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魔王を討伐した勇者様の溺愛が止まらないっ!

作者: 相川斎
掲載日:2026/11/02

今日は魔王討伐を果たした勇者パーティーが凱旋をする日だ。そのパーティーの中に私の幼なじみであるダンテ・レイウォードが勇者として在籍している。

ダンテは家と私の家は隣同士の領地で同い年ということから幼い頃は一緒に遊ぶことが多かった。幼い頃のダンテは顔も性格も本当に天使のような子でそれはそれは可愛がっていた。レイウォード家はあまり裕福な家庭ではなかったから、ダンテは早くに騎士団に所属して家計を支える一助をしていた。彼は、予想以上に剣と魔術の才能があってどんどん出世していき、最終的には勇者として抜擢されたのだった。私たちは一応成長した後も関わりはあったものの、幼い頃と比べるとどうしても関わる機会は減っていたし、1年という間を開けた再会になるので少し緊張してきた。


深呼吸をして心を落ち着かせていると歓声が一気に上がった。大きな声に驚きつつ、歓声のした方へ視線を向けるとダンテ美しい金髪を靡かせながら仲間と一緒に凱旋してきた。ダンテの隣には聖女であり王女でもあるシャーロット・フォン・ギルゲート様が笑顔で話しかけている。

そんな様子を見ていた人たちからお似合いのふたりだとか、王様は勇者と王女様の婚約に前向きらしいだとか噂話に花を咲かせていた。また、王様が王女様が嫁ぐのにふさわしい家柄にするためにレイウォード家を侯爵家に陞爵したのではないかという憶測まで飛び交い始めた。かくいう私もきっとそうなんだろうなと思って、少し寂しかったがけど、ダンテはもう雲の上の存在なんだなとしみじみ感じだ。

実は、ダンテから魔王討伐の旅に出立する直前に魔王を討伐したら話したいことがあるのだと言われていたのだけど、雲の上の存在となったダンテと一体何を話すのだろうかと頭をひねる。


「あっ」


ダンテと目が合った⋯?でもこんなに人がいるから勘違いかもしれない。するとダンテは凱旋する道を逸れ、王女様の制止も振り切り私がいる方へと歩みを進めた。やっぱりさっき目が合ったのは勘違いじゃなかったようだ。でもどうしてこっちに向かって来てるのかなと思っているとダンテは私の目の前で止まった。


「えっとダンテ?凱旋中なのにどうしてこっちに?」

「出立前に話をしたいと言っただろ」

「別に今じゃなくても後でも良かっ⋯」

「それじゃあ遅いんだ!」


ダンテの血気迫る物言いに思わず体が跳ねてしまった。ダンテは大声を出したことによって私を驚かせてしまったことに罪悪感を感じたらしくすぐに謝罪をしてくれた。そしてダンテは一呼吸置いてからいきなり跪いて私の手を両手で包み込んだ。今や国の英雄である勇者が跪くなんてありえないし、跪く相手が小娘であるなんてもってのほかだ。周りにいる人たちも状況が掴めずにざわつき始める。


「これは一体?」

「愛してる。俺と結婚してほしい、ルイーズ」

「はあ!?」


ダンテのいきなりのプロポーズに思わずたじろいでしまった。しかも周りにたくさんの人がいたため、歓声が上がり、盛り上がっている。

「若いっていいわねぇ〜」

「お嬢ちゃん!勇者さんに早く返事してやんないと」


「えっ、ええっと」


大勢の前での公開プロポーズに恥ずかしさを感じてしまい顔が熱い。きっと今の私は顔が真っ赤になっいるはずだ。


「ちょっと!ダンテ何をしているの!」


ダンテへ返事をする前に鋭い叫び声がダンテの後ろから聞こえてきた。するとダンテは立ち上がり私に背を向けてまるで庇うかのように私を背中に隠した。


「殿下⋯」

「ちょっとさっきの話は本当なの?!」


どうやら王女様がやってきたらしい。ダンテの広い背中のせいで王女様の姿は見えないけれど、声だけでも怒気をはらんだ声なのが分かる。何とか王女の姿を見ようとひょこっと顔だけ出すと、鋭い視線を王女様が注いできた。


「貴方がダンテの幼なじみだっていうマグノリア子爵令嬢?」

「は、はいっ!」


まさか王女様から認知してもらえているなんて思わなかった。もしかしてダンテが私のことを王女様に喋ったのかな?

王女様は私の顔をじっくりと見てフッと嘲笑うかのような表情をしてきた。


「ダンテの話によく貴方の名前が出てきたものですからどんな人なのか気にやっていたけど、思っていたよりもこう⋯素朴な人ね」


ひ、ひぃ〜、笑顔だけど目が全く笑ってない。見目麗しい人が敵意を抱いている時の顔ってこんなに恐ろしいのね。でも私は王女様とは初対面なはずなのにどうしてこんなに敵意を向けられているんだろう⋯。


「さすがは王女様、見る目がありますね。俺もその素朴さに心が癒されるんです」


ダンテ、あなたってそんなキザな台詞にさらに恥ずかしくなってしまう。あなたってそうな事を言うタイプじゃなかったでしょ!?ダンテの言葉を聞いた瞬間に王女様の笑顔が分かりやすく引きつった。


「そう⋯でも今は凱旋の途中よダンテ。それに王宮へ早く行かなければいけないのだから早く戻りましょう」


王女様は低くこもった声でダンテへと言い放った。必死に怒りを押し込めたような声だった。周りにいた人々も王女様の怒りの感情を感じ取ったのか辺りは騒然としている。「そうですね」とダンテも王女様の言い分に同意したのでやっと元の凱旋に戻れるとホッと息着いていると急に身体が浮く感覚がした。

今私、ダンテに横抱きにされてる!?


