魔王の執事になりました
俺は椅子に座っていた。王様が座るような豪華な椅子だ。本物としか思えない宝石が部品に一つずつ散らばっており、かなり洗練された出来である事はその道の素人でもわかる。
「……っは!」
目をつぶっていた俺は息を吐き出しながらゆっくり目を開ける。どうやらかなりの間寝ていたようだ。
数秒俺は息を整え、椅子から身を乗り出し周りの景色を見る。
景色はコンクリートで出来ている建物の壁。天井から絨毯のような布がたれており、周りを見渡すと、ガラガラの空間が広がっていた。
どうやらここはどこかの建物の広場のようだ。広さは体育館位だろうか。この椅子以外何も無い。
床に絨毯がこの椅子に向かっている様に敷かれており、あとは広場の右側と左側の壁近くににロウソクが上に乗っかった飾台がある位だろうか。
椅子の少し前には階段があり、階段の下の広い空間を見下ろす事は容易にできた。
誰もいない。人一人いないどころか、生き物の気配を感じさせる空気さえなかった。
そのときにやっと俺はまともに声を出した。
「……どこだ、ここ?」
俺は椅子から立ち上がる。
座る部分のクッションは俺が座っていたためへこんでいたが、次第にゆっくりとふくらみ始め、座っていた跡を消していく。
俺がクッションに触れるとかなりの温かみが手に伝わり、俺は長時間椅子に座っていた事を知った。
俺は階段の上から景色をしばらく眺めていたが、急に思い出したように自分の服を見た。
水色の白水玉姿のパジャマ。どうみても寝るときの姿だ。
「―――あ」
途端に俺は全てを思い出した。
◆◆◆
何時間前の事かは時計が無いので分からなかったが、その時は夜であった事は確実に覚えている。
なぜなら俺は寝ようとしていたからだ。
たしかいつものように起きて、自分の高校に登校し、だるい勉強を眠い目をこすりながら何とかこなし、部活の剣道もサボりサボり終わらした。
剣道部入部当初の時は張り切って竹刀を振っていたのだが、今の俺にとって剣道とはただのめんどくさいものになっていた。
どうやら俺は最初からあきやすい性格らしく、母はそこをよく注意してくる。
帰宅すればその母が夕食を作りながら、ハゲ頭の父は新聞を読みながら俺の帰りを待っており、そのまま俺は着替えもせず親と共に夕飯をすませる。
食事中は何もしゃべらない事が多いが、テレビでやっている家族崩壊みたいな事もなく、平和なだけ幾分幸せではあった。
そして風呂にゆっくり浸かり体の疲れを取った後、この水色の白水玉パジャマに着替え2階の自分の部屋へと上がる。
学校の準備を済ませ、布団へともぐろうとした俺に急に頭痛が起きた。
まるでげんこつで何回も殴られたような痛み。俺はうなりながら布団に倒れる。痛みが強くなってくるともう耐えられなくなり、大声で騒いだ。
手を頭に当て,
なんとか声を喉にしまおうとしたが、痛みはさらに強さを増す。
「―――――っつ!」
声にならない声まで出てくる。
気分が悪くなり始め、目の前が歪んで見える。
机がくるくる回りだし、枕は俺に向かって歩いてくるように見えた。
親が心配して階段を駆け上がってくる足音が聞こえたが、その足音はまるで死神がお迎えに来たように思えた。
吐き気もしてきた。もう、もう耐えられない。
無理だ。死ぬ。消える。
「う、うあああぁぁぁーーー!!?」
―――と俺の目の前は暗くなった。ゲームの電源を切ったように俺の前は真っ暗に染まる。
◆◆◆
……何だ?死んだのか?
