薬罐頭
麻々 翠庵さんのニコ生でやっている小説発表会に参加してみました。
テーマ 「春」
文字数 800~1500
対象 文章作品(小説 詩 その他なんでも)
薬罐頭
薬罐頭が御天道様で照り返る。
この目潰しの計も久しゅう。
三月とも成ると、日差しも良い塩梅となり、何時百花春に至ろうとも可笑しく無い。
お師匠様の光る頭、即ち花鳥風月の宿である。
正しく風流に満ちた姿、非常に目出度く、縁起の良い春の知らせなのだ。
厭世気分に陥っていた頃の私ならば、顔を顰め煩わしいと表情のみで一所懸命に訴えたであろう。
然し、今の私ならば顔をちらちらと照らされても、澄んだ表情で有難やと手を合わせるのだ。
私の掃除姿を眺めるお師匠様は、暫く仁王のように立ったままだったが。
不図何かを思い出したように襖の奥へ引っ込んだ。
お師匠様の不図ついでに私の不図をここに記したい。
不束な句ですが、是非厳しい評価をお聞かせ願いたい。
「春色は 分け隔てなく 降り注ぎ 薬罐頭も 春の風情に」
お師匠様はこう仰ってくれた。
晴空、雨空、楽しい日、辛い日、色々な日があるが、それら総てを含め人生最良なのだと。
ならばお師匠様の目潰しの計を見られぬ日が来ても人生最良なのでしょうか。
お師匠様はこう仰ってくれた。
心が曇った時、其れは自分の妄想であると。
いいえ、信じられません。拠り所を無くした場合、心を曇らせるのは人として当然です。
お師匠様はこう仰ってくれた。
一人になったとき、其の時こそが本当に素敵な自分に出会えるのだと。
果たしてそうでしょうか。
坊主である前に人間である。
人間は共存し、他人を模範にし生きて行くと存じます。
其れこそ素敵な自分に会える為の石段を一歩々々と進んでゆく方法では無いのですか。
不束な句ですが、是非厳しい評価をお聞かせ願いたい。
「お師匠様 三途の川は 涼しかれ 案内人に 気遣う喫茶去」
襖を開けると若造が庭を掃除している。
頭が妙に熱い。
そろそろ春の日光が分け隔てなく降り注ぐ時期だろう。
無論、私の禿げ頭にも容赦なく。
東から上る天道を堪能し、充電した頭が不図思い出した。
本日は、我が偉大なるお師匠様の命日なのだ。
寺故に、寺の法要が当然だろうが、私はお師匠様に対して法要を行っていない。
理由は分からないが、望んでいないと分かるのだ。
気がするだけと言われれば、そのような気もする。
お師匠様の遺言通り、小さい墓場に骨を埋めた。
今から其処に参る。
不束な句ですが、是非厳しい評価をお聞かせ願いたい。
「四季通じ 松樹の翠 水々し 対して衆生 短き人生」
お師匠様と呼ばれて数十年経った。
生産の無い日を過すのは実に勿体無い。
先代からは一行三昧と教えられたような記憶がある。
しかし最近は、天井を眺めるばかりだ。
私は役目を終えた気でいた。
実に清々しく、幸福に満ちた人生だと思った。
嗚呼、こうやって人生を振り返る物なのだなぁ、きっと先代も同じ境遇だったのだろう。
最後くらいは坊主らしく、身なりを整えようと布団や寝巻きを正す。
これで思い残すことは無い、と。
いつ逝っても良いように此れを習慣にしよう。
弥生の柔らかな日差しが私の頭を照らす。
今日のお天道様は慈悲に満ちてるな。
ちっとも熱く感じないよ。
開け放っている襖の方向から入る風が気持ち良い。
そうかそうか、私の眠りを助けてくれているんだな。
よろしい、ならばご期待に添えて快眠を貪るとしよう。
それでは御機嫌よう。
不束な句ですが、是非厳しい評価をお聞かせ願いたい。
「お天道 薬罐頭を 撫でながら 無常迅速 西へと沈む」