「ちょっ、ダンテ!?」

「結婚するなら陛下の許可が必要になるから一緒に行こうルイーズ」

「私、まだ返事してない」

「プロポーズ、受けてくれないのか?」


そう言ってダンテはしゅんとした表情を見せた。ダンテのそんな表情を見ることなんて子供の頃以来で、思わず可愛いと思ってしまった。

私とダンテが結婚する光景を想像してみると案外悪くないかもしれないと思ったのと同時に、満更でもない自分にも驚いた。そして、思えば私はよくダンテのことを目で追うことが多かった気がする。私、無意識だったけどダンテのことを特別に思ってたんだ。


「何とか言ってくんないか?早く返事が聞けないと息が詰まりそうだ」


ダンテは私のおでこに彼のおでこをくっつけてぐりぐりと擦り合わせてきた。ダンテのあまりの変わりようにあんた一体誰よ!と心の中でツッコミを入れながらもダンテの服をキュッと掴み、意を決して彼の耳元へ口を近づける。


「いいよ⋯、私をダンテのお嫁さんにして」


私の返事を聞いてダンテは満面の笑みを浮かべその場をぐるぐると回ったので振り落とされないようにダンテの首に腕を回してしがみついた。

「ちょっと!」と抗議の言葉を発したけれど心底嬉しそうな顔をしたダンテのことを見ていたらそれ以上抗議する気がなくなってしまった。そしてそのまま人混みを掻き分けて勇者パーティーの元へと歩みを進めた。当然だが、凱旋の主役は勇者パーティーなので、私たちはとんでもない量の視線を浴びている。


「ダンテ、何も私をそのまま勇者パーティーまで連れてくることなかったんじゃないの?」

「んー?だってこうすればルイーズが俺のお嫁さんになるんだって大勢の奴らにしらしめることができるだろう?ここまですれば陛下も俺達のことを認めざるをえないだろうし、ルイーズもここまで来て身を引くなんてことしないだろ?」


先程までの笑顔とは打って変わって腹黒い笑顔をダンテは浮かべた。そのまま私を下ろし私の腰に腕を回した。


「おおー独占欲の塊だなあ?それに勇者に相応しくない顔しちゃってぇ⋯その子がルイーズちゃん?」

「うるさいぞギーク、あとルイーズの名前をお前が呼ぶな。ルイーズが減る」


目の前に現れたのは勇者パーティーの戦士を務めているギーク・ランドン様だ。仲間相手に失礼なことを言うダンテを窘めるとランドン様に優しいと言われた。それにまたダンテは過剰に反応して憎まれ口をたたく。これはいたちごっこにしかならないと悟り、二人の間に口を出すのはやめようと決めた。殿方の話に割って入るのは良くなかったと反省していると、もう一人の勇者パーティーの一人で魔道士のシリル・ランパート様がやってきた。


「やあ、君がマグノリア嬢だね」

「はい!初めましてランパート様」

「君たちか両の足で立って隣に並ぶ姿を見れて嬉しいよ」

「あ、ありがとうございます⋯?」


ランパート様って何だか独特な言い回しをする方なのね。


「ダンテ、今回は守りきるんだぞ」

「ああ、当然だ」


ダンテはいつにも増して真剣な表情と声でランパート様に答え、私の腰に回していた腕に力がこもった。よく分からないが、二人の間には何かしらの絆があるように感じた。

ダンテとランドン様、ランパート様が軽く雑談をしていると人混みを掻き分けて王女様が合流したのだが、王女様は分かりやすく不機嫌な様子だった。


「これで勇者パーティー全てが揃いましたね。では凱旋を再開しましょう」


ランパート様が落ち着いた声でその場を仕切り始めた。王女様は不服そうにしていたけどこれ以上時間が押してしまうと王宮に着く時間に遅れてしまうらしく大人しく従う事にしたようだ。私の場違い感が否めないけれど周りにいる大勢の見物人からの祝福を受けるのは気恥ずかしいながらも嬉しかった。


無事に王宮に到着し、勇者パーティーは国王陛下に拝謁しに行くようだったので私は端へ捌けようとしたらダンテに引き止められた。しかし、さすがの王女様も勇者パーティーではない部外者を王の御前に連れて行かせることはできないとダンテを説得し始めた。ダンテは納得が行かない様子であったが、今の時間は王様が勇者パーティーを労う時間なので、私も流石にここまで出しゃばるのはいただけないと言った。そして私たちの結婚の許可はこの労いの言葉を賜った後でもいいはずだと言ったらようやく納得してくれたようだった。王女様が侍女に私を客室に案内するように手配してくれた。本当に申し訳ない。


「おい、その女性は俺の妻になる人だ。丁重に扱ってくれよ?」


私を案内する侍女たちに落ち着きながらも凄みのある声でダンテが言うので侍女たちは真っ青な顔で何度も頷いた。そして私には出されたお茶やお菓子などは絶対に口にしないように強く言いつけた。あまりの態度だったので文句を言おうと思っていたけれどダンテの必死そうな表情を見て言う気も失せてしまった。彼は一体何に怯えているのだろうか⋯。


私は侍女に客室に案内されて勇者パーティーが国王陛下に謁見するまでの間待機していた。その時にお茶やお菓子が出されたけれど、ダンテの言いつけ通りに口にはしなかった。待ち時間は手持ち無沙汰なので窓の外から見える美しい庭園を眺めていると、ふと昔の記憶が蘇ってきた。


12歳ぐらいのことだっただろうか。ダンテの家ほどではなかったものの、私の家も経済的な余裕があまり無かったため、家に手入れされた庭園はなかったのだが、近くに花畑はあったのでそこによく足を運んでいた。ダンテはあまり花には興味が無さそうだったけど私に付き合って花畑に来てくれた。私が花を眺めたり、摘んでいたりする時にダンテは剣の修行をしていた。花と剣というほぼ真反対に位置するような代物だけど、花畑で剣を振るうダンテの姿はとても美しかったことを覚えている。

私が摘んだ花で花冠を作ったり指輪を作って遊んでいると、素振りを終えたダンテがやってきたので、作ったものを見せて自慢しているとダンテが指輪の作り方を聞いてきた。作り方はとても簡単だったのでダンテはすぐに花の指輪を作って私にプレゼントをしてくれて、ダンテは私の指に花の指輪を嵌めてくれたんだっけ。

⋯あれ?あの時の左手の薬指にダンテは花の指輪を嵌めてたわ。もしかしてあの時からダンテは⋯。顔が暑くなっているのを感じる。ダンテがあの時から私に好意を持っていてくれていたとしたら私鈍感過ぎない!?一人で恥ずかしさに悶えているとノックの音が聞こえてきた。振り返るとそこには王女様がいらっしゃっていた。


「ごめんなさいね待たせてしまって」

「い、いえ大丈夫です。⋯あのダンテは?」

「まだお父様とお話をしているわ、ダンテは今や国の英雄なんですから話し込むことが多いのよ」


そう言って王女様は厳しい視線を私に向けてきた。


「ダンテはね、国の平和の象徴なの。だからダンテの隣に立つのは私のような相応の身分のものでなければならないのよ、分かる?」


つまり、私じゃダンテの隣に立つことは分不相応だと言いたいのだろう。確かに王女様の言う通りだと思う。私は魔法も剣も扱えない。身分だって今や侯爵家と子爵家で釣り合いが取れない。


