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恋の路  作者: 本谷文途
8/23

獣とイケメン

お久しぶりです、

獣とイケメンが、対面──

 高校二年になって、初の考査を三日後に控えたある日。

 上浦(かみうら)俊一(しゅんいち)鳥塚(とりつか)(はじめ)に訊かれていた。


「上浦はさ、今岡(いまおか)の家とか部屋に入ったことある?」

「うん、たまに行ったりはしてるけど?」


 上浦の返事を聞いて、鳥塚は「マジか」と目を見張る。

 前に鳥塚が今岡 (いく)に家に行くというようなことを言ったら、きっぱりと断られたし、この先も来るなと言われたので、上浦が行ったことがあることに鳥塚は少しショックを受けた。


「ち、ちなみに、最近は……?」

「最近? うーん、一週間位前かな。マンガ借りに」

「……マジか──」


 上浦の言葉に、鳥塚はさらにショックを受ける。


「俺だけ行っちゃいけない感じ……?」

「なに? 今岡の家行きたいの?」


 しゅんとした鳥塚に、上浦は帰りの支度をしながら訊いた。

 鳥塚も帰る支度を済ませてから「うん」と頷いて上浦を見る。

 上浦は「じゃあ」とリュックを背負い、にこりと笑って言った。


「一緒に行こう。今日は今岡の部屋で勉強する予定だから」

「マジで?! 行きます!」


 鳥塚はわくわくとした顔で頷いて、リュックを肩に掛ける。

 そして二人は、教室を後にした。


            *


「……緊張するな──」


 今岡の家の前で、鳥塚は一人深呼吸を繰り返す。

 本来なら一緒にいるはずだった上浦は、お菓子買ってくるから先入ってて、と鳥塚を今岡の家の前まで案内して、そのまま買いに行ってしまった。


「……よし」


 鳥塚は心を落ち着かせてから、インターホンに指を伸ばす。押してから、少し髪を整えた。


『はい──鳥塚?』


 インターホンから今岡の驚いた声が聞こえてきて、鳥塚は事情を説明する。


「あ、今岡? えっと、今上浦お菓子買いに行ってて、後で来るって。で、俺も今日一緒に勉強していいことになって、来ちゃった」

『……今行く──』


 少しの間が空いてから、今岡の短い返事があって、それから数十秒後に玄関が開かれた。

 ドアから現れた今岡は部屋着になっていて、上は黒に青で何かのキャラクターの影が印刷されたTシャツに、下は灰色のスウェットを穿いていた。

 鳥塚はオフの今岡を見て、ぼーっとする。


「……どうした?」

「え……、あ、いや、何でもない──」


 と鳥塚は両手を振って笑う。

 普段見れない部屋着姿を見れたので、思わず見いってしまった。


「そうか。まぁ、じゃあ……どうぞ」


 と今岡は中に入るよう鳥塚を促す。

 鳥塚は「お邪魔します……」と家に上がった。


「……まぁ、適当に座って。飲み物持ってくる──」

「お、おお」


 部屋を出ていった今岡を見送り、改めて通された二階にある今岡の部屋の中を見渡す。

 部屋はきれいに整頓されていて、無駄な物がないようだった。


「ちゃんとしてんだなー、今岡」


 ふと目に入った本棚は、上二段に学校関連の物が並べられており、その他はマンガやライトノベルが占めている。


「すげー、上浦とはまた違った本がいっぱいだ」


 ちょっとだけと、鳥塚は本棚から一冊手にとってペラペラと(めく)って見る。


「……ぷっ、面白いな、これ。題名は……『異世界でハーレムを!』か──へえ」


 近くにあった机から椅子を出し、ちゃっかりそこに座って読みはじめる。

 すると、今岡がお盆にジュースとコップを乗せて戻ってきた。


「ははは──あ、ごめん、読んでた」


 反射的に本を閉じようとした鳥塚に、今岡はパッと目を輝かせて、お盆を机に置いてから訊く。


「どう? それ」


 今岡の目が輝きを帯びたのがわかって、少し驚きながらも鳥塚は答えた。


「え? あぁ、うん。面白い」

「だろ?! 鳥塚は誰が良いと思う?  俺は清純派のシズクなんだけど」

「あ、俺も! まだ序盤なんだけど、シズクがいいなぁって」

「やっぱり? だよな! うわー、嬉しい。上浦はミハヤだし、あんまシズクが好きな奴いないんだよ、いやぁ、これは嬉しいわ──」


 と今岡は嬉しそうに笑って、黒の四角いメタルフレーム眼鏡を押し上げる。

 鳥塚は初めて今岡の笑った顔を見られて、嬉しくなった。


「今岡」

「ん?」


 鳥塚は椅子から立ち上がると、今岡の腕を掴んで引き寄せる。


「え?」

「今岡、大好き──」


 きょとんとする今岡をぎゅっと抱きしめて、鳥塚は今岡の肩に頭を乗せて言った。

 今岡は急に抱きしめられ、それも好きだと言われ、ドキドキし始める。


「と、鳥塚っ、離れろよ……!」

「無理。てか──今岡ドキドキしてるじゃん」

「し、てない! してるわけっ!」

「嘘だ」


 と笑って、鳥塚はもっと密着する。

