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俺と私の正義録!  作者: 音羽 狗音
大陸の大罪 編
8/18

弱くない弱者

 靴の乾いた音が廊下に響く。

 野次馬たちの普通科生徒に対する侮蔑の目線すら気にしないといった様子で、アキラは騒ぎの中心へ向かって行った。

 先程まで脅されていた普通科生徒、エンジュは何処か不安げにアキラを見ているが、それすら目に入っていないような振る舞い。

 彼の目に映っているのは、彼にとっての〝粛清対象〟のみだ。


 やがてアキラは歩みを止めた。特殊科生徒との距離は、手を伸ばせば掴める程度のもの。

 水晶がじっと特殊科生徒の姿を見つめている。釣りあがった口元が不意に直線になり、彼はその指先を特殊科生徒の耳へ向けた。


「……あんたさぁ、そのピアスってコア?」


「は?」


 アキラの言葉に特殊科生徒が目を丸くする。

 この場に不釣り合いな言葉の内容に、当事者だけではなくルウやミツキ、隣に来て様子を見守っているリリアンもが驚いたような顔を見せた。

 数秒遅れて、特殊科生徒の耳を見る。そこには豪勢な金色の装飾の中に薄いベージュと紫の二色で構成された宝石が埋まるピアス。


 いや、と小さく口の中で言って、彼の耳へ向けた指を引っ込め、そのまま後ろ頭を掻く。

 その表情は、ひどく楽しげだった。


「だって、コア以外の装飾品(アクセサリー)は禁止されてるし。

 そうじゃないならそこの偽ち……じゃなくて、風紀委員サマに突き出されても文句言えねえじゃん」


「……はんっ、これはちゃんとしたコアだ。

 お前みたいにチャラチャラしたアクセサリーをつける趣味はないんでねえ」


「……その、お前にだけは言われたくねえな。このチョーカーだってコアだし、ついでにいうとお前のそれほど趣味悪くねえと思うし。でもまぁ、随分と」


 言葉を切り、アキラは手を伸ばす。

 必然的に近くなるアキラの手と特殊科生徒の距離に、思わず特殊科生徒は身構えた。

 そして、酷く怯えた。それは|当事者(特殊科生徒)ではない、ルウとリリアンも。


 身長は僅かだが、アキラの方が小さい。なのに、何故だろうか。

 当事者にも、元々怖がりな気質のあるリリアンにも、そして滅多に怖がることをしないルウでさえも。

 その男アキラは、常人では考えられないほどの威圧を放つ巨大な魔物のようにも見えたのだ。


 ゆっくり、アキラの手が特殊科生徒に近づいて――。


「……へえ、アメトリンじゃねえか。

 なかなか珍しいんだけど、シトリン成分が強いような。つってもコアにそういうこと求めても無駄か、本物の鉱石とは訳が違うし」


「……は?」


 その指はピアスに触れていた。

 珍しい、と何度か言いながらピアスを楽しそうに弄っている。


 アキラの奇妙な行動に、その場にいた全ての――厳密にはアキラとミツキ以外の人間の動きが止まる。

 そして瞬間、思い出したように特殊科生徒がアキラの手を弾いた。


「って!」


「触んな普通科が! てめーらの馬鹿が感染(ウツ)る!!」


「なんだよ珍しいもん見てただけだろうが。あと今気づいたけどお前二年だろ敬語使えよ!

 ……それに普通科普通科聞き飽きたっつーの。馬鹿の一つ覚えかよ」


「あ!?」


「まぁちょうどいいか、馬鹿の方がやり易い」


 弾かれ、行き場をなくした手がアキラ自身の首に添えられる。

 こきんっ、と関節が鳴る音がした。


 それは――粛清開始の合図。


「そのコア、アメトリンっつーんだけどさ、その宝石言葉分かる?」


「宝石言葉? なんだそりゃ」


「……そっからかよ」


 はー、と態とらしくため息を吐き出してアキラは首に添えていた手を額へ当てた。まるで緩む口元を隠すためのように。

 実際、当事者達からは見えないだろうがルウの角度からはアキラの口元にこの上なく楽しげな笑顔が浮かんでいる。ミツキまでため息をついていたが、これは心からのため息のようだ。


