1-2【顔のない被害者】
「さて……君たちに担当してもらう案件だが……」
そう言って京極はデスクに資料を放り投げた。
「実を言うと被害の詳細がさっぱりわかんない……!!」
そう言い放つ京極に真白は目を丸くし、犬塚は大きな舌打ちをする。
「魔障反応は出てるんだよ? それなのに《《被害者が見当たらない》》……!! 魔障反応の周辺調査でも、これと言った怪しい家族や、虐待されてる風の児童も見当たらない……!!」
「たまたまその場を通り過ぎた悪魔憑きに魔障探知機が反応した可能性は?」
真白の言葉に京極は首を振った。
「一回きりの反応なら僕もそう判断しただろうね。でも魔障反応は一度きりじゃない。しかも虐待特有のトラウマ波形もバッチリ出てる。これはおそらく突発的な虐待じゃない。非常にクレバーな悪魔憑きの仕業だよ……」
犬塚は投げ出された資料を手に取ってパラパラと中をめくった。
「資料は後で確認してくれ。それよりも今大切なのはこっちだ……」
そう言って京極は二人に一枚の書類を手渡した。
「今回のケースでは《《トラウマ》》の使用を一部許可する。《《公共の福祉に反しない範囲で》》……だ。それに合意出来るならサインしてくれ」
そう言って京極は深く椅子に腰掛け直した。
「捜査の方法は君たちに一任する。本格的なバディでの初仕事だ。神の祝福があらんことを」
署名した用紙を京極に手渡すと、二人は空き部屋に移動し、広げた資料に目を落とす。
「どこから手を付ける?」
犬塚が言うと真白は右手の甲に左肘を乗せ、口を手で覆い資料の地図を睨んだ。
「魔障反応があった地点はこの中学校の校区です。おそらく《《丸待》》はこの中学校にいます……」
「何で中学なんだ? 根拠はあんのか?」
「被害者が《《いないから》》です。小さな子どもの虐待は親からの暴力に偏りがちです。肉体的アビューズなら周囲の大人が虐待に気づく可能性が高い」
「ほう……」
犬塚が資料を見つめる真白に目を細めると、真白は資料から目を上げ静かに言葉を紡いだ。
「それに……たとえ虐待を受けていても、子は親を庇うものです……おそらく丸待自身も虐待されていることを巧妙に隠しているんじゃないでしょうか……?」
それを聞いた犬塚の顔にほんの一瞬だけ暗い影が差した。
やがて小さくため息をつき低い声を出す。
「それがガキってもんだ……悪魔みたいな親でも、くそみてぇな愛着があんだよ……」
真白は犬塚の目をまっすぐに見つめて頷いた。
「今回のケースは精神的虐待がすでに長期化している可能性が高いです……!! すぐに出発しましょう……!!」