「貴族が政略的な婚姻を結ぶのは当然の義務、あなたは子爵家で少しは自由が効くでしょうけどダンテはもう侯爵家なのよ。だからいつまでもおままごとをされると困るの。だから貴方、身を引いてくれないかしら?」


王女様の言葉に私は頭が真っ白になった。言い返したい気持ちもあったが、王女様の言い分は正しい⋯反論の余地はなかった。ついさっきまではダンテが雲の上の存在になったことを受け入れていたというのに自分の気持ちを自覚してしまった途端に受け入れたくないと思ってしまった。


「で、ですがダンテはさっきみんなの前で私にプロポーズをしました。目撃者も多数なのに今更身を引くなんて⋯」

「本当に面倒よね。でも時が過ぎればいずれは沈静するものよ、どんな噂もね。ダンテと結婚できるなら、少しの汚点ぐらい被ってもプラスだわ⋯ああ、そろそろかしら」


王女様はクスクスと笑い始めた。何がそろそろなのか分からず訝しげな表情をして王女様を見つめていると、私の様子に気付いた王女様が話し始める。


「魔王を倒した後すぐにお父様に手紙を送ったの。魔王を倒した勇者と勇者を支えた聖女が一緒になるのは素敵でしょうと、お父様も賛同してくれたわ。そして私に約束をしてくれたの、謁見が終わり次第に私とダンテの結婚の王命を出すって」


王命が下されるってこと?それじゃあ逆らえるわけがないし、一介の子爵令嬢が太刀打ち出来るわけはない。身を引いてなんて私にわざわざ言わなくても、身を引かざるを得ない状況を作り上げている。


「もう一度聞くわ、身を引いてくれるわよね?」


王女様はとても綺麗な笑顔で残酷なことを言ってくる。唇を噛んで頷こうとした瞬間扉が勢いよく開いた。


「ルイーズ!」

「ダ、ダンテ⋯」


王女様がダンテに立ちはだかったが、ダンテはものともせず私の元へとやってきた。そして私の顔を覗き込んで眉間に皺を寄せた。きっと今の私の顔が酷かったのだろう。


「殿下、一体ルイーズに何を言ったのですか?」

「別に大したことは言ってないわ、貴族の結婚とは何たるかを話しただけよ。それよりも王命が下ったはずよね」

「はい」


王女様は勝ち誇ったような表情を私へと向けた。もうこれでダンテと一緒にいられるのも終わりだ。こんな思いをすることになるならプロポーズなんてことしないでほしかった。きっと私はすぐに捨てられた女だと思われるだろうし、希望を私に見せないでほしかった。


「うふふ、なら今彼女を抱き寄せるのは不適切な行動だわ。早く私の元へ来なさ」

「いえ、俺の今の行動は王命に適した行動にほかなりません」


ダンテが王女様の言葉を遮った。ダンテの発した言葉に王女様は明らさまに動揺をしていた。かくいう私も驚きを隠せなかった。


「何を言っているの?」

「国王陛下に俺とルイーズの結婚を許可するという王命を下していただきました」

「嘘よっ!」


王女様は先程までに見せていた余裕そうな顔から一転、顔を真っ赤にさせて怒りをあらわにしている。そんな様子を一切気にすることなくダンテは先程の謁見でのことを淡々と説明し始めた。


「殿下が席を外した後に俺と殿下の結婚の王命が下されました。」

「それなら!」

「その時に俺はルイーズと結婚をしたいという旨を陛下に伝えました。そして魔王討伐の報酬の代わりとして構わないとも伝えました。」


ということは、ダンテは王命に逆らったって言うこと!?ダンテの正気を疑うような発言に私も王女様も驚愕した顔をダンテへと向けた。


「た、たとえ報酬と引き換えにしたとしても王命の方が重いに決まってる!王命を覆せるはずがないわ!」


耳を劈くような声で王女はダンテへ抗議をした。顔は歪み今にも泣き出してしまいそうだ。そんな様子を見せてもダンテは冷えた表情を王女様に向け続けていた。


「たしかに殿下の言う通り、俺一人では無理だったと思います。⋯シリルも報酬として俺とルイーズの結婚を後押ししたいと言ってくれました。それにギークも乗ってくれたんです」

「そ、そん⋯な⋯⋯」

「三人分の魔王討伐の報酬となると王家も用意するのが大変だということは陛下も承知のことでした。しかも俺とは違ってシリルとギークは正真正銘の高位貴族ですから程度の低い報酬を用意するなんてことは有り得ません。陛下も頭を悩ませていたようでした。それが俺とルイーズを結婚させれば帳消しになるとしたら陛下がどのような判断を下すのかお分かりいただけますよね?」


ダンテの怒涛の口撃に王女様は崩れ落ちてしまった。ダンテはその様子を気にすることはなく私の腕を引いてそそくさと部屋を出ていった。


「ダンテ、王女様をあんな風に置き去りにしていいの?」

「別にいい、これぐらいで済ませてやったんだ。逆に感謝されたいぐらいだ」


思えばダンテに再開してからというもの彼の王女様へのあたりがかなり強い。旅の途中で何かあったのだろうか。昔のダンテからは想像ができないほど冷淡な態度だった。



✶ ✶ ✶



王宮での一悶着から一週間、私たちの結婚についての王命が下され結婚の準備に向けて忙しい日々を過ごしていた。結婚の挨拶にレイウォード家に向かうとダンテのご両親に熱烈な歓迎をしてもらった。幼い頃から親交があったため結婚についてはとても喜ばれたし、お義父様、お義母様と呼んでほしいと早速言ってもらえた。

そしてお義母様曰く、ダンテは幼い頃から私に好意を向けてくれていたらしく、息子の初恋が実ってとても嬉しいと言ってくれた。ダンテはお義母様の暴露に顔を真っ赤にさせていたのがとても可愛かった。


