カピバラの恩返し
俺は今、山の中を歩いている。
別にトレッキングを楽しんでいるわけではない。仕事である。
まあ、実益も兼ねてはいるけどね。
仕事は薬草取りで、実益は山菜を集めている。
薬草取りは薬師からの依頼であり、実家から冷遇されている俺にはありがたい臨時収入なのである。
「今日は大漁やね。薬草と山菜の他にも野生のビワもたくさん採れたな」
植物とかでも「大漁」と言っていいのかは知らんが。
さて、貴族学院の寮まで急いで帰るかなと、山道を降りていると、何かの動物がうずくまっていた。
「んっ、小さいイノシシかな?」
恐る恐る近づいてみる。
「カピバラやん! この山ってカピバラいたのか!」
何回かこの山に来ているけど、初めて見るな。
「どうした、カピバラさん! 具合がわるいの?」
お腹を指すカピバラ。そして「ぐう」と頼りない音が漏れる。
「お腹すいてるの? どうしよう、えっとビワ食べる? 山菜もあるけど」
アク抜きしない山菜って食べて大丈夫かな? 野生動物ならいけるのか。
目の前にビワや山菜を置くと、ゆっくりと食べだした。
「お水もあるからね。全部食べていいよ」
俺は自前の水筒を出して、かぶっていたヘルメットをひっくり返し、水を注いだ。
そう、俺はカピバラが大好きです。つうか、カピバラ嫌いって人はいないと思う。もし、いたらそいつは人の心を失っているのだろう。
たくさん食べて満足したのか、カピバラは水を飲みきり、ヘルメットを返してきた。
そして、手を振りながら山の中に帰っていく。
「中に人間が入ってないよな? 何か言葉も通じた気がする。カピバラって賢いんだな」
おっと、急いで帰らないとな。学院の門が閉まると色々面倒だ。
しかし、素晴らしい経験をした。卒業まであと僅かだけど、みんなに自慢できるな。
そして、俺は走って貴族学院まで戻った。
▽▽▽
いよいよ明日が卒業式かぁ。など思いながら学院の寮で最後の片づけをしていた。
「んで、貴族も明日で卒業だな」
俺はとある男爵家の三男である。後妻の連れ子である俺は扱いがひどかったな。
それでも母親が存命なうちはまだマシだったが、病気で他界してからは身内扱いされなくなっていた。
学院も母の遺産で学費や寮費を払っていた。男爵家からは全く支援はなかったので、何の恩義も無い。
しかも卒業の日に家から除籍すると言われていたので、明日で晴れて平民となる。
平民のほうが俺には合っているので、何の不安も無いけどな。
あの貧乏男爵家にいるほうが将来キツイと思う。泥船みたいな家だし。
「薬師様に持っていく薬草はこれで全部だな」
卒業式の翌日には大国であるダイヤモンド王国に引っ越す予定である。
雇ってくれるのは、王国の薬師様。金払いが良いので、何とか暮らしていけるだろう。
すると、部屋のドアがトントントンとノックされた。
「誰だ?」と聞いても返事は無い。
仕方なくドアを開けると、なんとカピバラがいた。
「えっ? この前のカピバラさん?」
なんで分かったんだ? というリアクションのカピバラ。
ふむ、なんとかの女王様みたいなメガネと言うか仮面をしているな。
これでバレない自信があったのか。でも、カピバラが仮面してもなあ。
「とりあえず部屋にどうぞ。お茶飲みますか?」
カピバラはお茶を飲みながら、一生懸命、仮面を作ったのになぁという仕草をする。
あんなの作れるんかよ、器用だな。
でも、よく学院に入れましたね? と聞くと、また仮面を出してきた。
これでみんなは学院生と思って気がつかなかったと言いたいらしい。
絶対違うと思うけど、スルーしておこう。
つうか、どうやってここまで来たんだろう。
匂いを追ってきた? すごいね、そんな能力あったんだ?
