勉強は気を紛らわすのにちょうど良い
頭の上で鳴り響くスマホのアラームで目を覚ました。
重たい瞼をこすりながら、僕はカーテンを開ける。まだ、太陽は上がっておらず、カーテンを開けても日差しは入ってこない。僕は期待と不安が入り混じったような不思議な感情を持ちながら、自分の部屋を出た。
僕が学校に着いた時、太陽はこれでもか、というぐらい地球を照らしていた。しかし、気温は低く、吐く息は白い。
今夜は満月と流れ星が重なる夜が訪れる。
雲一つなく太陽が地球を照らしていることが、僕を安心させる。
教室にはいつも通り、花瓶が一つ置いてあって、その中の水を変えることから、僕の学校が始まる。
もう花はほとんどが枯れていて、そろそろ限界、という感じだった。僕はその花瓶を持って、教室を離れる。水道に着くと、花瓶の中の水を捨てて新しい水を入れる。
僕は、死んだのが千秋でなかったら、毎日の水替えをしていただろうか。もしも坂本が自殺していたら、こんなことをしていただろうか。
手に冷たいものが当たる感覚で花瓶から水が溢れていることに気が付いた。僕は慌てて水道を閉める。花瓶の外側は少し濡れていて、中には溢れそうなほどの水が入っている。僕は水の量を調整してから教室に戻った。
僕は花瓶をハンカチで拭いてから、千秋の机に置く。教室にはまだ誰も来ていない。僕は自席に座って英語の単語帳を広げた。勉強は気を紛らわすのにちょうどよかった。
不安だった。昨日の川井に怒ってしまったため、二人になったら気まずくなる。だから、誰でもいいから川井より先に教室に来て欲しい。そう願っていた。
「後藤君、おはようございます」
僕の願いが叶うことは無かった。川井はまるで何もなかったように僕に挨拶をしながら教室に入ってきた。
「お、おはよう」
僕は昨日の自分を責めたくなった。どうして川井に怒ってしまったのだろうか。川井は机にバッグを置くと、バッグの中から何かを取り出した。
「今日も勉強教えてもらっていいですか?」
出てきた物は古典のワークだった。彼女は僕の返事も待たずに、椅子を僕の近くに移動させる。彼女が僕のすぐ隣に座ると、ふわっといい匂いがする。僕はファミレスでの出来事が、すべて夢であったかのような感覚に陥った。
「その、怒ってないの?」
川井は悩むように目線を斜め上に向けた。
「……昨日一日考えたんですけど、私にできることは石川さんの分まで他の人に水をあげて生きていくことだと思ったんです。だから、もういいんです」
夢でなかったことに安心する。その一方で、川井の偉大さに感激した。
僕は自分の嫌な部分に向き合ってもなお、千秋にすがっている。それに比べて川井は自立して前を向いている。未来を見ている。僕にはない彼女の強さだと思った。
「そうなんだ。……今日は古典?」
「はい。古文がわからなくて」
「わかった。じゃあ、やろうか」
僕は彼女の強さに嫉妬した。だから、もうこの話を終わらせたかった。
勉強は気を紛らわすにはちょうど良い。
川井はすぐに古文の勉強を始めた。僕には一所懸命に古典の問題を解いていく川井の姿が、太陽のようにまぶしく見えた。




