共通の友達
共通の友達は……
今岡育は、朝から周りの視線に敏感になっていた。
「今岡さー、何か朝から変じゃない?」
と前の椅子を後ろ向きにして座っている上浦俊一が、パックのジュースを飲みながら訊く。
今は昼休みで、今岡と上浦は教室でお昼を食べていた。
教室には他にも生徒がいる。
「な、何が?」
「いや、ほら、移動教室ん時とか、何かに狙われてるかのように周りに注意払って見てるし。何かあったのかな、と思って」
と上浦は紙パックを机に置いて、菓子パンを口に運ぶ。
今岡は昨日のことを思い出して、眉間に皺を寄せて答えた。
「ちょっとな……」
そう答えて、母自作のお弁当の唐揚げを箸で摘まんで口に含む。
食べながら、今岡は昨日の放課後、下駄箱の前で鳥塚肇に抱きしめられ、しかもその場面を女子生徒に見られた事を思い出す。
鳥塚はこれで噂になれば校内公認カップルみたいなことを言っていたが、今岡は本当に噂が広まっているのではないかと気が気でなかった。
「今岡?」
「……友よ、もし俺が周りから痛い目で見られるようになったら、俺を無視していいからな」
「はぁ」
深刻な顔をする今岡を見ながら、上浦は間の抜けた返事をして、菓子パンをまたかじる。
「今岡ー、と、上浦。一緒に食べようぜ」
そこに購買から戻ってきた鳥塚が、二人の横に椅子を置いてどっかりと座る。
今岡は軽く眉間に皺を寄せて、目の前の上浦に言った。
「……あのさ、いつから鳥塚も食べるようになったっけ?」
「え? あー、三日ぐらい前じゃない?」
「そうそう──今岡と仲良くなりたかったから」
と鳥塚はにこりと笑って、買ってきたパンを食べ始める。
「だって。今岡」
「そんなこと言われても……てか上浦はいいのか? 鳥塚とあんま話したことないんじゃないか?」
上浦は「あー」と言って、茶髪の頭をぽりぽりと掻いて答えた。
「いや、話してるよ。お前と話してない時とか、結構──なあ?」
「ん? うん。話してる。友達だし」
と鳥塚と上浦は顔を見合わせてから、今岡を見る。
「ずっと今岡とオタ話してるわけじゃないし、今岡だって他の奴と話すだろ? それと同じ。俺だっていつもオタ話してるわけじゃないし、ファッションとかバラエティーの話を鳥塚としてる」
「そう、なのか……」
知らなかったと今岡は一人うなだれる。
上浦は高校一年の時に仲良くなり、アニメやゲームの話で盛り上がれる友達だ。
だが、一カ所だけ今岡と趣味の合わない所がある──。
「じゃ、じゃあ、鳥塚は知ってるのか? 上浦が、その……」
「ん? あー、うん──」
と上浦は今岡が言いにくそうにしているのに構わず、さらりと言った。
「BLとかGLが好きってことだろ? まあ、わかってなかったっぽいけど」
そう言って鳥塚を見たあと、上浦は「ま、大丈夫っしょ」と今岡に顔を戻す。
鳥塚は二人のやりとりを見て、ハテナマークを頭の上に浮かべた。それから、二人を交互に見やって訊く。
「あのさ、そのビーエル、ジーエルって……何?」
鳥塚に訊かれ、上浦がそれに答える。
「ま、そうなるよね──BL。男同士の恋愛物。逆に、GL。女同士の恋愛物。それを略してBLまたはML、GLって呼ぶの」
「まあ、薔薇とか百合って呼ぶ場合もあるけど」と上浦は人差し指を立てて説明した。
「なるほど──」
と鳥塚は手をぽんっと叩き、頷く。
「……じゃあ、上浦は男が好きなわけ?」
「それね、よく言われるけど、違うから。好きなのは女。俺は、同性同士が好きあってイチャイチャラブラブしてるのを見るのが好きなだけであって、自分がそうなるのを望んでる訳じゃないから。あと、付き合う前の感じとか……まあ、色々ね」
「そこんとこよろしく」と上浦は鳥塚にピースサインをする。
鳥塚も「おう」と親指を立てて、グッと上浦に向ける。