「今日はどうしたんですか? またお腹すいたんですか?」
カピバラは首を振りながら、薬草を指さす。
そして、鼻をクンクンさせながら目をクワッと開いた。
「ええっと、薬草見つけるのが得意だから俺の手伝いをしてくれるとか?」
大きくうなずきながら、お腹をポンポンと叩く。
そして、俺に手を合わせる。
「もしかしてビワと山菜の恩返しみたいなことですか?」
更に大きくうなずくカピバラ。
「でも、山って結構危険だから止めたほうがいいですよ」
するとカピバラは背中に背負っていたモノを取り出し、両手に構える。
両手と言うのか、両前足と言うのか知らんけど。
グルグルグルっと回して、演武が始まる。
トンファーやん! カピバラってトンファー使うんだ! 知らないことだらけや。
「つまり、俺の護衛もしてくれると言いたいのですか?」
胸を叩くカピバラ。なんでもできるな。今更だけど言葉が分かっているのが一番ビックリなんだけど。
とりあえず、今日はここに泊まっていってもらおう。
リンゴありますよ、食べますか? と、聞いたら五個あったのに全部食べたな。好きなのかな? 寝る前に歯って磨くのか? まあ、いいか。
▽▽▽
そして、卒業式当日にとりあえず担任の教師に会いに行った。
「先生、今日の卒業式にこのカピバラさん同席させたいんですけど?」
固まる教師。そりゃあ、教師としてもすぐ答えが出ませんわ。
「どうしたの? 何があったの? どっから来たの? カピバラって立って歩くの?」
質問だらけやね。気持ちは分かるけど。
「山でビワと山菜をあげたら恩返しに寮に来ました。しばらく一緒にいようかと思いまして」
意味が分からん様子だけど、大丈夫です。俺も分かっていないから。
「危険な動物は無理なんだけど……。 どうみても危険じゃないわね。いいです、あなたのパートナーとして特別に許可します」
ちょっと写真撮らせてとか言われたけど、カピバラさん、トンファーかまえなくてもいいよ。先生は大喜びだけど。
「そのカピバラさんはオスなのメスなの?」
言われてみてから気がついたわ。聞いてないな。どうなのよ? カピバラさん?
へえ、オスですか。見た目で分からんわ。
「多様性の時代ですから、パートナーが同性でも大丈夫よ。卒業式を楽しんでいらっしゃいな」
いや、そう言うんでは無いけど、まあ、いいか。では会場に向かいましょう。
みなさんから遠巻きで見られている。うん、分かる。近くで見たいけど、かかわっちゃいけない人だとも思われているだろう。逆の立場なら俺もそうする。
そんな中、ダッシュで近づいて来た女性がいた。
「すみません! 私はフラワー公爵家に仕える侍女でマキリンと言います。カピバラさんと友達になりたいです!」
クールビューティみたいな雰囲気なのに目つきがブッとんでいるタイプ。キレると何するか分からん系の人やね。
「言葉は分かるみたいなので、直接カピバラさんに聞いてください」
「マジですか? カピバラさんは言葉分かりますか? 名前は何ですか?」
うわぁ、決めてない。つうか、名前はあるのかも知れん。聞いてみるか。
「カピバラさんは名前あるの?」
カピバラは首を振り、何か四角い感じのジェスチャーをして×マークをした。
もう、何が言いたいのか分かってきたわ。
「自分には名はいらぬ。墓標にはひとりの男が生き、そして死んだと彫って欲しい。
って言いたいの?」
カピバラは胸を張ってうなずく。分かる俺もたいがいやな。
「マキリンさん、カピバラさんは名無しです」
マキリンさんはブツブツと「それなら私が名づけ親に……。カピ太郎とか……」
おい、聞こえているぞ。カピ太郎はないなぁ。
「名前はいらないそうですよ。カピバラさんでいいですって」
「そうですか。ではカピバラさん、これはお近づきのリンゴです」
どっから出したんだ、そのリンゴ。カピバラさんも喜んで受け取っているから別にいいか。しかし、リンゴ好きやね。
「マキリン! 急に離れて何をしているのですか? 会場に行きますよ」
