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恋の路  作者: 本谷文途
15/24

キス

お久しぶりです。

やっと……キスします←

「いーまおかっ!」

「……何だ?」


 にこにこしながら近付いてきた鳥塚(とりつか)(はじめ)に、今岡(いまおか)(いく)は若干眉間に皺を寄せて返事をする。

 今は昼休みで、お昼をとろうとしていた。


上浦(かみうら)、何か用事あって一緒にお昼食えないって」

「そうか。じゃあさっさと済ませるか──」


 と弁当を取り出して食べようとする今岡に、鳥塚はちょっと待ってと止める。


「一緒に食べようよ、俺購買行ってくるから、ちょっと、てか絶対待ってて」

「わかった、待ってるよ」

「よっしゃ、約束だからな、行ってくる!」


 にかっと笑って、鳥塚は軽く走り出した。

 今岡はそんな鳥塚を見送って、少し笑う。


「……ん、汚れてる」


 ふと眼鏡の汚れに気付いて、今岡は眼鏡を外すと眼鏡拭きで汚れを拭う。


「……落ちないな」


 少し力を入れてみるも、全く落ちる気がしなかった。

 鳥塚はすぐ帰って来ないだろうと思い、今岡はトイレに行くことにする。水で流せば落ちるかもしれないと思ったのだ。

 とりあえず眼鏡をして廊下に出ると、階段の前に鳥塚と糸井(いとい)がいた。

 相変わらず糸井は鳥塚にぴったり寄り添うようにしている。

 会話までは聞こえないが、楽しそうに話しているのは見てわかる。


「…………」


 自分と話している時、鳥塚は楽しそうに笑ってるか……?

 そう思ってから、今岡はモヤモヤしてその場から離れた。

 自分の対応の仕方が悪いのは今岡もわかっているが、どうしてもまだぎこちなくなってしまうのだ。


「……あいつはキラキラで、俺はオタク。仕方ない、うん。……とりあえず眼鏡だ」


 目的を思い出し、今岡はトイレに入る。

 とりあえず、モヤモヤを消すために眼鏡を置いて顔を洗う。

 二、三回水で顔を流してからハンカチで拭い、今度は眼鏡を洗い始める。


「……落ちろ、眼鏡の汚れとモヤモヤ……!」


 「うぉぉおおお」と眼鏡を水に流していると、そこに入尾(いりお)理巧(りく)が入ってきて、眼鏡を一心不乱に洗う今岡に驚いた。


「ちょ、何してんの?」

「え、あ……、ちょっと汚れとか、色々落としてて……」


 はは、と苦笑いする今岡に、入尾は少し笑って言う。


「何? あのイケメンとのこと? 話なら聞くけど」

「まぁ……。じゃあ、ちょっとだけ……」


 と今岡は眼鏡を掛けると、入尾に簡単に自分が思っていることを話した。

 入尾は今岡の話を聞くと、なるほどねと頷いた。


「とりあえず……、今岡は鳥塚との接し方がよくわからないと。んで、女子とやり取りしてるのを見るとモヤモヤする、でもそれは仕方ないと思っている、が、モヤモヤするものはする──こんな感じ?」

