手と目
お久しぶりです。
何かがありそうな予感……
考査最終日──。
無事考査も終わり、それぞれ部活や委員会に向かい始める。
もちろん家に帰る生徒もいるわけで、今岡育もその内の一人だ。
今岡が帰りの支度を済ませ、リュックを背負ったところで、彼はやってきた。
「いーまおか、一緒に帰ろ」
「……さっき、誘われてなかったか? 女子たちに」
帰りの誘いをしてきた鳥塚肇に、今岡は若干眉間に皺を寄せて訊く。
鳥塚はニッと笑って答えた。
「断った。今日は今岡と帰りたかったから。それに──」
そっと今岡の耳元で、鳥塚は囁く。
「付き合って初めての帰りだから」
「っお、まえ……!」
「今岡顔赤いぞ、可愛いけど」
「くっ……!」
と今岡は、反論出来ずに顔を背けた。
昨日やっと鳥塚に今岡が返事をして、付き合いが始まったのだ──。
「今岡、帰ろ」
「……図書室、寄ってからでいいなら」
「もちろん」
「ぁ、おぉ……」
嬉しそうに笑う鳥塚に、今岡は少し戸惑いながらリュックを背負う。
「今岡は、よく図書室行くの?」
「ん、まあ。ほどほどに──新しいラノベとか入ってるかとか、普通に面白い本ないかとかそんな感じ」
と二人は廊下に出て歩き出す。
「そういえば、こうやって二人で廊下歩きながら話すのって、初めてじゃね?」
「確かに。言われてみれば──」
と今岡は思い出す。
大概鳥塚はいつも誰かと話しているし、今岡は今岡で休み時間は教室に居ることが多いので、こうして二人でというのはない。
移動教室も上浦俊一が居るので、本当に二人きりということがないのだ。
「……なんか、何話せばいいのかわかんなくなるわ」
と鳥塚は苦笑いする。
「何で?」
「だって、緊張するじゃん。好きな人と二人きりとか──今岡はしないの?」
そう鳥塚に問われ、今岡はきょとんとしてから赤くなる。
「さ、さらっとそういうこと言うなよ、気にしてなかったのに……!」
変に緊張するじゃないか!と今岡は黒のメタルフレーム眼鏡を押し上げ、ドキドキし始める。
鳥塚もそんな今岡を見て、少し頬を赤くした。
「……なんか、ごめん」
「いや……べつに……」
少しぎくしゃくしたまま、二人は図書室に入った。
図書室に入ると、生徒が誰一人いなかった。
司書さんも、隣の蔵書置き場の整理に行っているのか、受付には『ただいま整理中 借りる場合は隣の部屋に一声お願いします』と書かれた紙が置かれていた。
「すげー、貸し切り状態じゃん」
「ほんとだな」
と今岡は言って、本を見ていく。
「ん、今岡今岡、こういうの読むの?」
鳥塚も本棚に目を通してから、一冊の本を手に取り、今岡に見せた。
今岡はその本を鳥塚から受け取って、目を通す。
「あ、これ続編だ。ちょうど続き出てないか気になってたやつ。ありがとう」
と今岡は鳥塚を見て少し笑う。
「どういたしまして……!」
と鳥塚は確実に自分に向けられた笑顔にキュンとして、一人顔を覆った。
「何してんの……?」
「気にしないで……ちょっと感動してるだけだから」
「はぁ──鳥塚は、何か読んだりするのか?」
すでに数冊手にした今岡は、鳥塚に訊く。
鳥塚は少し考えてから答えた。
「んー、読書感想文とかでなら読む。あとは雑誌とか」
「そうか。じゃあ、あんまり楽しくないか──」
「ごめんな……付き合わせて」と今岡は苦笑いする。
それから本を抱え直して、今岡は言った。
「あともうちょっとだけだから、ちょっと待ってて」
「そんな急がなくていいよ、俺もちゃんと楽しいから」
「でも……」
と今岡は申し訳ないというような顔をするので、鳥塚は両手を腰に当てて言った。
「いいんだって。今岡と会話楽しめてんだから──俺はそういうことを言いたいの」
と鳥塚はニッ笑う。
今岡は少し赤くなって「あ……そう……」と背を向けて奥に向かった。
「……それにさ、今岡」
「うん──っ?!」
鳥塚の方に振り返ろうとした時、今岡は鳥塚に抱き締められた。
「こうやって、くっつけるじゃん?」
「おまっ……」
「ははは、背中を向けた今岡が悪い──」
と鳥塚は今岡を後ろから抱き締めたまま、嬉しそうに言う。
「あー……ずっとこうしてたい」
「バカじゃないのか!?」
「バカでもいいけど──?」
と鳥塚は今岡の耳元で囁いた。
今岡はビクッと肩を上げてから、口を開いた。
「し……」
「し──?」
「司書さーんっ!! 本借りますーっ!!」
と今岡がいきなり大きな声を出したので、鳥塚は驚いて声をあげた。
「はいっ?!!?」
鳥塚が離れると、その隙に今岡は受付まで走る。
すると隣に続くドアから司書さんが戻ってきて、少し機嫌悪そうに言った。
「あのね……借りてくれるのはいいんだけど、ちゃんと呼びに来てくれる? 叫ぶんじゃなくて──次やったら許さないわよ」
「はい、すいません……」
今岡は肩を落として謝る。
そして司書さんに軽く頭を下げてから、今岡と鳥塚は図書室を後にした。
「今岡怒られてやんの」
少ししてから鳥塚が言うと、今岡は声を荒げて鳥塚を睨む。
「それはお前がっ……!」
「ははは──今岡」
「なんだよ」
「好き」
「っ──こういう時によく言えるな!」
「まあね」
怒りながらも顔を赤くする今岡を見て、こういう時もちゃんと意識してる今岡を、鳥塚は可愛いと思う。
「照れんなって」
「照れてないわ──怒ってんだよ!」
下駄箱で靴に履き替えた今岡は、眉間に皺を寄せて鳥塚を睨み付ける。
「何その顔、ウケるんだけど」
と鳥塚は靴に履き替えて笑った。
「っ……帰る──」
今岡はこれ以上怒っても無駄だと思い、歩き出す。
「今岡、ちょ、待って待って」
「なんだよ──はっ!?」
隣に来て手を握ってきた鳥塚に、今岡は思いっきり不機嫌な声を出す。
鳥塚は気にせずに、嬉しそうに笑って言った。
「付き合って初めての、手繋ぎ」
「なっ……、誰かに見られたらどうす」
「俺は平気だから、気にしなーい」
「あ、おいっ、離せって……!」
繋いだまま歩いていく鳥塚に今岡は吼えるが、鳥塚は人差し指を口の前に持ってくると、いたずらっぽく笑った。
「騒ぐと、余計目立っちゃうぞ」
「このやろ……っ!」
「大丈夫だって──」
ルンルンと歩く鳥塚に、今岡はひやひやしながらも、仕方なくついていった。
「ぇ……何? 今の──」
そして二人は知らない。
ちょうど帰ろうと下駄箱に来た糸井に、見られていたことを……──
別れる所までずっと手を繋いでいた。
鳥塚「また手繋いで帰ろ(^^)」
今岡「……(睨む)」