中学校回想①
「陽介、大丈夫⁉」
僕の目の前にいる千秋が大げさに心配している。
ここは……中学校の体育館だ。
目の前には支柱が二つとネットがあり、奥の方でボールが跳ねている。僕はバレーボールをしていたらしい。額がジンジンする。痛い。
僕は思わずおでこを両手で抑える。千秋だけでなく、同じチームの生徒だけでなく、ネットを挟んだ相手チームの生徒も心配そうに僕を見つめている。どうやら、強いボールをぶつけられたようだ。だが、バレーボールが出来なくなるほどではない。
「大丈夫だよ」
「いや、絶対保健室行った方がいいよ、せんせー」
「いや、大丈夫だって」
「いやでも、陽介、おでこから手離さないじゃん!」
千秋は、駆け足でやってきた体育の担当教員に、状況を説明している。僕はおでこを両手で抑えたまま、教員の所に行く。
「おでこ、一瞬見せて」
先生に言われるがまま、僕は両手をおでこから離す。先生は「うーん」と少し悩んだ後、判断しかねるという様子で、言った。
「一応、保健室行ってこようか。保健委員の人付き添ってあげて」
僕は、一人で大丈夫です、と断ろうとしたが、千秋は有無を言わせない様子で僕の手を引いた。
「私が保険委員なので、連れて行きます」
「ああ、じゃあ、そうしてくれ」
千秋は僕の手を引きながら、すごい勢いで体育館を歩いていく。
「けっ、貧弱なやつ。それでも男かよ」
僕が体育館を出て行く時、ボールを当てた張本人であろう坂本が嫌味をこぼした。坂本はバレーボール部に所属していて、クラスの中で一番バレーボールがうまい。
僕はモヤモヤした気持ちになった。そんな僕を横目に、千秋は勢いを落とさずに進んでいく。
「あんなのはほっといて、速く保健室行くよ」
体育館を出ても千秋の勢いは途切れることなく、保健室までの廊下はどうにも短く感じた。僕は自分の足で歩けるのだが、勢いを止めたら千秋の機嫌が悪さの矛先が僕に向きそうだったので、ただただ引っ張られた。
保健室に着くと、千秋は扉を力一杯に開けた。扉がガラガラと音を立てながら開くと、そこには目を丸くする保健室の先生が座っていた。
「ゆかりちゃん、ちょっと陽介みてあげてー」
「……千秋、ここは保健室よ。体調が悪い生徒もいるの。後ろの生徒さんもそうでしょう。たとえ怒っていたとしても、そんな態度で来ちゃダメよ。後、学校では中野先生と呼びなさい」
保健室の先生は冷静な口調で千秋を諭す。
その様子を見ていて僕はまるで自分が起こられているような気持ちになった。養護教諭の松本千秋先生は美人な事で学校でも有名だった。後になって聞いた話では、千秋と松本先生は姪と叔母の関係らしい。
言われてみれば、少し似ているところもある……かもしれない。
「……ごめんなさい」
千秋は我に返ったように謝った。
「陽介も、ごめん」
千秋は僕にも謝ってきた。
僕は少し驚きつつも、伝えなければならないことを伝える。
「ううん。僕を連れてきてくれてありがとう」
千秋は、「どういたしまして」と言って笑った。千秋は笑顔が似合う女の子だった。
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