三つの条件
家に帰って、寝るまでの準備を終えた後、僕は本を読み始めた。
『この本を手に取ったあなたは、きっと大切な人と死別して、どうにかあの人ともう一度会えないかと思っている人が多数しょう。確かにこの本には、その方法が書いてあります。しかし死者の蘇生というのは簡単ではありません。いわば、天との契約であるからです』
いかにも胡散臭い文章だ。ここから宗教の話とか始まるんじゃないかと思うほどだった。
しかし、その後の文には、興味深い文章が書いてあった。
『死者を蘇生させるには大きくわけて、三つの条件があります。特に二つ目と三つ目は現代では難しいという人が多いのではないでしょうか? しかし、条件がそろえば、確実に死者は生き返ります。必ず、です。私が調査した記録には、安土桃山時代にも一人の将軍が蘇生された形跡があります。前置きはこれくらいにして、ここからはその条件を書き記していきたいと思います。
条件① 蘇生させたい人の幽霊を探してください。
幽霊として現世に残っていない場合は蘇生させることは不可能です。私は霊感がない、という人も安心してください。幽霊は見たいと思っていれば確実に見ることができます。生前に良く通っていた場所や強い未練がありそうなところなど、いろいろなところを探してみて下さい。一つの事例では、家のトイレに座っていた、なんて事例もありました。思い当たるところ以外にも可能性はあります。根気強く、徹底的に探してみてください。
条件② 満月と流れ星が重なる夜。
この夜にしか死者の蘇生は出来ません。この日だけは、天が現世にすべてを叶える力をくれます。しかしこの条件を整わせることはなかなか難しいでしょう。特に流れ星や満月などは天候にも左右されてしまいます。両方が見える時にしか、死者の蘇生は叶いませんので、注意を。私はこの本が、人工的に流れ星が流せるようになるまで、無事に受け継がれていることを願うばかりです。
条件③ 生贄となる人を殺してください。
皆様が今考えた通り、殺人は現代では犯罪です。しかし、死者の蘇生には絶対の条件です。天との契約には、代償が必要になります。一人の人間を生き返らせるなら、一人の人間の死を、ということです。ちなみに契約が済んだ後、代償になった人間は、死体も残りません。そのまま天に直行します。そのため、満月と流れ星がでた日の行方不明者の大半は代償となった人間です。
以上三つの条件です。確かに難しいことや困難もたくさんあるでしょう。これらの条件をそろえることはなかなか骨の折れることです。しかし、挫折しそうになったら蘇生させたい人のことを思い出してください。生き返らせたいと考えるぐらいの仲の人ですから、きっと深い友情や愛情があったのでしょう。その人たちのためなら、このぐらい余裕でありませんか? 私は、あなたたちが根気強く条件を整え、幸福をつかみ取ることを願っています。』
不思議だった。
この本は本当に胡散臭い。しかし、条件①はもうすでにクリア。そして条件②はもう時期やって来る。明後日だ。夕食を食べながら見ていたニュースで、天気キャスターが明後日は満月と流れ星が流れる夜になると言っていたはずだ。
僕は携帯を取り出し、明後日の天気を確認する。画面には晴れマークしかなく、降水確率も0%だ。条件はそろいつつある。僕はこの本に運命のようなものを感じていた。
しかし問題は条件③だ。
いくら遺体が残らないとは言え、殺人は犯罪だ。簡単にできるものではない。ただ、この条件を達成できれば……もしかしたら。
そんな淡い期待感が僕を包み込んだ。僕はもう逃げない。弱い自分とは決別するんだ。僕は強い気持ちをもって、ページをめくる。
『次に蘇生の儀式について、説明します。
蘇生の方法には手順があります。条件がそろっていても、儀式を手順通りに行わなければ蘇生は叶いません。ですので、ここからは注意してお読みください。
手順① 幽霊を見つけます。
手順② 流れ星と満月が重なる夜に幽霊に会いに行きます。
手順③ 幽霊が居る場所で人を殺します。
手順④ 「命と引き換えに○○を生き返らせてください」と天に願います。
これで儀式は終了です。遺体は光の粒になって天に帰り、代わりに幽霊が実態を取り戻します。なお、幽霊が未練を叶えて成仏してしまった場合は蘇生が出来なくなります。くれぐれも成仏させないように注意してください』
儀式と仰々しく書いてあるが、実態は簡素ものだった。しかし、そんな簡単に人の命のやり取りができるのだろうか。僕は少し疑惑の念を覚えた。
『ここまでお読みになった方で、そんな簡単に人が蘇るのかと思った人も居るでしょう。しかし、振らないバットは当たりません。実行しない人はそこまでです。私は本当に人を復活させたいと願う人のためにこの本を書いています。ここからは私が今まで見てきた事例についてまとめてあります。ここから先は読んでも読まなくても儀式に支障はありません。しかし、先人たちがどのように失敗したのか、どのような場合は儀式が成立しないのか、書いてあります。儀式の前に一度目を通しておくことをお勧めします』
僕はそこまで読んで本を閉じた。そして、電源が切れたようにベッドにダイブした。すると、机の上にある鍵と目があった。僕が昨日、持ち出して複製した「2-6©」の鍵。いわば窃盗だろう。窃盗と殺人。同じ犯罪だ。何をいまさら気にすることがあるだろうか。ぼくは落ちるところまで落ちたのだ。
僕の心には少しの勇気が湧いた。
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