お前は私の犬だ、一江よ
この世界に来ての初戦。なんとか勝利をもぎ取ることが出来た。自分の中に眠っていた王羅『ライト・イオン』も戦力に加わり、魔界デビューは華やかに決めることが出来た。残念なことに……
その後、俺の周りには多くの悪魔が詰め寄り大歓声を送ってくれた。
今まで馬鹿にしていた奴らが急に手のひらを返すようにその声色を変え、正直むかつくところもあったが、女というのは心が移り変わりやすいものだと気づき、そこは耐えた。
スピネルも後ろで遠巻きに俺のことを見ていたが俺が悪魔たちの波に飲まれている間にいつのまにかその姿を消していた。
スピネル……どこへ?
よくわからない奴だ。さっきまであんなに声を出して応援をしていたというのに急に消えやがった。恥ずかしいのかどうか、まぁそこはおいておこう。女の心に隙間なし、だからな。
ちなみにベルナノは俺に敗れた後すぐに起き上がり、俺にすりよってきた。
「さすがは救世主様ですぅ!これからは私はあなたの後ろでがんばっていきます!」
などと甘い言葉を付け足して。
そして、その後俺は女に取り囲まれながらパーティーを楽しんだ。
いや、楽しむってそういう意味じゃないからな!
血だらけのパジャマを着替え、用意してあったスーツ姿に着替える。女たちから来る「あーん」攻撃を電光石火のごとく避け、女たちが飲み物を進めてきても、なにやら怪しい色をしていたので遠慮する。
中には夜の付き合いまで約束しようとしてくるアバズレもいたが、そこは逃げるようにして回避した。
そして夜。窓から見える夜空には月のような星が3つ輝いていた。
3つとも大きさが異なっており、小中大と仲良く並んでいる。
ベルナノに聞いた所、昔は2つだけだったらしいがあと1つの星は過去に起きた悪魔と勇者の戦争で、ある1人の悪魔と1人の勇者が戦闘をし、そのときにお互いの魔法エネルギーがぶつかり合ったときになにやら超化学変化のようなことが起こり、星となってしまったらしい。なんとも適当な話だ。
「ウソォー」
と半酔いの俺が言うと、ベルナノは
「本当ですよぉ。しかも、その1人の悪魔というのが魔王様のお姉さまだったらしいのです」
と答えた。
「戦争の中、当時の魔王様はそのお姉さまだったんだけど勇者との戦いで残念ながらお亡くなりになって……魔王様、あ、スピネル様の事ですよ。魔王様は今でもお姉さまの遺言を忠実に守ってるのです。魔王になって皆を守るっていう遺言を」
ベルナノはワイン片手に窓辺から星を眺める。その目は悲しみに満ちていた。
「私は戦争で親をなくしてスピネル様に拾われた身なんだけど、なんだか他人事には思えなくて……」
「戦争ね……」
俺も手に持ったシャンパンを飲む。本当は違反だが、世界が違うと法律も違うようだ。
「そんな重大な物とは思わなかったぜ……悪魔と勇者の戦いがよ」
「これから救世主様は魔王様の守護に当たる。重大な仕事だから危険も多いわ。よろしくね」
ベルナノが握手を求めてきた。
「ふぅ……どうせやらないと帰れないんだろ?ならば付き合ってやるよ。お前らが満足するまでな」
俺はその手を握り返す。
ベルナノの手は柔らかく、温かみを帯びていた。こいつは信用してもいいだろう。
「救世主様……」
「あのな、その救世主様ってのやめてくんない?なんかむずがゆいんだよ、その呼び方」
「そうですか?じゃあ……」
ベルナノはしばらくあごに手を当て、考えるしぐさをする。
「ワンワン」
ものの5秒で決定。
「ワンワン?」
俺は聞き返す。なんだそのNHKで聞きそうなキャラクター名は。
「そう、壱語の壱に一江の一で壱一。英語読みでワンワン。どう?」
ベルナノはよっているのか赤い顔をにやつかせながら言う。
「ワンワンねぇ……ちょっとなぁ」
「えぇー反抗はいけませんよぉワンワン」
「早速使ってやがる!」