そう俺は思ったが、意識があることに気がついた時に俺はまだ生きていると理解できた。
体がふわふわ浮いている。地面に足をつけようにも地面は無い。暗闇で何も見えないのだが足をいくらバタバタ動かしても何も引っかからない事から地面は無いと知ったのだ。
俺は一旦深呼吸をした。まずは現状を整理しよう。
たぶん俺は死んだのだろう。きっとあの頭痛で。何だろう?ガンか?まぁ何でもいいか、死んだんだし。
今頃父と母が俺の姿を見てあわあわと慌てて救急車を呼んでいる事だろう。
だけど……ごめん母ちゃん父ちゃん。俺、死んじまったよ。
死ぬってこんな感じなんだ。暗闇を彷徨う、それだけ。
一生このままだろうか?あ、一生ってもう終わったんだっけ。
そう思うと俺は何だかがっかりしてきた。
天国か地獄に行くのかと思っていたが、この程度なのか、死後の世界って。
「はぁーーー」
俺はため息をついた。自分の死を泣くにもあまりにも急過ぎて泣けない。ある意味なんて悲しいんだろう。
まだ童貞も卒業してないのによ。あとは……あとは特に無いな。
「ちくしょぉぉぉーーー!!」
一応叫んだ。自分の人生のショボさといきなり自分の身においでになすった死に対してだ。
……よし!こうなったらもう前世の事はあきらめよう!
生まれ変わりという奴があるじゃないか俺! それに賭けよう。
おそらくこの暗闇はずっとは続かない。天国への道だと考えよう。そうすれば少しは気が楽になる。
そして天国に着いたら即神様のところに行き、生まれ変わりを要求してやる。
絶対に次の人生は社長か大統領になる人生を選んでやるぞ。
覚悟してろ神様! 今から来てやるからな!
母ちゃん父ちゃんさよなら!俺はもう後ろは振り返らないぜ!
「はっはっはっは!!」
俺は笑う。そう思うと人生の終わりもなかなか面白いかもしれない。
―――という具合に精神崩壊が進んだ頃だろうか。
また俺に頭痛が起きたのだ。
「いっ!?」
俺の頭は思いもしなかった再来客に油断していたようだ。ガンガンと脳みそが悲鳴を上げ、神経を切られたような痛みが頭に駆け巡る。
「あああぁぁぁ!」
しかしさっきよりは痛くない。慣れてきたからだろうか?
いや、でもやっぱり痛い。イタイイタイ!!
何で? 神様が俺の暴言聞いて怒ったのか? 神様地獄耳かよ!
「ちょ!ごめんなさい!俺が、俺が悪かったからぁぁぁぁぁ!!」
その途端俺の頭痛は止んだ。
「……ぜぇ、ぜえ」
俺は息を吐き、頭を軽くたたく。痛みは無い。ピタッと止まってしまったようだ。
「た、助かった……のか?」
すると俺の周りが明るくなり始めた。優しい光が体を包む。暖かい。
暗闇に体と心の体温を奪われていた俺にとってはなんとも眩しく、ありがたい光であろうか。
目の前にも幻覚が見え始めた。かなり下のほうにドーナツ型の島が見える。緑が生い茂った島とビルが何本も建っている島に分かれている。空には飛行船の様な物が浮いていた。
あれが天国であろうか?随分と想像とは違うが……。
まぁいい。この暗闇よりは断然マシだ。
俺の体はどんどん飛行船の上に落ちていく。そして俺は……落ちた。
そこまでだ。俺の記憶は……。
◆◆◆
そして現在。俺は広場の中央に立っていた。
「ふぅーーー」
ゆっくり息を吐く。天国(と思われる場所)の空気は澄んでおり、とても心地よかった。
ずっとここで住んでもいいかも、と一瞬思ったがすぐに迷いを断ち切ろうと首を振る。
誰もいないのだぞ俺。ずっと孤独のままは精神が耐えられない。
まず人を探さなければ。俺はそう思い、天国(と思われる場所)の一歩を踏み出そうとした。
――が、
「ちょっと」
後ろからの声に俺の足は止まる。何者かが後ろにいる。俺はすぐにそう認識した。
いつの間に? さっきまで誰もいなかったというのに。瞬間移動でもしたのか?
