嫉妬……?
お久しぶりです。
嫉妬……?
糸井の言っていた「覚悟しててね」という言葉を今岡育が実感し始めたのは、鳥塚肇がいつものように、女子たちに囲まれていた時だった。
いつものように囲まれているが、糸井だけはいつもより距離が近いように感じた。
必ず鳥塚の隣に居るし、ぴったりとくっついているように見える。
「……何も思わないのか?」
と今岡は呟く。
今岡自身、あまり女子と話す機会がないというのもあるが、あんなにぴったりとくっつかれたら落ち着かないと思う。
むしろ逃げ出したくなるだろう。
だが鳥塚は、さもそれが当たり前のような感じで居るので、今岡は少しもやっとする。
「……心が狭いのか──」
「どうした?」
と上浦俊一に訊かれ、今岡は苦い顔をした。
「いや、ちょっと、自分の心の狭さになんというか……うん……」
と今岡は言葉に詰まる。
上浦はそんな今岡に訊く。
「鳥塚か?」
「……ん──なんか、女子との距離近くないかなとか、今まではそんなこと気になんなかったんだけど、うん……」
と今岡は苦笑いする。
それから黒のメタルフレーム眼鏡を押し上げて、今岡は呟いた。
「心狭いなって……」
「それは普通でしょ。付き合ってる相手が他の人と一緒にいたら不安にもなるさ。だからそれは当たり前だし、鳥塚は今一番嬉しいんじゃない?」
と上浦は笑う。
今岡はそうなのだろうかと、鳥塚に視線を向けた。
するとぱちっと目が合って、鳥塚はにっと笑う。
今岡はそんな鳥塚から思わず目を逸らした。
「ダメだ……」
と今岡は机に頭を付ける。
上浦はふはっと笑って、今岡に言った。
「これからもっと意識すること増えるよ、楽しみだな」
「なんだよそれ……」
「ははは、見守ってる側としては最高だわ」
ニヤニヤとわざとらしく笑う上浦に、今岡は「何が最高なんだ……」とぼやくのだった。
*
その日の帰り。
鳥塚はホームルームが終わるとすぐに、今岡の席に向かった。
「今岡、帰ろ」
「うん──……」
「ん……?」
今岡の表情が若干曇っていて、鳥塚は少し首を傾げる。
「何かあった?」
「いや、べつに……」
「絶対何かあった顔してるけど、ほんとに何もないの?」
と鳥塚が今岡を見る。
今岡はちらりと鳥塚を見てから、そっと目を逸らした。
それからリュックを手にすると、今岡は歩き出す。
鳥塚は後を追いながら、今岡に言った。
「……ねえ、さっきも目合った時逸らしたけど、それも関係してる?」
「……から……」
「え……? ごめん、もう一回言って、聞こえなかった」
鳥塚が今岡の顔を覗くように見ると、今岡が少し顔を赤くして言った。
「心が狭いから……」
「え?」
「っだから、鳥塚が女子とぴったりくっついてんの見ると、何かもやっとするんだよ──。心が狭いの、ごめんな」
と今岡は言って、きゅっと口を引き結ぶ。
言うつもりはなかったのだが、思わず言ってしまった。
鳥塚は少し照れたように笑うと、嬉しそうに今岡に言う。
「何それ、めっちゃ嬉しい──嫉妬してんの?」
「はあ?」
「あー、はは、ヤバイ」
と鳥塚は口を手で押さえて、にやけを堪える。
「今岡でもそういうのあるんだな」
「今まではなかったよ……! お前とそういう関係になって、それからだ……」
と今岡は口ごもる。
鳥塚は余計嬉しくなって、今岡に言った。
「それって、俺が初めてってこと?」
「え、まぁ……」
「うわ、それ最高なんだけど……! とりあえず、今岡の初めては全部俺がもらえるってことでしょ? やば、テンション上がるわ」
と鳥塚はにひひと笑う。
今岡はそんな鳥塚を見て、今岡は思わず言っていた。
「……テンション上がることか?」
「当たり前でしょ、だってこれからすること全部が、今岡にとって初めてで、記念すべき第一回なんだよ? そこに俺が居られるって、めっちゃ嬉しいことだからね」
と鳥塚は力説する。
今岡はよくわからないが、小さく笑った。
「……そう」
「おう! よし、じゃあ今から放課後デートとしましょうか」
と鳥塚はにっと笑って、先を歩き出す。
今岡は後を追いながら、鳥塚に訊いた。
「どこ行くんだ?」
「前訊いたじゃん、ゲーセン」
と鳥塚は振り向いて笑う。
今岡は少し驚いてから、小さく笑った。
*
「おー……! すげー!」
ガタンと今岡がUFOキャッチャーで景品を落とす。
それも一発で取れたため、鳥塚は拍手する。
その景品は、今岡の好きなマンガである『異世界でハーレムを!』のモブキャラである、二頭身のタヌキのぬいぐるみだ。このぬいぐるみだけは、女子からの人気もあるためこうして商品になっている──。
「まぁ、これくらい普通かな」
「えー、絶対ムズいじゃん」
「はは、一回やってみれば」
今岡に促され、鳥塚は二百円を機械に入れる。
「おっし──」
と鳥塚は気合いを入れて、ボタンに手をかけた。
「よし、いけ!」
アームの焦点を商品に合わせ、機械の横に移動して確認する。
「んー……。よし」
ボタンを押して、アームの動きを見守る。
「お、いんじゃねいんじゃね?」
「どうかな──?」
と言った今岡の言葉通り、アームは商品を掴んだと思ったら、上にあがった衝撃で、ぽとりと商品を落とした。
「あ~っ、マジかよ!」
「ははは、そんなもんだ」
「くそ~っ、これでむきになって金取られるんだな、く~」
と鳥塚は悔しそうに顔を歪める。
今岡はそんな鳥塚に、さっき取ったタヌキのぬいぐるみを渡した。
「要らなかったら、捨てていいから」
「え、くれんの? いいの?」
「うん……、楽しかったから」
と今岡は笑う。
「あ、ほんと、鳥塚が要らなかったら捨てていいから」
「捨てないよ、大事にする──」
と鳥塚はタヌキを優しく抱き締めた。
「今岡だと思って大事にするよ!」
ぎゅっと抱き締めて、チュッチュッと軽くキスをする。
「うわ、やめろよ、気持ち悪い」
「ん? あ、本当にしてほしい? 仕方ないなー」
と鳥塚は今岡に近づく。
今岡は後ずさりながら、鳥塚に言った。
「やめろ! 近づくな!」
「わかったから、ガチで避けるのやめて!」
と鳥塚は止まる。
それからタヌキにキスをすると、そのタヌキを今岡の口に当てた。
「……何?」
「ふはは、間接キス!」
「な……っ、バカか」
「次は直接するから、覚悟しといて」
「まぁ、無理矢理はしないけど」と鳥塚はにっと笑う。
今岡はそんな鳥塚に少しドキッとして「ぐっ……」と言葉に詰まるのだった──
ぬいぐるみを持ち帰った鳥塚
鳥塚「あー、宝物だわ(ぎゅっと抱き締めて)」