「花言葉くらいならわかるよな、それを宝石とか鉱石に当てはめろ。向日葵なら『貴方だけを見つめる』、黄色い薔薇なら、ええっと」


「……『嫉妬』?」


「そうそれ、さすが風紀委員サマ」


 風紀委員なんてものは関係ないと思うのだが。そう思ったものの口にはしない。

 どうせ口にしたところで適当にはぐらかされるのがオチだ。そう学習したので黙っておく。


 三日前、リューがした教師の真似事のようにアキラがかけていない眼鏡のブリッジをあげる。

 そういえば、ミツキも授業で要点を話す時に眼鏡の――彼は授業中かけている――ブリッジをあげる癖があった。気にすると、おかしなものだ。


「アメトリンに添えられた言葉は『光と影、誠実、高貴』。

 なんとまぁポジティブな言葉の羅列。けどお前、面白いくらいに『誠実』でも『高貴』でもねえよな」


「は? 意味不明」


「昨日さァ」


 アキラの目が細められる。

 鋭く、冷たい。ルウが始めにアキラの目を見た時も、彼はこの目をしていた。

 何も言わない目は、口よりも物を言う。


 分かっている。

 隠せない。

 無駄だ。


 そんな言葉が、その目から聞こえてきた。


「女の子と随分楽しそうに下校してたよなァ」


「……は」


「しかもその子彼女じゃないんだろ?

 二股かける男のどこが『誠実』なんだか」


「なに、言って」


「髪の毛が水色で、昨日は二つ括りしてたっけか。

 それから……この学園の一年生だよなァ? ついでに――」


「や、やめ」


 機からでも一目瞭然。普通科生徒の顔から血の気が引いていく。

 そしてもうひとつ異変があった。今までその騒ぎを静観していた特殊科生徒の友達――或いは取り巻きとも呼べる人間――の内の一人が、目を見開いてその特殊科生徒を見ていたのだ。

 驚きと、怒りと、失念と、絶望が混ざったような顔で。


「ワメイル出身の――名前はサヤでいいんだよな。そこの明らかに動揺している男子生徒」


「――――!!」


 アキラが指差したのは異変の男子生徒。

 アキラの口元に浮かんだ弧が、ひどく場違いに見えた。それほどにこの場の空気は濁っている。


 指につられた特殊科生徒が勢いをつけ彼の方を振り返り見たのは、失望に染まった顔をした男子生徒。

 ルウも何と無くだが察した。この顔の意味も、何故アキラが彼を指して聞いたのかも。


 男子生徒が当事者の胸ぐらを掴み、叫んだ。


「おいてめえええどういうことだ!!」


「違う、ちがっ、ちがああぁ……」


「何がどう違うんだよ!

 サヤは……サヤは俺の彼女だろぉぉお!!

 最近会えないのに! 放課後に用事があるから先帰ってろって言われたのに!!

 なんで、なんでお前が、なんでサヤと一緒にいるんだエーデマー!!」


「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う信じるなウォルター!! 今のあいつの言葉は全部全部、全部嘘で――」


 エーデマーと言うらしい当事者は取り乱し、またウォルターと呼ばれた男子生徒は今にも殴りそうな雰囲気でエーデマーに詰め寄る。

 騒ぎは次第に大きくなり、別のクラスからも野次馬が現れ出した。始業のチャイムは、知らないうちに鳴っていたらしく、野次馬の中には授業の用意を手に持ったままの教師までいた。


 リリアンが震えた気がする。だがルウには隣を見る余裕がない。

 余裕の表情を浮かべるアキラから、目を離せないのだ。


「嘘だと思うんなら誰かに聞けば?

 例えばそこにいる緑の髪した女子生徒さん……っつーか、エーデマー君の彼女さんにでもさ」


「な、にを」


「エーデマーの彼女さんよ。あんたさ、こいつの浮気の証拠とかねえの?

 や、まぁこの際物的証拠じゃなくてもいーや。不審に思ったこととかさ。

 ああ別に嘘ついたりするのは勝手だぜ。けど裏切られ続けんの嫌なら言ったら?」


 けらけら笑いながら、緑の髪をポニーテールにした女子生徒へと語りかける。

 その瞳は悲しみに濡れていて、それはつまり肯定を示していることと等しくて。

 小さく開いた口から漏れる声は今にも消え入りそうだった。


「……ごめんなさいエーデマー。

 気づいてたの。貴方がサヤに傾倒していってるって」


「なにが、何言ってるんだ、トリシェル! 俺は、俺は今までもこれからもトリシェルだけを、」


「……」


「トリシェル!!」


 トリシェルが膝をつきさめざめと泣き出した。

 反対にエーデマーの顔は暗鬱に歪んでいき、胸ぐらを掴み続けるウォルターの顔が怒りによって紅葉していく。

 何が起こるか分からない空気に、余計な言葉をかけるものは一人もいない。


 今なお笑みを携えたままのアキラは一歩だけエーデマーに近づき、粛清を再開した。


「左胸ポケット。二日前アクセサリーショップからの盗品」


「な、」


「ウォルターだっけ。左胸ポケット探ってみろ。多分タグ付きのブレスレットでも見つかるんじゃねえか」


 ウォルターは一瞬迷い――無論普通科生徒であるアキラの言うことを聞くべきかどうかの迷いだ――、胸ぐらを掴んだままの右手を離してから左胸のポケットを探った。

 指先に伝わる冷たい感触は、見ずともわかる。知らしめるために、ポケットから引き抜いた手に輝くのは。


 オレンジ色の、ブレスレット。


「……お前……」


「ち、ちが……」


「……なぁ風紀委員サマ。

 リンギットっての、たしか警察一家の貴族サマだよなァ?

