理由
鳥塚が今岡を好きになった理由。
今岡育が一方的に電話を切った後、鳥塚肇は上浦俊一にスマホを返して笑った。
「……とりあえず、ライン貰ってもいいって!」
「お、やったじゃん──」
上浦はスマホをポチポチと操作し、今岡のラインを鳥塚に送る。
今日は上浦の家に、鳥塚が勉強道具を持って来ていた。
「送った」
「サンキュー。でもさ、何か今岡おかしかったんだよな」
「そうなの?」
「うん……」
と鳥塚は送られてきた今岡のラインを追加して、少し心配そうな顔つきになる。
「なんか、わたわたして電話切られた」
「どんな風に?」
「昨日のことごめんって言われて、気にしてないって言ったら嘘つけって」
「うん、わからん──」
と上浦は首を傾げる。
鳥塚も同じように首を傾げてから、上浦に訊いた。
「あのさ、今岡から何か聞いてる?」
「何かって?」
「俺のことどう思ってるか、とか……」
鳥塚が今岡に告白してから、結構日が経っている。
だが、返事らしきものはまだもらっていないので、鳥塚は不安だった。
「何も? ただ……」
「ただ?」
鳥塚が話し掛ける度に、今岡の顔がほんの少しだが、いつも赤くしているのを知っている。鳥塚は気づいていないようだが、上浦は気づいていた。
「……まぁ、色々考えてはいるんじゃない? 鳥塚が告白してきたのを忘れてる……、なんてことはないから大丈夫」
「そうか?」
「うん。大丈夫大丈夫」
「そっか……」と安心したように笑った鳥塚に、今度は上浦が訊く。
「ぶっちゃけさ、今岡とどうなりたい?」
「え? もちろん、恋人になりたい。デートとかしたいし──。まだ絶対させてくんないだろうけど、お互いのを……その、触る、とか……。そういう事も、したい……」
と言って、鳥塚は照れたように頬を掻いた。
上浦は、鳥塚が本当に今岡が好きなんだな、と改めて思う。
「じゃあ、今岡をオカズにしたことある?」
「へ……? あぁー……はは、秘密」
と鳥塚は人差し指を口に当てて、はにかんだ。
コイツしたことあるな……、と上浦は思ったが、あえて口にするのはやめた。
「ま、そういう事するのは色々準備とか大変だから、勉強したかったら言って。BL貸してあげる」
「おお! 教科書なんてあるんだな!」
「うん。とっておきのが──」
と笑った上浦は、すっと立ち上がり、本棚の前に立った。
上浦は本棚に手を伸ばすと、手前の本を取り出して、奥の本を取り出した。
「コレ、読んでみる?」
「『夜の楽しみはふたりで』?」
差し出された本の題名を読み上げて、鳥塚は首を傾げる。
表紙には、高校生であろう男子二人が、向かいあって手を組んでいる絵が描かれてあった。
「そうそう。付き合いたての二人が、初々しくキスから触り合い、そして繋がる所を綺麗な絵で描かれてるんだけど、受けが可愛いのなんのって──」
「今は、遠慮しとくよ……」
「その時になったら貸して」と鳥塚は苦笑いして本を返す。
上浦は生き生きとした説明を止めて、「そう?」と本を棚の奥に戻した。
「本棚、奧と手前で分けてんの?」
「ん? うん。奧が薔薇とか百合で、手前が普通のマンガとか──やっぱり友達でも理解してくれるの少ないしさ、とりあえずね。もしものために備えて」
と上浦は本をしまって、小さなテーブルを挟んで鳥塚の前に戻る。
「……あ、引いた? 実際に見て」
「いや、全然──むしろ生き生きしてて、いいなぁって思った」
と鳥塚は普段の真顔で言った。
上浦は、感動して涙を拭うふりをして、鳥塚を見る。
「鳥塚……。俺、お前の恋応援するよ。改めて、ここで誓うわ」
「おう。ありがとな!」
と鳥塚は嬉しそうに笑った。
ついでに上浦は、気になっていた事を訊く。
「ちなみになんだけど、何で今岡のこと好きなわけ? もしかして──?」
「違う違う。今岡だから、好きなんだ──去年の夏、俺倒れそうになってさ……」
と鳥塚はまるで昨日のことのように、すらすらと話し出した。
