遺跡カルテ
第7話 遺跡カルテ
朝になっても、眠気は来なかった。
診療所の裏窓から入る光が白い。机の上には昨夜の黒い板。
触るたびに、指先の骨が冷える感覚がある。
`[SYS] NEXT: CORE_VERIFICATION`
うるさい。
頭の中で何度も繰り返すその文字を、俺は無視しようとした。
戸を叩く音。ルドが古い鉄箱を抱えて入ってくる。ミアが続く。
「鍵、開けるぞ」
鉄箱の蓋は錆びており、蝶番が鳴る。中にあったのは、折り畳まれた紙束と薄い銅板。診療所印の刻印入り。
ルドは紙束を広げ、机に並べた。
`救助記録 第41便`
`回収時刻 03:11`
`被験体 S-ORL / 男 / 推定18`
`頭部広範欠損(推定63%)`
数字の列が、診断名より先に現実を突きつけてくる。
俺は一枚ずつめくる。文字が刺さるように目へ入ってくる。
`緊急補綴プロトコル 起動 03:24`
`施術補助者: RUD`
`中継端末署名: VALID`
「……偽造だ」
声が乾いていた。自分でも驚くくらい薄い声。
ミアが首を振る。
「先生の字。私、子どもの頃から見てる」
「字なんて真似できる」
ルドは怒らなかった。疲れた目で俺を見るだけだった。
「だから隠した。紙だけなら、いくらでも疑える」
「なら、何なら疑えない」
「端末署名だ。遺跡中継端末の印影は、ここじゃ作れん」
机の端で、黒い板が微かに温度を持つ。
視界にまた文字。
`[SYS] VERIFY SOURCE REQUIRED`
俺は鉄箱の縁を握りしめた。
「行く。端末で照合する」
ミアが即座に立つ。
「私も行く」
「危ない」
「危ない場所に、昨日も行った」
反論の余地がなかった。
ルドがため息をついて上着を掴む。
「私も行く。鍵を知ってるのは私だ」
昼前、三人で遺跡帯へ入る。
空は曇っていた。土の匂いが重い。前室手前で、ミアがしゃがんで足跡を指した。
「新しい。二人分。昨日の黒外套」
「それと、これ」
ミアは石段の隙間から、欠けた封蝋片をつまみ上げた。歯車紋。昨日見た胸章と同じ印だ。
消えていない。追われる側だと、体が先に理解する。
中継前室の奥、半壊した壁の裏。
黒い板を窪みに差し込むと、床の溝が青く走った。遅れて、石壁に薄い画面が立ち上がる。
`CORE VERIFICATION TERMINAL`
`AUTH: MEDIC-AUX / RUD`
ルドが銅板を端末に当てる。認証音。
俺の胸が嫌な速さで打ち始めた。
「照合対象を選べ」
表示欄が三つ出る。
`1) RESCUE CHART SIGNATURE`
`2) CORTEX MAP CACHE`
`3) INCIDENT TIMELINE`
俺は一番を押した。
`SIGNATURE MATCH 99.2%`
`SOURCE: NODE RELAY LOG`
`SEAL ID: RELAY-41`
否認の余地が、紙一枚ぶんずつ剥がれていく。
喉が詰まる。
偽造という逃げ道が、一本消えた。
次に二番。青い線が空間へ浮く。
昨夜見た神経地図と、俺の頭部断面が重なる。端末が自動で一致率を計算する。
`NEURAL MAP MATCH 97.4%`
`LOSS AREA CONFIRMED`
`AUXILIARY PATTERN: PRESENT`
理屈で片づけたいのに、胸だけが先に理解してしまう。
「補助パターン?」
ミアが呟く。俺は即座に否定した。
「ノイズだ。修復の揺れだろ」
ルドは何も言わない。
その沈黙が、いちばんきつい。
三番を開くと、時系列が並ぶ。
`03:11 BODY RETRIEVED`
`03:18 CORTEX STABILIZE START`
`03:24 BACKFILL INIT`
`03:29 VITAL RESTORE`
整然とした時刻列が、逆に逃げ道を塞ぐ。
指が止まる。
`BACKFILL` の行だけ、詳細欄が灰色で閉じていた。
`DETAIL LOCKED`
`ACCESS LEVEL: CORE NODE N3`
画面端に追記。
`CURRENT LOCATION CANNOT DISCLOSE SOURCE ARCHIVE`
そこまで読んだ瞬間、通路の向こうで石片が鳴った。
三人同時に振り向く。誰かがいる。気配だけ残して、足音は直ちに消えた。
ミアが低く言う。
「見られてる。戻る」
異論はなかった。
端末を切り、紙束を布袋へ戻す。帰り道、誰も喋らない。
診療所へ戻ったころには、外はもう暗かった。
俺は帳面を開く。ペン先を紙へ置いて、止まる。
書けたのは二行だけだった。
「カルテは偽造ではなかった」
「それでも、まだ全部は確定していない」
最後に、もう一行。
「次はN3コアで確かめる」
その下に名前を書こうとして、`タクミ` と `ソル` のどちらも途中で線が止まった。
結局、署名欄は空白のまま閉じた。
視界の端で、冷たい案内が点灯する。
`[SYS] ROUTE SUGGEST: CORE NODE N3`