「そうだな、うん、大体は」

「うーん……。とりあえず、鳥塚とはもうシた?」

「…………何を?」


 きょとんとする今岡に、入尾は「まだか」と呟いてから提案する。


「じゃあ、俺が鳥塚だと思って誘ってみ」

「誘う? ……今日、帰り空いてたら、ゲームセンター行かないか……確か新し──」

「ボケてんの?」

「ぼ、ボケてないし、誘うの意味分かってても言えるわけないだろ?! こちとら恋愛初心者だぞ!?」


 と少し赤くなって声を荒げる今岡に、入尾は「まあまあ」と続ける。


「じゃあ、とりあえずキスはしたろ?」

「……いや、してない……」

「……付き合ってるよな?」

「あぁ、そこはな」

「手は繋いだか?」

「一回はある」

「……重症だな」

「重症ってなんだ、おい」


 少しイラッとした今岡に、入尾が「落ち着け落ち着け」と両手を動かしてから訊いた。


「じゃあ気持ちはどうなの。今岡はキスしたいとか思ってんの?」

「俺は……」


 と今岡は鳥塚とキスをする所を想像して、徐々に赤くなってから「……まぁ」と答える。


「したくないわけじゃ、ない……」

「ほお。じゃあ鳥塚は? キスしたいとか言わないのか?」

「たぶん、したいん、だと思う……自分で言うのもあれだけど……」


 と今岡は眼鏡をクイッと押し上げる。

 実際、この前鳥塚がしようとしてたのは確かなので、嘘ではないだろう。


「なら簡単じゃん。一回キスすればいいじゃん。何か変わるかもしれないし」

「簡単に言うな?!??」

「いや、簡単だろ、しかも恋人なんだし。それくらい」


 どうってことないという入尾に、今岡は「はあ?」と顔を歪める。


「キスの仕方なんてわかんないんだぞ、鳥塚は慣れてるかもしれないけど……」

「じゃあ俺が教えるから、覚えればいい」


 と入尾が説明しながら勝手に始める。


「確か鳥塚と今岡って身長同じくらいだったよな……いや、ちょっと鳥塚の方が高いか。なら、まず相手が逃げないように、ネクタイを掴んで引き寄せる──」


 ぐいっとネクタイを引っ張られ、今岡は「うわっ」と思わずつんのめる。


「しっかりしろよ、これからだぞ」

「わ、悪い……」


 「てか首痛……」と思いつつ、今岡は体制を立て直し、改めて顔を上げると、思った以上に入尾の顔が近くにあった。


「近……」

「そう、んで、このくらいの近さになったら、顔を少しずらして……」


 と入尾が顔を近づけてくる。


「え……?」


 「ちょ、このままじゃ──」と今岡が入尾を突き放そうとした時、鳥塚が入ってきた。


「何してんの……」

「お。鳥塚。キスのレクチャー」

「入尾……っ!」


 鳥塚の問いにすんなりと答えた入尾に、今岡は少し焦る。


「いや、鳥塚、その……、っあの──」

「あれ……何か、ヤバイ? ……はは、俺もう行くわ、言っとくけどしてないから。今岡、何かごめんな!」


 と入尾は軽く謝ると、そそくさとトイレを出て行った。


「……今岡いないから、クラスの奴に訊いたらトイレ入ってったっていうから見に来たら……。ほんとに何してんの?」

「話聞いてもらってた、で、その……、流れで、俺キスしたことないから、その仕方を……入尾が……」


 そう答えながら、声が小さくなっていくのが自分でもわかり、今岡は口ごもる。

 鳥塚は「はぁ……」と息を吐いて、今岡に言う。


「ほんとにしてなくて良かった……。てか、俺とキスしたいとか思ってくれてたんだ?」

「ぅ……したくないわけじゃ、ないし……」

「……そっか、それでもいいや。とりあえず休み時間終わる前に、昼食べようぜ」

「お、おう……」


 案外すんなりとトイレを出ていった鳥塚を、今岡はほっとしたような少し残念な気がしないでもないような、複雑な感情なまま鳥塚の後に続いた──。


             *


「……えっと、お茶どうぞ」

「ん、ありがとう──」


 そして放課後、今岡は鳥塚を家に誘った。

 あのまま入尾とのやり取りについて、曖昧なままにしておくのも嫌だったのだ。


「あ、のさ」

「ん?」

「今日の昼の事なんだけど……」

「あぁ、入尾ね──いいよ、もう気にしてないし」

「……でも、その、一応ちゃんと言っておきたくて……」


 と今岡はちゃんと自分の気持ちを伝えようと口を開く。


「その……ちゃんと、俺、鳥塚のこと、……好きだし、あと、初めての付き合いだから、色々モヤモヤしたりしてて、でもそれは仕方なくて……だから、その……」


 上手く言葉に出来ない今岡に、鳥塚が微笑んで言った。


「好きって言ってくれるだけで十分だし、もういいよ──それより」


 と鳥塚は真剣な顔で今岡を見つめる。


「俺とキスしたくないわけじゃないんだよね?」

「え、お、おう……」

「じゃあさ、キスして」


 一瞬今岡はフリーズしてから、赤くなって首を振った。


「いやいやいや、無理無理無理!」

「教えて貰ったんなら出来るじゃん」

「はあ?!」

「今岡。しようよ」


 少し頬を染めて笑う鳥塚に、今岡は心臓が速くなるのを感じる。

 ドキドキしながら、今岡は鳥塚の隣に移動した。


「いつでもいいから」

「いつでもって……っ」


 いつだよ……!と今岡は混乱しそうになりながら、そっとネクタイに手を伸ばしてからやめた。


「……今岡?」

「引っ張られたの、痛かったから……」


 と今岡は入尾にされたのが痛かったのを思い出し、そっと鳥塚の肩に手を置いた。そしてゆっくり顔を近付けていく。


「……目、閉じないのか」

「だって、見たいじゃん?」

「ぐっ……」


 こっちは初心者なんだぞ……?!!と思いながら、今岡はゆっくり近付いてから、あと数ミリの所で目を閉じ、えいっと唇に触れた。


「……よし、これでっ──?!!」


 「いいか」と今岡が言おうとした瞬間、鳥塚が唇を塞いだ。

 左手で今岡の右腕を掴み、右手を今岡の後頭部に持っていく。


「……っ──ちょっ、おまっ……!!」

「ッん、足んない──」


 と鳥塚は今岡が逃げられないように右手に力を込めて、息継ぎでぷはっと今岡が口を開けたのを狙って、自分の舌を潜り込ませた。


「っ、ふぁ……ッ、ん──、ンん……っ」

「……っ、今岡、大好き……」

「っ、お、まえっ、し、た……っ!!」

「気持ち良かったでしょ?」


 と満足そうに言う鳥塚に、今岡は真っ赤になって怒る。


「そういう問題じゃ……っ!!」

「まあまあ、いいじゃん。今岡、ありがとう──」


 鳥塚はそう言って、チュッと触れるだけのキスをして笑った。


「こ……のッ……!!」


 今岡は思いを上手く言葉に出来ず、ぐぬぬ……と詰まるのだった──





その後。

鳥塚「……、もう一回しませんか?!」

今岡「断る──!!」

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