今岡はそんな二人を見て、一抹の不安を覚えるのだった……。
*
そして放課後。今岡はほっとしていた。
なんやかんや、お昼の後も周りの視線などに注意していたが、昨日の事は噂にならなかったらしく、今岡の耳にそういう話は入ってきていない。
「……はぁ、良かった──」
帰りの支度を終えて紺のリュックを背負うと、教室に戻ってきた鳥塚が今岡に声をかけた。
「一緒に帰ろうぜ」
「えっ」
「えって、そんな──あー……、その……」
鳥塚は今岡が渋る理由に思い当たったのか、苦笑いになる。
「……うん。ごめん──」
と鳥塚は頭を下げて謝る。
それから顔を上げて、そのまま続けた。
「ホント、ごめん……。一人で勝手に舞い上がって、あんな事してさ。それに噂になればとか言って。今岡の気持ち考えられてなかった……、ごめん」
「……。いいよ、もう──。反省してるんだろ?」
溜め息を吐いてから、今岡は鳥塚を見る。
鳥塚は申しわけなさそうな顔のまま頷いた。
「……ならいいよ」
そう言って、今岡が眼鏡を押し上げると、鳥塚は笑顔になって言う。
「ありがとう、今岡」
「っ、はいはい……」
その笑顔に一瞬胸がチクリとしつつ、今岡は軽く手を振った。
「今岡──」
「ん?」
「抱きしめていい?」
「は? いやいや……、今の流れでそれは──」
今岡が後ずさるよりも、鳥塚の両腕が伸びる方が若干早く、今岡は鳥塚に捕まった。
お互い身長は同じくらいなので、抱きしめられると髪が顔の側面に当たる。鳥塚からは、柑橘系の匂いが微かにした。
「っ……おまっ! マジでやめろよ! ほんとに──」
誰か来たらどうすんだ、という言葉を今岡が口にするよりも、上浦が教室に入ってくる方が一足早かった。
今岡の心臓が、ドクドクと音を立てる。
「…………」
上浦は二人を見てから、そっと近づいて訊いた。
「やっぱり、デキてんの?」
「やっぱりってなんだ!?」
と今岡が鳥塚を引き剥がしてから、肩で息を整えながら言う。
「え、だって──ほら」
上浦はズボンのポケットからスマホを取り出すと、ポチポチと操作をして、ある画面を二人に見せた。
そこには、昨日の放課後の内容が書かれていた。
「な──っ、終わりだ……」
それに目を通してから、がくんと今岡はその場に膝から崩れ落ちる。
「俺の、平凡な生活が……」
「これって、ライン……?」
と鳥塚は冷静に画面を見て、上浦に訊く。
上浦はそうそうと頷いて答えた。
「うん、校内の同志たちと繋がってるグループ。もちろん裏でね──そういう噂とか皆で共有するために作ったやつ。で、昨日グループに入ってる女子たちから送られてきた」
「へー。すごいな」
と鳥塚は純粋に感心する。
「それで、訊きたいんだけど。お前ら、付き合ってんの?」
「なわけないだろ!」
とうなだれていた今岡がばっと立ち上がり、否定した。
「って、言ってるけど?」
鳥塚は「まあ、いいか」と呟いてから、上浦にカミングアウトした。
「……前に告白した。で、とりあえず友達になって、返事待ち中」
「へー、そうなんだー、へー」
と上浦はニヤニヤしながら今岡を見て、それから鳥塚に視線を戻してから言った。
「頑張れ。応援するよ」
そして肩に手を置いて、上浦はフッと笑う。
「サンキュー。でも、今岡が嫌がるから、それには書くなよ」
「もちろん。勘違いだろって返信しといたから大丈夫。抜かりはない」
と上浦はスマホを見せてからポケットにしまった。
「いやぁ、これからはリアルで見られるとは……。これは嬉しい。楽しみが増えた」
「俺も。これから上浦の前でなら、遠慮しないで今岡にイチャつける」
と二人して笑い合う。
それを横で見ながら、今岡は「なんてこった……」とこれからに大きな不安を覚えるのだった──
上浦「頑張れ」
鳥塚「おう!」
今岡 (外堀から──!?)