ダンテが私の家であるマグノリア家に挨拶をしに行った時もレイウォード家と同様に歓迎ムードであった。マグノリア家は一人娘のため元々は婿を迎える予定ではあったものの、王命で私はレイウォード家に嫁ぐことになったため、いつか生まれるダンテと私の子供に爵位を譲ることにすると言われた。まだ結婚もしていないのに子供の話をされたため私もダンテも顔を真っ赤にしてしまった。その様子をお母様が初心だわとからかわれてしまった。話し合いが終わり、ダンテと二人きりになった時に母の発言のことを謝ったら笑って大丈夫だと言ってくれた。そして私の耳に顔を近づけて「結婚したら一緒に気張ろうな」とからかい混じりに言ってきたので、思わず顔を真っ赤にさせてしまった。


結婚までの日取りが決定し、私の住居もマグノリア家からレイウォード家へと移した。思ったよりも早い移動に両親は寂しがるかなと思っていたけどそうでもなかった。まあ元々領地が隣同士で、すぐに会うことができる距離感だったため特段寂しがる必要がないため満面の笑みで送り出された。

レイウォード家も素敵な部屋を用意してくれたし、使用人たちも快くお出迎えをしてくれたので、すぐにレイウォード家に馴染むことができた。

最近作られたという美しい庭園を侍女を連れながら散歩をしていると、ランドン様とランパート様がダンテに会いにレイウォード家に訪れているという報せを受けた。凱旋の時以降二人とは一度も会っていない。この前のダンテの話によれば二人が私たちを後押ししてくれたお陰で結婚に漕ぎ着けることができたはずだ。遅くなったけれど、お礼をしなければいけないと思い立って、ダンテたちがいるという応接室へと足を運ぶことにした。


応接室まで着き、ノックと共に自分の名前を名乗ったら少し大きな音がした後に入室の許可をダンテが出してくれた。部屋に入ると笑いを堪えるランドン様とランパート様に二人を睨みつけるダンテの姿があった。


「お二人ともお久しぶりです。えっと、どうなさったんですか?」

「い、いやぁ君が来たと分かった瞬間のダンテの反応が面白くてつい」

「動揺しすぎてテーブルに足を強打してたんだよ、なあダンテ?」


ダンテの方を見ると脛あたりをさすっていた。どうやらランドン様の言う通りダンテは足を強打したらしい。大丈夫か聞くとダンテは私が脛をさすればすぐに痛みは引くと言って私の手を取って脛に持っていった。その様子をランドン様とランパート様はにやにやとしながら見つめていた。ダンテが満足してようやく解放されたので、締まりはないが改めてランドン様とランパート様にお礼を言うことにした。


「ランドン様、ランパート様先日は私たちの結婚を後押ししてくださってありがとうございました」

「気にしないでくれ、君たちが一緒にならないとちょっと困ったことになってしまうから協力したまでだからね」


何かしら、ランパート様の言葉には何か含みを感じるような⋯。やっぱり頭の良い魔道士様だから見ている景色も私のような凡人では分からない別次元なのかしら。


「シリルが何言ってんのかよくは分からんが、気にするなという点は俺も同意だ。そもそも俺たち勇者パーティーはダンテが幼なじみと結婚したがってたことを知っていた。なのにあんな王命が下されんなんて驚いたんだぜ。ダンテがいを唱えるのは当然わかるが、シリルまでそれに乗っかったんだ、俺も乗っかんねえと仲間じゃねえよな」


ランドン様はカラカラと笑った。二人の優しさに胸が熱くなった。それと同時にダンテが素晴らしい仲間に囲まれていたことが嬉しいと感じた。ちらっとダンテの方を見れば柔らかい笑みを浮かべている。

私たちは勇者パーティーの旅についての談笑をしていた。最近手に入ったお気に入り紅茶を飲みながら聞く冒険譚はとても面白くて胸がドキドキしてきた。

でもこんなにドキドキすることなんてあったかしらの内心思っていると、突然ぐらっと視界が歪がんだ。ダンテたちに声をかけられている気がするが、次第にその声も小さくなっていった。


✶


「うぅん」

「良かった!目が覚めたんだな!」

「ダンテ⋯?」


目を覚ました瞬間視界いっぱいにダンテの姿があった。慎重に体を起こすと部屋には心配そうにしているお義父様とお義母様、疲れた様子のランドン様とランパート様が揃っていた。

話を聞いてみると、どうやら私のお茶に毒が仕込まれていたらしい。人目を気にして少しずつ飲んでいたため今の状態で済んだが、もう少し摂取する量が多ければ命に関わったかもしれないと言われた時には血の気が引いた。私が倒れている間ランパート様は私に回復魔法を、ダンテとランドン様は協力して毒を持った犯人を探してくれたらしい。犯人は私に仕えていてくれた侍女の一人で、服毒で自死をしてしまったらしい。まだ詳しいことは分かっていないが他の侍女たちの話から推測すると、病気がちの母の治療費を何とかやりくりしていたという話があったのでもしかしたら利用されてしまったのではないかという見解が出た。

私が倒れたのが余程堪えたのかダンテは私を抱きしめて話さなかった。お父様たちも察して部屋を出ていき、部屋には私とダンテだけになった。


「ダンテ⋯私はもう平気だよ」


ダンテのことを宥めようと試みたけど、ダンテは私の首に顔を埋めたまま微動だにしなかった。仕方がないのでダンテの背中をポンポン叩いたり、さすったりしていくうちにダンテはぽつりぽつりと話し始めた。


「おれ、またルイーズを失ったらきっと耐えられない。ルイーズがいないと俺は生きていけない。頼む、俺の前からいなくならないと約束してくれ⋯」

「ダンテ、大丈夫だから落ち着いて。私がダンテの前からいなくなるなんてあるはずないじゃない」

「⋯⋯」


ダンテは何も言わずにただ私を強く抱き締めた。まるで私の存在を確かめるかのような強い抱擁だった。



私の毒殺未遂からダンテは私にほぼ付きっきりになってしまった。仕事の時は執務室に私を置いておくし、食事ももちろん一緒。挙句の果てには膝に乗せたり、ダンテが手ずから私の口に料理を運んだりとしてきたのだった。恥ずかしいからと少し離れようとすると絶望したような表情を私に向けてくるため、強く出れず結局いいようにされてしまっている。お父様たちや、使用人たちもこと光景に慣れてしまったため微笑ましい様子でこちらを見てくので余計にいたたまれない。


ずっと家の中で過保護にされていたために少し息が詰まっていたのだけど、それを察してダンテが観劇をしないかと誘ってくれた。いわゆるデート、当然私は誘いにのり早速王都へ出かけることになった。劇は夕方頃に開演なので、それまでは

