思考放棄
僕は結局、一時間目が終わった後の休み時間に仮病を使って保健室に行った。
一時間目は担任の現代文の授業で、その後に体調が悪いことを相談しに行った。担任から二限の体育を休んで様子を見るか、と聞かれた。僕は迷いながらも首を縦に振った。今日はもう授業を受けたくなかった。この時期の体育はバレーボールであることも仮病を使うことを後押しした。しかし、千秋と話をするためにも家に帰るわけにはいかなかった。
保健室に着いたら、職員室と同じように二回ノックしてドアを開ける。
「失礼します」
保健室の先生は僕のことを見て不思議そうな顔をした。保健室の先生は年を召したふくよかな女性だ。
「あなた、何かあったの?」
「その、頭痛がひどくて」
僕は頭を押さえながら、辛そうに言う。
「じゃあ、とりあえず熱だけ測ってみましょうか。ここに座って」
僕は促されるまま椅子に座り、保健室の先生がくれた体温計を脇に挟む。
十秒ぐらいでピピっと音が鳴り、体温計を取る。画面には36.5という数字が書かれている。僕は体温計を保健室の先生に差し出す。
「平熱ね。じゃあ、頭痛薬あげるわね。それとベッド使っていいから、とりあえず、二限が終わるまで寝てなさい」
保健室の先生は薬を出してコップに水を入れる。そして、ベッドのカーテンを開ける。
「すみません。ありがとうございます」
僕は保健室の先生から、薬と水を受け取って、それを胃に流し込む。
保健室で出される薬のほとんどはあんまり効果がないとどこかで見た気がする。それは原則として保健室は医療行為ができないためらしい。薬と言って出されるものは大体ラムネなのだとか。しかし、生徒の思い込みで良くなってしまうことがあるらしい。
「じゃあ、後はしっかり休みなさい」
僕が飲み切ったのを見て、ベッドで横になるように促す。
僕は先生に一礼して、靴を脱ぎ、ブレザーを脱ぎ、ベッドに横たわる。
「じゃあ、何かあったら言ってね~」
保健室の先生がカーテンを閉める。
僕は自分が世界から断絶され、一人になったように感じた。しかし、その感覚が僕の頭を冷静にさせてくれた。千秋と坂本はいつごろから付き合っていたのだろうか。
一年の時はクラスが違ったから、二年生からだろうか。ではどうして、二人は付き合ったのだろうか。僕はこの疑問を自分で整理できるだけの情報を持っていなかった。だから、結論が自分で出る質問と出せない質問に分けた。結論が出せない質問は放課後に千秋に聞くことにした。
千秋、坂本と付き合っていたのか。
質問の分類が済むと思わず涙が溢れた。どうして教えてくれなかったのか。どうして気が付かなかったのか。千秋と釣り合っていない事なんて僕が一番わかっていたのにどうして涙がでるのか。もうわけが分からなくなった。
保健室の天井を眺めながら、もういない千秋のことを考える。僕が彼女を生き返らせたとしても、それが僕に良い結果をもたらすかどうかは分からなくなった。生き返らせても僕の嫌いな坂本とくっついて終わりかもしれない。そう思うと、自分がばかばかしく思えて、また涙がでた。もう今後、夜の教室に行くのはやめてしまおうか。もう何にも考えたくないな。
保健室の先生に泣いていることがバレないようにするため、思考を放棄することにした。すると、涙はすぐに引っ込んで、布団のぬくもりと静かな保健室の空間は僕の眠気を誘い、僕の意識はだんだんと闇に沈んでいった。
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