俺は額に手を当て、やれやれとあきれる。
「俺、寝るわ。これ以上疲れるのは御免だからな」
俺はさっさと現状を整理したかったので、部屋に向かう。さきほどベルナノから空き部屋の鍵を受け取ったのだ。
「あーちょっとワンワンー」
ベルナノが呼び止めるようとするが、俺は歩みを止めない。
俺が廊下の奥に消えたと同時にベルナノが困った顔をする。
「あぁー大丈夫かな。魔王様に会わなければいいけど……」
となぞめいた言葉を残して。
◆◆◆
そして俺の部屋。まだ家具も何もおかれていないがやっと一段楽する事が出来た。
明日からなにをしようかと悩んだが、どっと戦闘の疲れが出たため一旦置かれてあったベッドにもぐりこみ明日考える事にした。
スーツ姿は厚いので下着姿で寝る。
執事。魔王のお世話だけではなく、護衛まで担当するとは……。こりゃあ大変疲れることになりそうだ。
まぁ、王羅を手に入れたおかげか自信はある。
こうなったら徹底にやってやるか!と思ったところで俺は眠りに落ちた。
少しホコリくさい部屋だがなんとも落ち着く空間だ。
これなら疲れも取れそ……ZzーーーZz---。
◆◆◆
寝入ってから数時間たった。俺は何かの気配を感じ取って起きた。ライト・イオンではない。あいつは俺が魔法を使うときだけに現れるようだ。
気づくと回りに電気の網が張られていた。他人には何もないように見えるだろうが俺には白い電流がはっきりと見えていた。
ライト・イオンが張ってくれているのだろう。侵入者が網の中に入ると俺の神経に信号を送るのだ。
素直じゃない奴だな。と一瞬思ったが俺が驚いたのはその侵入者の正体だった。
「スピネル……」
俺はスピネルの影に気づき、ベッドから起き上がる。
扉の前にスピネルが体に薄布をまとい立っていた。顔色は見えない。
「スピネル?」
俺はもう一度名を呼ぶ。
「どうか……したのか」
俺はスピネルに近づく。
当のスピネルはそこから一歩も俺に近づくことなくただ立っていた。やっと見えた顔は生気がない。
俺はスピネルの前に立つとその肩に触れる。
冷たい。その体は冷え切っていた。
「スピネル―――」
「……いち……え」
スピネルがそうつぶやきゆっくりと顔を上げた。右目の紫色が月の光に反射し、深みを帯びている。
「お前、パーティーに顔を出さなかったけどどうしたんだ?ていうか、何だこの体は。冷え切ってるじゃないか」
俺は毛布を持ってくると、その体にくるんでやろうとする。
が、スピネルはそれを跳ね除けると俺に近づく。
「一江……」
スピネルがそういうと、急に笑みを見せた。
会議のときに見せたものよりさらに妖艶さを帯びた笑みだった。
「……好き」
彼女はそういうと、俺に抱きついてきた。
「おわ!?スピネ―――」
俺が彼女を引き離そうとする前にスピネルは俺の顔に自分の顔を近づけ、無理やり口づけをした。
「!!!!!」
その時、夜の風が窓から入ってきて俺たち二人の間を抜ける。気持ちのよい風も今では何も感じない。
ただ、俺の神経全てが唇に集中していた。
少し甘い、そんなキスだった……。
「……」
スピネルは数秒の口づけを終えるとゆっくり俺から唇を離す。
「スピネル」
俺は顔を一瞬で赤くし、スピネルから離れる。
「スピネルゥ!?どうしたお前ェ!?急にっ……おま……キスって……」
俺はそういいながらも足をベッドにあててしまい、ベッドに倒れこんだ。
「……」
スピネルは顔を変えずに無言のまま、俺に近づく。
そしてそのまま体ごと俺の上に乗っかってきた。
「ぶっ!」
急にきた重みに俺は叫ぶ。
「スピネル!お前本当に何があった!?お前こんなキャラじゃないだろ!ツンツンしているのがいつものお前じゃ……」
「黙れ。ワン公」
とスピネルが急にしゃべる。声が違う。
てか、ワン公ってこいつ、ベルナノからあだ名の事聞いていやがったな!
