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Two sides of the coin  作者: 山南朱夏
第2章 特別小隊『朱華』
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第14話 科学を以ってして科学を消す者




-17-





「ねぇトーマ。約束、覚えてる?」




朱音は当真の手を握ったままそう言った。




「私を守って」




――たった一言の言葉だった。けど何故だろうか。それだけで当真は、百万の味方を得たような気分になった。




心が……奮い立つ。




当真はただ頷くだけだった。




「悪い、こんな情けない男で。世話焼かせたな」




「……ホントにその通りよ、馬鹿トーマ」




呆れたように朱音はそう言ったが、口元には微笑が浮かんでいる。








ここで当真が諦めれば、いくら強いとはいえ武器を持たない朱音はあっけなく殺されるだろう。




幼いころの『大切なものを守る』と言う約束。それを結んだ少女が、殺されるかもしれない。




負けられないのだ。約束を守るため、朱音を守るために、当真は。




戦う理由なんて、それで十分だ。




当真は朱音の手を放して立ち上がった。








「いってくるわ。絶対アイツを倒して、帰って来る」




「……うん。信じてる」




朱音は笑顔で相槌を打った。




当真は歩きだそうとしたが、ひとつ思いだしたことがある。それは朱音に言い忘れたことだ。




「なぁ朱音。さっきからずっと言おうと思ってたんだが……」




「へ?何っ?」




朱音の声にはどこか期待が含まれているようだった。このタイミング、このムードとくればもしかしたら……




流れで告白とかされちゃったりするんじゃないのかと思っていたらしい。








朱音は慌てふためいた様子で、その頬はほんのりと赤い。当真は朱音の両肩を掴み、ぐいと顔を近づけた。




「あのさ……ずっと言いたかったんだ」




「ふ、ふぇ?」




そのまま見つめあうこと数秒。確実に朱音の心拍数は上昇する。体が熱い。




「お前の事が、ずっと好きだったんだ」なんて言われちゃうの!?と非現実的な淡い期待が脈を打つ。




当真は真剣な表情で、いつになく真面目な眼差しを朱音に向ける。








そして――期待に応えないのが、当真なのである。








「あのな、さっきから思ってるんだけど、お前、握力強すぎだわ」




「…………」




ピキッ、と音を立てて、朱音の表情は凍りつく。さっきまであんなにも火照っていた顔の温度が、




徐々に絶対零度にまで下がっていく。




照れたような表情は最早そこにはなく、あるのは能面のように貼り付けられた表情。だがそこに変化はない。




が、それを別段にした様子のない……というよりは気付いていない当真は、さらに墓穴を掘っていく。




自分の墓穴を自分で掘っているバカな男は、さらに言葉を続ける。




「お前ずっとすげー力で手ぇ握ってるから、今力入んなくてさぁ。見ろよこれ。ここ血止まって……」




そこまで言って、ようやく自分の失言に気付いた。








朱音は下を向いていてその表情を窺うことは出来ないが、おそらく鬼の形相が浮かんでいるに違いない。




朱音の体からはものすごい殺気が放出されていて、「もしかしてこれ、二藍のよりすごいんじゃね?」などと




思いながら、必死で現実逃避に走ろうとする当真。だが、もう遅い。




次の瞬間、目にも止まらぬ速さで朱音の正拳突きが繰り出され、狙い違わず当真の鼻っ柱にヒット。




顔がへこむんじゃないのかと思うほど拳をめり込ませ、そのまま当真を路地の壁に吹き飛ばした。




その威力は、壁がひび割れて当真の体の形が残るほどであった。当真は鼻血が噴き出す鼻を手で押さえながら




朱音を見ると、朱音は青筋立てて笑顔でこっちを見下ろしていた。








「ばッ、おま、今俺のこと殺す気だっただろ!?いまのは洒落になんねーよマジで!」




「アンタなんていっぺん死ねばいいのよこの馬鹿トーマッ!人がせっかく心配して、




ビビッて震えてる手握ってあげたのになんなのその言い草は!!失礼にも程があるわ!!」




「び…ビビってなんかねーっての!それになぁ、痛かったのはホントじゃねーか!」




ささやかながら反論する当真だが、今回は絶対に勝ち目がない。というかいつもだが、




この手の喧嘩は毎回当真に非があるからだ。








「なによ、『怖いんだ…どうしようもなく』とか言って、歯ガタガタ言わせてたくせに!!」




「そこまでビビってねーよ!それにお前、さっきと言ってる事真逆だぞ!?」




「それとこれとは話が別よ」




いまが戦闘中であることをすっかり忘れて、二人は大声でぎゃあぎゃあと口論を始める。




それを近くの民家の屋根の上から、二藍はそこにしゃがんで黙って眺めていたのだが、いつまで経ってもこちらに気付く様子が




ないと分かると、めんどくさそうに溜め息を吐き、ゆっくりとした動きで立ち上がった。




