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大変、ご無沙汰しておりました(_ _)
鳥塚「……そんなん、止められるわけなくね……?」
「……はぁ――」
今岡育は溜め息を吐いて机に伏せる。
「なんだ……? 何かあった?」
上浦俊一が声を掛けると、今岡は伏せたまま呻いた。
「この前、コラボカフェ行ったんだけどな……オタク過ぎて……俺が……」
「なんという失態……」とどんよりする。
この前、今岡は鳥塚肇を誘ってコラボカフェに行ったのだが、好きな作品にテンションの上がった今岡は、一人盛り上がってしまった。
その間、鳥塚は笑顔で居てくれたが、今岡はそれが申し訳なかった。
「鳥塚は、楽しかったって言ってたけどさ……」
「ふーん、ならいいじゃん」
「……俺がよくない――」
と今岡は顔を上げる。
すると、上浦が「ならさ」と提案した。
「コラボカフェ付き合ってくれたお礼に、鳥塚がしたいことするとかどうよ。きっと喜んで話に乗ってくるんじゃん?」
「うーん……、そうか?」
「そりゃそうでしょ――」
そう二人が話していると、鳥塚がやってきて話に加わった。
「何の話?」
「今岡が、鳥塚にオタクな姿晒して申し訳ないって話」
「おい……!」
上浦の返答に今岡が少し赤くなると、鳥塚は嬉しそうに笑って「なんだ」と呟く。
「そんなこと気にしなくていいのに。ほんとに楽しかったし、何より今岡が楽しそうな姿が見られたから、俺は満足なんだ」
「……よく出来た彼氏じゃん、今岡〜」
「やめろ……!」
にこやかな鳥塚を見てニヤニヤする上浦に、今岡は赤くなって吼えた。
そんな今岡に上浦は「そうだ」と思い出したように手を叩く。
「で、鳥塚に朗報です――。今岡が、申し訳ないから、鳥塚がしたいことを一緒にやろうってさ」
「は……?」
「え?」
きょとんとする二人に、上浦はグッジョブと鳥塚に親指を立てて見せた。
「やったな鳥塚、今岡が付き合ってくれるってよ」
「はっ……?!」
「マジで?」
困惑する今岡とは対照的に、鳥塚は瞳をきらきらと輝かせる。
面と向かって鳥塚からきらきらを食らった今岡は「ぐ……」と言葉に詰まった。
「今岡、いいのか――!?」
「……くっ、何がしたいんだ……?」
きらきらとした瞳のままの鳥塚に、今岡は根負けして訊く。
隣でニヤニヤする上浦に、今岡はがんを飛ばしながら鳥塚の返答を待った。
「うーん……、今岡の部屋でゲーム!」
「……そんなのでいいのか?」
「おう、今岡とゲームしたい!」
ぐっと拳を作る鳥塚に、今岡は「じゃあ……」と提案する。
「放課後、ウチ来るか?」
「行く! やっ……た!!」
ガッツポーズをする鳥塚に、そんな大袈裟なことかと今岡は首を傾げた。
「……家に呼んじゃって、大胆ね、今岡くん」
そっと上浦が今岡に耳打ちすると、今岡は怪訝な顔をして言う。
「大胆って……ゲームするだけだろ?」
「またまたそんなこと言って〜、部屋に呼ぶってことは……、そういうこと期待させちゃうんだぞ」
「そういう、って……え?!」
上浦の言葉の意味を理解したのか、今岡は顔を赤くして言葉に詰まった。
「えっ、いや……、いやいや、そんな……」
「ほら、見てみ、鳥塚のあの顔――」
上浦に言われて鳥塚に顔を向けると、鳥塚はどこかに思いを馳せているのか、ムフフと頬を緩ませている。
「…………」
「健全な男子だからな。放課後、頑張れよ」
ぱちんとウインクをする上浦に、頑張れってなんだと思いながら、今岡は少しモヤモヤするのだった。
*
そして放課後。
鳥塚は今岡の部屋で、ゲームをしていた――。
「……今岡強すぎじゃん?? ぜんっぜん勝てないんだけど――!?」
「帰宅してすぐ、毎日やってるからな、負けるわけないだろ」
ふん、と得意げに鼻から息を吐く今岡に、自慢できることなのか?と思いつつ、鳥塚はコントローラーを握り直す。
「くっそ〜、一回は勝ちたい」
「ふん、勝てるかな?」
「勝つ!」