「……誰だ?」
とにかく俺は後ろにいる何者かに話しかける。後ろを向いちゃだめだ。魂がとられるかもしれない。
「人と話すときはこっち向きなさいよ」
何者かは俺の質問には答えず、俺のほうへ歩み寄る。声からして女性だ。色気のあるような無いような、しかし高音の声はたしかに女性だ。
「いやだね。何だお前は?死神かなんかか?」
俺は負けずに質問を繰り返す。
「死神……ね。どうやらいきなり『召喚』されたから混乱しているのかしら」
女は俺の真後ろに立ちながら、召喚などと意味の分からない事をしゃべった。
召喚? なんじゃそりゃ。おいしいのそれ? と俺は言ってやろうかと思ったがやめておいた。
どうやらコイツ本当に只者ではなさそうだ。召喚とか言っている時点で普通の人ではない。
陰陽師か魔法使いだろうか。天国には変な奴がいるものだな。
下手をやらかすと呪文か何かで消されるかもしれない。魂どころではない。命とられてしまう。
俺はその声色の圧力に耐えられなくなりしょうがなく女のほうを振り返る。
女は俺が振り返るのに気づき俺の顔をじっと見つめてきた。
女は俺とさほど背の変わらない身長で、なによりその服装が俺の目を引いた。
白いマントを肩から下ろし、ピシッとした白服を着たその女は陰陽師というよりどこかのお城の貴族のようだった。海賊船長がかぶるような幅広の帽子まで白でまさに真っ白。服からたらしている黒いネクタイが嫌に目立つが、清純な印象が持てた。
体の全身を隠すようなセクシーからかけ離れた服装。黒いヘアピンが付いた白い長髪がなびきながら紫の瞳が俺を見つめる。右目は紫色の瞳だが、もう片方の左目は黒色をしていた。義眼だろうか?
だが、なかなかの美女だ。
「……」
女はしばらく腰を曲げ、俺の体をじろじろと見つめまわしていたが急にがっかりしたような表情を浮かべた。
すると女は曲げていた腰を真っ直ぐにし、腰に手を回す。
「アンタが壱語一江?」
と女は馴れ馴れしく俺に声をかける。
壱語一江。俺の名前だ。俺は早くコイツが何者か聞きたかったがここは大人しく返答に徹する。
「あぁ、そうだ」
「アンタが……へぇ、そうなの」
と女は意外そうな顔をする。
「何者だお前?」
俺は2度目の質問を女に投げかける。
すると女ははっとした表情になり、忘れていたように自己紹介を始めた。
「あぁ、自己紹介が遅れたわね。私の名前はスピネル・エネリィー。これからあなたの『主人』になる者よ。よろしく」
「しゅ、主人?」
俺はスピネルと名乗る女の口から出てきた意味不明な言葉に戸惑う。
「話は後で、まずはこっちにおいで」
スピネルは俺の手を掴み、引っ張る。俺は初対面だというのにスピネルの大胆な行動に驚くがここも大人しく従った。
どうやら広場の奥には入り口のようなものがあったようで俺はスピネルと共に入り口から続く通路を歩いていく。
悪魔のようなものが彫られている石造がいくつも並べられている通路はどこまでも続くくらい長く、不気味だった。当然床にも絨毯は敷かれている。
途中に部屋の入り口はいくつかあったが、スピネルはその部屋には入ろうとせず俺の手を引きながら歩き続ける。
コツコツというスピネルのハイヒールの音が通路に響きわたる。
俺はいきなりの出来事にしばらく黙りこくっていたが、ついに口を開いた。
「なぁ、お前」
「何よ?」
スピネルはこちらも振り返らず歩き続ける。そして言葉を続けた。
「ここはどこなの?でしょ」
スピネルがやっとこちらを振り返る。その吸い込まれそうな美しい目に俺は一瞬戸惑ってしまった。
「あ、あぁ、天国か地獄かだけでも教えろよ」
と俺が言うとスピネルは急にくすくすと笑いだした。
「どうやら自分が死んだと思っているようね」
「え?死んでないの俺」
俺は足を止める。通路はまだ先があるが説明をしたいのかスピネルはつないでいた手を離し、足を止める。
「そう、アンタは死んでないわ。それにここは天国でも地獄でも無い」
「じゃあ―――」
俺が問う前にスピネルは俺の顔の前に手をかざす。
「ここはアンタの住んでいた地球でも無い。ここは『魔界』よ」
「は?」
俺は首をかしげる。さっきから何を言っているんだ?