屋台で買い食いやショッピングを楽しむことにした。焼き鳥や、チュロスなどを1本ずつ頼んでダンテが毒味がてら半分食べたら残りの半分を私が食べるようにした。あとはジュエリーショップに立ち寄りお揃いのブレスレットを購入して、その場で着けた。私は殿方はあまりアクセサリーなどには興味無さそうな印象を持っており、ダンテも例にはもれないと思っていたけどお揃いのという点に大いに食いついてくれた。

そんな楽しい時間を過ごしていると私と同じぐらいの歳の女性が目の前で転んだ。私は慌てて駆け寄り女性を起こそうとしたかガシッと腕を強く掴まれた。すると腕を掴んできた女性がパッと手を離し謝罪をしてきた。どうやら私が急に現れたものだから驚いて咄嗟に掴んでしまったらしい。逆に申し訳ないことをしてしまったわねと反省しつつ女性を起こすと、彼女は私に感謝の言葉を言って走り去っていった。


「相変わらずルイーズは優しいな」


後ろから今までの光景を見ていたらダンテは穏やかな顔で言ってきた。


「そうかな?⋯そうだったらいいな」

「そうに決まってるさ」


クスクスと笑いながら他愛もない話をしてデートを満喫していた。



観劇も大満足でほくほくしながら席を立つと辺りには人が集まってきた。どうやら観劇中にダンテの存在に気づいた人達が、ダンテとお近づきになろうと待ち構えていたようだった。流石は勇者、大人気だわ。しかもここぞとばかりに娘を紹介する人も多く、紹介された娘たちは私を見て嘲笑った後に自信満々そうにダンテへ挨拶をしている。たしかに私はそこまで綺麗な顔をしてる訳じゃないけど失礼すぎと内心荒ぶっていた。しかし、挨拶してくる人が多すぎて失礼な態度をされても怒りよりも疲労を感じてしまい、とうとう私はお手洗いに行くと言って逃げてきてしまった。ダンテも着いてこようとしたが、さすがお手洗いについて行くのはダメだと私が強く抗議したことによって諦めてくれた。


さっきまで人が多すぎて空気が薄かったため人がいない場所での深呼吸に爽快感を感じた。戻るの嫌だなと思いつつも、そろそろ戻らないとダンテを置き去りにしたままにするのはさすがに申し訳ないので急ぎ足で戻ることにした。すると前方から一人の女性が歩いてきた。だんだん近づくに連れてその人が昼間に会った転んでいた女性であることに気づいた。相手も私に気づいたのか柔和な笑みを浮かべながら近づいてきた。私は軽く会釈をしてすれ違おうとした瞬間にガシッと腕を掴んできた。


「見つけた」

「へっ?」


その瞬間床に魔法陣が展開された。眩しく輝く魔法陣に思わず目を閉じてしまった。目を開けるとそこは既に劇場ではない別の場所になっていた。


「あなた一体⋯?どうしてこんなことを?」

「どうして?貴方が身の程知らずにもダンテと結婚しようとするからでしょ?」


この言い分と喋り方、だいたい予想がついてしまった。


「王女様ですよね⋯」

「あら、貴方って鈍感そうな子だと思ってたけどこういう時には鋭いのね」


王女様は小馬鹿にしたような笑い方をしている。女性の姿が徐々に変化し王女様の姿になっていく。


「昼間に貴方の腕に印をつけておいたの。貴方の居場所が分かるようにね」

「王女様はダンテのことが好きだからこんなことをしたんですか?私を毒殺しようとしたのも王女様なんですか?」

「ええ、その通りよ」


悪びれることなく王女様は蛮行を認めた。どうしてもそんな酷いことを⋯。


「毒殺の件で一人の侍女が亡くなりました。罪悪感は感じないんですか?」

「死なんてありふれた事象に過ぎないし、トカゲの尻尾切りなんてよくあることよ。罪悪感なんて感じる必要はないわ」


王女様の言い分に胸の中が渦巻く感覚がした。きっと王女様はダンテが手に入るなら身分の低い人間どうなったってどうでもいいし眼中に無いんだ。特に侍女の命なんてあってないようなものだと思っているに違いない。


「そんな事をしてもダンテは王女様に振り向くことなんて有り得ません!」

「黙りなさい!貴方はダンテの幼なじみでしょうけど、彼の事全然知らないでしょう?」


そう言って王女様は自信満々そうにダンテのことについて話し始めた。


「魔王討伐の時の話を聞いたことある?きっといい所ばっかり掻い摘んで話しただけでしょうね。だから私が教えてあげる。あの旅はそれはそれは過酷だったわ。魔物に襲われて壊滅した町、亡くなった多くの民間人。魔王城に近づけば近づくほどに強くなっていく敵。助けるよりも助けられない人の方が圧倒的に多い。死人なんて珍しいものじゃないの。何度心が折れそうになったわ⋯。そんな中ダンテは私たちを支えて鼓舞をし続けてきた。それがどんなに心強かったか、どんなに私の心の支えになってくれたことか、どんなに心を奪われたことか!」


王女様の心の叫びを聞いて私はハッとした。確かに私はダンテとランドン様、ランパート様から聞いた旅の話は明るくて、楽しくて、ワクワクするものだった。てっきり魔王討伐の旅路は楽しいものなのだと勘違いしまっていた。本当は違うのに⋯そんなはずなかったのに⋯。私に合わせてくれてただけだったんだ。

悔しかった。魔王討伐の時の苦しさを私はダンテとは共有することができない。ダンテは苦しいと思ったことを私とは共有してくれない。私が理解することができない領域を王女様は共有することができる。


「同じ経験、同じ苦しみを味わった私がダンテの隣に立つのに相応しいの!私の気持ちを分かってくれるのはダンテだけなの!だから私からダンテを奪わないでよ!!!」


そう言って王女様は懐から何かを取り出した。月明かりに照らされてその正体が見えた。短刀だ。王女様は意を決した表情で短刀を私目掛けて振り下ろしてきた。

ころ⋯⋯される⋯⋯⋯。

ぎゅっと目をつぶって死を覚悟した。

⋯?しかし、一向に痛みが襲ってこない。


「大丈夫か?ルイーズ」


優しい声が聞こえてきた。この声⋯ダンテの声だ。勢いよく目を開けるとそこには間違いなくダンテがいた。ダンテは王女様の腕を掴みあげている。


「ダンテ、どうしてここが」

「ルイーズが毒を盛られてからシリルに頼んで殿下の動向を追ってもらいました。ここへはシリルの魔法陣で送ってもらいました。直にシリルも到着するでしょう」

「⋯毒を盛ったのが私だと最初から疑ってたのね」


ダンテの声は今までに聞いたことがないほど低く、凍てついた声だった。


「いえ⋯毒を盛った時からじゃない、魔王を討伐した直後から貴方は変わったわ。以前はあんなに優しげな顔を向けてくれていたのに急にゴミを見るかのような顔で私を見始めた。ねえどうして?貴方の隣に立つのは私がふさわしいはずなのに、同じ痛みを知る私が相応しいはずなのに!」