ほう! いかにも上級階級の美人さんが登場か。フラワー公爵家のお嬢さんだろう。
マキリンさんは名残惜しそうにお嬢さんと歩いて行った。
では、俺らも行きますかね。
▽▽▽
卒業式も無事に終わろうとしていた頃、第一王子が宴台に立ち、大声で話出した。
「フラワー公爵家 チューリップよ、前へ出ろ!」
何が始まるんだ? あらっ? さっきの美人さんがその人かいな。
マキリンさんもついていってるね。
「チューリップ! お前との婚約は破棄する! この清純な令嬢に嫌がらせをするなど言語道断である」
ここでやる話じゃねえなあ。馬鹿王子とは聞いていたが、聞きしに勝る馬鹿だな。
つうか、横の下品な女は男爵家の娘だったな。ニヤニヤしていて気味悪いな。
「バ…… マカロン殿下。婚約破棄は承知いたしました。しかし、私はそちらの男爵令嬢とはお話すらしたことがありませんわ」
今、バカロンって言いかけたな。しかし、泣くわけでもなく、しっかりしたご令嬢だねえ。でも、まあ、婚約解消のほうがお互い良い気もするな。
「チューリップよ! 証拠は揃っておる。本日をもって国外追放とする! これは王命である!」
勝手に浮気して、あげくに国外追放とは独裁国家でもやらんぞ。
「その者たち! 直ちにその女を捕え、国外に捨てて来い!」
はっ! 承知しました! じゃねえよ。ここにも馬鹿四名いたわ。
あいつらって何だっけ? 近衛兵? 騎士? どちらにせよ馬鹿王子を諌める側だろうが。
馬鹿騎士四名がチューリップ嬢に近づくと、マキリンさんが腕を大きく開いて立ちふさがる。
いや、立派だけど危ねえよ、それ。 ほら、馬鹿がひとり剣を抜いちゃったよ。
「女、王命の邪魔をするならば、貴様から切るぞ」
うあっ! ホントに切りつけて……。
ふう、ギリギリセーフ。カピバラさんがトンファーでブロックしたわ。ナイス!
仕方ないな、話をまとめて逃げるかね。面倒だけどカピバラさん置いて帰れないし。
「ちょっと待ったぁ!」
馬鹿騎士が不機嫌に振り返る。助けてやるんだから感謝してほしいわ。
「貴様も王命の邪魔をするならば切り捨てるぞ」
「あなたがた四名、処刑になりますよ」
馬鹿騎士がキョトンとしているな、ホントに分かってないみたいね。
「何を訳の分からんことを言っている」とかつぶやいているし。
「あなたがたがしようとしていることは拉致誘拐です」
「王命と言っただろう!」
「では、それを証明する文書は?」
そう、この国では王命は評議会の承認を経てから陛下が押印するのが法に定められている。
「そんなものは後日でいいだろう」
「と、言うことは今この時点では王命ではないのです。従い、王命と言ってご令嬢をさらえばただの犯罪です」
顔を見合わせる馬鹿騎士四名。細かく言えばそうなんだろうけど、殿下が王命って言ったしとか思ってそうだな。
「王命ではないのに、王命と言って行動した場合、国家反逆罪が適用されます。国家反逆罪は処刑一択です。つまりあなたがたは処刑となります」
信じてない顔をしているな、それならば、
「あそこに法律の先生がいますね。先生! 私が言ったこと間違えてますか~?」
「正しいで~す!」
急に焦りだしたな。少しは理解したかな。
「それに殿下の一言で処分が決まるならば、この国は法治国家じゃ無いな、そんな国とは付き合えないな、と他国から距離を置かれますよ。今日は留学生もたくさんいるのに」
なんか汗をかき始めたわ、もう一息か。
「あなたがたが処刑されれば、それぞれの家も黙ってないでしょう。その公爵令嬢の家と手を組み、王家と対立しますね。下手すりゃ内乱ですよ」
膝をつく騎士、剣を落とす騎士、これで馬鹿騎士四名はもう動けないな。あとは馬鹿王子か。
「そこの下賤の者! おおげさなことを言うな! 黙って言うとおりにすればいいのだ」
「ちなみに国家反逆罪って王族にも適用されますけど?」
急に顔色が悪くなる馬鹿王子。なんで王子が法律知らんねん!