「マカイって魔界か?あの魔界?」
俺は慎重に問う。
「そう、悪魔が住まう世界。魔界よ」
スピネルは足を再び進め始めた。
「アンタは私達によってこの世界に呼び出されたの」
「……呼び出された? 魔界にか? 何で? ……もう少し分かりやすく教えてくれ。さっぱり意味が分からないのだが」
スピネルの後ろ姿を見ながら問いを続ける。
「詳しくはここで」
スピネルは歩みを止めると壁を指差した。何の絵も装飾も飾れられていない壁。ある物はそれだけだ。
「……壁?」
俺はつぶやく。
「そう、ただの壁。でも……」
スピネルは壁の前に立ち、手を当てた。するとスピネルが手を当てた場所から紋章のような物が現れ、どんどん広がっていく。
「開け、ゴマシオ!」
とスピネルがどっかで聞いた事のある呪文を唱えると壁の紋章は光を帯び、壁は二つに裂かれ始めた。まるでドアが開くように。
鈍い音が響き、壁、いやドアがだんだんと開いていく。
そして、ドアは完全に開き、奥からの光を俺とスピネルに当てる。
「おぉ!」
驚いていた俺はあまりの光の強さに目をつぶる。
「どう?」
スピネルは光を後光にしながらどやがおで俺を見る。
「いや、どうって……」
俺は肝心な所をつっこむ。
「呪文カッコ悪い」
「……」
しばらくの沈黙の後、スピネルの拳が飛ぶ。その拳は俺の鼻頭を的確に捕らえた。
「がふっ!?」
俺は急に来た拳の痛みに後ろに倒れる。
「ちょっ!てめぇ何しやがる!」
「あっそう!そうね!かっこ悪いわよね!すみませんね!」
スピネルは不機嫌な顔をすると、倒れている俺の手を引っ張る。
「こっち来て!あんたの聞きたい事全部教えてあげるから」
「こっちってただの壁じゃ……」
しぶしぶ立ち上がった俺は壁の向こうの景色に驚く。
壁の向こう―――そこは会議室だった。
広い部屋におかれた長い机にいくつにも並べられた椅子から会議室だという事は推測できる。
しかし俺が驚いたのはそこではない。驚いたのはその椅子に座っていた面々にだ。
椅子は奥にある二つの椅子をのこして全部が彼らに座られている。
彼ら―――いや、正しくは『彼女ら』か。
最初彼女らは俺の登場を驚いたようにしていたがすぐに全員がスピネルのほうを見た。
全員が「え?コイツなの?」とでも言っているような顔を全員していた。
「ん?」
まず俺は何が起こっているの確認するため彼女らを見渡した。
彼女らといっているため当然集まっていたのは全員女だ。
しかし全員がどこかに人間とは思えない部品をつけているのだ。
頭には角、お尻には尻尾、口からは牙を覗かせたその女性達は俺とスピネルを見たまま妖艶な色をした瞳を輝かせる。
ば、化け物だ! 俺は早急にそう感じ取った。
が、逃げようとはしなかった。
恐ろしさで足が動かなかったのではなく、彼女らに不覚にも興味を抱いてしまったからだ。
アニメでしか見たことの無い様なその不思議な体を持った彼女らに俺の好奇心は揺らぐ。
それに、呼び出された。というスピネルの言葉も気になる。
と、固まる俺の後ろからスピネルが会議室に入り、奥の椅子へと座る。
座った椅子は他の椅子より背が高く、明らかに偉い人が座る椅子だ。
そして横の空椅子をぽんぽんと叩きながら俺を見た。
座れ……ということだろうか?
俺はしょうがなく部屋に入り、周囲の視線をかいくぐりながら最後のいすに座った。
全ての椅子が埋まると会議室の空気は一気に硬くなった。
誰もしゃべらない。彼女たちは俺の事をじろじろ見てくる。
何? 何なの?
何で俺を見るの?
なんか俺悪い事した?
「あ、あのー」
俺は沈黙に耐えられなくなり、声を上げる。
「何?どうしたの」
と隣のスピネルは返事を返す。
「一つ聞いていいか?お前ら……じゃない皆さんは一体どのような方達なんだ?」
「悪魔」
とスピネルは平然と答えた。
「あ……くま?」
俺はその言葉をゆっくり繰り返す。
「そう、私達はこの魔界に住む悪魔なの」
「いや急に悪魔なの♪って言われて困るんだけど……」
俺は彼女らを再度見る。
でもたしかにまさに悪魔、とでも言っているようなその姿。悪魔なのと言われたら信じるしかないな。
「え?ちょっと待って。なんで悪魔が俺みたいな人間呼び出してんの?」
俺は聞きたかった事をスピネルに話した。
「それは……そうね」
とスピネルが急に黙ってしまう。
何で黙るの? まさか俺を呼ぶつもりじゃなかったとか?
ルシファー召喚させようとしたら失敗して、人間召喚しちゃいました、えへへ。みたいな?