 今岡は止めることのできないドキドキに焦った。


「っ、鳥塚! マジで離れろって!」

「あとちょっとだけ、上浦が来るまで……」


 ──ガチャリ


「「……え?」」


 二人が音のした方を見ると、そこにはビニール袋を手にした上浦と、なぜか今岡の姉、ゆみがいた。


「なんだ育、彼氏いたんじゃない」

「お楽しみの最中だった?」


 ゆみと上浦に言われ、今岡は鳥塚から離れて赤面したまま否定する。


「違うっ! てか! 何で姉ちゃんがいるんだ!」

「ええ? 今日は早めに大学終わって、サークルに行くはずだったんだけど、今日は急遽なくなったから……」


 帰ってくる途中に上浦くんと会って、一緒に来たんだけど……とゆみは言って、鳥塚を頭の先から爪先までじっくり観察する。

 鳥塚は照れたように笑って言った。


「今岡のお姉さんですか? はじめまして、鳥塚肇です。えっと、今岡とは仲良くさせてもらってて……」

「うん。合格──」


 とゆみは頷いて、グッと親指を立てて見せる。


「合格……?」

「そう、合格──ここに来るまで、上浦くんから話は聞かせてもらったから。育が好きなんでしょ? 大歓迎よ、こんなイケメンに育が愛されてるなら、私は幸せ……。あ、遅くなったけど、育の姉のゆみです。これからも、育とイチャイチャ……、じゃなくて、仲良くしてね」

「はい! お姉さん!」

「待て待て待て待て?!」


 と鳥塚とゆみのやりとりを見ていた今岡は、おかしいというように間に割って入った。


「色々言いたいけど! とりあえず鳥塚、姉ちゃんをお姉さんって呼ぶな! てか上浦、何でそういうことを姉ちゃんに言った!?」

「いやー、つい口が滑って……」


 「ごめんごめん」と上浦はコツンとおでこを叩いて、舌を出して見せる。


「っ……コイツ!」

「まあまあ、いいじゃない。鳥塚くんが育を好きなのは本当っぽいし、さっきだって……ねえ?」

「はい。俺、今岡のこと好きなんで」


 ゆみに向かって、鳥塚は真剣な顔で言った。

 あまりにも鳥塚が真剣な顔で言うので、今岡は思わずドキッとしてしまう。


「今岡顔赤い」

「あ、赤くない!」


 指摘してきた上浦に吼えて、今岡は顔を(そむ)けた。


「いやあ、育にこんなイケメンな彼氏がいたとは──お姉ちゃん嬉しい」

「彼氏じゃないから! ……だから嫌だったんだ、鳥塚を家にあげるの──姉ちゃんが鳥塚と会ったら、絶対ネタにすると思ったから……!」


 と今岡は顔を両手で(おお)って、後悔する。

 本来ゆみは、今日サークルに顔を出す日で、帰りも遅いはずだった。

 だから鳥塚を家にあげたのだが、失敗だった。

 今岡が後悔していると、鳥塚が気がついたように口を開いた。


「……前に言ってた獣って、ゆみさんだったのか」

「そうだよ……姉ちゃんだよ、萌えに飢えた獣は──俺のことネタにしようとするし、鳥塚だって絶対ネタにされる。筋肉質なお兄さんがどうのこうのって……」


 「上浦は除外されてるらしいけどさ」と今岡は溜め息を吐く。

 すると鳥塚が、嬉しそうに笑って訊いた。


「それって、俺がそういうことを他の奴にされたら嫌ってこと?」

「え?  ……まぁ、そうだな」


 「間違いではないか」と今岡は少し考えてから頷く。

 それを聞いて、ゆみと上浦はニヤニヤした。


「……てことは、育も鳥塚くんのこと好きなのね!」

「両想いかー、なんだよ今岡、鳥塚のこと焦らしてんの?」

「は……?」


 ゆみと上浦に言われて、今岡は首を傾げる。

 それから鳥塚を見て、自分の言った言葉を思いだし、赤くなった。


「っ違う! そういう意味で言ったんじゃない! ただ友だちとして、鳥塚がそういうネタにされるのは嫌だっていうことで、べつに好きじゃ」

「なら嫌い……?」


 鳥塚が少し悲しそうな顔で訊くので、今岡はぐっと言葉を呑み込む。


「嫌いじゃ、ない……」

「じゃあ好き?」


 鳥塚に真っ直ぐ見つめられ、今岡は言葉に詰まる。

 そんな今岡を見て、鳥塚はまだダメか、と思いながら笑った。


「いいよ、俺待ってるし──。前に言ったじゃん、今岡から言ってくれるの待ってるって。だからさ、ちゃんと気持ち固まったら言ってよ」

「ぁ……うん──」


 今岡には鳥塚が無理して笑っているように見えて、ぎゅっと胸を締め付けられるような苦しさを感じた。


「もー、鳥塚くんイケメンすぎ!」


 とゆみが今岡とのやり取りを見て、両手を胸の前で組んでうっとりする。


「これが毎日、学校で繰り広げられてるのね! 上浦くんが羨ましいわー」

「でしょう?」


 と上浦も頷いて微笑む。

 今岡は鳥塚を(うかが)うようにちらりと見た。

 鳥塚は微笑んでゆみと上浦を見ていたが、やはり少し悲しげだった。

 今岡は、また胸が苦しくなるのを感じるのだった──




今岡「……俺は──」

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