少しずつ
お久しぶりです。
自分たちのペースで。
「おーい、上浦ー、ちょい教科書貸してー」
前のドアから、隣のクラスの男子が上浦に声を掛けた。
上浦 俊一は話していた今岡育にちょっと行ってくると言って、前のドアに向かう。
「何、入尾、教科書忘れなんて珍しい」
「そうなんだよー、昨日ちょっと信乃とお楽しみだったからさー」
「羽目外しすぎちゃってな」と入尾 理巧がそう言って笑った。
入尾は、幼馴染みである加住信乃と付き合っている──。
「ほお、内容が気になるね」
「だろ? 特別に後で聞かせてやるよ、昨日のあれやこれやをな」
とロッカーから教科書を出す上浦に、入尾がにやついて言う。
「加住に怒られるぞ」
「言わなきゃバレないって」
「何がバレないのかな、理巧──?」
とそこに少し眉間にシワを寄せた加住がやってくる。
「次移動教室だぞ、早くしないと」
「はいはい──上浦、ありがとな」
「はいよ」
と上浦は答えて、並んで廊下を歩いて行く二人を見送り、教室に戻った。
上浦が教室に戻ると、今岡がぼそっと言葉をこぼした。
「……上浦は、顔が広そうだよな」
「そう? でもさっきの──入尾は、中学の友だちだから」
「そうなのか」
「そうそう──。あと、入尾は幼馴染みの加住と付き合ってるんだ」
「ちなみに、男ね」と今岡に耳打ちする。
「え」
「ま、何か訊きたいことあったら、入尾に訊くのも手だね。相手の加住でもいんじゃないかな」
と上浦が言うので、今岡は「そうか……」と少し考えて「でも」と続けた。
「俺、話したことないんだけど……」
「大丈夫大丈夫。なんなら紹介するし、二人」
「お、おぉ……」
上浦に笑顔でそう言われて、今岡は鳥塚とのこれからについて、色々聞いておくのもありかもしれないよな……と少し思う。
今岡は鳥塚 肇と付き合っているのだが、まだ距離感が上手く取れないのだ──。
「じゃあ……、お願いします」
「おう、任せろ──」
グッと親指を立てる上浦に、今岡は少し苦笑いした。
*
そして昼休み。鳥塚は女子に捕まっているので、その隙に上浦は今岡を連れ出した。
上浦に連れられて、今岡は空き教室に向かう。
空き教室にはすでに二人が来ていて、何気ない会話をしているようだった。
「お、上浦遅いぞ」
「そちらが今岡くん?」
と男子二人が今岡を見て訊く。
二人とも上浦と同じくらいの身長で、今岡は少し背が高くていいなと思った。
「そうそう。鳥塚と付き合ってるの」
「へえ、あのイケメンか。なんていうか、珍しいな」
「理巧──」
上浦たちの話を聞きながら、今岡はほんとに知り合ってよかったのだろうか……と思う。
「ま、あのイケメンが好きになるってことは、何かあるんだろ──。とりあえず、俺が入尾理巧。よろしく」
「俺は加住信乃。俺たちのこと、気軽に呼んでいいから。よろしく」
「えっと、今岡 育です。色々聞いたりすると思う……けど、よろしくお願いします……」
と硬い表情で挨拶する今岡を、上浦はとんと背中を叩いてリラックスさせる。
「大丈夫大丈夫、入尾だって取って食ったりしないから」
「そうそう、俺には信乃がいるし?」
「おい……!」
「……てことは、加住が──」
と今岡が口に出しそうになって、加住が止めた。
「今それはいいから!」
「そうだぜ。お楽しみの時なんかは、こいつめちゃくちゃ……って! 何すんだよ!」
「うるさい!! 黙れ!!」
と赤くなった加住が入尾を軽く殴って吠えるので、今岡は少し笑う。
隣で上浦も満足そうに二人を見ていた。
「今日は信貴のお迎え来なくていいから」
「ええ、なんでだよ」
「信貴に悪影響だからだ!」
「加住は兄弟がいるのか……」
と今岡がぽそりと呟いたのを引き金に、加住がキラキラとした目を今岡に向ける。
隣で入尾が「うわ……」という顔をして、上浦も若干顔を歪めた。
「信乃はブラコンだぞ……」
「今岡、後は頼んだ」
「え……? ちょ、何──」
と少しずつ距離をとっていく二人に今岡が戸惑っていると、加住が満面の笑みで口を開いた。
「信貴について、話していいんだよね?」
「……どうぞ──」
「何かあったらいつでも聞くからな! じゃ!」と入尾が出ていき、上浦もごめんというように手を合わせて出て行った。
今岡は嬉々とした目で見てくる加住に、休み時間が消えていく……と思いながら、話に付き合うのだった……。
*
「疲れた……」
放課後、休み時間にしっかりと休めなかった今岡は、机に伏せていた。
上浦は図書室に、鳥塚はトイレに行っている。
「……あの二人は、上手く付き合ってるんだろうな」
入尾と加住の二人を思い出し、二人からは無理をしていない感じが伝わってきて、自分たちと比べると明らかに違った。
話している時の空気感や表情、それらが全て自分たちと比べ物にならなかった。
「俺も、普通にできたらな……」
そう呟いて、今岡は目を閉じる。
鳥塚のように素直に気持を口にしたり、行動に移したりするのは難しい──。
「……何してんの」
今岡がふと目を開けると、目の前に鳥塚の顔があった。
鳥塚はいやいやと手を振って誤魔化す。
「今岡伏せてたから、寝てんのかなと思って覗いただけ! 別にキスしようとかそういうんじゃないから!!」
「……」
「スイマセン、嘘です……」
じっと見つめるとしゅんとして謝ってくる鳥塚に、今岡は少し笑う。
「ふ……。ま、少しずつ、進んでいけばいいよな……」
「……何が?」
「いや、こっちの話」
鳥塚は一人で納得する今岡を不思議に思いつつ、写真にすればよかったなと後悔するのだった──
鳥塚「もっと早くしてれば出来たかもしれない……」
今岡「は?」
もし、入尾と加住の話があるなら、ちょっと読んでみたい…!という方がいらっしゃいましたら、ムーンの方で連載中の「きみのいちばん」に目を通してみてください(^^)
話数は少ないですが、これから増えていきますので。
よろしければぜひ。
では、告知失礼しました(_ _)