キス
お久しぶりです。
やっと……キスします←
「いーまおかっ!」
「……何だ?」
にこにこしながら近付いてきた鳥塚肇に、今岡育は若干眉間に皺を寄せて返事をする。
今は昼休みで、お昼をとろうとしていた。
「上浦、何か用事あって一緒にお昼食えないって」
「そうか。じゃあさっさと済ませるか──」
と弁当を取り出して食べようとする今岡に、鳥塚はちょっと待ってと止める。
「一緒に食べようよ、俺購買行ってくるから、ちょっと、てか絶対待ってて」
「わかった、待ってるよ」
「よっしゃ、約束だからな、行ってくる!」
にかっと笑って、鳥塚は軽く走り出した。
今岡はそんな鳥塚を見送って、少し笑う。
「……ん、汚れてる」
ふと眼鏡の汚れに気付いて、今岡は眼鏡を外すと眼鏡拭きで汚れを拭う。
「……落ちないな」
少し力を入れてみるも、全く落ちる気がしなかった。
鳥塚はすぐ帰って来ないだろうと思い、今岡はトイレに行くことにする。水で流せば落ちるかもしれないと思ったのだ。
とりあえず眼鏡をして廊下に出ると、階段の前に鳥塚と糸井がいた。
相変わらず糸井は鳥塚にぴったり寄り添うようにしている。
会話までは聞こえないが、楽しそうに話しているのは見てわかる。
「…………」
自分と話している時、鳥塚は楽しそうに笑ってるか……?
そう思ってから、今岡はモヤモヤしてその場から離れた。
自分の対応の仕方が悪いのは今岡もわかっているが、どうしてもまだぎこちなくなってしまうのだ。
「……あいつはキラキラで、俺はオタク。仕方ない、うん。……とりあえず眼鏡だ」
目的を思い出し、今岡はトイレに入る。
とりあえず、モヤモヤを消すために眼鏡を置いて顔を洗う。
二、三回水で顔を流してからハンカチで拭い、今度は眼鏡を洗い始める。
「……落ちろ、眼鏡の汚れとモヤモヤ……!」
「うぉぉおおお」と眼鏡を水に流していると、そこに入尾理巧が入ってきて、眼鏡を一心不乱に洗う今岡に驚いた。
「ちょ、何してんの?」
「え、あ……、ちょっと汚れとか、色々落としてて……」
はは、と苦笑いする今岡に、入尾は少し笑って言う。
「何? あのイケメンとのこと? 話なら聞くけど」
「まぁ……。じゃあ、ちょっとだけ……」
と今岡は眼鏡を掛けると、入尾に簡単に自分が思っていることを話した。
入尾は今岡の話を聞くと、なるほどねと頷いた。
「とりあえず……、今岡は鳥塚との接し方がよくわからないと。んで、女子とやり取りしてるのを見るとモヤモヤする、でもそれは仕方ないと思っている、が、モヤモヤするものはする──こんな感じ?」
「そうだな、うん、大体は」
「うーん……。とりあえず、鳥塚とはもうシた?」
「…………何を?」
きょとんとする今岡に、入尾は「まだか」と呟いてから提案する。
「じゃあ、俺が鳥塚だと思って誘ってみ」
「誘う? ……今日、帰り空いてたら、ゲームセンター行かないか……確か新し──」
「ボケてんの?」
「ぼ、ボケてないし、誘うの意味分かってても言えるわけないだろ?! こちとら恋愛初心者だぞ!?」
と少し赤くなって声を荒げる今岡に、入尾は「まあまあ」と続ける。
「じゃあ、とりあえずキスはしたろ?」
「……いや、してない……」
「……付き合ってるよな?」
「あぁ、そこはな」
「手は繋いだか?」
「一回はある」
「……重症だな」
「重症ってなんだ、おい」
少しイラッとした今岡に、入尾が「落ち着け落ち着け」と両手を動かしてから訊いた。
「じゃあ気持ちはどうなの。今岡はキスしたいとか思ってんの?」
「俺は……」
と今岡は鳥塚とキスをする所を想像して、徐々に赤くなってから「……まぁ」と答える。
「したくないわけじゃ、ない……」
「ほお。じゃあ鳥塚は? キスしたいとか言わないのか?」
「たぶん、したいん、だと思う……自分で言うのもあれだけど……」
と今岡は眼鏡をクイッと押し上げる。
実際、この前鳥塚がしようとしてたのは確かなので、嘘ではないだろう。
「なら簡単じゃん。一回キスすればいいじゃん。何か変わるかもしれないし」
「簡単に言うな?!??」
「いや、簡単だろ、しかも恋人なんだし。それくらい」
どうってことないという入尾に、今岡は「はあ?」と顔を歪める。
「キスの仕方なんてわかんないんだぞ、鳥塚は慣れてるかもしれないけど……」
「じゃあ俺が教えるから、覚えればいい」
と入尾が説明しながら勝手に始める。
「確か鳥塚と今岡って身長同じくらいだったよな……いや、ちょっと鳥塚の方が高いか。なら、まず相手が逃げないように、ネクタイを掴んで引き寄せる──」
