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 翌日、退職届を直属の上司のヘンドリックス様に出した。

 

「退職届?」

「はい。えっと、あの結婚が決まりまして」

「そうか。それはめでたいな」


 ヘンドリックス様に祝いの言葉をもらうなんて思わなかった。

 ちょっとびっくり。

 全然嬉しくはないけど、笑った。

 結婚も嘘だけど。

 妾って、結婚じゃないし。


「引き継ぐ方が決まり次第、退職する予定です」


 ヘンドリックス様のお手は煩わせたくない。

 

「そうか。まあ、私一人でも大丈夫だけどな」

「そうですね。ヘンドリックス様は優秀だから」

「優秀とな」


 あ、言葉間違った。

 だけど、彼は別に怒ることはなかった。

 よかった。


 あと、エレノス分隊長にも言わないと、気が重いな。

 結婚なんて嘘をつくのも嫌だし、本当のこと言うと、なんか殴りこみに行きそうで、事態が悪くなりそう。

 だって、上位貴族だもん。

 貴族のヘンドリックス様でもどうすることができないなら、私どころかエレノス分隊長でもどうにもできない。迷惑かけたくないし。

 街で暴れていた貴族は、上位じゃなかったから、今まで問題解決できてたんだろうなあ。


 その日、エレノス分隊長に会うことはできなかった。

 明日でいいかな。

 

 家に戻ると、昨日の人が待ち構えていた。


「お戻りになりましたね。いいお話を聞けるんでしょうね」

「はい。今日、退職届を出しました。後任が見つかり次第、辞める予定です」

「そうですか。それはいいことです。一度我が主があなたに会いたいと言っていたので、近々お迎えに上がります」


 すんなりと男は帰っていった。

 男の姿が消えたとたん、両親も私も大きな溜息を吐いてしまった。


「本当によかったのか?」

「うん」


 仕方ない。

 っていうか、我が主が一度私に会いたいって、もしかしたら私に会ったことないの?本当意味わからない。街で私を一度見てって言っていたよね?

 まあ、いいわ。

 もう考えたくない。

 疲れた。

 明日はエレノス分隊長に会って言わなきゃ。

 

 でも翌日もその翌日もエレノス分隊長に会えなかった。

 探せばいいのだけど、そんな気持ちになれない。

 だって、嘘をつかないといけない。


「大丈夫か?心配ごとがあるのか?」


 なんだか、そう見えているのな?

 ここ数日、ヘンドリックス様が声をかけてくださる。新しい後任はまだ探してないみたい。私が探したほうがいいのかな。でも私が来るまでヴィレ様も一人だったよね。そう言えば。補佐なんて本当はいらないかもしれない。

 なんか悲しいな。


「やっぱり心配ごとか?何かあったのか?」

「いえ、なにも。多分結婚前の不安とか、あれです」

「そうか」


 嘘。全部嘘。

 ヘンドリックス様とは結局ちゃんと話せなかったけど、こうしてやめる前になって、優しくしてもらってる。やっぱり辞める前だからかな。 

 考えがどんどん暗くなる。

 嫌だ。


 家に戻ると、なぜかあの男の人がいた。


「我が主がお会いしたいそうです」

「いえ、あの突然で、準備もしてませんでし。仕事もまだ後任が見つかっていませんし」

「今日は顔合わせ。お話だけですよ。極上なお茶とお菓子を用意しております」

 

 お話だけ。

 極上はお茶とお菓子。

 それだけなら。


「恰好とかあの、ドレスとか持っていないですけど」

「大丈夫ですよ。そのままで」


 いいのかな?

 そう言うならいいのかな?

 

 私は何も深く考えず頷いた。


「私どももご一緒してもいいでしょうか?」

「いえ、今日はユリア嬢お一人で来ていただきます」

「そんな、大丈夫なのでしょうか?」

「我が主を信頼しておりませんか?」

「そんなことは」

「お父さん、お母さん。大丈夫だって。侯爵様って上の貴族様だし、お屋敷にはたくさんの人もいるでしょう?」

「さすが、ユリア嬢はわかってらっしゃいます」


 男が笑う。

 警邏隊で事務を三年していて、私は何もわかっていなかった。

 男性に招かれてのこのこ一人で家にいくということが。

 貴族の中にも色々いるということが。

 そして重要なこと。

 侯爵は数少ない身分だ。

 ヘンドリックス様が問題を起こした相手が侯爵だったという事実すら、私は忘れていた。


 ☆


 屋敷に到着すると、すぐに客間に招かれた。

 そこで待っていたかなり恰幅のよい男で、ガマガエルのような顔だった。

 うう。ちょっと、いやかなり苦手かもしれない。

 外見で判断するのはよくないけど。


「君がユリアか。ヘンドリックスの奴も面白い趣味だな」


 ガマガエル男は私を値踏みするように眺め、にちゃりと気持ち悪い笑みを浮かべた。

 嫌な汗が背中を伝い、私はなぜ自分が妾に選ばれたのか悟った。


「まあ、肉付きはなかなかだな。あいつの恋人であるお前を組み伏し、あいつの鼻が明かせるのが楽しみでたまらない。私の子を産む妾は何人いてもいいからな」


 ガマガエルの笑い声が気持ち悪く、吐き気が込み上げてくる。

 そういうことだったんだ。

 一緒にいた私をヘンドリックス様の恋人と勘違いして、妾にしようとしている。

 このこと知ったら、悲しむだろうな。

 私が否定しても、このガマガエルは信じるのだろうか?


