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麗らかな…

恋に落ちた秋

麗らかな…シリーズ、春太郎が高校時代、麗に恋をするお話です。

肩につくかつかないか位の艶のある美しい黒髪。

すうっと通った鼻筋。白くて柔らかそうな肌。長い睫毛。艶やかな唇。うっすら紅色の頬。


今日も美しい彼女の横顔。


でも、その瞳はなんとなく暗い。


急に彼女が俺の顔を見る。俺の目をじっと見つめ、彼女の教科書を指差し、声を出さずに口だけを動かして何か俺に伝えようとしてくれているようだ。


やっぱり可愛いなぁ…。うっかり見惚れてしまう。


「浅井 春太郎!余所見をしない!教科書読みなさいって何度言ったらわかるの?いくら八重山が可愛いからって授業中に見惚れてるんじゃないわよ?158ページの3行目から。」


教室中からどっと湧き上がる爆笑。

隣の席の八重山も呆れ顔で笑っている。






***


今から約2年前、高校1年生の秋、体育祭の借り人競走での出来事。引いたお題に書かれた人を探して、2人3脚でゴールまで走る競技。彼女はそれに出場していて、彼女が引いたお題が『男子テニス部の人』だった。


「男子テニス部の人、いませんかー?」

「春太郎、お前テニス部だよな?ちょっと頼まれてくれ!おーい、八重山、こいつテニス部!」


彼女のクラスメイトで俺の中学からの友人、岡崎 啓の頼みで男子テニス部所属の俺は彼女と走り、見事1着でゴールした。


2人3脚をしていて…時々ふんわり漂っていたフローラルな甘い香りはシャンプーの香り?…なんだか不思議な気分だ。


「浅井くん、ありがとう!」


その時の彼女の笑顔が今も忘れられない。

俺だけに向けられた柔らかな笑顔。


それまではただ、「啓のクラスの可愛い子」という認識だった彼女が、「すごく気になる女の子」になってしまった。


その日以来、彼女と俺は顔見知りになった。朝会えば「おはよう」と挨拶し、帰り際会えば「バイバイ」とか「じゃあな」と挨拶する。ただそれだけだったけれど嬉しくて仕方がなかった。彼女と挨拶を交わした日は1日調子が良かった。




進級時にクラス替えがあるのだが、残念ながら2年でも彼女とはクラスが別だった。

幸い、啓繋がりで友達になった康介とか、テニス部で一緒の奴とか、同じ中学で仲良かった奴らと彼女が同じクラスだったので、何かと理由をつけては彼女のクラスへ顔を出した。


「康介!化学の教科書と資料集…出来ればノートも貸してくれ!」

「悪りぃ、今日持ってないわ。」

「そっか…小林持ってる?」

「俺も無い。」


ある秋の日、忘れた教科書を借りに康介のクラスを訪れた。康介も、テニス部で一緒の小林も持っていないという。

普通科文系で化学を取っているのは2クラス。俺のクラスと康介のクラスだけ。しかし、康介のクラスは今日は化学の授業がないらしい。諦めて別棟に教室がある普通科理系か理数科のクラスまで借りに行くしかないか、そんな会話を康介達としていた時だった。


「私持ってるよ?貸そうか?」

「マジで助かる!死ぬほど嬉しい!!八重山さん、ありがとう!!」

「死ぬほど…って。浅井くん相変わらず面白いね。はい、ノートもいる?」

「ノートも借りれるならすげぇありがたい。」


マジで嬉しかった。俺にとっては本当に死ぬほど嬉しかったのだ。しかも、渡してくれる時の笑顔がメチャクチャ可愛くて、心臓の鼓動が早くなった。その笑顔が俺だけに向けられているのだと思うと夢の様だった。

綺麗に使われていた教科書と資料集。ノートを見ているだけでドキドキした。読みやすくて整った文字。綺麗にまとめられている。返すとき、また会える…そう思っただけで少し緊張した。


彼女はいつの間にか「すごく気になる女の子」ではなくなっていた。「すごく好きな女の子」だったのだ。






「5組の八重山 麗(やえやま うらら)、可愛いよな…。」

「でも歳上の彼氏がいるって噂だろ?」

「この間、それっぽい人に車で迎えに来てもらってるの見たけど、マジでヤバイ。すげぇカッコ良かった…。」


優しくて可愛い彼女がモテないはずもなく、テニス部でも、クラスでも、それ以外でも、時々彼女の事が話題に上がった。彼女に惚れてるやつなんて俺だけじゃなくてたくさんいた。

