第3章 旅立ち
それは突然やってきた。
旅の行商が村の近くに異様な砂埃があると教えてくれた。
聞いた話だけでは判断しかねるが、ほぼ野盗の類だろう。しかもそれなりに組織された。
今この村で戦になんてなったら戦えるのは俺と凪含めても5人程度しかいない。
野盗は少なくとも30人は超える集団だ。
「おいおい、一体どうすればいいんだよ!?」
誰かが絶望的な状況にそう叫ぶ。
……どうする?俺の答えは決まっている。あの悲劇を起こさない為に今まで自分を鍛えてきた。
「俺が相手をする」
一歩、皆の前に出て言う。
親父、お袋含めて驚きの表情をするのが見える。
だが、村の全員が俺のこの約10年間での鍛錬量を知っているからか、誰も何も言えない。
ただやっぱり親父達は複雑な顔だ。
「親父、お袋、心配すんなって。ちゃんと無事に帰ってくるって約束するから」
俺の言葉に安心したのか諦めたのか、はたまた両方か。お袋は頷き、親父は無言で俺を家の蔵に引っ張ってきた。
「なんだよ親父、あんま時間ないから手短にしてくれよ?」
おとなしくついて来たのは親父が今までにない真剣な表情だったからだ。
それでも今は悠長な事をしているヒマはないのだ。親父の事だから今関係ある事だとは思うが手短に済ませて欲しい。
「お前は昔からそうだったな」
「は?」
いきなりそう切り出された。
「他の子とは違う一歩先を見ているような子供だった。そう、まるで今この時を予測していたかのような……」
「親父、今は時間がないんだ。要件だけ言ってくれ」
俺が親父の話を遮ると、それに気を悪くした風もなく蔵から見覚えのある二本一対の夫婦剣を革のようなベルト共に取り出す。
「お、親父……それって……」
「我が孔家に伝わる宝刀だ。まさか丸腰で行くつもりだったのか、ナナシは」
孔家に伝わる?そんなのウソだ。天界の連中がそうなるように改ざんしたんだ。
アレは前世での武器だ。
「いや、助かる。行ってくる、親父!」
「必ず生きて帰って来い!」
俺は親父から受け取り、それを体に巻きつけ走り出す。
村の入口で待っていた凪と合流する。
「悪い、遅くなった」
「いえ、大丈夫です!」
何も言ってないのに俺と共にする事を選んだ凪。嬉しく思うと同時に絶対に死なせないという決意を固める。
凪の両拳には“閻王”が装着されていた。
両拳にグローブのように装着し、拳打で戦う凪の戦闘スタイルに合わせた武器だ。俺も数える程しか見た事がない。凪も本気だ。
「……無理すんなよ?」
「ナナシもですよ?」
お互いにそう言って村を出る。
村人達の……いや、“家族”の期待と不安を一身に受けて。
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………………………
………………
村から数百メートル離れた場所で構える。野盗はもうすぐそこまで迫っている。が、俺達に悲壮感はなかった。
「俺が前衛で凪は俺の討ち漏らしの処理を頼む」
「わかりました。ですが、決して無理はしないでください」
「任せろ」
そしてタイミングよくこっちの確認が終わったトコで射程距離に入った。
「うっし、じゃあやりますか!」
俺は夫婦剣……干将と莫耶を引き抜き野盗に肉薄する。
1日1回までダメージ無効。逆に言えば2回目以降は即死。
メリットだかデメリットだかわからんが、攻撃に当たらなければいい。
野党の先鋒と刃を交え……
「邪魔だ」
交える事すらしない。一方的に俺の刃だけを振るう。迫る刃は紙一重で避け、カウンターで斬りつけていく。
久しぶりの血の匂い。斬る事も殺す事も躊躇いはない。迷いがあっては自分が死ぬ。俺だけじゃない。俺の後ろで闘ってくれている凪やその後ろの家族も死ぬ。だから俺は闘う。
集団の中心に潜り込み剣を振るう。
死角を作らないように常に体は動かし、背中を一つの方向に向けないようにする。
