表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移したはずの俺は、蘇生体だった——帰還条件は千人の犠牲、それでも帰るか  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/12

帰還しない選択

第12話 帰還しない選択


 東稜の救出から三日後、俺は再び遺跡へ降りていた。


 目的は一つ。日本へ戻る道が本当に存在するのか、そして使えるのかを自分で確かめる。


 同行はミアとルド、そして監視役としてレイン司祭。

 武装兵は入口で待機。約束どおり、過剰な拘束はない。


 出発前、家の戸口で母が手袋を渡してきた。

「昨日より冷える。帰りが遅くなるなら、灯を残しておく」

 短い言葉に、拒絶はない。

 俺は頷いて、手袋を鞄へしまった。


 N3よりさらに下、封鎖壁の手前に古い制御卓が残っていた。

 HUD補助はない。読み取りに時間がかかる。俺は文字を一つずつ指で追った。


 `CROSS-WORLD TRANSFER: THEORETICAL`

 `REQUIREMENT: HIGH-DENSITY MASS INPUT`

 `EST. BIOMASS: CITY-BLOCK SCALE`


 喉が乾く。次の行が追い打ちをかける。


 `ETHICAL FLAG: UNACCEPTABLE`

 `EXPECTED HUMAN LOSS: EXTREME`

 `EST LOSS: >1200`


「理論上は、ある」


 声が掠れる。

 ミアが息を止める。レインは目を伏せた。ルドが短く問う。


「実行は」


「無理じゃない。やれる」


 そこで一度言葉を切る。

 残りを飲み込むわけにはいかない。


「その代わり、人を大量に使う。犠牲が前提だ」


 静寂のなか、滴る水音だけが地下で響く。


 ミアが先に口を開いた。

「帰りたい?」


 真正面の問いだった。

 俺は即答できない。日本の駅前、夜の灯、缶コーヒーの冷たさ。すべてまだ残っている。


 しかし同時に、灰枝の朝、診療所の匂い、母の震える声も残っている。


「帰りたい気持ちはある」


 正直に言って、続ける。

「でも、この方法では帰らない」


 レインが確認するように聞く。

「不可逆の選択になります」


「わかってる」


 制御卓の端末に、無効化欄がある。

 帰還系手順を封じる、単純で重いボタン。


 `RETURN PATH DISABLE`

 `Y / N`


 俺は `Y` を押した。

 端末が低く唸り、帰還系の行が灰色へ落ちる。


 `TRANSFER PROCEDURE: LOCKED`


 胸の奥が痛んだ。喪失の痛みだが、後悔ではない。


 地上へ戻る道で、レインが並んで歩く。

「監視付き自由行動の条件を更新します」


「厳しくなる?」


「むしろ明確にする。再現研究不参加、定期報告、危険域侵入時の事前申請。加えて東稜施設は三重封印、月次の共同査察に移す。守るなら、行動制限は最小化する」


 妥当な条件だった。取引として成立している。

「受ける」


 レインは小さく頷く。

「あなたを“禁忌蘇生体”と呼ぶ文書は残るでしょう。

 ですが現場では、あなたが今日選んだ事実も残る」

 別れ際、レインはためらってから右手を差し出した。

 俺はその手を握り返した。

 その直後、入口の伝令が封緘文書を渡してくる。

 神聖国家監理院とドラハン監察局の連名だった。文面は違うが、要旨は同じだ。

 「四半期ごとの追跡監査。違反時は拘束復帰」。外圧は、形を変えて残り続ける。


 遺跡入口へ出ると、夕陽が斜めに差していた。

 俺は持ってきた木板を地面に立てる。ミアが杭を打ち、ルドが水平を見た。


 筆を取る。手は震えるが、途中で止まらない。


 「ここは入口であって出口ではない」


 書き終えると、ミアが板を軽く叩いた。

「これで、次に来るやつは少し考える」


 ルドが鼻で笑う。

「考えない連中は、どうせ読む前に突っ込む」


「その時は止める」


 俺が言うと、二人とも短く頷いた。


 帰り道、空の色が藍へ変わる。

 俺は胸の中で名前を確かめる。ソル=タクミ。


 町へ戻ると、診療所の前で子どもが新しい注意札を読んでいた。

 「入るなら申請」。ルドが書いた太い字だ。ミアがその横に、矢印だけの簡単な地図を足している。


 夜、診療所の帳場で、俺は新しい台帳を開いた。

 見出しに「高濃度域対応手順 改訂一版」と書く。帰還を夢見る誰かがまた現れても、犠牲を前提にした道しか残っていない、という状況は二度と作らないためだ。

 症例欄には、救助時刻、損傷部位、処置順、同意の有無を記す。再起動の成功率より先に、人間の扱いを規則化する。

 ミアが薬瓶を並べながら言った。

「その署名、今日は止まらないね」

 ルドも帳面を覗き込み、短く頷く。

「生き延びた記録は、祈りより効く。続けろ」

 俺は最後の欄に名前を書く。線はもう途中で折れない。


 どちらかを消した名前ではない。

 どちらも抱えたまま、ここで生きるための名前だ。


 視界の隅に、最後のログが一行だけ灯る。


 `[COG] CURRENT WORLD: ACCEPTED`


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