第1話 恩恵と破滅
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西暦2200年。科学が世界で繁栄すると予想されていたが、世界を支配していたのは魔術だった。
人々は魔術により生活のクオリティーを向上させ、魔術により幾多の難病を治療した。
――しかし、気まぐれな神はそれを長くは続かせない。
魔術が繁栄し始めた100年後、つまり西暦2300年。
北米への謎の巨大隕石衝突により、世界は再び姿を変えることになる。
巨大隕石と共に、宇宙から地球に"魔法元素"と呼ばれる未知の元素が持ち込まれた。
そしてそれは、まるで元素が選んだかのように、地球上の希少金属と化学反応し、
"魔法金属"と呼ばれる新たな金属分子を作りだした。
まるで古代、凶暴な肉食獣である恐竜から逃れるようにひっそりと暮らしていた人間のように、
魔術派の影に隠れていた科学派の人間達は、"魔法金属"の正体に首を傾げていた
魔術派の人間をあざ笑うかの如く、その働き・正体を解明した。
――こうして、世界は200年遅れる形で、科学が主流となった。
科学は"魔法金属"の働きにより、驚異的な速度で進歩し、
数年前までは魔術に遥かに劣っていた科学は、魔法金属の発見からたった10年で
魔術よりも遥かに進歩したのである。
魔力を持つものしか使えない魔術とは違い、魔法金属さえあれば誰でも力を発揮できる科学は
多くの人々に利用されたのも、科学の驚異的発達の要因と言われている。
……ただし、魔法金属がもたらしたのは"恩恵"だけではなかった。
歴史に例を挙げるのならば、アインシュタインが相対性理論を発見したことは、
科学を大きく発展させたが、それはまた"核兵器"という"破滅"ももたらした。
――そう、科学とは、正しく使えば"恩恵"となるが、誤った使い方をすれば"破滅"を生む、
いわば諸刃の剣なのである。
そして歴史は繰り返された。
魔法金属というものは非常に貴重で、滅多に手に入らない上、世界でもその存在が偏在していたのだ。
主に魔法金属が産出されていたのは、東南アジア、オーストラリア、そして南米。
そこで60年前、魔法金属を巡って世界で戦争が勃発した。
そんな世界情勢の中、日本はというと、一応魔法金属の産出国であり、
世界有数の魔法金属加工技術を持っていたため、魔法金属を加工し、
未知の力を有した武器、"魔法武器"の生産にいち早く成功し、
それを使うことで、なんとか戦争の勝利国となることができた。
大戦後、世界において、魔法武器によって隆盛したのは、
日本、アメリカ、豪州、ギリシャ、イタリア。
魔法金属五大大国と呼ばれるその5つの国は、戦後60年、科学によりさらに隆盛していく…………
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終業15分前。50分間の授業の中、最も起きているのが辛い時間帯。
一番窓側の、後ろから2列目の席に座って、ぼんやりと歴史の授業を聞いている少年がいた。
今、彼が受けている講義は「魔法科学史」と呼ばれるもので、
魔術の最隆盛期から、科学最隆盛期である現在までの魔術と科学の歴史についての授業だ。
しかし、まともに聞いている生徒はあまりいないようだ。
……それは仕方のないことなのだ。
そもそも魔法金属を扱う上で、歴史などを知る意味はないのだから。
例えば、万有引力の法則を発見したのはニュートンだが、
実際にその法則を使う際に、果たしてどれだけの人間が、万有引力が発見されたプロセスを考えるだろうか。
答えは、ほぼ0%に等しい。
にも関わらず、これを学ぶ意味を見出せないまま講義を受ける生徒はもちろん、
教師ですら疑問を抱いているのだから、なんとも奇妙な状況だな、と少年、
緋村当真は考えた。
"魔法金属専門学校"
魔法金属争奪大戦後、魔法金属五大大国の一角を担った日本は、
国策として魔法金属の研究を促進しようと試みた。
その一環が、"魔法金属専門学校"、通称AMSと呼ばれる学校施設の設置だ。
AMSでは主に、魔法金属についての座学・武器を使った武術・生成方法が学ばれる。
そして、AMS卒業後の進路は大体3つに絞られる。
魔法武器職人、魔法金属研究者、そして国勅魔法武装66小隊。
ちなみに、圧倒的に志望者が多いのは国勅魔法武装66小隊だ。
国勅魔法武装66小隊は、昔の日本で言う"自衛隊"にあたり、
主な任務は国防、内部テロの対策……など有事に関するものばかりだ。
それゆえに待遇がよく、賃金も他の国家組織と比べるとその差は文字通り、天と地ほどのものだ。
そんな中、魔法金属専門学校2年生の当真が現在志望するのは、魔法金属研究者。
3つの中で最も人気が低く、最も賃金が安いものだ。