「どうして俺が折れずに魔王討伐の旅を駆け抜けられたのか分かりますか?ルイーズがいたからですよ。ルイーズがいるこの世界を愛おしいと思っていたから、守りたいと思ったから、ルイーズと共に生きていきたいと思ったから俺は頑張れたんです。貴方が好いてくださったダンテ・レイウォードはルイーズがいたからこそのものです。それを傷つけようとしたあなたを俺は絶対に許さない」


ダンテの言葉を聞いてぽろぽろと涙が流れた。王女様の話を聞いて、ダンテが感じてきたであろう痛みを共有できない自分が悔しくてたまらなかった。でも私はダンテの心の支えになることができたのだと思うと心の底から嬉しい。

すると遅れてランパート様が到着した。ランパート様に王女様を託し、ダンテは私を掻き抱いた。


「無事で本当に良かった⋯」

「ごめんなさい。私が一人で行動したせいで」


ダンテの身体は震えていた。あまりにも痛々しい姿に心が痛んだ。私もダンテを強く抱き締め謝罪と感謝を繰り返し言い続けた。



あれから一週間。王女様の処遇が決まった。王女様は身分の高さと聖女としての魔王討伐の功績を鑑みて修道女になり、教会へ奉仕を一生涯することに決まった。自死してしまった侍女のことを思うと胸が痛むが、この罰が妥当であろう。お金では償えないことは分かってはいるものの、亡くなった侍女の家族には弔慰金を多く包んだ。


「ねえ、ダンテ。私、ダンテが嫌じゃなければ魔王討伐の旅路の話が聞きたい。今度は楽しい話じゃなくて苦しかったこととか、悲しかったこととか」

「⋯どうしてだ?」

「私、王女様の話を聞いて思ったの。私はダンテのこと何も知らないなって。特に辛かった経験なんてもの聞いたことがない。私たち夫婦になるでしょ、夫婦は辛いことを一緒に背負って生涯を共にする。だから私にもダンテが抱えてる辛さを一緒に背負わせて」


きっと全部を共有することはできないかもしれないけど、私はダンテのことを知りたい。すると私の熱意が伝わったのかダンテの考えてることを教えてくれた。


私にはかっこいい姿しか見せたくなくて辛い経験を話そうとはしなかったこと。旅は楽しいことよりも辛いことの方が多かったこと。特に辛かったのは女性を助けたけどその子供は助けることができず、その女性は子供の後追いをしてしまったこと。思わず耳を塞いでしまいたくなるような話が沢山あったけど何とか耐えた。


「辛そうな顔してる、ルイーズは感受性が豊かだから聞かせたくなかった」


ダンテは私の顔に手を添えて、心配そうな眼差しを向けた。彼は優しい、私のことをずっと気にしてくれている。私よりも実際に経験して、言葉にして伝えてくれたダンテの方が辛いはずなのに⋯。


「私は大丈夫、それよりも貴方の方が辛かったはずなのに」

「辛いこともあったけど俺はルイーズがいたからここまで頑張ってこれたんだ」


そう言ってダンテは私を優しく抱き締めた。


「だから絶対に俺の前からいなくならないで欲しい。ルイーズさえいてくれれば俺が不幸になることなんて絶対にないから。ルイーズが生きてるだけで俺は幸せなんだ」

「私はダンテの前からいなくなるなんてしないよ。ずっといっしょにいようね」


この時初めて私は本当の意味でダンテの隣に立てるようになったような気がした。


✶


今日は待ちに待った私とダンテの結婚式だ。勇者の結婚式ということで来場者が多くなっているが、私に負担をできるだけかけないようにダンテは逐一私の様子を気にしてくれている。

開始の時間になり、私は純白のウエディングドレスに身を包みバージンロードを歩く。目の先にはタキシードを着こなしたダンテが待っている。試着の際に既にタキシードを着たダンテを見たけれど、今日はいつも以上に輝いて見える。


「ルイーズ、とっても綺麗だ」

「ダンテもすっごくかっこいいわ」


お互いに顔を赤らめていて何だか気恥ずかしいが、目を逸らすなんてもったいないことはできないとダンテから目を逸らさないようにした。

誓いの言葉を終え、指輪交換の時だ。結婚式の準備は当然指輪の用意もするのだが、ダンテは私に渡す指輪を頑なに見せようとはしなかった。彼曰くサプライズがしたいらしいが、指輪交換は元々決まっていることなのにサプライズとは?と頭をひねった。

ダンテが私に指輪を嵌めた。


「この指輪⋯」


ダンテが私に嵌めた指輪は花をモチーフにデザインされた指輪だった。

これ、昔ダンテが嵌めてくれた花の指輪をモチーフにデザインされてる。しかもより洗練されたものになってる。


「昔に花の指輪を送ったこと覚えてる?俺ずっとルイーズのこと好きだったんだ」


感動で今にも泣きそうになったが、涙を流さないように何とか堪える。私の表情を見てダンテはサプライズが成功したことを悟り、したり顔を見せてきた。別に競争をしている訳では無いけれど、やっぱりダンテには敵わないなと改めて思った。

指輪交換を終え、遂に誓いのキスをする時だ。私がレイウォード家に来て以来ダンテに沢山甘やかされてきたけれど、私たちはまだプラトニックなお付き合いで当然キスもしたことはないため心臓が早鐘を打つ。

ダンテがベールを捲り上げ美しい顔が近づき、ちゅっと唇に柔らかい感触と温もりを感じた。

私、ダンテとキスしてる。⋯?何だか長いような。私は緊張のあまり、キスをされた瞬間息を止めてしまっていたため、これ以上は息が持たない。


「おい長いぞ!」

「ルイーズちゃん苦しがってるぞ!」


ランパート様とランドン様の声が聞こえた。神父様もさすがの長さにダンテを止めに入った。不服そうな顔をしていたけど私が苦しそうにしていたのに気づいて唇を離してくれた。