「な、ならばどうすればいい。罪人をこのままにはしておけない!」
よし、こっちのペースになったな。
「だから、順番を考えましょう。まず、婚約解消はご令嬢を承知しましたから、今日は穏便に帰って頂きましょう。そして改めて評議会に本件を審議してもらえばいいでしょう」
馬鹿だから少し持ち上げれば、機嫌よくチェックメイトになるな。
「数日程度、処分が遅れる程度ですよ。ここは殿下の大きな器を示して、どんな時でも法に乗っ取り、正しく対応する様を国民と他国に見せつけてやりましょう!」
「わかった! そうしよう! 私は器の大きい男だからな。いや、初めからそのつもりだったのだよ。ちょっとジョークが過ぎたようだな」
人ひとり切りつけさせておいてジョークで済むか、ボケ!
では、とっととこの場を離れよう。
「ご令嬢、マキリンさん、会場から出ましょう。カピバラさんお二人を守ってね」
カピバラさんがトンファーを構えつつ、うなづいてくれた。
「マキリンさん、公爵家の馬車って待機していますか?」
「いえ、一旦戻っていますので、私が急いで戻り呼んで参ります」
う~む、あの馬鹿王子の気が変わったら困るから早めに逃げたいなあ。
「あの、人力車で良ければ自作のものがあるので、それで帰りませんか?」
人力車の意味が分かって無いご様子。まあ、見てもらえばいいか。
卒業制作で作ったんだよなあ。これで小銭稼ぎながらダイヤモンド王国まで行くつもりだったんだけどね。
「こんな乗り物は人道的にどうなのでしょう? 使用人を虐待しているように見られますわ!」
いや、お嬢さん、そうじゃなくてね。
「ご令嬢、違いますよ。例えば王都が初めての人は何も分からない感じでしょう? そこで人力車を引っ張りながら、この店は魚料理が有名だとか、お土産屋さんはここが人気だとか教えながら進むんですよ」
ああ、なるほどとお嬢さんは納得してくれたわ。なんか、マキリンさんは初めから違和感ない感じね。
じゃあ、行きますかって時に、カピバラさんは自分が引っ張ると言い出した。いや、しゃべらないから、正確にはそんな感じになったという流れだけど。
無理しなくてもいいよと言いながら、いや、速いわ、カピバラさん!
