夢から覚めて
僕が目を覚ました時、生きてきた中で最悪な目覚めであることを自覚した。
夢で見た内容は現実とのコントラストが強いものであった。上半身をベッドから離すと夢の内容がより鮮明になり、僕が弱くて惨めで卑怯で、千秋を助けられなかったことが絶望のように押し寄せてくる。
もうこの世界には千秋は居ない。僕は彼女を見ていることができなかったのだろうか。はたまた、見ていたが見て見ぬふりをしたのだろうか。仕方がないじゃないか、僕は弱いのだ。千秋のような真っすぐさは僕にはない。
僕は気持ちを切り替える様に立ち上がり、カーテンを開ける。時刻は5時。まだ日は登っていない。両親はもう起きているようで下からかすかに会話が聞こえる。僕は出番のなかったアラームを消し、階段を下りる。
「おはよう」
僕は二人にそう声を掛けた。
「陽介、おはよう。今日はいつもより早いのね。何かあるのかしら?」
母は驚いた様子で僕に挨拶を返す。父は相変わらず何も言わない。先ほどまで二人の会話が聞こえていたのだが、僕がリビングにやってきたことを合図に、父は喋らなくなった。きっと僕は嫌われているのだろう。
「今日は、ちょっと、用事があるんだ」
「あら、そうなの。じゃあ、温かいうちに朝ごはん食べちゃいなさい。私もお父さんも後一時間もしたら出るから、それまでに洗い物やっちゃいたいわ」
「うん、わかった。すぐ食べる」
僕はすぐに洗面台に行き、顔を洗って歯を磨く。そしてリビングに戻り朝ごはんを食べ始める。そのころには父は着替え終わっており、僕の対面に座って、新聞を読んでいた。
「学校は、順調か?」
父は僕に聞いた。父の顔は新聞で隠れていたため表情はわからなかったが、声色は暗いように感じた。
「うん。まあ」
あまり聞かない父の声に驚いた僕の返事は、曖昧でパッとしないものになってしまった。
「そうか。お前が通う学校は、このあたりじゃ進学校の部類だ。だからいじめとかは心配していないが、お前と同じ中学校だった女子生徒が一人亡くなったそうだな。原因は知らないが、お前は変なこと考えちゃいけないよ。わかったな?」
声色は暗いまま。父はきっと僕のことが嫌いだ。しかし僕が道を外すことは許せないのだろう。教員としての自分の面子を保つことに必死なのだろう。千秋が何を考えて、どう思って選択したのかはわからないじゃないか。
人は常に、死と隣合わせになっている。いつどこで、どんな理由で死んでしまってもおかしくない。しかし僕は父の言葉に反抗する気にはなれなかった。こんな朝早くから人と揉めたくなかった。
「うん。わかってるよ」
「そうか。ならいい」
父はそう言い残して、着替えるためにリビングを出て行った。
テーブルに取り残された新聞には『いじめによる自殺』と大きな字で書かれている。僕は千秋のことが載っているのかと思って一瞬焦ったが、新聞に書かれていた記事は他の地域のもので安心した。
朝ごはんを食べ始めた。今日は鮭とご飯とみそ汁。絵にかいたような朝食だ。母は父が使ったであろう食器を片付けながら鼻歌を歌っている。教員という多忙な職業に付きながら、家事もこなす母には頭が上がらない。僕は今までよりも味わって朝食を食べた。
食べ終わったら、母が居る台所へ持って行く。そして空になった食器を手渡す。
「御馳走様でした」
母は安心したように僕の食器を受け取り、洗い始める。
「はい、お粗末様でした」
僕は恥ずかしくなって、速足で自分の部屋に戻った。学校に行く準備を始めると、バッグの中に二つの鍵が目についた。昨日の出来事が現実であったことを確認しつつ、学校へ着いた後の事を考える。
もしも、先生が鍵を持ち出したことに気が付いていたら、どう言い訳をしようか。間違えて持って帰ったことにして、本物を朝一に返せば大事にはならないだろう。気が付いてない場合は、職員室に行って、カギを取ったことにすればいいだろう。
どちらにしても、最初に向かうべきは教室だろう。そして、人が居ないことを確認してから、職員室へ向かおう。
自分のやるべきことを確認し、準備を終えても、まだ時間には余裕があった。僕は英単語の勉強をすることにした。今日の単語テストは点数が取れないかもしれないという焦りからか今日は頭が冴えていた。
単語は大体60個。
多いなと思っていたのに、短時間ですべて頭に入った。時計をみるとちょうど六時半だった。僕は荷物も持って家を出る。父と母は三十分前に家を出て行っており、家にはもう誰もいない。
僕はガチャと言う音と共に玄関の鍵を閉める。
外には雨が降っており、傘を持って学校へ向かった。
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