デット・オア・デッドなんですよ、魔王様
「さ、パーティーの主役が登場よ!さあ準備を急いで!魔界流の出迎えというのを人間に見せ付けてやりなさい!」
会場内に入ったスピネルが悪魔一同に大声で俺の登場を知らせる。
当の悪魔たちは一瞬戸惑いの表情を見せたが、魔王の命令は絶対だ。
すばやくトランプカードを体のあちこちに隠し、代わりにクラッカーを取り出した。
そして全員が一斉に立ち上がり、クラッカーを鳴らす。
「ようこそ!救世主様!」
会場中の悪魔たちが俺に向かって歓迎の意を拍手で表した。
パーン!パーン!というクラッカーの軽快な音がそこらから鳴り響き、入ってきた俺は思わず、
「おわっ!」
と小さく叫んだ。
スピネルは俺の手を引き、奥の席へと招く。
窓から見た景色とは違い、会場はまだ奥があり女悪魔たちがずらっと並んでいる。
魔王スピネルの通る道にいる悪魔たちは瞬時に列をつくり、俺とスピネルを鳴り止まない拍手で迎える。
お、多すぎだろ……。
俺の第一印象はこれひとつだった。数多くの机に隙間なく座っている悪魔の数は目視でもおよそ1万。
尻尾の生えているもの、角の生えているもの、鱗や羽が生えているもの。
異形の女性たちがこちらを興味心身に見てくる(特に俺を)。
しかも全員女だ。身震いがとまらず表情もぴくぴくと原形をとどめてられない。
「こっちよ」
スピネルはあっけにとられている俺を見て笑う。
さきほどの会議室で見せた妖艶な笑い方とは違う温かみのある『女の笑み』だ。
こんな笑い顔をできるんだな……。と俺は不覚にもそう思ってしまう。
すぐに前言撤回。女ならこれくらいできて当然だ。
「すげぇ数だなおい……」
「当然でしょ。あんたのために城中の悪魔が集まったんだから。あんたは私たちを救う救世主なのよ。歓迎しないほうがおかしいわ。それとも何?地球とやらはそういう他人を歓迎する心など持ち合わせていないのかしら?」
スピネルは奥におかれている二つの席一つに座るとプヒーと息を短く吐き、前の机に置かれてある不思議な形のマイクを手に取る。
目玉のようなついており見ているだけでも気持ちが悪い。
「いや、別にそういうことじゃ―――」
俺はスピネルの言葉を撤回しようとするが、スピネルのマイク音にそれはかき消された。
「あーあー」
スピネルがマイクで会場全体に注目を促した。さきほどから二人をじろじろ見ている悪魔達に別にいらないように見えたが魔王の思いやりとして受け取っておく。
スピネルは全員がこちらを見ていることを確認すると俺の肩をたたきながら会議室で話したことを繰り返す。
「えーみんな!こちらがこれより我々の支配下に置くことになった地球出身の人間。壱語一江よ!私の執事として当面は働いてもらうわ。期待通りの働きをしてくれた場合は――――――」
とスピネルは言葉の最後を数秒ためる。じらしとかいうやつだ。
悪魔たちはクイズミリオネアでみのさんの答えを待つ視聴者のような顔をしていた。
スピネルは頃合かとでも言うように、にやつくとその言葉を放つ。
「魔界中の悪魔を対象をする性奴隷への昇格をしてもらいまーす!」
オォォォォォオーーー!とスピネルの言葉に悪魔たちが歓喜の声を上げる。
「いやなんじゃそりゃぁーーー!?」
俺だけは驚愕の表情だ。
「昇格って言うか身分下がりまくりじゃねぇか!人生転落だろうが!?」
俺はスピネルの肩を揺さぶるが、彼女はなんのことやらと顔色すら変えない。
「ちがうわよ。昇格の昇は快楽の園へ昇天させてあげるという意味で……」
「へぇーそうなんだ。ってなるかぁ!」
俺はマイクを奪い取ると会場の悪魔どもに告げる。
「いいかアバズレ共、俺はてめぇらの奴隷になるつもりはねぇぜ!さっさと元の世界に返しやがれ!」
一瞬の沈黙のあと、横のスピネルは深くため息をつく。
そしてマイクを握り締めたままの俺の頭を殴った。
ゴツンっ!という鈍い音が会場に響く。
「あでっ!」
俺は突然の鉄拳に頭を抱え、下に体をうずめる。
こいつ、女のクセに力強すぎだろ!相撲の人に殴られたかと思ったぞ!
