言葉で
伝えるって大事
休み明け。
特に何も変わりなく、放課後まで過ごした今岡育は、上浦俊一と約束した通り、教室で勉強をしていた。
「今岡、鳥塚からライン来た?」
「え? ……あぁ、来た。なんか挨拶が多い──」
と今岡は小さく息を吐く。
上浦経由で鳥塚 肇とラインを交換したのだが、その日の夜から「こんばんは」や「おやすみ」、「おはよ」など些細な挨拶や会話をするようになった。
「なんか、鳥塚が構ってちゃんな女子な感じがする……」
「はは、何それ。ウケるわー」
と上浦はシャーペンに芯を入れながら笑う。
今岡は「いや、マジで」とシャーペンでノートを叩いて言った。
「ちょっとめんどくさいんだよな」
「なら無視すればいいじゃん」
「いや、それはなんか失礼な気がするし……」
と今岡は頭を押さえる。
そんな今岡に、上浦がわざとらしく教室の前のドアを指差して言った。
「あ、鳥塚だ」
「え?!」
上浦の一言に、今岡はバッとドアに顔を向けるが、誰もいなかった。上浦のいたずらだ。
「あはは、今岡面白いなー。そんな意識してんの?」
「違っ……! うーん……」
否定しかけて、今岡は唸る。
どうも鳥塚にドキドキすることが増えていて、今岡はどうも自分がおかしくなっているのを感じていた。
「俺は、おかしいのか……?」
首をひねって難しい顔をする今岡に向かって、上浦は訊く。
「そういえば今岡、去年の夏男子助けた?」
「へ……? 去年?」
今岡はまた少し考える仕草をしてから、思い出したのか頷いた。
「あぁ……、助けたっていうか、保健室まで連れて行ったな。体操着の男子。確か昼だった──名前も顔も知らない奴だったけど」
「それ、誰だったと思う?」
「誰だったって……知らないし。体操着で名前わかんないだろ、ウチの学校──」
と今岡は体操着を思い出して言う。
体操着は、学年によって襟と袖に入ったラインの色で分けられていて、今年の一年は緑、二年は青、三年は赤だ。
三年が卒業すると、その色が新一年の学年カラーとなる。
今岡たちが入学した時は卒業した代が青だったため、今岡たちの体操着には青のラインが襟と袖に入っている。
名前はイニシャルで、紺の短パンに白く刺繍されているが、わからない。生徒が早く名前を覚えるようにという配慮でそうなっているが、教師がわからない場合もあり、考え直した方がいいのではないかと生徒の間でひそやかに話題になっている──。
「短パンのイニシャル、見なかったの?」
「まあ、見たけど……。『H.T』だったか……」
と今岡は記憶を辿る。
それから上浦が、もうわかるでしょ、というように今岡に言った。
「近くにいるじゃん」
「え? 上浦?」
「違うわ。鳥塚だよ、鳥塚」
上浦に言われて、やっと理解したのか今岡は目を見張った。
「マジか」
「マジだ。それから鳥塚は、お前が好きらしい」
「……あ。だからか……!」
と今岡は一人納得した。
告白された時に「去年の夏から──」と言われたので、不思議に思っていたが、これで理解できた。
「それでさ、鳥塚をお姫様抱っこして保健室まで連れて行ったって聞いたんだけど、今岡そんな力持ちだったっけ?」
「え? いや、普通じゃないか? あの時はちょうど流行ってたんだよ。近所のゲームセンターで──」
去年の夏、今岡の近所のゲームセンターでは、人型の人形をどのくらいの重さまでお姫様抱っこ出来るか、というお客参加型のイベントが行われており、優勝者には超人気マンガ『異世界でハーレムを!』のヒロインの一人、チズサのぬいぐるみが貰えるというものだった。