無事に挙式は終了し、今は披露宴の真っ最中。私はアカデミーの通っていた時の女友達と話が弾んでいた。みんな私の門出を祝ってくれた。

ふとダンテの方を見ると何やらランパート様と話し込んでいる。何だか表情がくらいような気がすると思っていると私の視線に気づいたダンテは一瞬で花が咲いたような笑顔を私に向けた。そんな様子を見て友達たちは一斉に盛り上がり私から惚気話を聞き出そうと次々と質問を繰り出してきたのだった。


無事に結婚式を終え、全ての来客者の見送りも終えた。流石にくたくたになってしまったけれど、こんなに幸せな疲労はないなとしみじみと思っていた。


「そういえば披露宴の最中にランパート様と話していたけど何を話してたの?」


殿方の話を聞き出すのは不躾かなと思ったけれど、やっぱりどうしても気になってしまった。ランドン様と二人で話していた時は楽しそうだったのに、ランパート様と話していた時は少し暗い感じだったから。


「シリルとは少し昔話をしたんだ。それで、今回は必ず幸せになるように言われた」


昔話、暗い顔をしたということは魔王討伐の旅路について話していたのだろうか。


「辛いことを沢山経験してきただろうけど、貴方はその分幸せになるべきよ。ううん、私が絶対にダンテを幸せにするわ!」


私の宣言を聞いたダンテは一瞬涙目になり、私のおでこに軽くキスを落とした。


「前にも言っただろ?ルイーズさえ生きていてくれれば俺は幸せだって」

「じゃあ私はあなたを幸せ以上の幸せにするから!」

「なんだそれ」


私はダンテと談笑をしながら、これからの幸せな未来に思いを馳せるのだった。



✶ ✶ ✶



「今回は必ずマグノリア嬢を幸せにするんだぞ。それがお前にとって最上の喜びなんだからな」


俺とルイーズの披露宴の最中、シリルは俺にそう言い残した。シリルには礼をしてもしきれない程の大恩がある。今こうやってルイーズと共にいられるのは彼のおかげなのだから。


俺とシリルには前回の記憶がある。

前回の世界でもルイーズにプロポーズすることは決めていた。だから魔王討伐の旅に出立する前に魔王討伐が出来たら話したいことがあると伝えていた。国王に謁見し終わったあとにすぐにルイーズにプロポーズするのだと意気込んでいた。しかし、謁見の最中に殿下との結婚の王命が下された。俺には好いた人がいると言おうとしたが、ここで名前を出したらルイーズに迷惑がかかるかもしれないと思ったため、それ以外の言葉で何とか覆そうとしたが、俺一人の力ではどうしようもできなかった。謁見が終わってすぐに国中に俺と殿下の結婚の知らせが報じられてしまっていた。


俺はすぐにルイーズの元へと向かった。もう取り返しがつかないぐらい話が進んでしまっていたけれどルイーズに俺の気持ちを伝えたいと思った。マグノリア家に着くとマグノリア子爵夫妻とルイーズが笑顔で迎えてくれた。三人とも俺の帰還を喜んでくれたのと同時に俺の結婚の話をしてきた。いくらなんでも話が伝播するのが早すぎる。どうしてルイーズが既に俺の結婚話を知っているのか聞いてみると、正式な知らせはまだ聞いていなかったが、知らせが報じられる前から王都を中心に俺と殿下が結婚するという噂が流れていたらしい。その話を聞いて俺は王家にしてやられたのだと悟った。

俺の話し方から殿下との結婚が本当なのだと察したルイーズから結婚の祝福をされて俺は心が折れた。ルイーズだって今俺から告白をされたら困惑してしまうに決まっている。俺は無理やり笑ってルイーズからの祝福の言葉を受け入れた。


あれから俺は殿下と結婚の準備をするために忙しい日々を過ごしていた。結婚の日が近づくにつれて殿下は俺に対してのスキンシップを増やしてきた。男共たちからは羨ましがられたが俺は一切殿下に対して感情を抱かなかった。むしろ、俺をルイーズから離れさせた元凶であると思い、魔王討伐の旅で築き上げてきた関係値も、もはやマイナスまで下がっていた。頑なな態度の俺に負けじと殿下は擦り寄ってきた。そんな日々心が削れていく俺を見かねてシリルが尋ねてきた。俺はシリルに全ての事情を話した。そして胸の中に留めておけないほどのルイーズへの愛情を吐露した。


それがいけなかった。俺の本音を殿下は聞いていたらしい。その後ルイーズは行方不明になったとマグノリア家から知らせが入り、俺は昼夜を徹して探した。シリルに探知魔法を使ってもらい何とか探し出すことができたのだが、彼女は既に無くなってしまっていた。心臓を一突きされていた。俺は絶望から立っていられなくなり、膝をついた。シリルや他の奴らの視線を気にすることなく俺は横たわるルイーズを一晩中抱きしめていた。

ルイーズの葬儀の後、俺は結婚の準備そっちのけでルイーズを殺した人物を追っていた。王家から捜査をやめるように圧力をかけられたが俺の真意を知っているシリルや父さん、母さん、俺の力になりたいと言ってくれたギークの力を借りて捜査を続けた。そのお陰で犯人の特定に時間はかからなかった。犯人は無理やり俺の婚約者となったシャーロット・フォン・ギルゲート殿下だった。殿下は俺とシリルの話を聞いてから感情のままに暗殺者を雇いルイーズを殺害したのだった。俺の気持ちを奪うルイーズが憎くて仕方がなかったのだという。俺の気持ちを蔑ろにした無理やりな結婚を持ちかけてきた癖に、俺の気持ちまで求める殿下に吐き気がする。それだけじゃ飽き足らずルイーズまでも手にかけた。殺そうと思った。俺の思考に感づいたギークに羽交い締めをされてしまったため何もすることができなかった。


あれから殿下との結婚は取り消しになった。殿下は最後まで抵抗していたが、結婚が取り消しが決まり、俺にゴミを見るような目を向けられたことによって情緒が不安定になり今は部屋に閉じこもってばかりいるらしい。本当はもっと報いを受けさせたかったがこれ以上の追求を王家は許さなかった。今回の事件を起こしたのが殿下ということもあって公には公表されなかったが、我がレイウォード家、ランドン家、ランパート家という有力な家門が王家を離れていったため、様々な憶測が飛び交った。


