PERSONA BACKFILL
第8話 PERSONA BACKFILL
N3コアへ向かう道は、朝でも暗かった。
岩肌の裂け目から落ちる水が、規則的に石を打つ。
そのリズムに合わせて、視界の隅でログが点滅する。
`[SYS] ROUTE LOCK: N3`
`[BIO] STRESS=81`
ミアが先導し、俺が中央、ルドが後ろ。
誰も無駄口を叩かない。足音だけが三つ、湿った通路に残る。
前室を三つ抜けた先で、扉が出た。
縦に走る溝。中央に丸い認証孔。昨日まで触れた端末より一段深い層だとわかる。
「ここがN3」
ルドが銅板を取り出す。
差し込むと、扉の奥で低い駆動音が回った。
`CORE NODE N3`
`AUTH LEVEL CHECK...`
`MEDIC-AUX + SUBJECT PROXIMITY: ACCEPTED`
扉が半分だけ開く。
中は広い円形室だった。床に同心円の溝。天井から細い光柱。中央の台座に、黒い結晶板が埋まっている。
俺が近づくと、結晶板が反応した。
`IDENTITY TRACE MATCH`
`SUBJECT: S-ORL`
`OPEN ARCHIVE DETAIL?`
指が震えた。
それでも、押した。
`Y`
空中へ立体ログが展開する。
数字と文字が、逃げ場を塞ぐように並んだ。
`SOURCE BODY: SOL`
`CORTEX LOSS: 63%`
`BACKFILL: ARCHIVE_JP_TAKUMI`
`ARCHIVE INTEGRITY: 37%`
`MERGE STATUS: UNSTABLE`
理解した瞬間、足元の重力だけが急に増した。
膝が抜けた。
手をつこうとして、床の冷たさが掌へ刺さる。
「……違う」
声にならず、喉の奥で崩れる。
「違う。俺は転移で……」
言い終わる前に、次の行が勝手に開いた。
`RECOVERY TIMELINE`
`03:11 BODY RETRIEVED`
`03:24 BACKFILL INIT`
`03:29 VITAL RESTORE`
`CAUSE: CORTEX DEFICIT COMPENSATION`
数字は冷静で、否定の余白だけを正確に削っていく。
転移ではない。補綴、つまり穴埋めだ。
俺の「日本」は、救命の材料として流し込まれた断片。
ホームで鳴る発車ベルと、ソルの父の怒鳴り声が同時に耳奥でぶつかって、立っている場所が一瞬わからなくなる。
吐き気が込み上げる。
俺は結晶板を殴ろうとして、途中で腕を止めた。壊したところで、書いてある事実は壊れない。
ミアが膝をつく。
「見て。こっち見て」
俺は顔を上げられない。
「無理」
「無理でも、聞いて」
ミアの手が俺の肩を掴む。震えているのは俺だけじゃなかった。
「今話してるあんたは本物」
その台詞で、張っていた糸が一度切れた。
涙が勝手に落ちる。悔しいのか怖いのか、自分でも区別できない。
ルドが端末の追加欄を開いた。
`ACCESS NOTE`
`ORIGINAL ARCHIVE SOURCE LOCKED`
`DETAIL OWNER: CENTRAL`
「中央ってどこだ」
俺が絞り出す。
ルドは苦い顔で答えた。
「レフカ中枢。ここより深い」
レフカ。
また同じ地名だ。偶然ではない。
そのとき、通路側で金属音が跳ねた。
三人同時に振り向く。扉外の石床に、筒状の伝声管が転がっている。誰かが置いていったものだ。
ミアが拾って封を切る。二枚の短い紙片。
一枚目には、神聖語の整った筆跡。
「封印管理局レイン。対象個体を保護下へ移送する。抵抗は推奨しない」
二枚目は粗い筆跡。
「技術局ドラハン。蘇生体を引き渡せ。対価は払う」
同時だった。
どっちも、俺を物として書いている。
視界に警告が重なる。
`[RISK] TRACKERS APPROACHING`
`[ETA] 00:47:12`
`[ADVICE] IMMEDIATE RELOCATION`
`[VECTOR] EAST: 1 UNIT / WEST: 1 UNIT`
胸骨の裏で脈が暴れ、視界だけが妙に澄んだ。
円形室の外、東の縦穴に白い照明弾。西の通路に赤い照明弾。
色が違う。陣営も違う。
俺は涙を拭って立ち上がる。足はまだ震えていた。
それでも、さっきまでとは違う震えだった。
「逃げる」
ミアが頷く。
「どこへ」
「まず灰枝に戻る。次にレフカ中枢」
ルドが短く息を吸う。
「危険すぎる」
「知ってる」
俺は結晶板のログを最後まで見た。
`SOURCE BODY: SOL`。`ARCHIVE_JP_TAKUMI`。
否定したい文字は、もう消えない。
「でも、俺の答えは俺が決める」
円形室の光が一段落ちる。
遠くで足音が増えていた。一つではない。二方向から来る。
俺たちは同時に走り出した。