時折余裕ができたら凪の方にも注意を向ける。
……今のところは問題なさそうだ。まぁ、俺ができるだけ討ち漏らしのないようにしている事もあるが、やっぱり凪は強い。
遠い相手には氣弾を直接当て、接近してきた場合には足元に当ててバランスを崩してから攻撃している。
しかもそれが上手い具合に足場を悪くしているので、俺をスルーして凪の方に向かった連中の邪魔をしている。
そんなこんなで残り5人を切るぐらいまで減ると、自然と残りの野盗達はバラバラに逃げて行った。
「……行ったか」
「そのようですね……」
「凪、大丈夫か?」
「えぇ……」
凪はそう言うが大丈夫じゃなさそうなのは明らかだった。まぁ、俺と違って初めて人を殺すという事をしたのだから仕方ない事だろう。
「とりあえず凪は終わった報告してきてくれ。終わったら休んでいいから」
「すみません。そうさせていただきます……」
凪は疲れた声でそう答えるとフラフラとした足取りで村に帰って行った。
さてと……
俺はむせ返るような血の匂いの中、死体を集めて回った。
村からそれなりに距離のある所に幅のある穴を掘り、そこに集めた死体を埋めていく。
「何をしているんだ?」
「供養」
俺は振り返らずにそう答える。
「そういう親父はなんでここに来てんだ?」
「息子が心配だからだ」
「そうか。この通り大丈夫だ」
短い言葉のやり取り。
多くの言葉はいらない。でも、それでもなんとなくお互いの言いたい事はわかる。
「……行くのか?」
「流石にこんな田舎にまで野盗が来るようになっちゃったら傍観してらんねぇからな」
「凪はどうする?」
「好きにさせるさ。俺には俺、あいつにはあいつの物語がある。それが人生ってやつだろ?」
「……本当にお前は17なのか?」
親父の呆れともなんともつかない言葉を背で受けながら土葬を済ましていく。
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………………………
………………
村に戻ると凪はまだ家にいるというので、凪の家にむかう。
「邪魔する」
玄関入ってすぐの所に凪はいた。
「……ナナシ、わたしは人を殺しました……」
俯いて、声は消えそうな程にか細い。いつものハツラツとした凪はそこにはなかった。
「そうだな。でもそうしなければ俺らも村の皆も死んでいた」
凪は賢いから俺が言わなくてもわかっている。でも、それ以上に優しいから苦しんでいる。
「……」
凪は何も言わない。
俯いたままだ。
「俺は明日、この村を出ようと思う。んで、ちょっと世界を平和にしてくる」
俺は凪の返事も何も待たずに、言う事言ったら凪の家を出ていく。
確かにこれは凪自身の問題だ。でも少なくともこの世界で生き残るにはこのぐらいは乗り越えて欲しい。
その結果、俺についてくるならそれはそれでいいし、逆もまたしかり。
どっちにしろ俺がやる事は変わりない。俺は明日からの準備に取り掛かる。
~SIDE 凪 ~
まだ夜も明けない時間に目が覚めた。
両手を見る。わたしは昨日初めてこの手で人を殺した。
必要な事だったとは理解しているが、それでもあの感触を忘れられない。
ナナシは今日村を出ると言っていた。
ついて行く事もできるが、それはこの先昨日みたいな事を繰り返す覚悟を決めなければならない。
わからない。自分が何をしたいのか、どうしたいのか。ナナシならどうするだろうか?
……ナナシは自分のしたいようにするだろう。“我が道を行く”それが彼だ。今までだって自分が正しいと思った事は貫き通していた。
「……行こう」
いくら考えても答えがでないのなら、ナナシについて行く。少なくとも今までに彼が間違っていた事はなかった。自分の道は一緒に旅をしながら考えればいい。
「まずは準備をしないと……」
着替えて、荷物を用意して、両親に報告して……
先程までの憂鬱な気持ちはもうなくなっていた。