あちらかしこからくすり笑いがおこっている。
次の瞬間、悪魔たちは俺の態度がおかしいとばかり笑いを爆発させた。
「聞いた!?逃げるですって」
「マジで!バリうけーーー」
「さすがは人間だね。低脳極まりない」
さらに笑い文句が飛び交い、下でうんうんうなっている俺にスピネルがとどめの一言を言う。
「あんた、ほんとにバカ。逃げられないことくらいは十分に承知していると思ってたけど、ここまで現状を理解していないとはね……いぃ?あんたは逃げられないの。私の命令を全うするまでは」
スピネルが俺を立たせると、マイクを取り悪魔たちに知らせる。
「みんなぁ、どうやらこれはまだ現状を理解していないようなので、まずはこれを教育しなければならないようね」
「これっていうな」
俺の静かなツッコミもスピネルににらまれ消されてしまう。
「てか魔王様」
そのとき悪魔の中から一人の悪魔が手を上げる。手の代わりに鳥の翼が生えている。
ハーピーとかいうやつか。彼女は続ける。
「そいつ、使えるんですか」
「使える?どういう意味かしら」
スピネルはハーピーに問う。
「魔王様の執事を務める、ということは数ある勇者たちとの攻防のときに魔王様を守るということですよね。つまり勇者たちの攻撃から魔王様を守る力がそいつにはあるのですか?」
「そ、れはねーーー」
スピネルは一旦きると俺をちろりと見た。
力、あるんでしょうね?という顔だ。
「知るか」
俺はそっぽを向く。
勇者とやらの力も知らないのにどのくらいが強いのかどうかわかるわけないだろうが。
「あるんですか?ないんですか?」
ハーピーはさらに畳み掛けてくる。
そーだそーだとあたりからも声がかかる。
スピネルはしばらくの間、悩んでいたが急に何かがひらめいたように手をたたく。
「そうだわ、ならば……」
スピネルが机をたたき、あたりからの声を静かにする。
「ならば、ここから一人出てきなさい。一江と戦わせてもし一江が勝ったら晴れて執事に、一江が負けたらマカイワニの餌食となってもらうわ」
オォォォォォオーーー!という悪魔の賛成の声と拍手が再び鳴り響く。
「だからなんでだぁーーー!?」
俺は机をたたき、訴えるがスピネルはすでに決まったことのように悪魔の中から代表を選んでいる。
「ちょっと待て、何でそうなるの?勝っても負けても泥沼だろそれじゃ!」
「だってしょうがないでしょ。デット・オア・アライブ、生きるか死ぬかよ」
「こっちにとっちゃデット・オア・デッドなんだよ!どっちとっても地獄だバカヤロー」
「なんでそこまで執事になるのが嫌なのよ?あんたら男にとっちゃハーレムじゃない。こんなに多くの悪魔に囲まれたハーレムなんてToLОVEる以上でしょ」
地球のことについて色々調べたスピネルは少女マンガはもちろん男性漫画やエロ本の情報もほぼ読了している。
「こんなカオストラブルいらねぇよ。お前らの頭がトラブってんじゃねぇの」
「だーもー。うるさいからそこに座っときなさい。あんたの相手決めるのにこっちは急いでんだから」
スピネルは言い合いを中断すると、代表決めを再開する。
「ちっ……」
俺はあきらめていすに座る。
こうなったらやるしかねぇか。いや、執事じゃないぞ、勝負をだ!
もしこいつら悪魔と勇者の戦いが小学生レベル位の低い喧嘩だったらなんとか引き受けてもいいと思う。
高校生のヤンキーが校庭裏でやるような喧嘩はお断りだ。
その上をいくマジもんの戦争だった場合はさらにお断りをしたい。それくらいならばワニに食われたほうがましだ!
しかし、そんな事いっても始まらない。まずはこいつらの実力が知りたい。どれくらい強いのか?
戦争とはどのようなものなのか?
執事になるのはそれからだ。
「はいはーい!」
俺の意識は急に会場に響いた声によって現実に戻った。
どうやら声を上げたのは会場の入り口に立つ一人の少女のようだ。
茶色の髪に豊満な胸、そしてメイド服……ってあれ?あいつどこかで……
「私やりまーす!救世主様の相手ぇー」
その少女、魔界戦闘員兼メイドのベルナノは元気に手まで上げている。
「あら、ベルナノ。やっときたのね」
スピネルは待ちわびていた用に喜びの声を上げる。
「遅かったじゃない」
「ごめんさーいです。ちょっとお風呂に時間掛けちゃいまして」
「まったくーしょうがないわね」
まるで先輩と後輩みたいなノリで話している二人。
この時俺は二人が仲がいい事を知る。普通王様とメイドの関係と言えば完璧な主従関係だが、この二人を見ている限りそんなものはあまり感じられない。
なにやら特別の関係でもあるのだろうか?
