返事
やっと、今岡が──
あれから帰り道を歩きながら、鳥塚肇に今岡育は質問をした。
そして今、今岡は鳥塚が答えてくれたのを思い出していた。
『好きな食べ物は?』
『親の作る肉じゃが』
と笑顔で答える鳥塚。
『嫌いな食べ物は?』
『今のところは特にない』
と少し考えて頷く鳥塚。
『好きな教科は?』
『体育!』
グッと拳を作って、ガッツポーズをする鳥塚。
『嫌いな教科は?』
『音楽。俺、歌も楽器も苦手だから』
と苦笑いする鳥塚。
『好きなキャラは?』
『……キャラ? うーん、あんまり知らないからな……、あ、シズク! 前読ませてもらったやつの』
そしてニヒッと鳥塚は笑って、嬉しそうに続けた。
『今岡と一緒のキャラ──』
「ふ……」
一瞬笑みがこぼれて、今岡は黒のメタルフレーム眼鏡を押し上げる。
そして何で笑ってしまったのか、今岡は首を傾げた。
今はテスト中で、そんなことを考えている場合ではないのだが、見直しまで終わっているため、ちょっとだけ昨日の事を考えていたのだった。
そして一つ気づいたことがある。鳥塚は表情がよく変わる。喜怒哀楽がわかりやすいのだ。
(昨日もよく表情が変わってたな)
またふっと笑いそうになって、今岡は眼鏡を押し上げる。
(何浮かれてんだ……? ……ん? ……浮かれてる? 何で──? 昨日色々知れたから……?)
ふと昨日の鳥塚の笑顔が頭に浮かび、今岡はきゅっと口を引き締めた。
(俺だけに、話してくれたから……?)
そう思ってから、今岡はかあっと顔が熱くなる。
(……え? ……なに? 鳥塚のこと独り占めしたかったの? ……て、てか、やっぱり──)
今岡はすっと顔を右手で隠して、それから眼鏡を押し上げた。
そして小さく溜め息を吐いて、今岡は自分の本当の気持ちを受け入れた。
ドキドキと脈打つ心臓と共に、鳥塚が好きだということを──。
*
考査も終わり、最後の考査を明日に控えた放課後。
今岡はいつ伝えようかと機会を見計らっていた。
休み時間は鳥塚は誰かしらと居るし、話し掛けられる状況ではない。
「これじゃ、伝えるもなにも……」
「どうした? 今岡」
「わ、上浦──」
今岡は、いつの間にか隣に来ていた上浦 俊一に驚いた。
「何だよ、そんな驚いて……。鳥塚のことでも考えてたのか?」
「ぅえっ?!」
「マジか、ウケる──」
と変な声を出した今岡を見て、上浦は笑う。
「か、からかうなよ!」
「なに、やっと鳥塚に返事する気になったの?」
今岡が少し赤くなって黙ったので、上浦はよかった、と微笑んだ。
「……やっとか、おめでとう!」
「いや、まだ伝えてないから……」
と今岡は苦笑いして言った。
「なんだ、早く伝えればいいのに」
「いや、だって、今楽しそうに話してるし……邪魔するのも悪いし……」
前のドア近くで、鳥塚は楽しそうに男女数人と話している。
「……そっか。ま、頑張れ」
「お、おぅ……」
「じゃ、今日は俺本屋行く予定あるから、また」
と上浦はひらりと手を振って、教室を出ていった。
上浦を見送ってから、今岡はちらりと鳥塚の方を見る。
するとちょうど鳥塚と目が合ってしまって、今岡は焦って目を逸らした。
「きょ、今日はもう帰ろう、うん──」
今岡はいそいそと帰る支度をして、リュックを手にする。
「今岡、帰んの?」
と鳥塚が話を終えたのか近づいてきた。
「ま、まあ……」
「なら、俺も一緒に帰ろっと」
にこにこと鳥塚は自分のリュックを手にして、今岡の前に来て止まる。
「と、鳥塚……!」
「ん?」
「べ、勉強しないか──?!」
