分からないコア
〝コア〟。
それはこの大陸に住む全ての人が所持することを義務付けられている、〝人の心の具現〟の――稀に例外もあるが――宝石。
そこに多大なる力が秘められていることは、大陸に住むものならば誰もが知っている。
「そうだなぁ、ルウ。
なんでこの大陸ではコアの所持が義務になってるか知ってるか?」
教師の真似事だろうか。リューはかけてもいないメガネのブリッジを中指で押し上げるふりをして、翡翠でルウの姿をじっと見つめる。ちなみに、ルウの担任であるミツキは授業中のみ眼鏡をかけているので、ルウからすればリューの教師の真似事はあながち間違いではない。
「そりゃ、授業で習ったから……。
コアはその人自身の具現。コアにはその人の生きてきた証や個人情報が刻まれていて、特殊な術式をかけることで警察機関ポリツィアが罪を暴いたり、怪我や病気の原因を見て治癒魔法使い達がかける魔術を変えたりするための、って。
だからこの大陸に住む人たちは十五歳になる時儀式を受けて、自分の心からコアを具現化させるんだよね?」
「おー、よく出来ました」
リューの言葉を聞きながら、ルウは鞘に収めている剣の柄を握った。
ルウのコアは、この剣だ。正確に言えば、この柄に埋め込まれたルビーが。
コアは心の具現。故にその宝石は、その人の適性を表した形を保有して召喚されることも少なくない。宝石だけが出てくるか、或いは宝石が何らかに埋め込まれて出てくるか、殆どがその二択。
儀式を受けコアを具現化させた時、この剣がルウの中から召喚された。それ以来ルウは、元より興味を持っていた剣技の道を極めることを決める。
「コアはそういう便利な代物で、この世界には無くちゃならないものになるつつある。
それ以外にも魔術の威力を高めたり、身体に影響を及ぼしたり、後は……そのまま魔法のような現象をおこす力もあるんだけど……確かそれって詳しく習うのは三年生だったよーな」
「基本知識だけなら私たちも習った。っていっても、先生の余談で、なんだけどね。先生のコアはホワイトムーンストーンで、能力は簡単な未来予知なんだって。予知した結果はすぐ狂うから意味ないって言ってたけど」
ルウの言う先生とは無論担任ミツキのことだ。
意味ないと本人は言うが実際ミツキの授業はその計画に基づき執行されていて、生徒に無理のない範囲で、しかし迅速に授業を行い、時間を数分余らせた上で余談をするといった形を取っている。このような授業形態も恐らく人気の一つだろう。
そんなミツキが担任であることをルウ自身は嬉しく思っている。だからこそ述べたのだが、何故かリューは少し気難しい顔をしていた。
「兄さん?」
「なーんか……どっかで聞いたことあるような……」
「……?」
「つーか親友がそうだったような……。……まぁいいや、続けよう」
イマイチ腑に落ちないが、突っ込むべきかどうか迷う。
そういえばリューとミツキは歳が近いか同い年だったかな、と考えている間にリューの話が進んで行く。
「コアの力は大きい。それこそ、そのコアが持つアビリティによっては人を殺せるくらいに。
だけどもちろん、大きすぎる力にはデメリットが伴うわけだ。そのデメリットっていうのが――」
「コア壊れた時、その所持者自身への負荷があること? 精神崩壊とか、最悪の結果……死ぬ、とか」
声が小さくなってしまった。
何もやましいことはない。ないはずなのに、その言葉を口にするのは、勇気が必要だった。
ルウが掲げる正義は、力による粛清を必須とする。果たしてそれは、その〝最悪の結果〟を引き起こさないで済むのだろうか、と。
「そうだなぁ。コアはその人の心の具現とか分身とか言われてるけど、俺はその人自身って言っても過言じゃないと思ってる。
よく考えてみてくれよ? 儀式によって具現化されるとは言え、元はと言えば自分の中にある自分の一部なんだ。
心とコアの干渉は決して切れない。そのコアの大きさにもよるけど、だからこそ壊れた時、精神崩壊を引き起こしたり……死ぬことだってある。どっかの偉い学者さんはコアが壊れて死ぬのは、魂が壊れるからとか言ってるけど、その辺は解明のしようがないよな。俺はどっちかというと信じてる」
「うん」
兄の真剣な瞳に応えるように、ルウもリューを真っ直ぐ見つめた。
力での粛清は、人の生死との隣り合わせ。そんな当たり前を、改めて確認したような気分になる。
そして、リューの話がここに繋がる意味も、ルウは何と無く理解できた。
「こういうことがあるから、コアの破壊は有事の時を除いて大陸で禁止されてる。破壊したら、死罪当然だ。
……でな、最近、コアを破壊する集団が活動しているんだよ。無差別に、大罪を犯す集団が」
「なんでそんなことをするの……?」
「さぁなぁ。目的なんて誰も知らない。ついでに言うと、その集団で今まで捕まった奴もいない。
ただ変なのが、その壊されたコアの所持者は全員、死なないどころか精神崩壊すら起こさないんだ」
「はぁ?」
わけがわからない。
さっきのリューの話では、コアを壊された者は何らかの害を受けると言っていたのに。
どういうことなのか。気にはなったがリューの渋い顔を見る限りでは、ポリツィア達も分からないのだろう。
「集団……そいつらは自分達を〝黒の破壊者〟って呼んでるんだけど。
その破壊者たちを捕まえて、事情聴取して……必要ならば殲滅する、っていう事件に配属されてさぁ。ほら、俺の学科と翡翠アビリティの肉体硬化合わさってポリツィアでも一二を争う忍耐力があるから、そういう意味での起用だとは思う。
今日連絡入って、そいつらが関わる事件現場行ったら、右腕やられた。翡翠アビリティあってもこんだけやられるんだぞ? どういう力持ってるんだよ、あいつら……」
「そんな重大な事件兄さんが持つなんて……。お偉いさん達はどうしてるの?」
「お偉いさん方は怖がって出てきやしないさぁ。おかげでその事件の中じゃNo.3くらいだぞ、俺……」
「そっか……」
それでもやはりそこまでの地位を持っているのは、実力があるからだろう。
そうは思ったが言ったら偉い方々への愚痴がこぼれそうだ。やめておく。
――将来はいずれ、自分もこんな事件を持つのだろうか。
そんな未来を、思い描く。
ルウにとってそんな事件を担当する兄は憧れだった。そして同時に、兄のリューのこととはいえ次元が違いすぎて、他人事だった。
他人事でなくなるのは、この三日後のことである。