友達になろう
連載中のBLは二つ目です。
高校生同士、というか学生同士の物を書いてみたかったので……。
「昨日は楽しかったなー」
廊下を歩きながら、にこやかに鳥塚肇が隣を歩く今岡育に言う。
今岡はムッとした表情のままで言葉を返す。
「勝手に買い物に付き合わせといて、よく言うわ」
「いやー、だって途中逃げ出すかと思ってたら逃げ出さなかったし、どっちがいいかとか訊くとちゃんと答えてくれるし、ホントお前良い奴だし」
「ぐぬ……」
と今岡は眉間に皺を寄せて言葉に詰まる。
昨日はすぐ家に帰って、新しく買ったゲームをやろうとしていたのだが、帰り際に鳥塚に捕まってしまい、今岡は無理矢理買い物に付き合わされたのだった。
「……訊かれたら、答えないと失礼だろ」
「そんでもさ、嬉しかった。ありがとな──」
満面の笑みを浮かべる鳥塚を見て、今岡はまた「ぐぬ……」と言葉に詰まる。
ただの友達であれば、もっと楽に返せるが、今の今岡にとっては鳥塚はただの友達ではない。
なぜなら鳥塚は、交際を申し込んできた相手だからだ──。
四日前。帰りの支度をしていた今岡は、放課後誰もいない教室で鳥塚に告白された。
「……どう?」
「どう……って、ちょっと意味が……」
室内に視線を泳がせて、今岡は苦笑いになる。
少し前に立つ鳥塚は、普段と変わらない笑顔でまた同じ言葉を口にした。
「そのままだよ、去年の夏からずっと好きでした。俺と付き合ってください」
「…………えっと、失礼だけど罰ゲームか何かか?」
「まず俺男だぞ、それにオタクだし……」と苦い顔で言うと、鳥塚は首を横に振って否定する。
「そんなんじゃないよ。俺の意思」
「……マジか……」
真顔で言った鳥塚を見て、今岡はどう返事をしようかと悩む。
鳥塚と話すようになったのは、高校二年になってからで、しかも最近だ。
「宿題見せて」や「辞書貸して」など、そんな話しかしていない。それも鳥塚からの一方的なもので、今岡からは話し掛けたこともない。
それに去年だって同じクラスではなかったし、女子から人気のある鳥塚と、休み時間にアニメやゲームなどの話で盛り上がっている今岡とでは、接点もないのだ。
「……やっぱ、無理?」
黙り込んでいる今岡に、鳥塚が悲しげな顔で訊く。
今岡は正直に思った事を口にすることにした。
「無理っていうか──。俺男だし、当たり前だけど胸ないぞ? それに鳥塚と同じモノだって付いてるし」
「あ、大丈夫大丈夫。俺貧乳派だから」
「いや、そういう問題じゃないと……。あと趣味とか絶対合わないと思う──」
「あぁ……うん。わかってる……」
今岡が言葉を続けようとしたのを、鳥塚は遮り、そのまま続ける。
「わかってるって、趣味が合わないことくらい──それでも、俺は今岡が好きなの。マンガとかアニメとか、あんまわかんないけど……。でも、そんなのは俺が知ってけばいいだけのことだし、これからだって遅くないし、それに他のことなら話せることあるだろうし、だからさ……! だから……」
一気に吐き出してから、鳥塚はきゅっと静かに口を結んだ。
両手をぎゅっとズボンの横で握ったまま、少し俯く。こげ茶色の髪が、さらりと目を隠した。
「……、えっと……とりあえず、友達になろうか」
少し間を置いてから、今岡は言って鳥塚を見る。
「……え──?」
鳥塚は恐る恐る顔を今岡に向けた。
今岡は「だって」と苦い顔をして、髪と同じ黒の四角いメタルフレーム眼鏡を押し上げて口を開く。
「最近話し始めたばっかで、それも一方的な用件ばっかりの、面白味も楽しくもない会話でさ、全然鳥塚のこと知らないし……」