「お前は私の犬なのだ。これ以上鳴くでない」
「スピネル……?」
俺はスピネルの異変に気づく。口調もいつもと違う。まさに殿様のような口調だ。
「夜は来た。お前と私はこれより『契り』を交わすのだ、練習だがな。静かにしていろ。すぐに終わらせてやる」
スピネルはそういうと自分のうす布をはぐ。
スピネルも下着状態だった。肌色の皮膚が透けて見える。
胸も無く、魅力的な体ではなかったがその行為は俺の目を引かせた。
「さて、ではまず……」
「待て!何で俺とお前がそんなことしなきゃなんねーんだよ!?」
俺はスピネルの体をのけると、体を起こした。
「なぜって……言っておったであろうが」
スピネルは澄ました顔で続ける。
「お前は私に子孫を受け継げなければならないのだ。その儀式の練習でもしておこうとして」
「契りってお前……こんなことは普通愛しているもの同士がやるもんだろうーが!」
「愛しているもの同士……か」
スピネルはそういうと俺から離れた。
「なるほど、人間には契りを交わすときはそういう条件があるのだな。これでは無理だな」
「スピネル……お前」
俺はスピネルの肩を揺さぶる。
「……何か変な物でも食ったか?」
「いや、私は至って正常だ。ただ、お前との契りを交わさなければ私の気が治まらないのだ」
スピネルはそういうとまた俺に抱きついてきた。
ふわっとシャンプーのような匂いが髪からただよってきた。
「やはり、お前とは今のうちに練習を重ねておかなければ。すまんがその体、いただくぞ」
「いや、だから!」
俺はもう一度スピネルを引き剥がす。
「これは愛するものがする行為であって……」
「お前は私の事が好きではないのか?」
「は?」
俺の言葉がそのスピネルの言葉に途切れる。好きって……いってもな……。
スピネルは俺をじっと見つめる。
「……嫌い……ではないけど……だけど!やっぱり俺とこんなことするのは俺がお前の事を好きになってからじゃないと」
「ならば、好きにさせてやる」
「え?」
俺は再び言葉を失う。
「好きにさせればいいのだろう。好きにさせればいくらでも契りを交わしてくれるのだな?」
「え、まぁ、そうだけど……」
俺がそういうとスピネルはほっとしたように俺のベッドにもぐりこんでくる。
「ならば、決定だ。私は何をしてでもお前を好きにしてやる。明日は私とデートをするぞ、わかったな、ワン公」
スピネルはそういうとパタンと眠ってしまった。
「……んだ、こいつ」
俺は横で眠るスピネルの寝顔を見る。すでに紫の右目は光を失っていた。
「?」
俺は首を傾げるだけだ。急にスピネルの様子がおかしくなったと思ったら、キス+明日のデートの約束までしてしまった。
どうしたのだ?スピネル……。俺は彼女をしばらく見つめていたがその内、再び眠ってしまった。
しかし、眠っていてもあのスピネルの唇の感触は忘れられなかった。
「ワン公……」
眠りに落ちていくとき、スピネルがまたそうつぶやいた気がした……。
王羅『生命誕生』 所有者 ベルナノ 種類 物体型一体系
所有者の体をまるでプランターのようにして一本の木が体内で生えている。その木こそが王羅本体。
その木からはあらゆる植物の種が実り、所有者はそれを取り出し撒くことによって植物を生やし、相手に攻撃をする。
薬草、毒草、生物の種、炎の種、水の種など変わった種も生成することが可能。
さらに所有者が種の遺伝子をいじり、その遺伝子組織すらも変え、性質、形質に変化をもたらすことも出来るため、生やせる植物の種類は無限大。
普通体外で発芽するのが主流だが、所有者の体内で発芽させその植物を細胞の隙間から生やす奇襲攻撃も可能であるが、めちゃくちゃ痛いらしい(ベルナノ曰く)
やっと一章終わったよ……。
もう……なんか……疲れた。