隣で息巻く鳥塚に、小さく笑って今岡も気合いを入れ直し、よし、と続けた。
「じゃ、俺も本気でいくか」
「え……? ちょっと待って、今までのはなんだったの?」
きょとんとする鳥塚に、今岡は「なにって」と真顔で答える。
「肩慣らしだろ」
「えっ、もう十回以上ボコボコにされてるよ? 俺。これ以上ボコボコにされんの……?」
「嘘だろ……」と絶望する鳥塚に、今岡は「ははっ」と笑って言った。
「鳥塚だって、だいぶ慣れてきたろ? 大丈夫大丈夫」
「えー……。じゃあ、一回でも俺が勝ったら、願い事聞いて」
「ほう、まあ、いいぞ。手加減はしない」
「よっしゃ、絶対勝つ!」
メラメラとやる気を漲らせる鳥塚に、今岡は小さく笑いながら、ゲームを始めるのだった――。
……そして、ゲームを始めて二時間。
鳥塚は今岡に負け続けていた……。
あとちょっと、というところまでは行くのだが、気づくと必殺技やら何やらで今岡に倒される。
「――フルボッコだどん……」
そう鳥塚は呻いて、コントローラーを床に置いた。
今岡は勝ち誇ったように笑って、鳥塚に訊く。
「ゲーム苦手なのか?」
「いや、今岡が強すぎるんだよ……」
「そうか……」
隣でガックリと肩を落とす鳥塚に、今岡は少し気まずくなって、話題を変えた。
「そう言えば……、お願いって何だったんだ? 聞くだけ聞くぞ」
そう今岡が声を掛けると、鳥塚は少し照れたように口を開いた。
「……大したことじゃないんだけど」
「おう?」
「……名前、呼んでほしいな、って……」
「名前?」
今岡はきょとんとしてから、そんなことか、と呆れる。
「なんだ、それならお願いされなくても呼ぶけど……。もっと高度なこと言われるかと思ってた」
「……高度なこと?」
鳥塚が首を傾げると、今岡は失敗したというように言葉を濁した。
「いや……なんでもない、気にしなくていい……」
「ええ、気になるじゃん――あ、もしかして……」
と鳥塚はニヤついて今岡に近づく。
そして鳥塚はわざとらしく、耳元で囁くように呟いた。
「……エッチなことだと思った?」
「っ……?! そんなわけっ――!!」
そう言いつつも、学校で上浦に言われたことを思い出し、今岡は徐々に赤面する。
そんな今岡を見て、鳥塚は思わず息を呑んだ。
「っ、……そんな反応されると、期待しちゃうんだけど……?」
「しなくていい……!」
顔を逸らす今岡に、鳥塚は距離を詰めながら言う。
「……今岡、名前、呼んで?」
「何で……、ってか、近付いてくるなよ……!」
ゆっくりと詰めてくる鳥塚に、今岡は後ろに逃げながらドキドキし始めていた。
「呼んでくれるって、さっき言ったじゃん……」
「そ、うだけど……ッ、来るなって……っ!」
じりじりと距離を詰めてくる鳥塚から逃げていたが、ついに背中が壁に当たってしまった。
今岡は驚くほど騒がしくなっている心臓をどうすることも出来ず、顔を見られないように俯く。
「ち、近くないか……?!」
「たまにはいいじゃん――、名前、呼んで? こっち向いて」
「……、無理……、そっちは向けない……」
耳まで赤くなっている今岡に、鳥塚は微笑んで言った。
「じゃあ、そのままでいいから、名前呼んで」
「……っ」
「今岡、呼んで? 俺も名前呼ぶから」
「は……? お前はべつに呼ばなくても……」
「育――」
そう呼ばれた瞬間、今岡は全身に鳥肌が立つのを感じた。
今まで名前に意識すらしていなかったのに、動悸が激しくなっていく……。
「……今岡?」
「よ、ばなくて、いいからっ……!」
「え?」
「お前は、呼ばなくていい……!」
俯いたまま吼える今岡に、鳥塚は「うーん……」と苦笑して続けた。
「じゃあ、早く呼んでよ。呼ばなきゃやめないぞー? 育くん」
「呼ぶなって! 肇……!」
キッ……と上げた今岡の顔は真っ赤で、鳥塚は少し驚く。
「そんな……、赤くなるほど……?」
「うるさいな……! 俺だってびっくりだ! 何で名前一つでこんな思いしなきゃいけないんだ……!」
「……ふ、ははっ、育」