「それでお前、鍛えてたの?」
「ちょっとな……。でも俺が好きなキャラじゃなかったし、友達がダメだった場合の補欠で一緒に参加してたんだよ」
「だからあの時は、今より力あったんだ」と今岡は目の前の問題に視線を落として答える。
「なるほどね。……ちなみに、今岡の推しは? 俺は元気っ娘のミハヤ」
「清純派のシズク──」
二人は顔を見合わせて、いやいやいやとお互いの推しを否定した。
「シズクってお前、それないわー。だってアイツ、次の巻でビッチ化っしょ? 無理無理、そんなキャラ」
と上浦はハッと笑って手を振る。
「はあ? あれは仕方なくそうなるわけで、すぐ元に戻るんだよ。お前の推しなんて元気だけが取り柄でつまんないだろ」
と今岡は苦笑いして肩を落として見せた。
「元気の何が悪い? それだけで十分じゃん。自分まで元気になれるし」
「はぁ、これだから単純な奴は……」
「単純ってなんだよ!」
と二人が言い争おうとした時、鳥塚が教室に入ってきた。
「はぁ……」
「鳥塚──。どうした?」
上浦が、溜め息を吐いて入ってきた鳥塚に訊く。
鳥塚は自分の机に向かってリュックを掴むと、二人の横に移動してきて他の生徒の机から椅子を引っ張り出し、そこに座ってから答えた。
「女子に捕まってた……。テスト終わったら遊びに行かないかって」
「「リアルハーレム──」」
二人の重なりを聞いて、鳥塚は首を傾げる。
「ハーレム?」
「女子に囲まれてるってことね。で、テスト終わったら行くの?」
と上浦が説明して訊いた。
鳥塚はまた溜め息を吐いてから、ちらっと今岡を見てから答える。
「……断ったけど、まだ何かありそうな感じ──今岡は、俺が女子と遊んでたらどう思う?」
「え……? ……べつに、遊びたいなら遊べばいんじゃないか?」
と今岡は少し不思議そうな顔をして言った。
「……ですよねー。俺の期待してた返答じゃなかった……!」
「仕方ないよ、これから自覚し始めたら、きっと望んだ返事がくるさ」
と上浦が机に伏せて悔しがる鳥塚の肩を叩いて慰める。
今岡はそんな二人を見て、不思議そうに首を傾げた。
「……。で、上浦、もういいのか? 勉強」
「え? あー、いいかな。もうやる気ないし」
と上浦は訊いてきた今岡に答えてから、シャーペンをノートの上に放り出して伸びる。
すると鳥塚が、今岡に質問した。
「今岡、一つ質問」
「ん……、何だ?」
今岡は問題から顔を上げて、鳥塚を見る。
鳥塚は真剣な顔で今岡に訊いた。
「いつになったら、返事もらえますか?」
今岡はその質問の意味が理解できず、一瞬眉間に皺を寄せたが、質問の内容を理解した瞬間、顔を赤くして言葉に詰まった。
「い、つって……えっと……」
今岡は頭の中で考えてから、黒の四角いメタルフレーム眼鏡を押し上げて、言葉を紡ぐ。
「その……答えが、出たら──」
鳥塚はぱあっと笑顔になって、今岡に言った。
「おう! 待ってる。今岡が言ってくれるまで──。じゃあ、これから毎日気持ち伝えるようにするわ」
「は?」
眉間に皺を寄せた今岡に、鳥塚はにこっと笑って伝える。
「今岡、好きだ」
「っ……?!」
「あぁ……、リアルBLごちそうさまです──」
と今までのやりとりを見ていた上浦が、両手を合わせて目を閉じた。
「今岡、大好き」
「っ、やめろよっ! お前はバカか!?」
今岡は顔を赤くして鳥塚に吼える。
鳥塚は嬉しそうに笑って、少しは意識してくれてるんだなー、と思う。
また、上浦はそんな二人を見て、良いカップルになりそうだ、と一人微笑むのだった──
鳥塚「いつか、今岡の口から好きだと聞きたい!」