つうか、公爵家の場所とか知らないでしょ? ちょい待ってね。
「お二人、すみません。役場に寄ってもいいですかね? 書類一枚もらってくるだけなので」
家の除籍証明書をもらっておかないとな。カピバラさん! お二人の護衛お願いね。
OKサインしてるみたいだけど、カピバラの手だと分かりにくいね。
さて、急いでもらってこようっと。
「あらっ、早かったですわね。私もカピバラさんと友達になったのですよ」
良かった良かった。何事もなく待っていてくれたわ。では、公爵邸に行きますか。
しばらく、道沿いを行くと見えてきた。あいかわらずデカいお屋敷だな。
「お二方、着きましたよ」
じゃあ、これでとお別れするつもりだったが、お嬢さんに引き留められたわ。
何の御礼もせずに帰すのは公爵家の恥だとか。
別に御礼とかいらないんだけどなあ。まあ、お茶くらい頂きますか。
うわ、天井高いわ! んで、屋敷中の床が絨毯だよ。あの壺ひとつで除籍された実家の資産を上回りそうだ。近づかないようにしよう。カピバラさんにも注意しときゃなきゃ。
キョロキョロしながら応接室まで案内されると、年配のご夫婦が待っていた。
あれが公爵様と奥方かな。いかにもって感じの高位貴族だな。
「チューリップ、待っていたよ。取り急ぎの第一報は聞いておる。そして、なぜカピバラがいるのだ?」
「お父様、お母様 本日の件につきまして報告します。この男性とカピバラさんは恩人です」
カピバラについて詳細に報告するよう公爵様は求めていたけど、娘の事を詳細に聞くべきだよ。長くなりそうだから俺は紅茶を飲んでいよう。カピバラさんにはリンゴもらうかな。公爵家ならたいていの果物あるだろうし。
「うむ、大変な卒業式だったな。しかし、あの王子は愚かにも程があるな」
「そうねえ。王家からの婚約申し入れを渋々と受けたというのにねぇ」
ご両親も怒り心頭だな、当たり前だけど。
「そちらの青年にも礼を言う。君がいなければ娘は大変な目に合っていたことだろう。
どこの家の方かな? 家にも御礼をしなければな」
いらないです。今日で除籍されています。何なら公爵家の力で実家を潰してくれるのが一番の御礼です。みたいなことを遠まわしに言っておいた。
そうしたら執事にボソッと耳打ちしていた。いくらか包んでくれるのかな? 現金で頂けるのはありがたいね。と思っていたらシャレにならん額の金貨をくれた。多すぎるわ! 持って歩くの怖いわ! このくらいは公爵家として当然とかって言われてもなあ。しかし、あるところにはあるのね、お金って。
「チューリップよ。これからどうするのだ? 新しい相手をすぐ探したほうがいいか?」
「お父様、しばらくはゆっくりと読書でもします。殿下の補佐が忙しかったので、読みたい本も溜まっていますし」
おいおい! 何を言っている! それどころじゃねえやろ。
「ご令嬢、何をのんびりしたこと言っていますか? すぐに他国に避難しなきゃダメですよ!」
えっ、何で? って顔をしているな。公爵ご夫妻もお嬢さんもいい人なんだろうな。でも、急がないと困ることになるでしょ!
「公爵様、どう考えても殿下の横にいた男爵令嬢はハニートラップですよ。うまく出来過ぎている。プロがシナリオ書いていて、あの女は演じている感じですね」
えっ、他国のスパイってこと? って言っているけど、それが一番しっくりくる。
「この国で国家レベルの情報を持っていて、ちょっとおだてたり、甘えたりするとなんでもペラペラ話しそうな人は誰でしょう? はい! マキリンさん!」
「馬鹿王子です!」
大正解です。ついでに、この後のシナリオも説明しておいた。
まず、馬鹿王子は今回の件を評議会に申請するでしょう。評議会は当然、調査してご令嬢が嫌がらせをした証拠が無いと判断します。馬鹿王子は焦る訳です。
しかも、先ほどご令嬢は殿下の業務補佐をしていたと言っていましたけど、実際は殿下の代わりに全部請け負っていたんじゃないですか? それが全てストップする訳ですよ。
馬鹿王子は更に焦って、ハニトラの令嬢に任せようとするけど、どうせ何も出来ないに決まっています。
