ステータスHUD
第2話 ステータスHUD
目が覚めたとき、天井は木目だった。
昨日の石室よりずっと低い。梁には乾燥した薬草が吊ってあって、苦い匂いが鼻に残る。体を起こそうとすると、胸の上に革帯が一本渡されていた。逃げるな、という意味だ。
「起きたか」
老人の声。灰色の髭と深い皺。救助隊の男たちが「ルド先生」と呼んでいた老薬師だ。
「名前は」
「タクミ」
ルドは何も書かない。代わりに、隣で薬をすり潰していた若い助手が気まずそうに目を逸らした。
「体を診る。動くな」
冷たい指が首筋に触れる。視界の端に文字が浮く。
`[BIO] PULSE=112`
`[BIO] TEMP=38.4`
`[COG] ORIENTATION=PARTIAL`
やはり出る。夢ではない。
「おい、聞いてるか。ここは辺境診療所だ。お前は昨日、遺跡の崩落で——」
「俺はソルじゃない」
ルドの言葉を遮ると、室内の空気が冷えた。入口で見張っていた救助隊の一人が、舌打ちを飲み込むように喉を鳴らす。
「またそれか」
「また、ってなんだよ」
「昨夜から同じことを言ってる」
昨夜のことは、俺の記憶にはない。
そのとき、戸が勢いよく開いた。二人の担ぎ手が、若い男を寝台ごと運び込む。顔面蒼白。脛が不自然に腫れて、黒ずんだ筋が膝まで走っていた。
「根蛇に噛まれた! 森の縁だ!」
ルドが即座に立ち上がる。
「縛れ。噛まれ口は洗うな。リナ、灰針草を——」
助手が棚の小瓶を掴んだ瞬間、俺の視界に警告が走った。
`[BIO] WARNING: HAI-SHIN HERB / HEMOLYSIS RISK`
`[BIO] ALT: AO-GARA POWDER 0.4`
「待て、それ使うな!」
自分でも驚く声が出た。全員の視線が俺に刺さる。
「青殻粉だ。量は、えっと……〇・四。先にそれ。灰針草は、今の状態だと血を壊す」
ルドの目が細くなる。
「なぜわかる」
「わからない。けど、今——見えた」
意味不明な返答なのは自分でもわかっている。それでも、ルドは一拍だけ考え、助手に顎をしゃくった。
「青殻粉。半量から入れる」
処置は速かった。男の痙攣が次第に収まる。黒ずんだ筋の上がり方が止まった。室内に詰まっていた息が、遅れて吐き出される。
「……助かった」
担ぎ手の一人が俺を見た。感謝と警戒が混ざった目だ。
ルドは薬匙を洗いながら、ぼそりと言った。
「お前は死んでいた」
俺は笑った。乾いた笑いだった。
「は?」
「頭を割って落ちた。息も脈も止まっていた。普通なら終わりだ。だが、お前はノード近くの高濃度域に落ちた」
ルドはそこで言葉を切った。戸口の見張りを見て、声を一段落とす。
「頭部致命傷、死後短時間、超高濃度域。三つ揃っても、生き返る保証はない。今回は起きた。二度はない」
視界の端で数値が揺れる。
`[COG] DENIAL_RESPONSE=HIGH`
「だから違うって言ってるだろ。俺はここで死んでない。日本から——」
言い切る前に、喉が詰まった。日本。駅前。終電。そこまでは確かだ。なのに、次が続かない。
ルドは俺の目を真っ直ぐ見た。
「何者かは、今はいい。歩けるなら生きろ。それだけだ」
その物言いが、逆に怖かった。正体なんてどうでもいい、と言われると、人間ごと薄くなる。
廊下から足音が近づく。軽い。迷いがない。戸が開く。
入ってきた女は、俺を見るなり立ち止まった。薄い茶の髪を後ろで結んで、指先にインクの汚れが残っている。俺と同じくらいの歳だ。
「……ソル」
その一言だけで、胸の奥がざわついた。
知らない顔なのに、知っているようなざわめきだった。
視界の端で、また文字が点滅する。
`[COG] NAME_CONFLICT / SOURCE_PENDING`
逃げるのは、ここまでにする。
次に目を覚ました場所と、落ちた遺跡の位置。救助した順番。全部、自分で確かめる。