「私のような平民がヘンドリックス様の恋人であるわけがありません」

「嘘をつくな。あの女嫌いのヘンドリックスがお前には触れた。それはお前が恋人だということだろうが」


 え?ヘンドリックス様、女嫌いだったの。

 うわあ、それを私は腕を絡ませたり。

 なんていうか、警邏隊を呼ぶより前に怒っていたんだろうね。 

 基本的にいつも機嫌が悪いから、何をしても怒りそうだったから、気に留めてなかったけど。

 

「図星だろう。趣味は疑うが、あいつの鼻を明かせればなんでもよい」


 ガマガエルは私に近づいてくると手首を掴む。


「いや!」


 反射的に私は日ごろの護身術の訓練で得た知識で、拘束から逃れる。そして飛びのいた。


「ほほ~。抵抗するか。私は侯爵だぞ。平民のお前が抵抗したらどういうことになるかわかるか?」


 ガマガエルの言葉に両親の顔が浮かぶ。

 どっちにしてもこいつは私がヘンドリックス様の恋人でないことを信じてくれない。

 抵抗したら、両親に危害が加えられる。

 この話を受けるときに覚悟したはずだ。

 抵抗しなければ、痛い思いはしないはず。


「おお、よい子だな。そうだ。大人しくしろ。そうすれば優しくしてやる」


 ガマガエルの猫撫で声は気持ち悪く、全身に悪寒が走る。

 そいつは近づいてきて、私の背中に触れた。

 撫でられた背中は何かが這っているようで今すぐ逃げ出したくなる。


 我慢。我慢。

 仕方ない。 

 高位の貴族には何もできない。


「そこの下衆野郎!」

 

 扉が壊れる勢いで開かれ、人影が見える。

 最初に見えたのはヘンドリック様、その後ろにはエレノス分隊長、カノン分隊長補佐がなぜかエレノス分隊長を引っ張ってる。

 

「ファルバリッハ侯爵!その汚い手をケッセルからどかせろ!」

「ヘンドリックス?なぜここに?そして平民の警邏隊だと?おい、汚らしい輩を排除しろ!」


 ヘンドリックス様も、エレノス分隊長も、来てくれたんだ。

 だけど、高位貴族の屋敷に勝手に入ったら……


「ファルバリッハ。よくも俺をここまで怒らせたな?」


 野太い声がして、ヘンドリックス様を押しのけて大隊長が現れた。血管が浮きまくっていて、物凄い怖い。

 ガマガエルは泡を吹きそうなくらいに驚いている。


「お、お前に何ができる!」

「……ファルバリッハよ。話はすべて聞いている。後日王宮から使者を正式を寄越す。それまで大人しく待っていなさい」

「騎士団長閣下!」


 ええ?騎士団長?!

 初めてみた!ヘンドリックス様もちょっと驚いている。エレノス分隊長は興味津々という感じで見ている……。カノン分隊長補佐はエレノス分隊長の腕を掴んだままだ。


 そうして、騎士団長という超大物登場で、私はガマガエルから解放された。


「ケッセル。すまかった。私のせいでまさかこんなことになっているなんて」

「いえ、あの。ヘンドリックス様が謝る必要はありません」

「謝る必要があるな。お前がしっかりユリアのことを見守っていたら、こんなことにはならなかったはずだ」

「エレノス分隊長、それは違いますから!」

「違わない。私が君の様子がおかしいことに気が付いていたら。だが、君の言葉をまるまる信じて、君の事情など考えなかった」

「それが普通ですから」


 ヘンドリックス様、責任感じすぎ。

 まあ、巻き込まれたのは確かだけど、

 私は余計なことを最初にしたから。

 最初から傍観していれば、ヘンドリックス様は一人で問題を解決したはずだ。


「ユリアのおかげで、問題解決だな。これであの侯爵も何らかの処罰を受けるだろう」


 エレノス分隊長が腕を組みながら頷く。

 カノン分隊長補佐はもう彼女から腕を離して、後ろに控えたままだ。


「大隊長がまさか騎士団長と懇意だとは知らなかった」


 ハンドリックス様は呆然としながらつぶやく。


「私も知らなかったけど、まあ、お前を襲った奴が釈放されてブチ切れていたから、騎士団長が登場しなくても、大隊長が何かしてたかもしれないな」


 そうなんだ。

 大隊長。

 高位貴族にも歯向かえるんだ。

 となると、これから同じような目にあった人がいても大隊長にお願いすれば解決できるってこと?

 それはいいこと。

 だって、もう無理だって思ったから。


「ケッセル。家まで送る。ご両親にも謝りたい」

「いえ、そこまで」

「これは私の問題だ。君を巻き込んでしまって、その詫びはする必要がある」

「ユリア。アウルスの気持ちもわかるんだ。だから家まで送ってもらえ」

「わかりました。お願いします」


 確かに迷惑かけられたのは本当だから、家まで送ってもらってもいいかな。

 やっぱりあのガマガエルのことを思い出すと、吐きそうになるし、震えそうにもなるから、誰かと一緒にいたほうがいいかも。


 そうして、私はヘンドリックス様が手配した馬車で戻ることになった。

 馬車に乗るのは私一人で、ヘンドリックス様は御者の隣に座るらしい。

 そこまで配慮してもらってありがたい。

 馬車は貴族専用で、揺れもすくなく、座り心地もよくて、いつの間にか私は眠りに落ちていた。


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