ルイーズを喪って俺は抜け殻になった。一日の大半をルイーズと共に過ごした地やルイーズの墓にいた。ルイーズの残滓を感じてはルイーズがいない現実を突きつけられる。それでもルイーズの残滓を追わずにはいられなかった。

ある日突然シリルが尋ねてきた。一体何の用かと煙草をふかしながら聞いた。ルイーズを喪ってから吸うようになった。


「煙い、換気しろ。この部屋酷い匂いだぞ」

「うるさい」


もう全部どうでもいい。煙草を吸えば寿命が縮む。寿命が縮めばルイーズに再会出来る日が早まる。そう考えながら吸う煙草は心の慰めになる。


「マグノリア嬢に関連する話だ」


シリルの言葉に一瞬時が止まったような感覚がした。早く話すように最速をするとまずは換気しろと言われたので大急ぎで窓を開け、吸っていた煙草も灰皿に吸わせた。あまりの変わり身にシリルに笑われたが、気にすることなく俺は姿勢を正して再度話を促した。すると、シリルは一冊の本を出してきた。

シリルは魔王を討伐した後にも魔王城に足をよく運んでいたらしい。あそこは魔導書をはじめとした本の宝庫でシリルにとっては最高の場所なのだという。そんな中シリルはある魔導書を発見した。そこには時間に干渉することができる魔法が記されているらしい。


「この本に記された魔法を使えばマグノリア嬢が生きていた時に戻れるかもしれない」


シリルの言葉を魂が震えた。当然時間干渉なんて魔法を使うには莫大な魔力と犠牲が必要になるという話をされた。犠牲という部分は何が犠牲になるのか分からないという話をされたがそんなことを言われたとしても俺は絶対に実行する。時間干渉の魔法の発動に必要な魔力は俺とシリルで何とか半分、残りの半分は国宝の魔宝玉を使うことにした。もちろん国王に魔宝玉を要求した際に激怒されたが、俺にかけた迷惑料とルイーズ殺害という蛮行、魔王討伐の報酬の話をするとようやく国王は納得した。


魔宝玉を入手し、早速時間干渉の魔法を発動させた。魔力を根こそぎ持っていかれ今にも倒れそうになるが、何とか踏ん張る。すると莫大な魔力が剣の形になり俺の胸を貫いた。ああ、犠牲とはこういうことだったのか。貫かれた胸がとてつもなく熱いが頭は冷静だった。ルイーズも胸を一突きされていた。ここ痛みはルイーズも味わったものだと考えると愛おしいと感じる。我ながらイカれてると思う。この魔法が成功すればルイーズに会える。失敗してもルイーズと同じところに行ける。どっちに転んでも俺は幸福だと思いながら俺の意識は途切れた。


時間干渉の魔法は成功した。俺は魔王討伐直後に戻ることができた。戻った直後だったため呆然としていると殿下が心配そうに声を掛けてきた。二度と見たくないと思っていた顔だったため、俺は嫌悪感を隠さなかった。殿下は傷ついた表情を見せたが知ったことでは無い。今の時点でルイーズはてにかけてはいないとはいえ、王都に俺との結婚の噂を流し、婚約を画策していたのは間違いない。この女はこと時点で潔白ではないのだと考えているとシリルに肩を掴まれた。どうやらシリルも術者として魔法を使用したため記憶を持ったまま戻ってくることができたらしい。シリルはルイーズが死なないように手伝ってくれると言ってくれたのだった。俺は前回と違って、王都に戻るまでの期間俺はずっとルイーズのことを勇者パーティーに話し続けた。俺には心に決めた相手がいるのだと知らしめるために。これで殿下が身を引いてくれれば万々歳。まあ彼女の様子を見るに諦めそうな気配はなかったが。


王都に戻ったらルイーズを速攻で見つけ出し、多くの観衆の前でプロポーズをした。凱旋にルイーズも同行させて俺には想い人がいることを周知させた。魔王討伐の報酬を盾にルイーズとの結婚を認めさせた。これは王都までの帰路で俺とシリルの報酬でルイーズとの結婚を国王に頼もうと話し合っていたのだが、前回の記憶が一切ないギークも参戦してくれた。俺は本当に友に恵まれたと心が熱くなった。


この結婚は俺だけの力じゃなく、ギークとシリルがいたからできたものだ。一度二人にどうしてここまで俺に力を貸してくれるのか聞いたことがある。二人が言うには俺が勇者パーティーをずっと鼓舞し続けていたから心が折れずに済んだのだという。面と向かってそう言われると何だか気恥ずかしく思ってしまい、思わず二人から顔を逸らした。二人曰く、この時の俺の顔はとんでもなく赤かったらしい。因みに二人にはこと後数年はこのネタでからかわれるようになった。


今俺の隣には疲れて眠ってしまったルイーズがいる。今日は初めての体験ばかりだったが、幸せな時間だった。でもルイーズが隣にいるのが今でも信じられない瞬間がある。だからルイーズを抱きしめて存在を確認するのが最近の癖になっている。今もそう。俺はルイーズを起こさないように慎重に抱きしめた。


「うぅん、ダンテ⋯?」

「すまない、起こしてしまったか?」

「大丈夫だ⋯よ⋯⋯」


そうは言っても眠そうにしてる。ルイーズは俺の方を向いて腕の中に収まる。ルイーズの温もりを感じると安心する。ルイーズは生きているのだと実感できる。


「まだ眠いだろ、ゆっくりおやすみ」

「うん⋯⋯ねぇダンテ」

「どうした?」

「愛してる」


突然の告白に俺は固まってしまった。俺もと返事をする前にルイーズは既に入眠をしてしまった。何だか胸がいっぱいだ。ルイーズが優しい顔で愛してるって言ってくれるなんて、明日もう一回言ってって言おうかな。いや、さっきの告白寝ぼけて言って覚えてないなんて可能性もあるかと頭を悩ませているとシーツが滲んでいることに気がついた。水がぽろぽろと流れ落ち、滲みはどんどん広まっている。俺から流れてるものだと気づいた瞬間この水は俺の涙なのだと悟った。


「ルイーズ愛してる」


俺はルイーズを掻き抱いて幸せを噛み締める。そして緩やかに夢の世界へと誘われて行ったのだった。


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