状況で、鳥塚が告白されているのだと今岡は理解した。


「今、返事待ち中で──。だから、糸井(いとい)さんの気持ちには答えられない」

「それって……同じクラスの人?」


 ドクン、と今岡の心臓が跳ねる。

 一瞬の静寂の後、鳥塚の返事が聞こえた。


「──うん」

「やっぱり。鳥塚くんいつもちらちら違うところ見てるもんね、私たちが話しかけててもさ」

「え? そう?」


 今岡は二人の会話を聞きながら、そうだったのか……と見られていたことに気づいていない自分に驚いた。


「うん、そうだよ。鳥塚くんの目には、私たちなんか映ってない、皆とっくに気づいてる。それでも、好きだから──私は諦めない」

「…………」

「その人より、私と居た方が良いって、絶対思わせてみせるから──」


 真剣な糸井の声に、今岡はまた苦しくなる。

 真剣にぶつかっている糸井に対して、今岡はまだ逃げている。待つと言った鳥塚に甘えて──。


「今岡──?」


 ビクッと今岡は驚いて顔を横に向けると、鳥塚が来ていた。

 もう話は終わったらしく、糸井はいない。


「あ。もしかして、聞いてた……?」

「え、ぁ……いや、今来た──てかトイレいつまで入ってんだよ」


 今岡は知らないふりをして言葉を返す。

 今ここで「聞いていた」なんて言ったら、気まずくなってしまう気がしたから。


「そ、そんな入ってないから! ちょっと呼び止められて……」


 と鳥塚は苦笑いする。


「……わかったわかった、上浦待ってるから、早く戻ろう」


 と今岡は歩き出す。

 鳥塚も今岡の横に追い付いて、並んで歩く。


「ぁ。今岡」

「ん?」

「ちょっと止まって、こっち向いて」


 今岡は立ち止まり、言われた通りに鳥塚の方を向いた。

 鳥塚はじっと今岡を見つめて、それから笑った。


「何……?」

「何でもない」


 と鳥塚は満足げに歩き出す。

 今岡は不思議に思いながら、鳥塚の後を追った。



 教室に戻ると、上浦はいなかった。


「どこ行ったんだ?」

「あ──」


 と鳥塚がスマホを見て、今岡に言う。


「遅い。先帰る。二人で帰れよ、だって」

「アイツ……」


 「様子見てきてって言ったくせに」と今岡は少しイラつきながら、リュックを手にした。


「……様子見に来てたの?」

「え? ……あぁ、まぁ──トイレから戻ってくんの遅いから、上浦が大の方かねって言うから、もしかしたら体調悪くしたとか? って言ったら、じゃあ様子見てきてよって」


 「だから行ったのに、先に帰るってなんだよ」と今岡はぶつぶつと不満を口にする。


「今岡、ありがとう」

「……え?」


 今岡は鳥塚にお礼を言われた意味がわからず、思わず首を傾げた。

 鳥塚は「だって」と嬉しそうに笑う。


「俺を心配してくれたんでしょ? 今岡」

「し、心配って言ったって、そんな事故にあったとか、そんな大げさなことじゃないし……」


 と今岡が反応に困っていると、鳥塚はやっぱり嬉しそうに笑って言った。


「いいんだ、今岡が俺のこと心配してくれたってことが嬉しい」

「……そうですか、単純だな」


 今岡は少し恥ずかしくなって、くいっと眼鏡を押し上げる。


「今岡」

「ん……?」

「好き」


 ドキッと心臓が反応しつつも、今岡は平然を装って言った。


「っ、よく言えるな」

「え? まぁ……、でも、今岡だから──」


 鳥塚は少し照れ笑いで続ける。


「今岡だから、毎日言えるんだ。てか毎日言いたい。今岡に、少しでも伝わるなら」

「つ、たわってるよ……」


 鳥塚の言葉を聞いてから、今岡は少し顔を伏せて言葉を紡ぐ。


「気持ち、……伝わってるから」

「今岡……」

「ちゃんと伝わってるから、鳥塚の気持ち──でも、俺が、逃げてるんだ……。だから、その……」


 どぎまぎする今岡を見て、鳥塚は急かす訳でもなく、静かに次の言葉を待った。


「俺の気持ちが整理できるまで、あと、ちゃんと鳥塚のこと知ってから、返事したいんだ。待たせてるのはわかってる、わかってるんだけど……鳥塚が、何が好きで何が嫌いだとか、趣味とか特技、あと、えっと、とにかく色々、ちゃんと知りたい──」


 今岡が鳥塚を見ると、鳥塚は「うん」と頷いて笑う。


「いいよ、どんどん質問して」

「じゃ、じゃあ……趣味は?」

「趣味? 色々」

「特技は?」

「特にこれっていうのはない」

「……今の二つでもう、質問する意欲が削られたんだけど」


 と今岡が苦い顔をすると、鳥塚は「あ!」と思い付いたように手を叩いた。


「一つだけ、確かなことならある」

「へえ。何?」


 鳥塚は笑顔になって言う。


「今岡が好きなこと」

「……っ……いい、もういい。帰る……!」


 ちゃんと聞こうとした自分がバカだった、と今岡は少し顔を赤くしながら歩き出す。


「ちょ、今岡! 待って待って、今のは冗談だから! いや、冗談じゃないけど!」


 鳥塚はどんどん歩いていく今岡を追いながら、ちゃんと考えてくれてたんだ、と嬉しく思うのだった──





今岡「待たせすぎだよな……」

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