紳士はお茶位普通に入れられるのです、魔王様
朝、2日目の朝だ。空には太陽にそっくりな恒星が日を照らしていた。
目を覚ました俺の隣にはもうスピネルの姿は無かった。
どうやら一夜の過ちは犯さなかったという事実を知り、俺はほっとする。
ベッドから起き上がるといつの間にか床に畳まれて置かれてあった服を見つけ、それを着る。
スーツ一式に下着、シャツに白革の手袋、ビジネスシューズ。それらを身につけると一丁前の執事スタイルが出来た。
「……堅苦しいな」
俺はそう思ったが、きっとスピネルがおいていったのであろう。文句は言えない。
それに、確かにこんな感じの服装でないと執事という感じが出ないからな。
部屋から出ると、すでに廊下に多くの悪魔たちが働いていた。昨日のパーティーで見た顔もある。
廊下を歩いていくと、道行く悪魔たちが笑顔で挨拶をしてくる。
「おはようです。ワンワン様」
「どうもです、ワン様」
「お休みになれましたかワン殿?」
……あの野郎!!
ちゃっかり広めやがってェェェ!プチ流行してんじゃねぇか!
むかむかしながら歩いていくと、奥からベルナノがあくびをしながら呑気に歩いてきた。
「ベルナノォ!てめぇよくもあのあだ名広めやがったな!」
俺はベルナノの襟首をつかんだ。
ベルナノは一瞬驚いた顔を浮かべたが、俺だとわかるとすぐに笑みを見せた。
「あらぁワンワン、おはようです。ゆっくり眠れたかしら?」
「話きいてんのか、おい」
少々脅し口調で迫る。
「まぁいいじゃないですか。救世主様じゃ堅苦しいんでしょ?」
「……そうだけどさ……一江でもいいんじゃない?」
「今からわざわざ変更するなんてめんどくさいですよ。ワンワンのほうが親しみやすいし覚えやすいですって。あ、そういえば昨夜はお楽しみでしたね♪」
ベルナノはそういうと怪しげに肩をぶつけてくる。
「お楽しみ……って?」
「何言ってんですか、昨夜は魔王様と必殺技をかけたりかけられたりしてたんでしょ。魔王様がワンワンの部屋に入っていくところ見ましたよ」
「違う!俺はあいつとは昨日は何も無かったぞ!なんかあいつが急にエロくなったから無理やり押し返したんだ!」
「あら、跳ね除けちゃったんですかぁ?おもしろくないですわ」
ベルナノはぶうっと頬を膨らませる。
「というか何なんだ!スピネルのあの謎の状態は!?」
俺は昨日のスピネルの急襲を思いだす。
あのツンツンキャラのスピネルが急に俺にデレてきたのだ。不思議に思うのも当然だ。
「あぁ、あれは魔王様の『発情期モード』です。魔王様の血筋は立場的に子孫を残すことは絶対なので代々このモードを持っていて、夜になると魔王様は我を忘れて男の精を求めてしまう状態になるんです」
「は、発情期モード……」
俺はその卑猥な響きに肩を落とす。
「魔王様は仕事熱心ですからかなり昔に左目に義眼を埋め込み、その義眼の封印効果でそのモードを長年封じてきたんだけど……恐らくワンワンが来たから男に匂いに本能が反応して長年封じてきた封印が解けたのかも……」
ベルナノはまじめな顔で説明をする。
小難しいことをいっているが、要約すると俺が来たことで長年たまっていた性欲が一気に復活したということだ。
「まじでか……そんなエロい設定があいつについていたとは……これからどうすればいいんだよ」
てか、まさかのツンデレキャラとは……俺の悩みがまたひとつ増えた。
いや、違う。ツンツン+デレデレ+エロエロ=ツンデロ……か。
ツンデロキャラとはツンデレより扱いがめんどくさそうだ。
「まぁ、ハーレムにはよくありそうなパターンじゃないですか。気にすることでもないですよ」
「お前ら悪魔はな。こっちは昨日大変だったんだぞ。そういえば肝心のスピネルはどこいったんだ?」
「この部屋でただいま朝食中よ」
ベルナノはすぐ隣の扉を指差す。
「私はいまから魔王様に飲み物はなにがいいか聞きにきたんだけど……ワンワン、代わりに聞いてくれる?執事の練習として……」
「うーん。ま、いいけど」
俺は一瞬迷うがせっかくなのでそうすることにした。
扉を開けると、長い机が置かれており一番奥でスピネルが一人で朝食を食べていた。
いや、一人ではない。もう1つ朝食がおかれており一つには人間状態のネイコが席に座り両手で竹輪を持ちながら口にくわえていた。
「あら、ワン公。似合ってるじゃない」
スピネルがフォークの動きを止め、真顔でこちらを見る。
「あ、あぁ……そうか」
俺はゆっくり部屋に入ると、そろそろと二人に近づく。
すると「今夜もお楽しみですかぁ?」
と後ろからベルナノが声をかけてきた。
しかしスピネルは顔色を変えず、「ベルナノ、下がりなさい」と無言でつぶやく。
アクセントも何もない言葉だったが、代わりにたっぷりの殺意が乗っかっていた。
