覚悟しててね
お久しぶりです。
糸井さん、今岡に──
今岡育と鳥塚肇が付き合い始めて、数日が経過した。
その間、行われた考査の答案用紙も返され始めていて、その点数に歓喜の声をあげる者もいれば、悲鳴をあげる者もいる。
もちろん、声にも出せないような点数を取った生徒もいるようで、机に突っ伏している生徒もいた。
「点数どうだった?」
「んー、まあまあかな」
上浦俊一が今岡に訊くと、今岡は返されたテストの点数を思い出しながら答えた。
「そっか。ま、俺もまあまあだったけど──」
と上浦も答える。
「鳥塚くーん、テストも終わったし、遊びに行かない?」
一人の女子の通る声に、今岡と上浦は前のドアに顔を向けた。
そこには、鳥塚と鳥塚を囲むように数人の女子たちが集まっていた。
よく見ると、鳥塚に告白をしていた糸井の姿もある。
「さすが、モテる男は違うね」
「……そうだな──」
上浦の言葉に、今岡は同意して鳥塚を見る。
鳥塚は笑顔で受け答えをしていた。
「今岡は、あそこに入りたいと思わないの?」
「んー、別に。疲れそうだし……」
と今岡は答える。
そしてふと、見られていることに気づいた。
「……ぁ」
「どうした?」
「いや、なんか……見られてる、糸井さんに──」
鳥塚の後ろにいる糸井が、今岡を見ていた。
糸井はすっと鳥塚たちの群れから外れると、後ろのドアから回って入ってくる。
そして今岡の横まで来ると、今岡に言った。
「……ちょっと、いいかな」
「まぁ……」
「じゃあ、ちょっと借りるね」
「お、おぉ──」
糸井は上浦に言って、先導するように歩き始める。
今岡は、嫌な予感を感じながら糸井についていった。
*
そして普段使わない空き教室に、今岡は案内された。
向き合ってから、糸井は口を開く。
「私、こないだ見たんだ。鳥塚くんと今岡くんが、手繋いで帰るところ。鳥塚くん、すっごく嬉しそうだった」
今岡は見られていたとは知らず、思わず息を呑む。
「……それで、鳥塚くんが好きなのって、今岡くんだよね? 最近気づいたんだ、鳥塚くんがちらちら見てるのって、今岡くんだって」
「…………」
「告白されたんでしょ? 今岡くん、鳥塚くんに──それで付き合い始めて、手繋いで帰った、でしょ?」
一つ一つ確認するように、糸井は今岡に訊く。
今岡は黙って聞いた後、小さく頷いた。
「……うん」
「そっか──」
糸井は小さく呟くと、ぱちんと思い出したように手を叩いた。
「私ね、鳥塚くんにも言ったんだけど、諦めないから。好きな人には幸せになってほしいけど、私は好きな人と幸せになりたいの──だから、覚悟しててね」
そう糸井は言って、ふふと小さく笑う。
今岡はそんな糸井を見て、思わず感心してしまった。
こんなにも相手を想って行動することが、自分に出来るだろうか……。
「あ。でも、卑怯な手は使わないから、安心して」
「卑怯な手?」
「そう。例えば……今岡くんは男好きで、クラスの男子をいつもそういう目で見てました、とか──それで、鳥塚くんを引きずり込んだ、みたいな」
と糸井は言って、我ながらいい考えと笑う。
今岡は冗談じゃないと声を荒げた。
「っ別に俺は、男が好きなわけじゃ……!」
「冗談だよ、冗談──私そういうことはしないから」
今岡は何となく遊ばれている気がして、少しムッとする。
すると、前のドアが開かれて鳥塚が姿を見せた。
「上浦から聞いて来たんだけど……何してんの?」
「ううん、なんにも。世間話──ね、今岡くん」
「え、あぁ、うん……」
「ふーん……。ま、いいけど──」
鳥塚は若干眉間に皺を寄せたが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「今岡、そろそろ授業始まる。糸井さんも早く戻った方がいいよ」
「うん、ありがとう、じゃ」
と糸井は笑って出ていく。
今岡はさっき言われたことを反芻して、溜め息を吐いた。
「今岡……?」
「……ん?」
「何かあった?」
「いや……、何も──」
と今岡は答えて、黒のメタルフレーム眼鏡を押し上げる。
鳥塚に言っても解決しないし、第一これは自分に言われたことだ。鳥塚に言うことじゃないと今岡は思う。
「あ、今岡」
「ん……?」
「今度さ、デートしよ、デート」
と鳥塚は嬉しそうに笑って言う。
今岡はバカかと鳥塚に注意した。
「お前、誰かに聞かれたらどうすんだよ、やめろよ」
「じゃあ、ラインとかならいいのか?」
「う……まぁ、それなら……」
「わかった! じゃ、後で詳しくラインする──」
と鳥塚は「やったぜ」と笑って、教室に戻っていく。
今岡は鳥塚とのデートより、糸井が何をしてくるかが気になった。
「……とりあえず、鳥塚との関係はバレないようにしないとな」
そう今岡は一人呟いて、空き教室を後にするのだった──
その日、鳥塚からのライン
『デート、どこがいい?
1、遊園地
2、水族館
3、動物園
4、ゲーセン
5、家(今岡でも俺んちでも)』
今岡「……4だな──」