「……魔王様」
その時スピネルの近くの席に座る一人のメガネ女がやっと口を出した。
角の生えた頭がミステリアスで、まるで魔界の出来るメガネ社員と言った所だろうか。
「グリモね。何?」
スピネルはグリモと呼ばれたメガネ女を見る。
えっ?スピネルが魔王なの?と俺はスピネルを見るが彼女は気にすること無くグリモの話を聞いている。
「ここは彼には細かいことは抜きにして、単刀直入に言ったほうがよろしいかと。データによると人間は我々よりは知能が劣る下等生物とでております。難しい事で彼が頭をショートするかと」
とグリモは手元の紙を机に置く。
するとその紙はまるで命を持ったように動き出した。
ぴんと立ち上がり、カドを足のように使いながら机の上を歩く。
「!」
俺は目を疑った。紙が自分で動き出したのだ。誰だって驚くだろう。
紙にはなにやらどこかの国の言葉が書かれており、なんと書いてあるかは俺にはわからなかった。
スピネルのところまで自分でスタスタと規則的に歩いた紙はスピネルの目の前でまるで命をなくしたようにその場で倒れた。
スピネルはそれを拾い上げ、書いてある文字を淡々と読む。
俺も首をのばして見ようとしたが魔界の言葉なのか、やはりなんて書いてあるかは解読不可能だった。
しかしあの女、俺のことを下等生物などと失礼なやつだな。
俺は憎しみをこめてにらみつけるが彼女は見向きもせず目の前の書類に目を通していた。
そこにもいらつく。悪魔なんだから礼儀くらい覚えておけよ。
数十秒後、スピネルは紙を机の置き、ため息をついた。
「そうね。ここはグリムの言うとおり彼に詳しい話をするのは後にしましょう」
立ち上がり、俺の腕を取るスピネルは会議全体を見渡し、衝撃のお知らせをしだす。
「全悪魔に告ぐ!この人間はこれより私の『執事』及び、『護衛隊長』として就任することになった壱語一江よ!皆こいつに執事のイロハをたっぷり教えてあげなさいっ!」
オォーーー!! 会議室中の悪魔たちが一斉に叫び、拍手を送る。
笑顔の奴に渋い顔をしている奴、色々な表情を向けてくる悪魔たち。
俺だけは未だ状況が完全に飲み込めていない。執事? 羊? どっちなの?
「おい!執事ってどういうことだよ!?聞いてねぇぞ!」
俺はあせって立ち上がり、抗議の声を悪魔共全員に張り上げる。会議室の大声がやみ、再び目線が俺に集まる。
美女悪魔たちの目線に俺は一瞬目がくらむが、スピネルをにらみつける事でそれを回避する。
「だから、詳しい話は後でしてあげるってば。今は黙っておきなさい」
スピネルは軽く答えると、手を上げる。
「ひとまず解散!何か聞きたいことがあったらこちらまで!」
と大声を上げ、席に座る美女達に指示をしだす。
美女達は黙って立ち上がると、入り口のほうから出て行く。
何人かは席に座ったまま話をしており、ときおりこちらをちらちら見てくる。
残ったのは俺とスピネル、そして少し奥側に座っている3名ほどの者たち5名だ。
スピネルはひとまず終わったと一息つくと俺のほうに顔を向ける。
「ごめんね。急にあんなこと言っちゃって」
少し声を小さくして体を近づけてくる。
「いや……それより執事になるってどういうことだ?それに……お前は一体何者だ?」
俺はスピネルを指差す。魔王と呼ばれるその女は凛とした格好をしているが、正体は一切わからない。
そんなやつらに急に執事にしてもらった俺はあせりにあせっていた。冗談じゃないぜ。死んでいないのならさっさと帰らせてくれってんだ。
「そうね……まずは私の事について詳しく言っておこうかしら」
スピネルはそう言うと頭にかぶっていた海賊船長ハットをはずし俺に頭を見せる。
その白い髪の生える頭には小さな角が生えていた。鹿の角を曲げたような不思議な形の角だ。
「私はこの魔界で魔王をしている者よ。魔王スピネル・エネリィー、スピネルでいいわ」
スピネルは会議室の窓に歩みを進めると、俺をちょいちょいと呼んできた。俺はスピネルの方に近づき彼女の指す窓の外を眺めた。
「うぉっ!?」