そして6メートルは越えているであろう屋根の上から飛び降りた。




そうやってようやく二人は二藍の存在に気付いたらしい。さっきまで大声を張り上げていた二人が、




ピタリと動きを止め、そして息を呑む。そんな二人を見て二藍は心底呆れているようだ。








「全く……戦闘中に夫婦漫才とは…君達、いま置かれている状況が分かってるのかね?」




「夫婦じゃねーっての!!」




当真は即否定するが、朱音は否定するわけでもなく、ちょっぴり恥ずかしそうに下を向いた。




当真はそんな朱音を見て不思議に思いながらも、再び二藍のほうを見据える。




「それにいま置かれてる状況なんて、百も承知だっての。要はアンタは、俺を殺しにきたんだろ?」




「そうだ」




「だったら話は簡単だ。俺は殺される前に、アンタを倒す。それだけだ」




二藍はそう言った当真の言葉に覚悟の色が含まれているのを感じ取り、ニヤリと笑った。




そしてその笑いに嫌な感じは含まれておらず、どこか心底喜んでいるようでもあった。




「いいじゃぁないか。分かりやすい。そして実に明白だ。それに今の君にさっきまであった"迷い"が見られない。




そうだ……やはり戦いとはこうでなくては!




ぶつかり合う意志と意志。みなぎる闘気が枯れるまで戦い、そしてより生への執念が強い方が勝つ。




それこそが戦いの醍醐味だよ!」




まるで舞台役者のように、大仰に両手を広げながら嬉々として理想を語る二藍。もはや戦闘狂としかいいようがない。








……だが、二藍が嬉しそうに笑みを浮かべているその隙に、彼の体に数発の弾丸が撃ちこまれる。




「くっ…かはぁっ………なん……だ?」




なにが起こったのか分からない、といった様子でさっきとは一変、苦悶の表情を浮かべる二藍。




少し血を吐いてはいるが、弾は貫通していないようだ。銃弾を喰らい、破れた服の穴からちらりと黒く光る




金属質っぽいなにかが見えた。おそらく防弾チョッキを着ているのだろう。








ちなみに、いまの攻撃は当真がしたのではない。そしてそれは武器を持っていない朱音によるものでもない。




では、一体誰がこれを……?




考えを張り巡らしていた当真がここで、二藍が当真の更に後ろを見ていることに気付く。




そして当真は、二藍の視線の先へ恐る恐る首を向けると、そこには見覚えのある同級生が立っていた。








「やぁ、当真」




「黄朽……?」




そこに立っていたのは、すらりと背が高く、銀縁の眼鏡を掛けたとんでもなく整った顔立ちをした少年だった。




愛銃であるアメリカの銃器メーカーであるスミス&ウェッソン社の高威力の.357マグナム弾を使用する




S&W M19(コンバットマグナム)を二藍へ向けて、彼はその場に佇んでいる。




彼の周りには常に恐ろしく冷たい雰囲気が漂っており、人を近づけようとしないそれは、かつての当真そのもの。








――黄朽(きくち) 咲夜(さくや)








AMSにおいて座学・武術、共に学内で最も優秀な成績を修め、群を抜いて、学年のトップに君臨する天才。




そして科学を滅ぼすために、科学派に身を置く復讐者。それが彼の肩書きだ。




そんな彼の雰囲気と肩書きがあいまって、学内で咲夜に話しかける人物は誰一人としていない。




そして、咲夜もまた、誰にも話しかけようとはせず、常に他人とは数歩の距離を置いている。




……だが、咲夜が唯一話しかける人物というのが、当真であることは、校内ではかなり有名な話だ。




おそらく彼は自分と同じ人種である当真に、同族意識のようなものを持っているのだろうと当真は解釈しているが




しかし当真は咲夜と同じ人種だとは思ってはいない。




それは過去の自分がそうであって、今の当真は復讐に捕らわれた鬼でもなければ、ただの平凡な学生だからだ。








無表情で当真のほうを見ていた咲夜が、ゆっくりと当真の方へと歩み寄る。




その際にも拳銃を下ろすことはなく、相手の攻撃に即座に対応できるよう身構え、その動作に




一切の隙がないのは、見事としか言いようがない。




「すまない。あれは君の獲物だったのか。ついうるさい小蠅が耳元で喚くから撃ち殺したくなってね」




咲夜はすまないと言っている割に、悪びれた様子は全くなかった。




しかし淡々とした口調で、蟻を踏み潰すように科学派の悪を殺そうとする咲夜を見て、当真は少し引きぎみだ。




「……相変わらず容赦ねーな。それに相手、無防備だったぜ」




当真は少し非難を込めて咲夜にそれを言ったのだが、咲夜にそれを気にした風はない。




それどころか、彼は決まってこう言うのだ。




「戦闘の合間に、隙を見せる奴が悪いのさ」と。








黄朽 咲夜。




彼は当真が水色に出会わなければそうなっていたかもしれない当真の亡霊――












<2012年 12月8日 公開>














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