獣とイケメン
お久しぶりです、
獣とイケメンが、対面──
高校二年になって、初の考査を三日後に控えたある日。
上浦俊一は鳥塚肇に訊かれていた。
「上浦はさ、今岡の家とか部屋に入ったことある?」
「うん、たまに行ったりはしてるけど?」
上浦の返事を聞いて、鳥塚は「マジか」と目を見張る。
前に鳥塚が今岡 育に家に行くというようなことを言ったら、きっぱりと断られたし、この先も来るなと言われたので、上浦が行ったことがあることに鳥塚は少しショックを受けた。
「ち、ちなみに、最近は……?」
「最近? うーん、一週間位前かな。マンガ借りに」
「……マジか──」
上浦の言葉に、鳥塚はさらにショックを受ける。
「俺だけ行っちゃいけない感じ……?」
「なに? 今岡の家行きたいの?」
しゅんとした鳥塚に、上浦は帰りの支度をしながら訊いた。
鳥塚も帰る支度を済ませてから「うん」と頷いて上浦を見る。
上浦は「じゃあ」とリュックを背負い、にこりと笑って言った。
「一緒に行こう。今日は今岡の部屋で勉強する予定だから」
「マジで?! 行きます!」
鳥塚はわくわくとした顔で頷いて、リュックを肩に掛ける。
そして二人は、教室を後にした。
*
「……緊張するな──」
今岡の家の前で、鳥塚は一人深呼吸を繰り返す。
本来なら一緒にいるはずだった上浦は、お菓子買ってくるから先入ってて、と鳥塚を今岡の家の前まで案内して、そのまま買いに行ってしまった。
「……よし」
鳥塚は心を落ち着かせてから、インターホンに指を伸ばす。押してから、少し髪を整えた。
『はい──鳥塚?』
インターホンから今岡の驚いた声が聞こえてきて、鳥塚は事情を説明する。
「あ、今岡? えっと、今上浦お菓子買いに行ってて、後で来るって。で、俺も今日一緒に勉強していいことになって、来ちゃった」
『……今行く──』
少しの間が空いてから、今岡の短い返事があって、それから数十秒後に玄関が開かれた。
ドアから現れた今岡は部屋着になっていて、上は黒に青で何かのキャラクターの影が印刷されたTシャツに、下は灰色のスウェットを穿いていた。
鳥塚はオフの今岡を見て、ぼーっとする。
「……どうした?」
「え……、あ、いや、何でもない──」
と鳥塚は両手を振って笑う。
普段見れない部屋着姿を見れたので、思わず見いってしまった。
「そうか。まぁ、じゃあ……どうぞ」
と今岡は中に入るよう鳥塚を促す。
鳥塚は「お邪魔します……」と家に上がった。
「……まぁ、適当に座って。飲み物持ってくる──」
「お、おお」
部屋を出ていった今岡を見送り、改めて通された二階にある今岡の部屋の中を見渡す。
部屋はきれいに整頓されていて、無駄な物がないようだった。
「ちゃんとしてんだなー、今岡」
ふと目に入った本棚は、上二段に学校関連の物が並べられており、その他はマンガやライトノベルが占めている。
「すげー、上浦とはまた違った本がいっぱいだ」
ちょっとだけと、鳥塚は本棚から一冊手にとってペラペラと捲って見る。
「……ぷっ、面白いな、これ。題名は……『異世界でハーレムを!』か──へえ」
近くにあった机から椅子を出し、ちゃっかりそこに座って読みはじめる。
すると、今岡がお盆にジュースとコップを乗せて戻ってきた。
「ははは──あ、ごめん、読んでた」
反射的に本を閉じようとした鳥塚に、今岡はパッと目を輝かせて、お盆を机に置いてから訊く。
「どう? それ」
今岡の目が輝きを帯びたのがわかって、少し驚きながらも鳥塚は答えた。
「え? あぁ、うん。面白い」
「だろ?! 鳥塚は誰が良いと思う? 俺は清純派のシズクなんだけど」
「あ、俺も! まだ序盤なんだけど、シズクがいいなぁって」
「やっぱり? だよな! うわー、嬉しい。上浦はミハヤだし、あんまシズクが好きな奴いないんだよ、いやぁ、これは嬉しいわ──」
と今岡は嬉しそうに笑って、黒の四角いメタルフレーム眼鏡を押し上げる。
鳥塚は初めて今岡の笑った顔を見られて、嬉しくなった。
「今岡」
「ん?」
鳥塚は椅子から立ち上がると、今岡の腕を掴んで引き寄せる。
「え?」
「今岡、大好き──」
きょとんとする今岡をぎゅっと抱きしめて、鳥塚は今岡の肩に頭を乗せて言った。
今岡は急に抱きしめられ、それも好きだと言われ、ドキドキし始める。
「と、鳥塚っ、離れろよ……!」
「無理。てか──今岡ドキドキしてるじゃん」
「し、てない! してるわけっ!」
「嘘だ」
と笑って、鳥塚はもっと密着する。
今岡は止めることのできないドキドキに焦った。
「っ、鳥塚! マジで離れろって!」