評議会もダメ、自分の担当業務もダメとなると、どうするかって馬鹿な頭で考えるのですよ。
そうだ! 自分の大きな慈悲でチューリップ嬢の国外追放の罪を許し、代わりに今まで通りに業務をやらせようとクズな考えに至ります。
それを公爵家に申し入れたいけど、さすがに断られるのが分かっているので、ハニトラ令嬢に数か月だけ引き継ぎとして協力してくれないかとか言い出すでしょう。
あわよくばズルズルと何年も引っ張るつもりでね。
チューリップ嬢としてもやりたくなくてもお城の皆さんが困っている、貧しい人への支援が遅れる、薬が足りなくなるとか言われると期間限定の引き継ぎだけならと引き受けちゃうんですよ。
その結果、どうなるかと言うと、
「スパイに最も情報を流したのはチューリップ嬢である。ってなります」
「冗談じゃないわよ!」
うん、ホントに冗談じゃないけど、きっとそうなる。国としては情報を流した主犯が王子じゃマズイ。別の人間を作るに決まっている。
公爵様は今回の件で、陛下に抗議に行くそうだが、その前に内密に王家からの謝罪の機会があるだろう。王家が頼み込んで婚約した訳だしね。
その際にハニトラ疑惑を報告すればいいな。王家と公爵家で調査すれば、十日もせず判明するでしょ。
数日後には馬鹿王子がこの公爵家に来て、国外追放を許してやるとか言ってくるだろう。
だから、その前に他国に逃げなきゃダメなのよ。
表向きは「国外追放されるから下見に行く」で、裏の理由は「スパイに狙われそうだから」みたいな感じでどうでしょう。
ホントはスパイ騒動に巻き込まれたくないからだけど。
「と言うことで、さっさと逃げてください」
やっと理解してくれたお嬢さんは、なら明日、一緒にダイヤモンド王国に連れて行ってくださいとか言い出した。別にいいけど人力車しかないですよ。まあ、カピバラ車か。
是非、それでって、なんか気に入ったみたいね。
マキリンさんは、急いで支度しますとか言って出て行ったわ。あの人も当然、一緒に来るんだろうね。公爵様も客間を準備させるから今日は泊まっていけばいいとか言ってくれたわ。初対面の男に娘を預けるのは抵抗ないのかな? カピバラと仲がいい人に悪人はいないって? それは真理ですね。
さて、カピバラさんと一緒にお風呂入って早めに寝ますかな。
▽▽▽
朝になり、豪勢な朝食を頂く。お金持ちは朝から贅沢だわ。カピバラさんには果物の盛り合わせだった。えっ? お昼用に少しもらいたい? メイドさんに頼んだら大きな箱に詰めてくれたわ。優しいね。ありがたい。
では、出発! だからカピバラさん、速いって!
普通、ダイヤモンド王国までたっぷり三日間かかるけど、一日で王国の手前まで来たわ。
乗っているお二人もビックリのご様子。
色々な会話もしたけど、俺が薬師の手伝いをしていると言ったらお嬢さんは興味津々だった。
なんでも子供のころから薬草に興味があって独学で勉強しているとか。変な子供! って思ったけどさすがに言えんな。
その薬師さんに会ってみたいと言うので、面白味は無い人だけどいいですかと聞くと、薬師に楽しさは求めてないとのこと。それもそうか。
そして次の日は王国に着いた。早速、薬師のいる王城に向かう。
お城で働く薬師さんなのですかと聞かれたが、説明も面倒なので、はいとだけ答えておいた。嘘じゃないし。
もう、何度も来ているので顔見知りになっている警備の人に挨拶し、さっさと薬師のいる部屋に向かった。そして、ドアをノック! どうぞという返事の後に入室。
「ご注文の薬草をお持ちしましたぁ!」
微笑む薬師様。そして固まるお嬢さんとマキリンさん。
「ご苦労様だったね。でも、カピバラは注文してないけど?」
何を言うんですか? 大切な相棒ですから渡しませんよ。
お嬢さんから強烈なレバーブロウが入る。
「ねぇ、まさか薬師さんって、あの有名な薬の王子様だったの? 何で先に言わないのよ?」
薬師ですよ。大国の第三王子だけど、薬師は薬師。嘘は言っていません。
つうか、王子関係はもう嫌かなぁとも思ったからね。気を遣ったつもりだったんだけど。
「こちらはカレー……じゃなく、薬の王子様で、ジンジャー様です」