 こういうのって、あんたが連絡いれて調べてもらったら二日前どっかのアクセサリー店で盗難事件あったって分かったりすんの?」


 アキラの目がこちらを向いた。

 一瞬身体を強張らせたもののその目は殺意を孕みながら細められたものではなく、愉快そうに細められたもので、少し安心する。

 いきなりのことで声も出なかったので、一応頷いてみた。嘘ではないのだから。


「らしーけど、どうする?

 調べてもらって潔白を証明してみるか? まぁその可能性はほぼ0%だけど。

 ……ああ、そういや一週間程前に学園の敷地内で猫が惨殺されてたっけ。俺猫好きなのにあんなの見たせいで二日間飯食えなかったんだけど……あれもあんただよな」


「……!!」


「そ、れ、と……ちょいと拝借。リリアンちゃーんこれ見てくんねえかなー」


「わ、わたし……!?」


 誰彼構わず、と言ったわけではないが様々な方面へと向けられていた矛先が、今度はリリアンへ。

 リリアンの負担になるくらいなら私に向けろ、とルウは一瞬考えたものの、わざわざリリアンを指名するということは何かあるのだろう。


 リリアンに投げ渡されたのは、機械だった。

 機械に詳しくないルウでも分かるのは、この機械が撮影機能とそれをモニターに映す機能を備えていること。

 それを象徴するかのように機械の右上にはレンズが嵌められていた。


「あ、風紀委員サマは見んなよ。多分それ、リリアンちゃんにとっては一番見られたくないものだろうし」


「……見るつもりないし、なんであんたがそんなこと知ってるかも聞かないし、あんたがなんでリリアンにそんな馴れ馴れしいかも聞くつもりはない」


「なんで知ってるかってのは俺が類稀な才能を持ってるから。あとリリアンちゃんの名前は三日前の事件の時知って成り行きで」


 聞くつもりはないと言ったのになぜ答えてしまうのだろうか。そして新たな疑問が出てくる。

 類稀な才能――とは。コアの能力なのか、彼自身の力なのか。その才能は、いったいどんな力を秘めているのか。粛清するうえで知っておきたいことだからか、疑問は消えてくれない。


――が、それをも吹き飛ばす声がした。


「……! きゃあああああ!!」


「リリアン!?」


 がしゃんと音がすると同時に、リリアンの声が廊下にこだました。機械は、アキラの足元へ投げ捨てられる。

 彼が機械を拾い、そのモニターを消すまでの瞬間に見えた、一瞬の映像は。


「貴族の事情は生憎あんまり詳しくねえが……。

 没落貴族だからっつって、関係ないリリアンちゃんまでひでえ目に合わされるなんてな」


「そ、れって……」


「――ああ。

 没落貴族エヴリヴァ家のリリアンが受けたかつての暴行やら恥辱やらの記録だ」


 アキラの目が、殺意を含んだ。


 機械の中身は詳しく知らない。ただモニターが消える直前ルウが見た映像は、傷だらけのリリアンの姿だった気がする。

 聞いていたことのはずだった。それでも、その想像を遥かに超える映像は、ルウの心に掻き傷を残した。


「……悪いなリリアン。今ここで実証できる悪事ってこれくらいしかねえんだわ。

 俺も機械の中身見たわけじゃねえから知らねーけど、実際もっと酷いんだろ。それこそ犯罪だってやってんじゃねえか。

 友達の女を寝取り、盗みを働き、過去には女の子を傷つけた――

 こんだけそろってりゃ、警察とまではいかなくても風紀委員に差し出すくらいは出来るだろ」


 心なしか声の調子も下がっている。

 淡々と語る姿は雪の彫像のようですらあった。それほど、冷たい。


「あー、っと。ミツキ、リリアンのケア頼むわ。ついでにトリシェルとかウォルターとかも。

 それと風紀委員サマ。こんなことしてるんだけど、まさか特殊科生徒だからとかいって見逃したりしねえよなァ?」


 アキラのその顔は歪んでいた。

 恐怖でも、悪意でもない、別の感情によって歪んでいた。

 勝利への、確信によって。


「風紀委員副委員長ルウリット・リンギット。

 生徒へ精神的苦痛を与え、非道徳的行為を行った生徒を粛清するため風紀委員活動を執行します。同行願えますか」


 ルウのこの言葉でアキラによる粛清は終わりを告げ、ルウや風紀委員、果ては警察による粛清は始まりを告げた。

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