再現実験阻止
第10話 再現実験阻止
デルガ東稜の仮設施設は、倉庫に擬装されていた。
外見はただの木壁。
だが裏手の荷路には、魔導冷却管が地面を這っている。高濃度域を無理やり維持する設備だ。
夜半、俺たちは荷路側の溝を這って近づいた。
`[MAP] ENTRY: CARGO DUCT`
`[RISK] PATROL LOOP: 43s`
ミアが先に潜り、内側から格子を外す。
ルドは背嚢から遮断針を取り出す。俺は封蝋片とログ板を胸に押し込んだまま、狭いダクトを進む。
第一区画は空の檻、第二区画は薬液棚。
第三区画で、足が止まった。
ガラス槽が三基。
中には若い男が二人、少女が一人。全員眠らされている。頭部に固定枠。腕へ濃度管。生きている。
壁の白板には、雑な筆で失敗記録が並んでいた。`失敗七 / 脳壊死四 / 破棄三`。
「候補三体……」
紙片の文字が現実になる。胃の奥がきしむ。
ミアが檻鍵を探し、ルドは脈を見て低く言う。
「まだ戻せる」
奥の主制御室から声が漏れる。ハーディのものだ。
「濃度を維持しろ。損耗率は許容内だ。三号は次相へ回す」
許容内。――またその言葉で、胸の奥が焼ける。
俺は囮線を引くため、廊下の監視石へ小さな過電流を流した。
`ALERT: WEST PASSAGE`
警備の足音が西へ逸れる。
その隙に、ミアが一号槽を開けた。眠った男を肩へ担ぐ。細い体なのに、動きはぶれない。
「二号、手伝って」
俺は二号を引き上げる。重い。呼吸は浅いがある。
ルドは三号の管を抜き、薬液逆流を止める。
「搬送路、北階段。そこで分岐」
役割通りに進む。
だが主制御室の扉が開き、兵が二人飛び出してきた。
「止まれ!」
叫びと同時に槍先が閃く。
ミアが担いだまま横跳びし、槍を壁へ刺さらせる。俺は二号を床へ寝かせ、兵の足元へ照明粉を投げた。白煙が弾ける。
その隙にルドが制御室へ滑り込む。
「今だ、鍵を!」
俺は主端末へ走る。
N3で読み取った認証列を打ち込む。
`AUTH TRY: BACKFILL SUBJECT KEY`
`MATCH: 61%`
`NEED CORE CONSENT`
足りない。
俺は自分の血で指先を濡らし、結晶面へ押し当てる。
`BIO-SIGN ACCEPTED`
`MODE: REPAIR MANAGEMENT`
来た。
画面に封印コマンドが開く。
`SEAL CORE / IRREVERSIBLE`
`Y / N`
迷わず `Y` を叩く。
施設全体が低く唸る。冷却管の光が順に落ちる。
制御盤の数値が一斉にゼロへ向かう。
`REPRODUCTION LOOP: TERMINATED`
`NODE BRIDGE: SEALED`
主制御室の奥でハーディが怒鳴る。
「何をした!」
「終わらせた」
俺が返すと同時に、天井灯が半分消えた。兵の動きが鈍る。
ミアは三人目を抱え直し、北階段へ走る。
ルドが制御盤から離れる。
「封印は成立。だが長くは保たん。出るぞ」
搬送路は狭い。
途中で一号が咳き込み、二号がうめく。生きている音が、逃走のリズムを作った。
外へ出た時、東空が白み始めていた。
東稜の風は冷たく、肺に刺さる。でも止まらない。
安全圏の岩陰まで走って、ようやく担架を下ろす。
ルドが三人の瞳孔と脈を確認し、息を吐いた。
「全員、生存」
ミアがその場に座り込む。
俺も膝をついた。手は震えている。だが、前のような混線の震えではない。
視界の端で、見慣れたHUDが一つずつ消えていく。
`[SYS] REPAIR MANAGEMENT MODE ... OFFLINE`
`[SYS] BACKFILL CONTROL PATH ... LOST`
`[SYS] NAV ASSIST ... OFFLINE`
「……消えた」
声がかすれる。
ルドがこちらを見る。
「何が」
「修復管理。いつもの補助表示」
ミアが眉をひそめる。
「困る?」
困る。
しかし同時に、わずかに軽い。
「困る。けど……これで、同じことはやりにくくなる」
施設の方角で、遅れて警鐘が鳴り始めた。
もう戻れない。戻らない。
俺は立ち上がり、三人の被験者を見た。
この先は、救ったあとを生きる段階だ。
視界には最後の一行だけ残る。
`[COG] SELF-DEFINITION REQUIRED`