*
四時間目の体育終了後、鳥塚は気分を悪くしていた。
その日は真夏日で、体育は外でサッカーだった。
普段なら避けることが出来たはずが、その日に限って前日に夜更かしをしていたせいで、真夏日というのも重なり反応が鈍くなっていた。
それでシュートを決めようとしたクラスメートのボールを、側頭部でもろに受けてしまったのだった。
その時は大丈夫だと言って笑って流したが、後になってその影響が出始めたらしい。
「鳥塚、売り切れたらヤバいから、先購買行くわ」
「ん、おぉ……」
友達たちが先に行くのを見送りながら、鳥塚は日光に照らされながら下駄箱に向かった。
「……っ、はぁ──ヤバい……」
下駄箱に着いて、鳥塚はそこに座り込んでしまう。下駄箱を背にして、鳥塚は深呼吸をした。
目の前がチカチカするのと、吐き気、それに嫌な汗が全身から出ているのを鳥塚は感じる。
「っ──はぁっ、はぁっ……」
気持ち悪い、苦しい、チカチカする……とどうしようも出来ずに目を閉じ、そこで口呼吸を繰り返していると、今岡が通りかかって鳥塚に気づいた。
「どうした?!」
と今岡が驚いて声をかけ、おでこに手を当てる。
冷たいな……と鳥塚が思うのと同時に、両膝裏と左脇の下に何かが通り、背中を伝って右脇の下でぐっと力が込められるのを感じた。
そして「たぶん、行けるだろ……」という呟きと共に、体が浮く。
うっすらと目を開けると、そこには今岡の顔が見えた。抱き抱えられているのだと、鳥塚はぼんやりとした意識で何となく理解した。
「誰かわかんないけど……保健室、一階で良かったな──あと少しだから」
「……ぁ、……と──」
お礼を口にするも、鳥塚は上手く言葉に出来なかった。
鳥塚が保健室のベッドの上でしっかりと意識を戻した時には、もう放課後になっていて、助けてくれた彼はもう帰ってしまったことと、名前を今岡育というのだと、鳥塚はそこで初めて知ったのだった。
*
「……格好良かったんだ、今岡が──。それに、名前も知らない奴をすぐに助けられるって、凄いだろ? 俺には出来ないなって思ってさ……。そこに惚れたのかな〜なんて──」
と鳥塚はそう言ってはにかんだ。
普段女子に人気のある鳥塚だが、この時は女子のようだと上浦は思った。
また、特に男が好きなわけではないらしい。
「……だからさ、もし今岡がそうなったら、次は俺が助けようと思って。そのためには、近くにいないとダメだろ?」
「まあ、そうだな──でも、べつに付き合わなくたってよくないか? 今だって近くにいるわけだし」
「それじゃダメなの?」と上浦が思ったことをそのまま訊くと、鳥塚は苦笑いして答えた。
「助けてもらってから、今岡がどんな人か知ろうと思ってさ、ちょいちょい廊下から見たり、ひっそり友達とかに聞いて情報集めてみたりしたんだ。そしたらまあ、オタクだとか、俺の知らない話題ばっかでさ。無理じゃんって。でも二年になって、同じクラスになって、楽しそうに友達に笑顔向けてて……、それ見たら何か嫌だなって思った」
そこで一旦言葉を切り、鳥塚は続ける。
「俺にはそんな風に笑った顔見せてくれないし……今だって──。てか俺独り占めしたいんだって、気づいたんだ。今岡の笑った顔とか、照れて赤くなった顔とか、全部。全部独り占めしたい……って、上浦に言っても意味ないんだけど」
「はは。確かにな──本人に言えばいいのに」
そう上浦が笑って提案するも、鳥塚は首を横に振った。
「そんな事言ったら、キモいって今岡に引かれるかもしれないだろ。だから今は、好きって気持ちだけ。付き合えたら独占し放題だし」
「付き合える前提なのな」
「もちろん!」
上浦のツッコミに、鳥塚はグッと親指を立てて笑って見せる。
ポジティブだなー、と上浦は思うのと同時に、鳥塚が今岡と付き合うようになったら、きっと女子たちが大変なことになるんだろうな……と思うのだった──
上浦「今岡は覚えてんのかなー、鳥塚助けたこと──」