吹き出すマキリンさん、知っているわよと怒るお嬢さん。いや、ホントに薬草についてはこの大陸で一番に詳しい人だよ。
「で、王子! 薬草に詳しい助手を探していたでしょ。なかなかいないとも言ってたやん。このご令嬢は子供のころから薬草マニアのへんた……勉強家らしいですよ」
変態って言いそうだった。危ない、危ない。でも、すごくにらまれている気がする。お嬢さんの顔が見れん。
それから二人の紹介をして、王子とお嬢さんは薬草の話でおおいに盛り上がっていた。
聞いている俺たちは死ぬほど退屈だったけど。
そして、なんと、お嬢さんはお試しで一か月の助手をすることになったらしい。
城内にお部屋も用意してくれるとか。マキリンさんと俺とカピバラさんにも用意してくれたわ。まあ、俺とカピバラさんは同じ部屋だったけど。
マキリンさんは朝晩のお嬢さんのお世話だけで暇そうにしていたので、俺が王都の案内などして過ごしていた。なにせ公爵家からもらった金貨がいっぱいあるし。
身の上話みたいになっていらん苦労しているのも聞いた。没落貴族で平民となり、売られるところをお嬢さんに救ってもらったとか。重いわぁ。
すっかり仲良くなってきた俺はマキリンさんに聞いてみた。
「日本の記憶があるでしょ?」
ビックリ顔のマキリンさん。いや、カレー王子で笑うとか、人力車を見て驚かないとか、絶対、日本人だよ。
聞けば、三十代で病気が原因で亡くなった記憶があるそうな。実は俺も四十代で事故に巻き込まれたわ。
何か一気に距離が近くなって、結婚前提でお付き合いしましょうってなった。
貴族じゃないし、婚約とかいらんやろ。
そして、あっと言う間に一か月が経ち、一旦、公爵家に帰りますかとなった。
ジンジャー王子に挨拶に向かうと、自分も行くとか言い出したよ。なぜやねん。
「実は彼女との婚約を公爵ご夫妻にお願いしようかと……」
そんなんなってたの? でも、王族は簡単に婚約とかできないでしょ? えっ、両親も大賛成なの? 一生結婚しないと思われてたの? まあ、変わりもんだし、王様、王妃と言えど心配だったのかな。
ならば、こちらも言っておきますか。俺とマキリンさんも結婚します。長男はカピバラさんです。でも、反応は鈍いね。何か付き合っていたのはバレてたみたい。おめでとうとか言われると照れるわ。
カピバラさん、四人でも引っ張れる? って聞いたら、ジンジャー王子に止められた。
王家の四頭馬車を用意するとさ。さすがに王子がカピバラ車じゃまずいのかな。
でも、第二王子が人力車をとても気に入ったらしく、真似して大きな街で販売したいそうな。
利益の一部をくれるってさ。マキリンさん! 何もしなくても毎月、お金もらえるよ。
俺たちの将来は安泰だよ!
そして、みんなで公爵家に行きましたとさ。
▽▽▽
公爵家は総出で待機していた。先にお手紙で王子様を連れて行くよって案内していたらしい。公爵様も「マジだったのかよ」とか言ってるし。言葉遣い悪いですよ。
お嬢さんの婚約はもちろんOK。って言うか断れないよね。大陸で一番大きい国の王子様からのお願いなんて命令と一緒だし。
そんな大国の王族になったら親としてはこの国で、一番の権力者になるね。この国の王様より発言力あるんじゃね?
ついでに俺とマキリンさんの結婚についても話しておいた。公爵家を辞めることになるからね。娘のフォローをお願いされていたな。知り合いが近くにいるのは心強いよね。
そして、公爵様は馬鹿王子の顛末を話し出した。
まず、王家と公爵家の調査でハニートラップが確認されたとのこと。
男爵家が中心となり、他国に情報を流していたとか。
関係者は全員捕えられ、男爵家は取り潰しとなり、当主と奥さんは処刑された。まあ、当然である。
馬鹿王子は離宮へ幽閉され、ハニトラの男爵令嬢は最果ての修道院に行くことになったらしい。ふーん、なるほどねぇ……。
公爵様から俺に「君の予言通りになったよ。当たり過ぎて怖かった」とか言われたけど俺は予言者じゃないよ。馬鹿の気持ちが分かるだけ。俺も馬鹿だから。
最後にまた執事さんが金貨の入った袋を持って来たわ。大小で五袋あるな。なんだろう?