名前を呼んだものの、何を言えばいいのかわからなくなり、今岡は思わず言っていた。
鳥塚は一瞬きょとんとしてから、笑って言った。
「いいよ──じゃあ、今度は俺の部屋で」
「え──」
「ほら、前今岡の部屋行ったから、今度は俺の部屋の方がいいかな、と思って」
「あ、あぁ……、じゃあ、大丈夫なら、お邪魔します……」
「やった。じゃ、行こう!」
と鳥塚は笑って歩き始める。
そんな鳥塚とは反対に、失敗した……と今岡は思いながら鳥塚の後をついて行った。
*
鳥塚の部屋に着いてから、二人は勉強道具を簡易テーブルに広げて、向かい合うように座っていた。
「…………」
「…………」
どちらからも特に話題を出すこともなく、静かに時間が過ぎていく。
たまに教科書やノートを捲る音や、文字を書く音だけが耳に届いてくる。
そして先に声を発したのは、鳥塚だった。
「……あー、もー、無理──」
シャーペンをノートの上に放り出し、鳥塚は頭を抱える。
今岡は少し驚いて、鳥塚を見た。
「ど、どうした……?」
「……もう終わりにしよう、俺がもたない」
と鳥塚は苦笑いして片付けを始める。
「今岡ごめん。誘ってくれて嬉しかったけど、もうやめよう。明日テスト最後だし、俺一人で勉強したいから──」
教室を出る時は嬉しそうに笑っていたのに、今の鳥塚は笑っていなかった。
「鳥塚……?」
「……──」
鳥塚は今岡の声が聞こえていないかのように、片付けを続ける。
「鳥塚」
「今岡も、片付けて」
「鳥塚──」
「ほら、はや」
「聞けよ!」
動きを止めて、鳥塚はそっと顔を今岡に向けた。
今岡は怒っているような、悲しいような、よくわからない顔をして鳥塚を見ていた。
「い、まおか……?」
「勉強しようって言った俺が悪かった……。ほんとは、勉強しようとか思ってなかった──」
「そんなのは口実で……」と今岡は恥ずかしそうに顔を背けて、眼鏡を押し上げる。
「……ほんとは、返事しようと思って鳥塚呼んだんだけど、まだ人居たし、あそこで言うのは気が引けたから……。だから、どっか別の場所でって思ったんだけど──上手く言えなかった……」
カッコ悪い、というように今岡は赤くなって俯く。
それから少しして、今岡は意を決するとさっと顔を上げて口を開いた。
「──俺……鳥塚のこと、好きだから……」
そう言ってからいっそう赤くなって、今岡はわたわたと勉強道具を片し始める。
「っ……じゃ、じゃあ今日はこれで……!」
「今岡──」
ぎゅっと鳥塚が、片していた今岡の手を握った。
今岡はテーブルに顔を伏せたまま固まっている。
「な、に……」
「こっち向いて」
テーブルからゆっくり顔を上げると、鳥塚が少し頬を赤く染めて今岡を見つめていた。
「今岡──」
鳥塚は小さく深呼吸してから、真剣な顔で告げる。
「好きです。俺と付き合ってください」
今岡は赤い顔のまま、はぁ……と溜め息を吐いた。
「……はい」
鳥塚は握っていた手を離すと、今岡の横に移動し、ストンと腰を下ろして笑った。
「ありがとう、超嬉しい、幸せ──」
緩んだ顔で、鳥塚は今岡を見る。
今岡はそっと顔を逸らして、眼鏡を押し上げた。
「なぁ、こっち向いてよ」
「いや、無理……」
「今岡」
「なに……」
と顔を背けたまま、今岡は返事をする。
鳥塚は今までにないくらい満面の笑みで言った。
「これからよろしく!」
「ん……まぁ……」
顔を背けたまま「よろしく……」と呟いた今岡に、鳥塚は諦めないで良かったと微笑むのだった──
その後。
鳥塚「今岡、キ」
今岡「しないから!(即答)」
鳥塚「デスヨネー(苦笑い)」