アリバイのない僕
チャイムの音と同時に僕は目を覚ました。一時間しか寝ていないにも関わらず、いつもよりもぐっすり寝れた気がした。僕は体を起こし、ブレザーを着てカーテンを開ける。しかし、保健室の先生の姿は無い。
僕はとりあえず、教室に戻ることにした。千秋の事は一度忘れて、放課後に本人と話してから考える。
教室に帰ると、なんだか物々しい雰囲気であった。お互いがお互いを疑っているような視線が教室全体で交わされている。僕はどうしたのだろうかと思いながら、何も言わずに自分の席に腰を掛けた。するとすぐに僕の所に一人の男子生徒がやってきた。その男子生徒の名前は高橋海斗。学級委員を務めている真面目な生徒だ。
「ねえ後藤君、川井さんのスカートについて何か知らない?」
僕は全く想定していなかった言葉に面食らって、何を聞かれているのかわからなかった。 すると、高橋が補足をしてくれる。
「実は、体育の時間が終わったら、川井さんのスカートが無くなったらしい。それで川井さんが更衣室から出て来れなくて、教室はこの雰囲気なんだ」
「いや、何も知らないけど……」
僕は坂本の席に視線向けた。朝のやり取りを見ていたなら、誰でも坂本が怪しいと思うだろう。しかし、教室に坂本の姿はない。僕の視線を追うようにして、高橋の視線も同じ方向に向く。
「ああ、坂本君か。僕も彼が怪しいと思っていたんだけど、彼は一限の後、最初に教室を出て行ったし、事件が発覚した時に男子の荷物を僕が全て確認したんだけど、彼の荷物からも何も出てこなかった」
確かに坂本なら、もっとわかりやすく嫌がらせをするような気がした。
「後藤君は保健室に行っていた間は、教室には来ていないよね?」
僕は高橋からの質問で自分が疑われていることを自覚した。しかし、ここで態度を変えると必要以上に疑われる可能性がある。僕は川井のスカートについて何も知らないし、保健室から動いていない。僕はいつも通りを心がけて答える。
「行ってない」
体育の時間はお互いがお互いを確認していて、アリバイが成立している。僕だけがアリバイがない。
僕が疑われることは当然だろう。そのため、僕が質問に答えたところで、疑いの目が晴れるわけではなく、高橋は次の段階に移った。
「協力してくれるなら、荷物を確認させてもらいたいんだけど」
まずいことになった。
川井のスカートについては何も知らないが、バッグには教室の合鍵が入っている。それが見つかることは避けたい。しかし、バッグの中を見せなければ、僕が犯人だと疑われてしまう。
「わかった。いいよ」
どうにかして、合鍵だけ隠せないだろうか。
ロッカーに向かいながら僕は千秋の事も忘れて、どうすれば鍵がバレないかを考えることに全力を注いだ。
家の鍵だと言ってごまかすか? いやダメだ。高橋は学級委員で教室の鍵を見る機会も多い。そんな嘘はすぐにバレてしまう。じゃあ、鍵をポケットに入れるか? ただ、それこそバレたら最悪だし、その様子を不審に思われるかもしれない。
これはきっと仮病を使って授業をサボった罰だと思った。こんなことなら仮病を使わずに真面目に体育に出ておくべきだったと後悔した。
僕は後悔しながらロッカーを開けた。僕がロッカーを開けるのと同時に教室のドアが開き、川井が入ってきた。川井の足元を見ると彼女はスカートを履いている。
「ああ、スカートあったんだ」
高橋は川井の姿を見て、安心したように言った。
「ええ、心配させて申し訳ありません」
川井は自然体だった。
まるで何もなかったかのように高橋に笑顔を向けている。高橋は僕には何も言わずに自分の席に戻っていった。
「後藤君、もう体調は大丈夫なのですか?」
川井が教室に入って、僕に最初にかけた言葉は心配だった。仮病を使って、授業をサボった自分が恥ずかしくなった。
「うん、もう大丈夫。それよりスカート大丈夫だった?」
「もう皆さん知っているみたいですね。私のスカートは一人の生徒が間違えてカバンに入れてしまっていたそうです。もう謝ってもらったのでその生徒の名前を皆さんに教えるつもりはありませんが」
川井は淡々と、事の顛末を説明する。教室では、緊張していた雰囲気から解放されて、伸びをする生徒や次の授業の準備を始める生徒が多かった。
僕も例に倣って次の授業の準備をし始めたその時、後ろの扉から保健室の先生が教室に入ってきた。
「後藤君いる?」
保健室の先生は入ってくるとすぐに僕のことを見つけ、「ああ、居るならいいのよ」と言って、教室を出て行った。
「保健室勝手に抜け出してきたんですか?」
「起きたら先生が居なくて、つい……。まあでも調子は良くなったし」
この後、僕たちの会話が続くことは無かった。川井はため息を吐きながら、呆れるように頭を抱えた。僕は何も気にすることなく、次の授業の準備を再開した。
次の授業が始まっても、坂本の姿は教室になかった。坂本以外にも空席になっている机が4つほどある。しかし、僕が気にすることではないと思って、関わらないようにしていた。
彼らは戻らないまま、4限が終わり、昼食を食べた後、副担任の先生が教室にやってきた。副担任の先生はお年を召されていて、いつもにこやかな笑顔が特徴的な人だった。
「後藤君、少しいいですか?」
副担任は僕のことを手招きしている。今日の副担任は笑顔を浮かべずに真剣な顔をしていた。僕は副担任から予想外のことを聞かれた。
「後藤君は、最近困っていることとか嫌な事されたりしていませんか?」
何がどうなっているのだろうか。副担任の話と今教室に居ない生徒から、僕への嫌がらせの話だろうと見当はついた。しかし坂本は、僕への嫌がらせがバレないように最大限の工夫をしていたし、担任に拒絶された時から僕も誰にも相談していない。どうして今になって気づいたのだろうか。
僕は疑問を持ちながらも絶好の機会なのではっきりと事実を述べる。
「僕は二年生になったはじめの頃から、坂本君たちのグループから嫌がらせを受けています。昨日はトイレで殴られました」
「その嫌がらせは二年になってからずっとですか?」
「暴力はだいぶ期間が開いていたんですけど、嫌がらせはずっとです。特に二年生の初めは暴力がひどかったんですけど、徐々に周りにバレないような陰湿な嫌がらせになりました」
副担任はショックを受けたような表情を浮かべた。
「坂本君が……。そうですか、気づけなくて申し訳ない」
「あの、一応伝えておくんですけど、僕一度担任に相談しに行ったことがあって」
僕は全てを副担任の先生に話すことにした。担任が黙認したことが問題になればいい。
「……その話を含めて詳しいことを応接室で聞きたいのですが、時間は大丈夫でしょうか? もしも都合が合わなければ、放課後か明日でもいいのですが」
「いえ、今からで大丈夫です」
部活があるので、放課後は避けたかった。明日にするかと迷ったが、坂本達が戻ってきてしまう可能性があるので、今からすべてを話すことにした。
「わかりました。では私についてきてください」
副担任が教室を出て行く。僕は言われるがまま、副担任の後ろをついて歩いた。
閲覧いただきありがとうございました。
評価やブックマークをしていただけたら嬉しいです。