俺が実際に見たわけではないが、俺の友人達は彼女が年上の彼氏らしき男性と一緒にいるところを目撃している。皆が口を揃えて、超男前、あんな人にはとても敵わないと言う。


付き合えるものなら彼女と付き合ってみたいとは思うが、所詮俺にとっては高嶺の花。叶わぬ恋なのだとわかっているが、彼女をどうしても目で追ってしまう俺がいた。




3年生になると、同じクラスになった。クラス名簿を見て俺と彼女の名前を見つけた時は自分の目を疑った。他に、康介や啓も同じクラスだ。


今まで俺が思っていた以上に、彼女は気さくで、すごく親しみやすい良い子だった。きつい冗談でも笑って流してくれたし、周りを良く見て気も配れる。

彼女の特に仲の良い友人の中村 貴子は、康介の遠い親戚らしく、そのつながりで、俺と彼女も割と仲良くなれた。



夏休み終盤、康介に英語を教えて欲しいと言われ、康介の家に集まって勉強会をする事になった。

メンバーは俺、康介、啓、それから博之。

博之は2年の時、俺と同じクラスだった。勉強も出来て、スポーツも出来て、背も高くて顔も良い。友達思いの結構いい奴。彼は羽目を外しがちな俺を制止してくれる。


「あと2人来ることになってるから。」


康介にそう言われたが、誰が来るかなど別に気にも留めていなかった。とりあえず集まったメンバーだけで先に勉強を始める。そして30分後、意外な2人がやってきた。


なんと…八重山と中村だった。

まさか女子…しかも八重山だとは思ってもいなかった。啓と博之も俺と同じだったようで、俺たち3人は鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていた。