ベルナノは「やべぇ……」と小さくつぶやくと、そろそろと帰っていった。
ネイコは誰?とでも言うような顔で俺の前に来るが、匂いをかぐと一瞬で笑顔になり抱きついてきた。
「ニャーニャー!」
「ネイコ、おはよう」
唯一安らぐ存在であるネイコの頭を俺はなでてやる。
髪、というか手触りの良い毛並みを触ってやるとネイコハまた眠たそうにすりすりと体をこすり付けてきた。
「スピネル、昨日のことだが……」
俺はネイコを抱いたままスピネルを見る。
スピネルはぎくっとした顔になり、俺の顔から目線をはずした。絶対に覚えている……。
「き、昨日?どうかしたの?」
「いやな……まぁお前も本能だからしょうがないとして受け取っておくけど―――」
と俺が次の言葉を言う前に、スピネルが手に持っていたフォークを投げつけてきた。
「ぬお!」
俺はひれ伏せると、フォークは俺の頭をかすり壁に勢いよく突き刺さった。
フォークが煙を立てながら壁から落ちた。
「何?昨日、私があんたに何かした?」
スピネルが怖い顔でこちらをにらんでくる。
言ったら次はナイフだぞ……というシマウマを狙うライオンの様な目だ。
「いや、なんでもねぇ……」
俺は額から汗を流しながらゆっくり後ずさる。
こいつ、しらばっくれる気か!という俺のサイレントつっ込みもスピネルの不機嫌な顔には届かない。
「それで、何しに来たの?」
スピネルは手のひらから新たなフォークを出現させると、再び食事を始める。肉が多い朝食ではあったが魔王の仕事がそれほど激しいことであることを静かにあらわしていた。
「飲み物、何がいい?」
俺は気を取り直す。半寝しているネイコを引き剥がすと席に戻す。
「アイスティーでいいわ」
スピネルはさらっと言うとグラスを出す。
俺はそれを受け取ると、入れてこようと扉のほうへと歩く。
「違う、アイスティーはそこにおいてあるわ。それぐらい見えないの?執事たるもの周りに気を配るくらいの配慮をしてもらわないと困るわ」
スピネルは食器を鳴らして俺を呼び止めると、はぁーとため息をついた。
「わーったよ」
わがままな魔王の言うことをしぶしぶ聞くと、スピネルの指した場所へと向かう。
確かにそこには数多くのお茶のティーパック、高そうなティーカップにコーヒーメーカーまであった。
美しいデザインに一瞬男の俺でも目を奪われたが、後ろでスピネルが怖そうな顔でにらんでいそうなので早めに準備を始める。
アイスティーのパックを取ろうとしたが、魔王だからこういうのは貧乏くさいのだろう考え嫌がりそうなのでここは茶葉に変更。
ティーカップに何さじが入れた後お湯を入れ、適当にぐるぐる回しておき、スピネルのグラスに注いだ。
「ほいよ」
「ありがと」
スピネルはそれだけ言うと、一口。
しかし一口飲むと、すぐにグラスを俺に法に戻した。
「まずい。アイスティーはさじ4杯が基本よ。それにお茶というのは茶葉の場合は必ず入れたら蒸らす作業までしないとうまみがでてこないわ。やり直し」
「お前なぁ……」
俺は腕に怒りをこめながらかおをしかめる。怒りで電流が漏れてきそうだったがここは耐える。
「何、執事の分際で私に逆らうっての?」
「お前は魔王じゃねぇ。イヤミったらしい上司だってんだ!」
俺は思わず怒りを出してしまう。
「何よ。お茶も十分に入れられない執事なんてただの羊じゃないの。お茶を入れられるようになってから出直してきなさい」
スピネルはフォークと同じように扇を出し、でパタパタと自分を扇ぐ。
「この野郎……」
俺は電流で焼き殺してやろうと思ったが、ここは一旦この場を離れ気持ちを落ち着かす作戦に出る。
「お茶ぐらい自分で入れろ」
俺はきびすを返し、扉へと向かう。
「ちょ……ワン公。待って!」
俺が扉に手を伸ばそうとしたとき、スピネルが俺を呼び止める。
表情は見えないが、その声は小さかった。
「……ごめん……」
彼女はそう小さくつぶやいた。
俺は無言で扉を開け、部屋から出るとしばらくフリーズ。
しかし、数秒後に叫びながら廊下を走り出した。
「何だってんだよォォォォォ!?ちくしょォォォォォがァァァァァ!!!」
廊下を歩く悪魔達が俺の叫び声に驚いていたが、俺の目にそんなものは入らない。
ただ、俺のむなしい叫びが廊下にこだまするだけであった……。
そんな俺の後ろでは隠れていたベルナノが、
「さすが魔王様!すばらしきツンデレリズムっ!」
とこぶしを握り締めていた。
「次はデートですねぇ……」
そうベルナノは付け足すと、部屋をのぞく。
そこにははずかしさで顔を机にうずめているスピネル。
そして目を覚まして再びチクワをはむはむしているネイコがいた。
ネイコはなんのことやらときょとんとしているが、隣のスピネルは
「……なんなのよ、もう……」
と静かにつぶやいていた……。
なんじゃこりゃ。なんじゃこの展開。