1-12【虎馬憑き】
人混みを縫うように犬塚は宮部のニオイを追って進んでいく。
犬塚曰く、彼にとってのニオイとは本体の分身のようなものらしい。
それは立体的で時系列によって濃度を変える。ゆえに過去の動きを如実に語るという。
そのうえ場合によっては緊張や喜怒哀楽さえも読み取れるというから恐ろしい。
それを聞いた真白は顔を顰めて犬塚に言うのだった。
「先輩……それ、絶対わたしに使わないでくださいよ……?」
「使わねえよ……興味もねえ……」
虎馬……
それは祓魔師達が持つ異能の名だ。
虎馬は幼少期に魔障絡みの《《酷い傷》》を負うことで発症すると言われている。
発症に必要な傷は肉体的、精神的の区別を問わず、発現する異能は人によって様々だった。
詳しいメカニズムや発症条件はまだまだ不明瞭な部分が多いが、聖教会はそんな虎馬を有する者達を、哀れみと皮肉、そして畏れを込めて《《虎馬憑き》》と呼んだ。
虎馬は大きく分けて二種類に分類されている。
ひとつは《《すでに存在するもの》》を強化する虎型。
もうひとつは《《存在しない能力》》を付加する馬型。
真白はそれ以上深くは尋ねなかったが、これまでの挙動から犬塚の虎馬は嗅覚を強化する虎型なのだろうと推察する。
ちらりと盗み見た犬塚の鋭い目つきがまるで猟犬のようで、真白はそれが自身の推察を裏付けているような気がした。
真白がそんなことを考えていると犬塚は一軒のキャバクラの前で立ち止まった。
「ここだ……」
GIRLSPARADISE
そう書かれたきらびやかな看板を見上げて犬塚がつぶやいた。
「本当にこんなところに宮部くんが……?」
「ああ……間違いねえ……それに……《《まだ中にいる》》……!!」
そんなやり取りをしていると、ボーイが訝しそうにこちらを見ている。
真白はそれに気がつくと純白のロザリオを掲げてボーイに近づいていった。
「魔障虐待対策室所属、壱級祓魔師の辰巳です。少年を保護しに来ました」
ボーイは大きくため息をついて、やつれた顔で答える。
「勘弁してくださいよ……ガキの次はエクソシストかよ……」
「おい……」
そう言って犬塚はボーイの胸ぐらを掴んだ。
「余計に面倒なことになりたくなかったら、さっさとガキのところまで案内しろ。嫌なら無理やり入ってもいいんだぞ……?」
ボーイは両手を上げて泣きそうな声で言った。
「わかってます……!! わかってます……!! すぐに案内しますから……!!」
こうして二人は薄暗い店内に入っていった。
すると奥まった位置にあるシートに腰掛ける宮部の姿が目に留まる。
宮部は手にオレンジジュースの入ったグラスを固く握りしめ、緊張の面持ちを浮かべてはいるものの、隣に座った嬢に頭を撫でられて、まんざらでは無いようにも見える……
「おい……これはどういう状況だ……?」
そう耳打ちした犬塚に真白が首を振る。
「わ、わたしが知るわけないじゃないですか……そ、それに、それを調べに来たんでしょうが……!?」
嬢が身に纏う胸元の大きく開いたドレスと、そこから覗くグラマラスな双丘に、同性でありながらも真白は目のやり場に困ってしまう。
品行方正に生きてきた真白にとって、夜の世界はどうやら刺激が強すぎたらしい。
《《しどろもどろ》》になりながら犬塚にそう答えると、真白は咳払いを一つしてから宮部のいるシートに向かった。
「宮部くん、こんなところで何してるの?」
そう尋ねると、宮部は飲みかけのオレンジジュースを机に置いてうつむき加減に答えた。
「父さんに会いに来たんだよ……」