にも関わらず、当真がその仕事を所望するのは、ひとえに彼が「魔法金属学」が好きで、
それに興味があるからなのだ。
が、当然それには裏があって、当真は魔法金属以外の学問の分野はダメダメで、
武術なんてもってのほか。おそらくクラスで一番弱い自信があるほどだった。
当真は自分の周囲を見渡したが、頭が上がっている生徒は皆無、と言っていいほどだった。
みんな自分の机に突っ伏して、スヤスヤと寝息を立てているものさえいる。
そして、今年で定年退職を迎える魔法科学史教師もそんな生徒達の様子を気に咎めるわけでもなく、
淡々と録音されたビデオのように、授業を続けている。
先ほども言ったが、担当教師ですらこの科目の意味を見出せていないのだから、
授業を聞かない生徒を注意する必要すらないと思っているに違いない。
そんな初老の担当教師のよれた声と、寝ている生徒の寝息が掠れる音が鳴る教室で、
当真は、さて、どうしようか…、と考えた。
この講義が終わると午前中の授業は全て終了し、昼休みとなる。
昼休みは1時間ほどあるのだが、当真はほぼ毎日、特別な理由がない限り学校の図書館へと向かう。
どうしようか、というのは昼食のことで、食堂で食べるか、購買でパンを買うかについてだ。
科学が進歩した24世紀になろうとも、この風習は全く変わらない。
そんなことを考えていると、ポケットのなかのスマートフォンが震えた。
数百年前に登場したその携帯端末はさらに薄型化・軽量化され、今では大学ノート一冊分の厚さほどになっている。
当真はこっそりポッケから携帯を取りだした。数秒で止まったから、おそらくメールだろう。
というよりも、考えるまでもなくメールだ。なんせ、授業中の今電話してくる奴なんているわけがないのだから。
さすがに授業中に堂々と携帯を机の上に出して使うのは校則的にも、マナー的にも反するので、
先生や他の生徒にバレないよう、机の下でこっそり操作する。
……といっても周りの生徒はみんな寝ているので、
バレる心配などハナっからしていないのだが。
指で画面をスライドし、暗証パターンを入力。
ロックが解除され、メールボックスを確認すると、送信先は『橡 千紗』と表示されている。
「橡先生が俺に何の用だ……?」
と心の中で呟いた。
当真はメールの内容が気になったのでメールを空けた。
橡 千紗は魔法金属専門学校の「魔法金属学」教師で、図書館司書をしている先生だ。
当真が昼休みに毎日図書館へ通うのも、彼女に魔法金属学について教えてもらうためである。
卓越した魔法金属に関する知識のおかげで、授業だけでは当真は己の知的好奇心を満たしきれず、
こうして直接彼女により高度な知識を調達しに行くのである。
そんな当真のことを千紗は以外と気に入っており、嬉しそうに当真に自分のもつ知識を披露してくれるのだ。
千紗は元々魔法金属研究のスペシャリストで、"世紀の天才科学者"と呼ばれていたにも関わらず、
何故かこの魔法金属専門学校で教師なんかをやっているのだから、
当真は不思議でしょうがないのだが、敢えてその辺りの事情は聞かないことにしている。
というのは、何か込み入った事情があるのは目に見えているからだ。
……メールの内容は大体察しがついていた。
千紗が当真にメールしてくるときは、決まって何か魔法金属関係のおもしろい話を聞かせてくれるときだ。
メールの内容はこうだった。
『当真君。君にいい話がある。おそらくこれは今後の君に、多大な恩恵をもたらすだろう。
興味があるのなら昼休み、図書館のいつもの部屋へ来るといい。待っている。』
言うまでもなく、当真は行くと決めてあった。
どのような内容であれ、今までこんな風に千紗から来た誘いがつまらなかったことなど一度もなかったからだ。
当真は本文を読み終えると、ホームボタンを押して画面をトップに戻し、
再びスラックスのポケットへと押し込んだ。
と同時に終業のチャイムが鳴った。
起きていた数少ない生徒である室長の、起立の掛け声と同時に、眠っていた生徒もいっせいに立ち上がる。
ホントに今まで寝てたのかと思うほど、起き上がるまでのスピードが速かった。
寝ていた者達はダルそうに机に手をつきながら礼をして、一気に教室から出ていく。
もちろん当真も図書館へ行くため立ち上がった。
今回はどんな話が聞かされるのだろうか。なんせ、「多大な恩恵をもたらす」などと言われては
期待せずにはいられない。
自然と足取りが、いつも以上に軽くなる。
だが当真は、一つ失念していた。
"恩恵"は"破滅"になるということを。
後に当真は、この話を聞いたことで日々苦悩することになるのだが、
彼は今、苦悩の毎日の扉を開いたことにまだ、気付いていない――――。
<2012年11月9日 公開>