「陛下からの謝礼だ。うまくまとめてくれて助かったとおっしゃっていたよ。君のような人材が他国に流れて残念だともね」
口止め料も入っているのかな?
「そして近衛騎士 四名の家からの謝礼だ。息子の命を救ってもらってありがとうとのことだ。特に剣を抜いた騎士の家からは大きな感謝と謝礼を預かったよ」
マキリンさん! もう、働かなくてもいいかも! カピバラさん! 一生、リンゴに困らないよ!
なんか、どっと疲れて客間に戻る。今日もカピバラさんと同室だけど、マキリンさんも同室だった。いや、結婚するまで何もせんよ。カピバラさん、ちょっと席を外すとか気を遣わなくて大丈夫だよ。
部屋でカピバラさんと悪い顔をしながら金貨を数えていると、マキリンさんが戻ってきた。
「お帰り。皆さんとお別れの挨拶は済みましたか?」
「はい。みんな祝福してくれました。私が十年間、暮らした部屋にもお別れして来ました」
客間に泊まるなんて初めてなんだろうな。でも、最後だから使用人部屋で寝たかったのかな? たしか四人部屋とか言っていたな。
「元の部屋で寝てもいいですよ。積もる話もあるでしょ?」
「いいですか? 実は私のベッドはそのままになっていて……」
いいですよ。でも、何か暗いというか、不満げな顔をしているね。どうしたの?
「いや、不満というかさっきの公爵様のお話ですが、馬鹿王子と馬鹿令嬢の処分が甘い気がしていて」
ああ、それね。説明するかなぁ、どうするか。でも、しておこう。
「マキリンさん、どうして離宮っていつでもすぐ入れると思う?」
考えたこともないって顔しているね。
「入って、数日後には毒を盛られて死んじゃうんだと思うよ。多分、馬鹿王子はもう、死んでいるだろうね。まあ、公表されるのは一年後くらいに病死としてだろうけど」
そうなんですか? って顔だな。では、更に言うとね。
「最果ての修道院ってどこにあるか知っている?」
面会も手紙も禁止なので場所は公開されてないと聞いていますって、それは正解です。
「俺は見たことあるんですよ。薬草探しで北の森林に行ったときに偶然見かけてね」
そう、やっかいな注文の薬草探しで山奥に行ったときに見かけた。断崖絶壁の近くにある修道院と言う表札がある粗末な共同墓地。多分、この修道院に向かった令嬢はみんな謎の病死で到着するんだろう。そして遺体は海に投げ捨てられるのだろうな。
「あのハニトラの令嬢ももう海の底でしょうね……」
絶句するマキリンさん。それでも、気を取り直して俺に聞いてくる。
それはお嬢様にも伝えるのですかと。
「言わないよ、あのお嬢さんだと自分にも責任が……とか思いそうだし」
そう、言う必要は無い。
お嬢さんはカレ……じゃなく、薬の王子様と幸せになるし、俺もマキリンさんと幸せになる! 馬鹿どもはみんないなくなった。それでいいのだ。
「マキリンさん。王国に戻ったら家を探しましょうね。カピバラさんいるから田舎の温泉付きの家とかどうですか? 楽しく暮らしましょうね!」
マキリンさんは優しく微笑んで「また明日」と言いながら、使用人部屋に帰って行った。
俺はカピバラさんに「もっと積極的に行けや!」とヒジでグリグリされながら、寝る準備をした。
おやすみなさい。
完




