プラン作成
副担任の後をついていくと、職員室の対面にある部屋に流れ着いた。看板には応接室と書かれている。
こんなところに応接室があるとは知らなかった。
「少しお待ちください」
副担任は僕の前に先に応接室に入っていった。すると、入れ変わるように担任の先生が中から出てきた。
「おお、落ち着いて答えてな。リラックスだぞ」
担任はこれから自分の悪事がバラされることなんて、少しも考えていない様子で僕を気遣った。副担任は何と言って担任を追い出したのかと感心しつつ、僕は担任に会釈を返す。そして、担任が遠くに行ったのを確認して、応接室をノックする。
「どうぞ」
応接室の中から、先ほどまでと同じ声が返ってきた。副担任の声だ。
「失礼します」
応接室に入ると、いかにも高そうなソファと大きめの机が置かれていた。
学年主任の先生と副担任が奥側のソファに腰かけている。
「どうぞ、座ってください」
副担任は、僕に対面に座るよう促す。学年主任の先生は僕の一挙手一投足のすべてを観察するように僕を見ている。僕はその視線が妙に坂本からの視線と重なり、まるで坂本から面接を受けているような気持ちになった。
「その椅子、柔らかいでしょう」
副担任がニコニコしながら、会話を始め、僕の緊張をほぐそうとしている。
「そうですね」
僕はそれしか言えなかった。
僕が言葉を発すると、学年主任の眉がさらに寄った気がした。僕がさらに体を硬直させると、学年主任は想像していなかったほど優しい声で僕に話しかけた。
「じゃあ、そろそろ詳しいことを聞いていきますね。落ち着いて、真実を答えてください」
「は、はい」
僕は思わずこもった返事を返した。すると学年主任は笑って「緊張しないで、リラックスして」と肩を回す動作をする。
「じゃあ、最初に坂本君達に嫌な気持ちにさせられたのはいつでした?」
「ええと、二年生の最初です。具体的な日付までは覚えてませんが、四月にはもう暴力振るわれてました」
学年主任は悩んだ様子で、手元の紙に目をやっている。
「一応、聞いておきますが、後藤君と坂本君は中学校も同じだったけど、その時は何も?」
「中学校の時は……二年生だけ同じクラスで、でも、バレーボールの授業でボールをぶつけられて嫌味を言われたことくらいで、特に何もありません」
「そうですか、坂本君からの嫌がらせは、現在はどうですか?」
「今も続いています。昨日はトイレで宮君から殴られました。でも、暴力は最近収まっていて、どちらかと言うと、周りにバレないような嫌がらせをされることが多かったです」
「……なるほど」
学年主任は何かを手元の紙に書き足していく。
「誰かに相談したりは?」
「一応担任に相談したんですけど、全然取り合ってもらえなくて」
僕の返答を聞いて、学年主任は副担任と目を合わせている。学年主任は感心したように、「それでさっき……」と副担任に話しかける。副担任はしてやったりという笑みを浮かべていた。
「その時担任からは何と?」
「もっと坂本とコミュニケーションをとりなさいと言われました」
「……それは本当に申し訳ありません。私たちの対応が足りませんでした」
学年主任は、最初は驚いた表情を浮かべたが、すぐに副担任と共に申し訳なさそうに頭を下げた。僕は最初から学年主任か副担任に相談するべきだった。そうすればきっとこんなに長期間にはなっていなかっただろうと後悔した。
「最初から先生方に相談するべきでした」
学年主任と副担任が頭を上げると、学年主任は覚悟を決めたように僕を見つめて言った。
「これから、必ず後藤君の力になります。信頼を回復できるように努めます」
「わかりました。よろしくお願いします」
「……質問に戻りますが、いつも嫌がらせをしてくるメンバーは、坂本、宮、太田、江上、内藤の五人で間違いないですか?」
「そうです。いつもその五人です」
「わかりました」
学年主任は紙にアンダーラインを引く。
「これが私たちからは最後の質問です。現状私たちは、坂本君が後藤君に対して嫌がらせする理由が分かっていません。何か、心当たりはありませんか?」
確かに言われてみると不思議だった。僕がどうして嫌がらせを受けているのかは僕にもわからなかった。昨日は坂本が好きな川井と勉強をしたからだと思っていた。しかし、それ以前はどうして嫌がらせを受けたのかわからなかった。四月も坂本の機嫌を損ねるようなことをした記憶はない。しかし、坂本の気まぐれの可能性もある。