「お願いします!」
間髪入れず、鳥塚は今まで以上の笑顔で、今岡の手を握った。今岡が女子だったら、間違いなくときめいていただろう。
だが、今岡は男なので、若干後ずさりしながら「……おぉ」と頷いたのだった。
そして、どっちが告白したのかわからないような告白から四日後。
現在、下駄箱に向かって歩いている今岡と鳥塚は、帰るところだ。
「今日も買い物する?」
「しない。今日こそゲームやるんだよ」
「じゃあ、俺もゲームする。今岡の部屋で」
「来るな。ぜっ……たいに来るな」
と今岡は言葉に力を込める。
鳥塚は「そこまで言うなら……」仕方ないと諦めた。
「しつこくして嫌われたら嫌だし……」
「ふぅ……」と今岡は溜め息を吐いて、ほっとする。
「……じゃあいつなら?」
「そういう問題じゃない──来るな。これから先も!」
今岡はビシッと鳥塚を指差す。
「俺の家には……萌えに飢えた獣が居るからな……」
「獣……?」
「そうだ。とにかく、俺の家には来るな。絶対──」
そう言って、今岡は眼鏡を押し上げると歩く速度を上げていく。
鳥塚は「待てよー」と言いながら、急いで今岡の後を追った。
*
下駄箱に着き、二人は靴を履き替える。
名前の順なので、今岡が左の端の方で、鳥塚は真ん中辺りだ。
「……今岡」
「ん?」
履き替えてから顔を右に向けると、鳥塚が真剣な顔をしていた。
「あの、忘れてないよな……、告白したの」
「え、あぁ、まあ……そりゃね。衝撃的だったし……」
と今岡はちゃんと向き直って言う。
「俺のこと、避けないの?」
「……、そうだな──」
今岡は少し考えてから頷いた。
「別に変なことされた訳じゃないし、世の中には同性を好きな人がいるのも事実だし、そういうこともあるだろ。それに鳥塚だってあれからいつも通りでさ、俺だけ変に緊張しなくて済んだ感じ?」
と今岡は少し笑う。
「今岡──」
「ま、友達になったわけだから……」
微笑んで言う今岡に近づいて、そっと鳥塚は今岡を抱きしめた。
鳥塚の頬に今岡の耳が触れて、今岡の顎の下で鳥塚の肩が触れる。
「と、りつ、か……?」
「……ありがとう、今岡。すげー好き──」
ぎゅっと抱きしめられ、耳元から聞こえてきた鳥塚の声に、全身にぞわわわと何かが走る。
告白された時には感じなかったものを、今岡は確かに感じた。
「鳥塚……っ、離せよ、誰か来るって……!」
「あとちょっとだけ──」
「おい……!!」
わたわたと今岡が抵抗していると、下駄箱に向かってきた女子生徒二人が二人に気づいて、談笑していたのが真顔に変わった。
「……あ、えっと……、これには訳がありましてね、そういうんじゃなくて、ホントに、コイツがちょっと柔道の復習したいとか言い出して──」
必死な今岡の弁解は二人には届かないようで、女子生徒二人は顔を見合わせて、ひそひそと話し出す。
それから「やっぱり……」「だよねぇ……」というやり取りをして、去っていった。
完全に女子生徒がいなくなってから、鳥塚は静かに離れる。
「……遅い……どう考えても離れるの遅いだろ……!」
「俺の静かでも充実していたオタク生活は、もう終わりだ……」と今岡が両手で頭を押さえて悶えていると、鳥塚は少し照れながら笑って言った。
「これで噂が広まったら、俺ら校内公認カップルじゃね……?」
「鳥塚……絶交な──」
「えええええ──!?」という鳥塚の悲鳴にも近い叫びを背中に受け、今岡はあの時言った自分の言葉に後悔しながら、早足で帰り道を急ぐのだった……
鳥塚「機嫌直してさ、な?」
今岡「……(睨む)──」