俺は外の景色に声を上げて驚いた。その景色は外、しかも空の上だった。
飛行機の窓から覗くと見えるような雲の上の空の景色。それが今の俺の前に見えていたのだ。
ゴーゴーという風の音が耳の中まで入ってくると、俺は窓から身を乗り出す。
「な、なんだこりゃあ!?」
俺はこの建物の全貌を見ることに成功した。
この建物はまるで西洋のお城のような外見をしており、外壁には苔が張り付いている。かなりの年期物のようだ。あちらこちらにひび割れもあるが問題外のレベルだ。
大きな木が中央部分のてっぺんに根を張っており、その周りを小さな子悪魔が飛んでいる。
そのお城が丸ごと空に浮いている。まるで天空の城ラピュタのようだ。
どうやらさきほど俺が見た飛行船はこの要塞だったみたいだ。
「わかった?ここは魔界の上空、アボラス空域に位置する悪魔の本拠地、空中要塞『フォロス・アテナ』よ。まずここから逃げ出すのは無理だと知っておきなさい」
スピネルは俺の肩をたたき、あっけにとられている俺に説明を続ける。
「私たちの世界はアンタの住んでいた次元とは違うものだということもね」
「ち、ちぎゃう世界?」
汗をだらだらと流す俺はゆっくりとスピネルの方に顔を向ける。
「そう、そして私たち悪魔は今過去かつて無い戦争時代にはいっているの」
「ちぇ、ちぇんそぉ?」
「そう、戦争」
スピネルは俺の言いたいことを修正していくと窓から空中を見上げる。
「勇者、っていえばわかるかしら。魔界の外の世界はあなたと同じ人間が支配しているの。勇者はその人間のなかでも私たち悪魔を抹殺しようと組まれた軍団のことを指すのよ」
スピネルが自分の目の前をつつくように指をだすと目の前にパソコンの画面液晶のようなものが現れる。
アイパッドが半透明になったものと言えばいいのだろうか、宙に浮くその液晶の画面をスピネルはタッチしていき、ひとつの画像を出す。
それをスピネルは右にいる俺に向かってピッと指ではじく。画像は液晶から飛び出し俺の目の前にすっと移動してきた。
「すげぇな。俺の世界でもそんなに科学は発達してねぇぞ」
俺は興味深々にスピネルの持つ液晶を見つめる。アイパッドの進化系の様な物は何とも興味をそそる。
しかも、指で空をつつくだけで現れるとはこれにも驚いた。
もし、俺の世界でもこんなものが発明されたら持ち運びも楽になるだろう。
「これはこの世界では当然のように使われているものよ。名前はグレイプ」スピネルは人差し指を俺に見せる。細いスピネルの人差し指には小さな指輪がついていた。
「この指輪から液晶が映し出されるの。それよりその画像を見て」スピネルは指を俺の目の前にある画像に向ける。
画像にはドーナツのように真ん中に穴が開いた丸い島が写っている。
その真ん中にある小さな穴にはさらに小さな島が浮いており、スピネルはそれを指差した。
「ここは私たち悪魔が住む島『魔界ルシファー』、この城は元々この島にあったの」
「んじゃ、なんで空中に浮かべる必要があんだよ?」
俺は窓の空景色を再度眺めながらスピネルに問う。
「この島を囲む周りの島があるでしょ。ここが人間の住む世界『ゼウス』なんだけど……」
スピネルは画像をタッチする。
すると画像が動き出した。周りのゼウスという島から棒人間が何人かあちらこちらから飛び出してきて中央の魔界へ向かって歩き出した。
「これが勇者たち」
スピネルが棒人間をタッチすると棒人間の上に勇者と文字が表示される。
画像の勇者棒人間が魔界に接近すると、今度は魔界から角の生えた棒人間が出てきて勇者と戦いを始めだした。
「この角の生えているのが私たち悪魔よ。見てのとおりこの世界では昔から勇者と悪魔が戦争を繰り広げてきたの」
画像の棒人間たちは次々と倒れはじめるが、それぞれの島から新たな棒人間が出現し戦争を始める。
「戦争……って今までで何年してきたんだよ?」
俺は画像の光景に妙なリアル感を感じ始める。
「かれこれ1000年よ」
「1000年!?」
俺は思わず叫ぶ。
ガンダム並じゃねぇか! 千年戦争じゃねぇか! ジオン軍と地球連邦軍じゃねぇか!?