「あとちょっとだけ、上浦が来るまで……」
──ガチャリ
「「……え?」」
二人が音のした方を見ると、そこにはビニール袋を手にした上浦と、なぜか今岡の姉、ゆみがいた。
「なんだ育、彼氏いたんじゃない」
「お楽しみの最中だった?」
ゆみと上浦に言われ、今岡は鳥塚から離れて赤面したまま否定する。
「違うっ! てか! 何で姉ちゃんがいるんだ!」
「ええ? 今日は早めに大学終わって、サークルに行くはずだったんだけど、今日は急遽なくなったから……」
帰ってくる途中に上浦くんと会って、一緒に来たんだけど……とゆみは言って、鳥塚を頭の先から爪先までじっくり観察する。
鳥塚は照れたように笑って言った。
「今岡のお姉さんですか? はじめまして、鳥塚肇です。えっと、今岡とは仲良くさせてもらってて……」
「うん。合格──」
とゆみは頷いて、グッと親指を立てて見せる。
「合格……?」
「そう、合格──ここに来るまで、上浦くんから話は聞かせてもらったから。育が好きなんでしょ? 大歓迎よ、こんなイケメンに育が愛されてるなら、私は幸せ……。あ、遅くなったけど、育の姉のゆみです。これからも、育とイチャイチャ……、じゃなくて、仲良くしてね」
「はい! お姉さん!」
「待て待て待て待て?!」
と鳥塚とゆみのやりとりを見ていた今岡は、おかしいというように間に割って入った。
「色々言いたいけど! とりあえず鳥塚、姉ちゃんをお姉さんって呼ぶな! てか上浦、何でそういうことを姉ちゃんに言った!?」
「いやー、つい口が滑って……」
「ごめんごめん」と上浦はコツンとおでこを叩いて、舌を出して見せる。
「っ……コイツ!」
「まあまあ、いいじゃない。鳥塚くんが育を好きなのは本当っぽいし、さっきだって……ねえ?」
「はい。俺、今岡のこと好きなんで」
ゆみに向かって、鳥塚は真剣な顔で言った。
あまりにも鳥塚が真剣な顔で言うので、今岡は思わずドキッとしてしまう。
「今岡顔赤い」
「あ、赤くない!」
指摘してきた上浦に吼えて、今岡は顔を背けた。
「いやあ、育にこんなイケメンな彼氏がいたとは──お姉ちゃん嬉しい」
「彼氏じゃないから! ……だから嫌だったんだ、鳥塚を家にあげるの──姉ちゃんが鳥塚と会ったら、絶対ネタにすると思ったから……!」
と今岡は顔を両手で覆って、後悔する。
本来ゆみは、今日サークルに顔を出す日で、帰りも遅いはずだった。
だから鳥塚を家にあげたのだが、失敗だった。
今岡が後悔していると、鳥塚が気がついたように口を開いた。
「……前に言ってた獣って、ゆみさんだったのか」
「そうだよ……姉ちゃんだよ、萌えに飢えた獣は──俺のことネタにしようとするし、鳥塚だって絶対ネタにされる。筋肉質なお兄さんがどうのこうのって……」
「上浦は除外されてるらしいけどさ」と今岡は溜め息を吐く。
すると鳥塚が、嬉しそうに笑って訊いた。
「それって、俺がそういうことを他の奴にされたら嫌ってこと?」
「え? ……まぁ、そうだな」
「間違いではないか」と今岡は少し考えてから頷く。
それを聞いて、ゆみと上浦はニヤニヤした。
「……てことは、育も鳥塚くんのこと好きなのね!」
「両想いかー、なんだよ今岡、鳥塚のこと焦らしてんの?」
「は……?」
ゆみと上浦に言われて、今岡は首を傾げる。
それから鳥塚を見て、自分の言った言葉を思いだし、赤くなった。
「っ違う! そういう意味で言ったんじゃない! ただ友だちとして、鳥塚がそういうネタにされるのは嫌だっていうことで、べつに好きじゃ」
「なら嫌い……?」
鳥塚が少し悲しそうな顔で訊くので、今岡はぐっと言葉を呑み込む。
「嫌いじゃ、ない……」
「じゃあ好き?」
鳥塚に真っ直ぐ見つめられ、今岡は言葉に詰まる。
そんな今岡を見て、鳥塚はまだダメか、と思いながら笑った。
「いいよ、俺待ってるし──。前に言ったじゃん、今岡から言ってくれるの待ってるって。だからさ、ちゃんと気持ち固まったら言ってよ」
「ぁ……うん──」
今岡には鳥塚が無理して笑っているように見えて、ぎゅっと胸を締め付けられるような苦しさを感じた。
「もー、鳥塚くんイケメンすぎ!」
とゆみが今岡とのやり取りを見て、両手を胸の前で組んでうっとりする。
「これが毎日、学校で繰り広げられてるのね! 上浦くんが羨ましいわー」
「でしょう?」
と上浦も頷いて微笑む。
今岡は鳥塚を窺うようにちらりと見た。
鳥塚は微笑んでゆみと上浦を見ていたが、やはり少し悲しげだった。
今岡は、また胸が苦しくなるのを感じるのだった──
今岡「……俺は──」