初めて見る八重山の私服。ノースリーブのふんわりしたワンピースにレギンスを合わせ、普段下ろしている長い髪はアップにまとめられていた。…うなじが…見える。


マジで可愛い。

ドキドキするし、顔が熱い。


彼女は数学が苦手だと言う。彼女が解いてきた数学の宿題を、博之が間違いがないか確認し、間違ったところを彼が教えているようだった。

八重山と博之の顔が近い。なんだろう…このモヤモヤした気持ちは…。

しかも、八重山が博之を見つめる目がキラキラ輝いているし、心なしか頬も赤い。

もしかして…八重山は…博之の事が…。



案の定、八重山は博之の事が好きらしい。



途中、勉強の息抜きにと、八重山と中村が持ってきてくれたアイスクリームを食べた。

その時、康介と啓が、博之を囲んで話している話を聞いた途端、女子2人の表情が強張った。苦しそうな表情の八重山と、八重山を心配そうな目で見つめる中村。

それに気付かず、盛り上がる男3人。

そんな様子を見ながらアイスクリームを黙々と食べる俺。


俺以外の男3人は、博之が一昨日から付き合っているという彼女の話に花を咲かせていた。


八重山は、皆に気付かれないように必死で笑顔を作っているようだった。



「八重山ぁ、英語なら俺に任せろ!」

「ありがとう。でも今日は英語の道具持ってきてないの。ごめんね。私、書きかけの小論文終わらせるわ。」


そろそろ勉強始めようか、という頃思い切って八重山に声をかけるが断られてしまう。

八重山は嘘をついている。さっき、彼女の鞄の中に、問題集も、参考書も、電子辞書も入っていたのを俺は見たのだ。きっと、話しかけずにそっとしておいて欲しいのだろう。


苦しかった。

でも、八重山はもっと苦しいはず。


八重山は、小論文を書き終えると中村と一緒に急な予定が入ったのを思い出したから…と帰ってしまった。



「やっぱ八重山、私服も可愛いな。」

「今日の髪型で学校も来れば良いのにな…。」

「博之の彼女と八重山だったら、ぶっちゃけどっちが可愛い?」


博之は、啓の質問に少し悩んだ後答えた。


「世間一般から見たら八重山だけど、俺的には彼女。」

「うわ、惚気かよ…。今度写真見せてくれ、写真。」

「いいなぁ…俺も彼女欲しいぜ…。」


博之の惚気た答えに、羨望の眼差しを向ける2人。


「八重山可愛いけどさ…歳上のイケメンな彼氏がいるって噂だもんな…。」


啓が残念そうに言う。

啓も八重山が好きなのだろうか?先程から可愛い可愛い言ってるし…。


「それ、彼氏じゃないらしいぜ?」


康介が言う。おそらく中村情報。なら信憑性が高い。


「貴子が言うには、それは八重山の姉の旦那らしい。八重山自身に彼氏はいないって。好きな人はいるっぽい。」

「うわぁ…八重山に惚れられてるとか羨ましすぎるよな。一体誰だよ?」

「啓、彼氏いないって言うんだし、好きなら告白したらいいんじゃねぇの?」


やはりソースは中村か。

博之が啓に告白を勧めるとか…八重山が気の毒すぎる。八重山が好きなのは、間違いなく博之だ。さっきの一連の様子を見たら明らか。


「いやぁ…それはなんか違うんだよな。八重山は可愛いし、すげぇ良い子だよ?でも付き合うのは恐れ多いっていうか…今のこの関係を壊したくないっていうか…。」

「言いたいことは分かるわ…。振られたら今みたいに絡めないもんな…もし万が一付き合えたとしても、周りのやっかみが怖いし…。」

「で、春太郎はどうなの?八重山好きなんだろ?」


啓の答えに、博之が同意したかと思ったら、康介がいきなり俺に話を振ってきた。


「はぁ!?なんで…急に俺!?」

「いやぁ、今日もずっと八重山の事見てたなぁって思ってさ。」

「そりゃ、いつもより可愛いんだから見ちゃうだろ?…啓と一緒だよ!俺なんか無理だって…。高嶺の花ってヤツだし。」


やっぱそうだよなぁ…と、皆が同意して笑い、八重山の話はそこでおしまいになった。





新学期、登校すると長かった八重山の髪は顎よりほんの少し長いくらいのボブになっていた。


「八重山髪切ったの?ロングが似合ってたのに勿体無い。」


博之はなんて酷な事を言うのだろうか…。そんな博之に向かって彼女は一生懸命笑おうとしている…。凄く苦しそうだ。


「俺は短い方が似合うと思うぜ?すげぇ可愛いよ。」


口を突いて出た言葉に自分でも驚いた。本人に向かって可愛いとか…初めて言っちゃったよ!?

博之が少し驚いた顔で俺を見る。


「浅井くん、ありがとう…。暑かったからさ…思い切ってばっさりね…やっぱり短いとシャンプー楽で良いわ。」


ありがとう…までは俺に向けてだったが、それ以降は博之に向けて答えていた。

そっか、確かに大変そうだよな…そう言うと博之は何処かへ行ってしまった。残された彼女は小さく溜め息を吐くと、悲しそうな顔をした。





それ以降、俺は彼女の沈んだ瞳が気になって仕方がない…。

それは時間の経過と共に、だんだん光を取り戻しつつあるが、未だなんとなく暗さが残っている…。






***


「春太郎、結城の姐さんに言われたい放題だったな。」


授業が終わり休み時間、腹を抱えながら笑う康介に声をかけられる。『結城の姐さん』とはうちのクラスの担任で、先程の授業で俺を注意した先生だ。

三十路直前、なかなか理解のある姉御肌のいい先生で、俺たちは『姐さん』と呼んでいる。


「酷いよ、せっかく教えてあげたのにさ…巻き添え食らわせないでよね?恥ずかしかったんだから…。」


隣の席の八重山にも声をかけられる。

先程まで、なんとなく暗いと感じていた八重山の瞳は光を取り戻し、久しぶりに見る柔らかな笑顔。


その笑顔で、俺は幸せな気持ちになる。

この笑顔をずっと見ていたい。

この笑顔を俺が守りたい。




まさか、そんな日が十数年後、実際に訪れる事になるなんて、この時の俺はまだ知らない…。

冒頭部分で、春太郎を注意した先生が、「祝福される春」のラストで乾杯の音頭を取っていたりします。


これから読まれる方、申し訳ありません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 男性目線から書かれていているのがいいなと思いました。恋愛ものとなると女性目線が多いので新鮮味があって面白かったです笑 [一言] もしよろしければ私の小説も読んで欲しいです。これから恋愛系の…
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