「千年もやっているうちにお互い兵士の数も減少の一歩を示したわ。一瞬でも出兵を止めたら敵に攻めこめられちゃうからね。今じゃこの世界の人間男性の数は1割しか残っていないの」
スピネルは画像をダブルタッチして消す。
「私たち悪魔も男性をひとり残さず戦争に活かせた為に現在この魔界にいる男性の数は……ゼロよ」
「ゼロォ!?やりすぎだろ!」
俺はスピネルの話を聞いてあっけにとられる。
さっきから男の悪魔を見ないのはその為か!こいつらすげぇバカだな……
「男がいない。それは子孫を残す為にはあってはならない事態。そこで私たちは外部の力を借りることにしたの」
スピネルが次に出した画像は俺の住んでいた星、地球だ。
「早速私たちは地球の人間の力を借りようと一人の人間をこの魔界に召喚した」
「つまりだ……その人間というのが……」
俺は瞬時に推理した。
「そ、アンタよ」
スピネルは服の中から扇子を出すとそれで俺を指した。
「まじでか……」
俺は地面にひざをついた。急な話をされて、脳内もうまく回っていない。
「アンタは私を守る執事及び、子孫を残すための道具として働いてもらうわ……。逃げようった無駄よ」
スピネルは扇子で自分を扇ぎ、上から目線でくすくすと笑う。
「この城を空に浮かべているのは勇者共の進入を防ぐためと、召喚した者を逃さないという目的のためなの。わかった?」
「何で……何でよりによって俺なんだよ!?他にも色々と人間ならいるだろうが!」
俺は我慢できずに怒りを爆発させた。
「執事なんてしるか!んな事のために召喚された俺の身にもなってみやがれってんだ!しかも子孫を残すための道具だと!?悪くない響きだが戯言もほどほどにしろアバズレ共め!大体俺みたいな常人が勇者なんてたいそうな人たちに勝てるわけが……」
「あるのよ、それが」
俺の言葉をさえぎり、スピネルは扇子で俺の頭をたたく。
「アンタには勇者に対抗できる唯一の力を持っているの。だからアンタが召喚された」
「力? そんなものが俺に?」
俺はまさかと自分の体を見るがやはり体に変化は無い。ムキムキに体が鍛えられているわけでもないし何の事だ?
現実世界でも体力も成績も人並み、剣道がちょっとできるだけであとは特に特技も持っていない。
「えぇ、アンタは地球に住んでいる人間の中で唯一『魔力を持った人間』なのよ」
「魔力……」
俺は頭の中でハリーポッターが魔法を唱えているところを想像する。
考えたこともないが、こいつに言われるとなんだか信じてしまう。
つまり、魔法使いって事か……。
「って俺が?魔法使い?」
「そういうことよ。喜びなさい」
スピネルは立ちつかれたのかいすに座り足を組む。
太ももからタイツが見え、俺は目のやり場を失う。なんなんだこの魔王は。
「なにを喜ぶんだよ……。まぁ、かっこいいっちゃあ、かっこいいけどな」俺は自分の手のひらをまじまじと見るが、未だに信じられない。
「ま、使うことの無い日常では感じられないかもしれないけどこの世界ではしっかり利用させてもらうから覚悟しなさいよ!」
「俺の魔法って何なんだよ?炎でも出すのか?それとも体を硬化させたりでもするのか?」
俺は一番大切なことを聞く。出来ればかっこいいのがいいな。などと思いながら。
「それは知らないわ。私たちもなんとなく調べていたらアンタから魔力が感じられたから召喚しただけ」
「なんじゃそりゃ。使い方わからなかったら意味ないじゃないか」
俺はずっこけるとため息をつく。
「ま、時期が来ればわかるわよ」
スピネルは立ち上がり、帽子をかぶり直すと入り口へと向かう。
「おい、どこに……」
「歓迎パーティーを開くわ。すぐに来なさい」
スピネルは魔王のように、いや魔王だったか。魔王は気品を漂わせながら入り口へと姿を消す。
ひとつの言葉を残して。
「楽しみにね。救世主さん」
会議室には俺ひとりが残された。
運命、これが運命か。そりゃないぜ神様よ……。
いきなり魔界に来させられたと思ったら魔王の執事だって?
「マジかよ……」
俺は天井を見つめて、そう静かにつぶやいた……。
次は短いと思うので勘弁を……。
のったりやっていきたいと思います。