目覚めたら異世界だった
第1話 目覚めたら異世界だった
最初に見えたのは、空じゃなく石だった。
ひび割れた天井。崩れた梁。視界の端で、青白い粒がゆっくり沈んでいく。雪のように見えたが、触れた指先は熱かった。
痛みが遅れて来た。
頭の奥が焼けるように重い。喉が乾いて、息を吸うたびに砂を飲む。起き上がろうとして、体が一瞬だけ他人のもののように軋んだ。
どこだ、ここ。
さっきまで、俺は駅前を歩いていたはずだ。終電を逃して、コンビニで缶コーヒーを買って、それから——そこから先がない。
視界の中央に、半透明の文字が浮いた。
`[SYS] RECONSTRUCT_COMPLETE`
`[BIO] TISSUE_RESTORE=99%`
`[COG] COGNITIVE_SYNC=UNSTABLE`
「……は?」
声が低い。自分の声ではない気がした。咳き込んだ拍子に、喉の奥に鉄の味が広がる。
立てるか試してみる。足は動いたがふらつく。右手で壁を押さえようとして、妙な違和感が走った。俺は右利きのはずなのに、重心を取るのが左のほうが自然だった。
崩れた石室の出口から、薄い光が差していた。這うように進む。外へ出た瞬間、目の前に広がったのは、青い森だった。葉が青い。空気が青い。現実味がない。
異世界だ。
その結論だけは、笑えるほど容易に頭に入った。
定型的すぎるな、と半拍遅れて思う。だが他に説明がつかない。視界に妙なステータスが出て、知らない森に放り出されている。そういう話を、ネットで何度も読んだ。
なら、やることは決まっている。まず生き延びる。情報を集める。できれば帰還方法を探す。
立ち上がって歩き出したところで、遠くから怒鳴り声がした。
「こっちだ!」
「光跡が残ってる!」
複数の足音と鎧の擦れる音が近づく。俺は身構える。敵か味方か、まだわからない。
藪を割って、三人組が現れた。革鎧に槍。先頭の男が、俺を見た瞬間に目を見開く。
「……ソル?」
違う。俺はタクミだ。
そう言おうとして、舌がもつれた。
「お、おれは——」
先頭の男が走ってきて、肩を掴む。生きている体温を確かめるように、強く。
「ソル、生きてたのか……!」
背後の二人も息を呑んだ。
「頭蓋が割れて、息も止まってたって」
「いや、でも、確かに……」
頭をやられて。
その言葉だけ、妙に鮮明に刺さる。
視界の端で、また文字が点滅した。
`[COG] IDENTITY_CONFLICT`
俺は喉を鳴らして、男の手を振りほどいた。
「違う。俺は、ソルじゃない」
そう言った瞬間、左手が勝手に動いた。腰の短剣を抜き、半身の構えを取る。考える前に体がやった。知らないはずの型。見たこともない角度。
男たちは武器を下げたまま、困った顔で俺を見た。
「……落ち着け。診療所へ戻る。話はそれからだ」
診療所へ戻る。その言い方は、俺に帰る場所があるようだった。
俺にはない。あるのは、駅前の記憶だけだ。
なのに、背を向けた男の歩幅に、無意識で合わせてしまう自分がいた。
青い樹海の風が吹く。
視界の端で、`COGNITIVE_SYNC` の数字が、99から97へ落ちた。




