第24話(エピローグ):十年後の未来と、愛が残した光
あの日、廊下で悠真が倒れてから、三年という月日が流れた。
茜は約束通り、誰にも頼らず、自らの力で未来を掴んだ。悠真が設計した通り、彼女は志望していた医療系の大学に現役で合格した。キャンパスで白衣を着て歩く彼女の姿は、あの夏のオープンキャンパスで見たどの先輩よりも、強く、希望に満ちて見えた。
悠真の父、義隆は、俺が命を尽くした後、茜に「悠真は海外で事故に遭い、連絡が途絶えた」と伝えた。しかし、茜は真実を知っていた。
彼女の手首には、悠真が倒れた瞬間の、俺の命の刻印の熱が、今も鮮明に残っている。
茜は、アパートの自室で、悠真との思い出の品を広げた。プリクラ、使い古された参考書、そして、あの日、悠真が最後に託した一冊のノート。
ノートの封は、頑丈に糊付けされていた。茜は、悠真の「俺の命が尽きるその日まで、絶対に開けるな」という最後の願いを守り、今日まで封を開けずにきた。
だが、今日は違う。今日は、茜が大学の卒業論文のテーマを決め、未来への進路を完全に固めた日だ。彼女はもう、誰かに依存する弱い自分ではない。
茜は、静かに封を破った。
表紙の裏には、俺の筆跡で、冷たく《ライフ・トレード記録:篠宮茜の未来と佐伯悠真の残命》と書かれていた。
茜の指が震える。だが、彼女がめくったページには、冷たい記録ではなく、熱い愛の告白が書き連ねられていた。
『20XX年4月。君が初めて教室に来た日。その笑顔を見た瞬間、俺の命の半分が、君のためにあるべきだと知った。それは償いなんかじゃない、一目惚れだった』
『俺の死は、君を悲しませる。だが、君は俺を愛した。そして俺も君を愛した。この愛こそが、君の未来を永遠に照らす光になる。俺の死を、愛の証明として受け止めて、前へ進んでくれ』
ノートの最後に、日付と、俺の最後の願いが記されていた。
「君が誰にも頼らず、自分の足で力強く生きること。それが、僕の命が尽きる日まで、君の人生の全てを愛し抜いた俺の、唯一の勝利だ」
ノートを読み終えた茜は、顔を上げ、静かに微笑んだ。涙は流れなかった。
「悠真くん……ずるいよ。最後まで、私の未来を設計したんだね」
茜は立ち上がり、窓の外の空を見上げた。夕日が差し込み、部屋中を明るく照らしている。
茜の左手首には、俺の命の刻印はない。だが、彼女の心臓の鼓動は、俺が命を懸けて交換した、未来への確かな鼓動を打っている。
茜は、手の中にあったプリクラを取り出した。あの、俺が戸惑い、彼女が笑っていた写真。
「見て、悠真くん。私、もう泣かないよ。だって、あなたの命と愛が、私をこんなに強くしてくれたんだから」
茜は、そっとプリクラを、『愛の記録』のノートに挟み込んだ。
そして、茜は自分の研究テーマが書かれたファイルを開いた。そのテーマは、「未来の難病治療における生命倫理と患者の精神的自立」。それは、かつて彼女を救い、そして命を賭して彼女の未来を設計した俺の愛を、未来の誰かのために繋ぐための道だった。
茜は、部屋の隅で光を反射している、俺が贈った『未来のための特別口座』の通帳を見た。残高は、俺が残した金額から一円も減っていなかった。茜は、それを一切使わず、自分のアルバイトと奨学金で、未来を歩み続けていたのだ。
茜は、その口座の通帳を握りしめ、静かに呟いた。
「私、もうすぐ『悠真』って呼べるよ。あなたがいない未来だけど、私の中には、あなたの愛がある。だから、私は、この命が尽きる日まで、誰かの未来を救うよ」
茜は窓を開け放ち、夕焼けの空を見上げた。
その空は、俺が命を尽くした後も、茜の未来を照らし続ける、永遠の希望の光だった。
『僕の命が尽きる日まで、君の人生の全てを愛させて』
その愛は、期限を終えても、なお茜の人生を照らし続けていた。
物語はここで完結となります。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。この物語が、読者の心に深く響くことを願っています。
良かったら評価など頂けたら嬉しいです。