「だから呼ぶなって!」
赤い顔で吼える今岡に、鳥塚は微笑んで続けた。
「それって、俺が特別だからってことでしょ? 嬉しい――俺も、今岡に名前呼ばれるの、嬉しくてさ。……もう一回呼んで?」
鳥塚に言われ、そうか、特別だからか……と今岡は納得してから、鳥塚に言う。
「……さっき呼んだが?」
「いやいや、さっきのは勢いで呼んだだけじゃん、もう一回!」
そう鳥塚に強く言われ、今岡はすんなりと名前を口にした。
「肇」
「……言うのはいいんだな」
「あぁ、恥ずかしくない――。呼ばれるのは慣れてないから、恥ずかしいのかもしれないな……」
と今岡は考える仕草をして頷く。
普段名前を呼んでくるのは家族ぐらいしかいない――。
「……育」
「っ、だからお前は――」
注意をしようと顔を上げたら、唇を塞がれた。
驚いて離れようと後ろに動こうとしたが、もう後ろには行けなかったのを今岡は思い出す……。
「っ――!!」
「育……、好き」
一旦離れたかと思うと、真正面から告白されて、そして啄まれるようにキスをされる。今岡は状況が掴めず、ぎゅっと口を引き結んだ。
すると、鳥塚は小さく笑って続けた。
「ふっ、緊張しすぎ――育、口開けて」
「えっ――てか、名前、呼ぶなよ……!」
「わかったから、口開けて、前みたいにしないから」
「ぅ……っ――」
そう言われ、今岡は初めて鳥塚とキスをした時を思い出して躊躇する。
前はほぼ無理やりみたいなもので、嵐のような感じだった。
「今岡……?」
「……痛く、するなよ……」
「わかってる――」
真っ直ぐ見詰めてくる鳥塚に今岡はそっと目を閉じる。
それからそっと唇に感触があって、今岡は受け入れるように口を開けた。
「っ……」
「――、今岡……っ」
時々息継ぎをするように唇が離れ、今岡が苦しくならないように見計らいながら、鳥塚は深く口付ける。
最初はぎこちなかった今岡も、少しづつ慣れてきたのか、無意識に鳥塚の首に腕を伸ばしていた。
「んっ……、は、じめ……」
「ッ――! たまんねー……っ――」
深くキスをしながら、ずるずると今岡を床に誘導して、鳥塚は「止めらんないわ……」と呟いて今岡に跨る。
「っ、鳥塚……?」
「……触らせて、今岡――」
今岡のワイシャツに手を伸ばし、鳥塚はボタンを外していく。
「あ、の……、そんな、良いもんじゃ、ないと……、思っ――」
と今岡が言っている途中、部屋の外から今岡を呼ぶ声がした。
「育ー、いるー? ちょっと頼まれてほしいんだけど――」
「っ……!? ちょっ、と待って! 今行く――!」
まさか声を掛けられるとは思ってなかったので、二人はバタバタと格好を整える。
「――家族いたのか?!」
「いやっ、居なかったはず……、帰ってきてたのか……気づかなかった、ちょっと行ってくる」
「お、おお……!」
わたわたと部屋を出ていく今岡を見送って、鳥塚は「はぁー〜〜〜っ……」と一人長く息を吐きながら頭を抱えた。
「やり過ぎ……、止めらんなかった……!」
「てか、なに、さっきの……! あんなん、止められるわけねー……」と鳥塚は一人悶える。
……普段の今岡なら、きっと断っていたはずだ。
「…………。はぁ、ダメだ……」
今回はがっつきすぎてしまったが、これからは気を付けて進めていかんと……と、鳥塚は内心で自分に言い聞かせるのだった。
それから数分後、今岡は戻って来たが、何となくそのまま居るのも気まずくなって、鳥塚は部屋を後にした。
今岡は鳥塚を見送ってから、さっきしていたことを思い出して赤面する。
「……呼ばれなかったら、どうしてたんだ……?」
そう呟いてから、今岡は「うわあぁぁ……っ……」と羞恥心に襲われ、頭を抱えるのだった――
それぞれ帰宅して。
今岡「……良かった、な、キス……(思い出し赤面)」
鳥塚「……今岡可愛すぎないか?…いや、負ける訳にはいかないんだ…、頑張れ俺の理性……!(拳を握り)」
大変鈍足ですが、まだ続いていきますので、気長〜〜にお付き合いいただければ幸いです…!(_ _)