意識
ドキドキ?
今岡育が上浦俊一に、鳥塚肇から告白されたことを知られて数日。
鳥塚は移動教室や休み時間、帰る時など、ちょくちょく今岡と過ごすようになった。過ごすようになったと言っても、鳥塚は女子と話すことの方が多いので、あまり時間は増えていない。
それでもお昼は当たり前のように一緒に食べるし、上浦も顔には出さないが、鳥塚が今岡に積極的に話しかけているのを、保護者のような温かい目で見守っている──。
「……そろそろ、期末テストじゃない?」
と上浦が上半身を捻って後ろを見る。
「あぁ、そうだな──」
と今岡は頷いた。
今は自習時間で、課題を終わらせた上浦と今岡は、前後の席なので話していた。
上浦が廊下側から二列目の、前から二番目で、その後ろに今岡が座っている。
「ちょっと数学ヤバいかもなんだよね」
と上浦が苦笑いして頭を掻く。
「そうなのか?」
「うん、ちょっとね。教えてくんね?」
「いいよ。いつ?」
今岡は黒の四角いメタルフレーム眼鏡を押し上げて、確認をとった。
「そうだなー……、あ」
上浦は腕を組んで、何か閃いたのか、にこりと笑って言った。
「今日の放課後から、場所はその日その日に決めるってことで」
「ん。了解──」
今岡は上浦が何かを閃いたことには気づかず、快く頷いて承諾した。
*
「ごめん今岡、ちょっと先生に呼ばれたから待ってて」
「おう──」
放課後。机を向かい合わせてから、上浦が「できるだけすぐ戻るから」と教室を出て行った。
今岡はぼんやりと、机に頬杖をついて待つ。
「……はぁ──」
ぼーっと今岡が空中を見つめていると、前に鳥塚が現れた。
「いーまおか!」
「うおっ?!」
「何してんの?」
と鳥塚は上浦がこれから座る椅子に座って、今岡と向かい合う。
「そこ、上浦戻って来たらどけよ──勉強会みたいなもん」
「はいはい──へえ。じゃ俺も混ぜてもらお」
と鳥塚は微笑んで言った。
今岡はその微笑みに、ドキリとする。
いつも女子に向けているか、最近は気づくと横にいるので、真正面からはほとんど見ないのだ。
「……どした?」
「いや、べつに……」
今岡はふいっと顔を少し横にそらし、ドキリってなんだ……と頭を押さえる。
「なんか、向かい合うとか初めてだな」
「ぇ──?」
鳥塚はどことなく嬉しそうに笑った。
「昼は上浦がここに居るから、前から顔見れないし、休み時間だって女子が来るから遠目からしか見れないからさ」
「あぁ……まぁ、だろうな……」
と今岡は普段の休み時間などを思い出して頷く。
それよりも、鳥塚が自分と同じ事を考えていたことに少し驚いた。
「うん。だから、今すげー嬉しい──」
と鳥塚は二ヒヒと無邪気に笑う。
そんな鳥塚に、今岡は胸が締めつけられるのを感じて、言葉に詰まった。
「い……や、こんな眼鏡野郎の顔見たって、そんなことは……」
「ないと思うぞ?」と今岡は苦笑いして、眼鏡を押し上げる。
そんな今岡に、鳥塚はそんなことないと、真剣な顔になった。
「好きな人を見てたいと思うのは、普通だろ……?」
そう言ってから、鳥塚の頬が少し赤く染まる。
告白された時は気づかなかったが、あの時も鳥塚は少し赤くなっていたのだろうか、と今岡は思う。
それから、自分の心臓がドクドクと音を立てているのに気づいた。
「……だ、だな……」
「だろ? やっぱなー」
今岡の返事を受け、鳥塚はにこやかになる。
そして今岡の様子が、少し変なことに気づいた。
「……今岡、なんか──顔赤い?」
「え……っ? いやいやっ、ないない! 気のせいだろ、気のせい!」
と今岡は必死に両手を振ってごまかす。
だが、心臓は変わらず騒がしい。
「もしかして、ドキドキしてる……?」
「ぐぬっ……」
二人の間に一瞬の静寂が訪れた時、上浦は戻ってきた。
そして見つめ合う二人を見て、上浦は口に開いた。
「ん? もしかしてこれは、何か新しい進展が?」
「ない! ないから!」
と今度は上浦に両手を向けて、今岡はぶんぶんと大袈裟に手を振る。
「今岡──」
「そ、そうだ! 今日は母さんに買い物頼まれてたんだった! 悪い上浦、今日はキャンセルだ!」
鳥塚に名前を呼ばれたが、それを無視して、今岡はその場限りの嘘を吐き、リュックを掴むと教室から飛び出した。
そして今岡が行ったあと、上浦は鳥塚に一応確認をとる。
「……何かあった?」
「いや……うーん……」
鳥塚は曖昧な返事をして、苦笑いするのだった。
*
教室を飛び出してから、今岡はやばいだろ、これは──と下駄箱まで走って息を整える。
二年の教室は三階なので、めったに激しい運動のしない今岡には辛い。
「……っ、はぁ──はぁ、はぁ……はぁ……はぁ〜」
息を整えてから、今岡は下駄箱におでこを当てて、冷静になれと自分に言い聞かせる。
「あれは……イケメンだから仕方ない……。他の奴だって、鳥塚にドキドキしたことあるって言ってたし、俺だけじゃない、大丈夫……。それにそういうドキドキじゃないし、うん、そうだよ、大丈夫、大丈夫──」
一人ぶつぶつと呟いてから、今岡はおでこを下駄箱から離し、靴に履き替えた。
それから歩き出して、鳥塚を無視してしまったことを思い出し、今岡は道路の端で「ぐぬ……」と片手でおでこを押さえるのだった──
残された二人
上浦「鳥塚、とりあえず数学教えて」
鳥塚「え、あぁ、うん……」