「……僕にもわかりません。気まぐれかもしれませんし」
「そうですよね、わかりました。時間を取らせてしまってすみませんでした。もう教室に帰ってもらって大丈夫です。必ず坂本たちの事はしっかりと指導しますので」
学年主任が言ったのを合図に僕は立ち上がり、「ありがとうございました」と言ってからお辞儀をして、ドアの方へと向かった。ドアの所で一度振り返り、副担任にも会釈をした。
「教室ではできるだけ、いつも通りに過ごしてください」
副担任は僕にアドバイスをした。僕は頷き、応接室を後にした。
僕が教室に帰ると五限の開始時刻まで時間がなく、僕は少し焦りながら、教科書を準備する。その様子を見ていた川井は何かを思い出したように話しかけてきた。
「あのう、何の話だったのですか?」
僕は手を止めずに返事をする。
「うーんとね、なんか、良くわからないんだけど、成績がどうとか、そんな話」
「……そうですか」
川井はそれ以上何も聞かなかった。僕が準備を終えると、英語の授業が始まり、先生が流暢な英語ではじめの挨拶をする。僕はいつも通り授業を受けた。しかし、川井はチラチラとこちらを見て、僕の様子を窺っているようだった。
そんな様子で僕は六限まで受けた。しかし六限になっても坂本たちは教室に帰って来なかった。もう帰ってしまったのだろうか。担任は坂本たちが居ないことには触れずに帰りのホームルールを始める。そう言えば、どうして今更教員が嫌がらせに気付いたのだろうか。クラスメイトの誰かからタレコミがあったのだろうか。しかし、そもそもあの嫌がらせに気が付いている人が何人いただろう。
「じゃあ、気をつけて帰ってください」
僕がそんなことを考えていると、帰りのホームルールが終わっていた。僕はいつも通りカバンを持って、一番に教室を出ようとした。しかし、今日はそうはいかなかった。
「ああ、後藤、ちょっと」
担任は僕のことを呼び止めると、手で近くに来るよう指示を出す。僕はその指示に従い、教卓へバッグを持ったまま移動する。
「実は、坂本たちが後藤に謝りたいって言っているんだけど、どうする?」
きっと坂本たちは謝りたいなんて思っていない。教師が謝らせるだけだ。僕はとてもそんな謝罪を受けて、満足する気分にはなれないと思った。何よりあいつらのために僕の部活の時間を使うのは避けたかった。しかし明日にしてもきっとどこかで時間を使うことになるだろう。僕はいつにすればあいつらが一番後悔するかを考えた。そして一つの答えにたどり着いた。
「部活の後でもいいですか?」
僕がそう言うと、担任は不服そうな表情をした。
坂本はバレーボール部に所属しており、僕の事が部活の顧問に知れ渡ることは痛手になるだろうと思った。坂本の取り巻き達も部活に入っている生徒は顧問に叱られ、入っていない生徒は僕が練習を終えるまで待っていなければならない。きっとこれが一番奴らにとって、嫌なパターンだろうと思った。
「そうか。部活の後か……。わかったそうしよう。でも少しはあいつらの時間を考えた方がいいんじゃないか?」
担任は坂本がお気に入りの生徒だったから、あまり問題を大きくしたくないのだろう。しかし僕はそのことも納得がいかなかった。だからわざと聞いてやることにした。
「なんで、僕があいつらのために時間を使わなきゃいけないんですか?」
担任は何も言い返せなかったようで、黙ってしまった。僕はいい気味だと悦に浸っていたが、一つ重要な事を思い出した。
「先生、今のは冗談です」
僕は笑って誤魔化した。
「ただ、僕が彼らに自分の時間を使いたくないというのは本音です。なので明日の放課後でどうでしょうか? 明日は部活が休みなので」
僕が時間を決める主導権を持っている。これを逃す手はない。
明日は満月と流れ星が重なる夜。どうせ人を殺めるなら、心から死んでくれと思う人をあの世に送りたい。これで候補者は担任を含めて六人。それに坂本達五人は僕に抵抗ができる状態ではない。残すはあと一つ。彼らを一思いに殺れる武器があれば、確実だ。
「そうか。わかった。それが後藤の考えた結果なら、それでいい」
「じゃあ、それでお願いします。では失礼します」
僕はそのまま、教室を出て行った。
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