「それよりーーー」
とメイド服を左右に揺らすベルナノは言葉を続ける。
「いいですよね魔王様?」
ベルナノはくすすと笑いながら俺とスピネルの座る舞台へと近づいている。
悪魔たちが道の辺へと寄っているのはベルナノがかなりの高身分ということをあらわしていた。
「あいつ……結構偉いやつなんだな」
俺は先ほどのバスタオル姿のベルナノを思い出し、慌てて煩悩を払う。何考えてんだ俺!?ここまで変態じゃないはずだぞ!
当のスピネルはしばらく考えていたが、その後すぐに口を開く。
「私は別にいいけど……みんなは?」
スピネルが悪魔たちを見る。
悪魔たちもしばらくこそこそと話し合う。その間、ベルナノは俺のところに足を運ぶ。
机越しに俺の前に立ち、俺の顔の位置まで腰を下げる。
「さっきはごめんね。あんな格好で……いや好都合だったかしら?」
「んなわけないだろうが。冗談じゃねぇぜこんな事になるなんてよぉ。それよりお前……」
俺はベルナノの服装を見た。
「あ、そういえば言ってなかったかしら。私は戦闘員兼『メイド』をしてるの」
ベルナノは服の端を持ち上げ、くるりと一回転。
「メイドも私の世話をしているんだけど、彼女はその中でも上級、メイド長をしてるわ」
スピネルが付け足す。しかし、すぐに顔を曇らせベルナノの服装をにらむ。
「でも……少しあざとすぎるんじゃないの?ベルナノ」
「いやぁー全然ですよぉー。魔王様はもうちょっと男を魅了する服装をしないと。いつまでもそんな海賊みたいな服装じゃ結婚すら無理ですよぉー」
少し小馬鹿にした顔でウインクをするベルナノ。
スピネルは
「うるさいわね……大きなお世話よ……」
と顔を赤くする。しかし気にしているのか白一色の服をピラピラとはためかしていた。
そのときちょうど悪魔たちの意見がまとまったようで、
「いいですよ!ベルナノさんで」
「がんばって二人ともー」
「ファイトぜよ!」
と声がかかる。
「……つーことなんで」
ベルナノがこっちを見て、
「決まりですね」
とつぶやき、高く飛び上がる。
会場の中央に静かに着地すると俺に向かって手招きをする。来な、とでも言っているようだ。
「魔王様ーーー」
ついでにスピネルにも声を掛けるベルナノ。
「これ私が勝ったらマカイワニの餌じゃなくて代わりに救世主様を私のモノにしてもいいですか?」
「はぁ?」
スピネルの代わりに俺が返答する。
「なんでお前のモノになるんだよ俺が!?」
「でもあんた考えなさいよ」
スピネルは言葉を挟む。
「そうしたらアライブ・オア・アライブよ。どっちにしろ命は助かる―――」
「おれにとっちゃデット・オア・デッドで変わりないの!ちょっと条件変わった程度じゃ―――」
俺はスピネルの言葉を中断させてツッコムが今度はスピネルに胸倉をつかまれ中断させられる。
「いいから行きなさい!」
スピネルはそのまま、俺をベルナノの所に放り投げる。
空中を飛び、俺は背中から地面に激突した。
「いだ!」
俺は背中を押さえてしばらくの間もだえ苦しむ。恐ろしい痛みが背中を襲ったのだ。耐えられるはずがない。
さっきから周りの悪魔がくすくす笑ってくるため、怒りと痛みがさらに高まる。
「じゃあ、これより執事の座を掛けて壱語一江と魔界メイド、ベルナノの対決を始めるわよ!」
スピネルがマイクで実況をはじめる。
「両サイド!準備を済ませなさい!」
スピネルの声でベルナノはボクシングのようなポーズをとる。
俺は痛みをこらえながら立ちあがるが、すぐに戦意喪失してしまう。
女と戦えなんて男してどうかと思うがな……。だが、相手方は許してくれないようだ。
「さぁ!こいやぁー!」
すでに準備満タンのベルナノ。
どうする!?壱語一江16歳!俺は頭を振り絞って考える。
が、何かいい策が出るはずもなく、試合のゴングが鳴った。
やばすぎるだろ……。俺から出てくるのはいい考えでも作戦でもない。
ただただ額から冷や汗が出てくるだけだった……。