ぐいっとネクタイを引っ張られ、今岡は「うわっ」と思わずつんのめる。
「しっかりしろよ、これからだぞ」
「わ、悪い……」
「てか首痛……」と思いつつ、今岡は体制を立て直し、改めて顔を上げると、思った以上に入尾の顔が近くにあった。
「近……」
「そう、んで、このくらいの近さになったら、顔を少しずらして……」
と入尾が顔を近づけてくる。
「え……?」
「ちょ、このままじゃ──」と今岡が入尾を突き放そうとした時、鳥塚が入ってきた。
「何してんの……」
「お。鳥塚。キスのレクチャー」
「入尾……っ!」
鳥塚の問いにすんなりと答えた入尾に、今岡は少し焦る。
「いや、鳥塚、その……、っあの──」
「あれ……何か、ヤバイ? ……はは、俺もう行くわ、言っとくけどしてないから。今岡、何かごめんな!」
と入尾は軽く謝ると、そそくさとトイレを出て行った。
「……今岡いないから、クラスの奴に訊いたらトイレ入ってったっていうから見に来たら……。ほんとに何してんの?」
「話聞いてもらってた、で、その……、流れで、俺キスしたことないから、その仕方を……入尾が……」
そう答えながら、声が小さくなっていくのが自分でもわかり、今岡は口ごもる。
鳥塚は「はぁ……」と息を吐いて、今岡に言う。
「ほんとにしてなくて良かった……。てか、俺とキスしたいとか思ってくれてたんだ?」
「ぅ……したくないわけじゃ、ないし……」
「……そっか、それでもいいや。とりあえず休み時間終わる前に、昼食べようぜ」
「お、おう……」
案外すんなりとトイレを出ていった鳥塚を、今岡はほっとしたような少し残念な気がしないでもないような、複雑な感情なまま鳥塚の後に続いた──。
*
「……えっと、お茶どうぞ」
「ん、ありがとう──」
そして放課後、今岡は鳥塚を家に誘った。
あのまま入尾とのやり取りについて、曖昧なままにしておくのも嫌だったのだ。
「あ、のさ」
「ん?」
「今日の昼の事なんだけど……」
「あぁ、入尾ね──いいよ、もう気にしてないし」
「……でも、その、一応ちゃんと言っておきたくて……」
と今岡はちゃんと自分の気持ちを伝えようと口を開く。
「その……ちゃんと、俺、鳥塚のこと、……好きだし、あと、初めての付き合いだから、色々モヤモヤしたりしてて、でもそれは仕方なくて……だから、その……」
上手く言葉に出来ない今岡に、鳥塚が微笑んで言った。
「好きって言ってくれるだけで十分だし、もういいよ──それより」
と鳥塚は真剣な顔で今岡を見つめる。
「俺とキスしたくないわけじゃないんだよね?」
「え、お、おう……」
「じゃあさ、キスして」
一瞬今岡はフリーズしてから、赤くなって首を振った。
「いやいやいや、無理無理無理!」
「教えて貰ったんなら出来るじゃん」
「はあ?!」
「今岡。しようよ」
少し頬を染めて笑う鳥塚に、今岡は心臓が速くなるのを感じる。
ドキドキしながら、今岡は鳥塚の隣に移動した。
「いつでもいいから」
「いつでもって……っ」
いつだよ……!と今岡は混乱しそうになりながら、そっとネクタイに手を伸ばしてからやめた。
「……今岡?」
「引っ張られたの、痛かったから……」
と今岡は入尾にされたのが痛かったのを思い出し、そっと鳥塚の肩に手を置いた。そしてゆっくり顔を近付けていく。
「……目、閉じないのか」
「だって、見たいじゃん?」
「ぐっ……」
こっちは初心者なんだぞ……?!!と思いながら、今岡はゆっくり近付いてから、あと数ミリの所で目を閉じ、えいっと唇に触れた。
「……よし、これでっ──?!!」
「いいか」と今岡が言おうとした瞬間、鳥塚が唇を塞いだ。
左手で今岡の右腕を掴み、右手を今岡の後頭部に持っていく。
「……っ──ちょっ、おまっ……!!」
「ッん、足んない──」
と鳥塚は今岡が逃げられないように右手に力を込めて、息継ぎでぷはっと今岡が口を開けたのを狙って、自分の舌を潜り込ませた。
「っ、ふぁ……ッ、ん──、ンん……っ」
「……っ、今岡、大好き……」
「っ、お、まえっ、し、た……っ!!」
「気持ち良かったでしょ?」
と満足そうに言う鳥塚に、今岡は真っ赤になって怒る。
「そういう問題じゃ……っ!!」
「まあまあ、いいじゃん。今岡、ありがとう──」
鳥塚はそう言って、チュッと触れるだけのキスをして笑った。
「こ……のッ……!!」
今岡は思いを上手く言葉に出来ず、ぐぬぬ……と詰まるのだった──
その後。
鳥塚「……、もう一回しませんか?!」
今岡「断る──!!」