第96話 獄炎
バレンさんの炎が天高く燃え上がる。その勢いはキャンプファイヤーよりも建物火災よりも、火山が噴火した時よりも規模が大きかった。
この炎をどう操るのか? それすらも考えさせてくれない紫炎が、ハエトリグサの触手を燃やしていった。
「す、すごい……」
俺は無意識にそう呟いていた。ヤサイダーも完全に棒立ちになっている。この怒り狂った炎はどこまでも青く、そして眩しく輝いていた。
バレンさんはあんなに暴走して熱くないのだろうか? 絶対熱いに決まってる。よく見ればアバターから煙が出ていた。フィールドのは真っ青に染まる。燭台もだんだんと溶け出していた。
これではリアルと変わらないじゃないか。このままではゲームが壊れてしまう。サーバーはこの異次元の現象を処理できているのだろうか?
「カケルくん」
「なんですか?」
「バレンってね。僕でもわからないんだ」
「GVさんでも?」
「うん。そう。僕でも彼の沸点がどれくらいなのかわからない。あんな風になったらゼレネスの香りで沈静化できるんだけど、さすがにゲーム内には持って来れないからね」
俺はわかる。何故かわかる。バレンさんが吠える。炎が唸る。触手が燃える。焦げた臭いが充満する。
炎が脈動する。まるで大蛇のように。触手も負けるものかと掻い潜る。バレンさんが再び吠えた。
どんどん激化していく、この攻防戦。本当に彼だけの戦いになっている。
「あの調子だと討伐してしまうかもね」
「それじゃあ、ラストアタックのアイテムは……」
「違うものになるかもね」
それだけはしたくない。その時には俺は炎の渦に飛び込んでいた。この炎は熱判定があるようだ。兎アバターの体毛が焦げていく。
HPゲージに近くを見るとそこには火傷のデバフが付いていた。それもただのデバフでは無い。
「ザコ! 入って来んじゃねぇ!」
「けど、これではヤサイダーとの約束が……」
「知るもんか! あんな敵の味方になんざなりたかねぇっての!」
「し、仕方ないだろ! たしかにバレンさんの攻撃は強い。ケイが言うには敵のHPは半分を超えた」
俺はバレンさんを説得する。それに反論する彼はさらに炎の勢いを強めた。このままでは、仲間のHPまで削られてしまう。
ケイが継続的に回復魔法を唱えている。同じようにGVさんとアレンさんも唱えている。サポートタイプでは無い彼らの回復量はとても少ない。
だからいつまで持つかは分からない。バレンさんのHPも残り少ないはず。だけど、そんな状況にも関わらずさらに深いところへと隠れてしまう。
追いつけない。追いつかない。彼の暴走は止まらない。三度吠える。まるで本物の獣のようだ。
フィールド上に響く異様な笑い声。時間が経つに連れて壊れていく感情がこちらまで伝わってくる。
「GV! どうにかできないんですか!!」
「ゼレネスがない以上無理。ほかはフォルテさんに頼む方法だけど、今はオフラインで不可能!!」
「じゃあ、どうすれば……」
ヤサイダーももう跪きもう目的が達成出来ないんじゃないかという、悲しい表情をする。よく見ると口が少し動いていて、どうやら歯を食いしばりながらもきしらせているようだ。
そこまでランスが欲しかったのか……。そんな思いがこちら側まで伝播してくる。全員が戸惑っている。ただ1人バレンさんを除いて。
「ケイ。どうにかできないのか?」
「僕も無理だよ。あそこまで熱が入るといくらリーダーの僕でも対処できないから」
「そんな……」
「でも。ここは僕が責任を持たなくちゃ……。責任を……。片翼様みたいにはできないけど。今まで以上に大きな責任を……」
「ケイ!?」
「僕が頑張らなくちゃ……。みんなを引っ張らないと……」
ケイの様子がおかしい。よくよく考えれば昨日からおかしかった。魔力が暴走して、意識を失った。失う前から。
この状態が続けばまた彼の魔力が暴走する。そんなことが起こったらバトルどころじゃなくなる。
だけど、ケイは自分が一番上野立場にいることに関してかなり重く見ている。だから、責任を背負いたい気持ちが強くなる。
俺は彼に手を伸ばす。なのにみるみるうちに彼が遠く小さく見えて、手が届かない。もう、自分とは別の場所にいる存在のように見えてしまう。
俺は何をすればいい。俺は何を選択すればいい。俺はどんな決断を下せばいい。俺はどんな行動を起こせばいい。
そんな事を考えてる俺はいったい何様なんだ。考えれば考えるほど自分を見失ってしまう。見失って、自我というものとは大きく離れていってしまう。
この状況をどう打開すればいい。この状況をどうひっくり返せばいい。どうすればバレンさんを止められる。
ケイの魔力暴走をどうすれば引き起こさずに済む。どうすれば……。どうすれば……。
「どうすればいいんだァァァァァァァ!!」
「カケルくん!?」
「「カケル!!」」
「カケルさん急にどうしたんすか!!」
――『大丈夫。ぼくがついてるよ。お兄ちゃん』
(澪……)
――『ぼくの発言を信じて……。ぼくが指示した事をみんなに伝えて……。その紋章のリミットを解除するから』
(リミット解除?)
――『そう。この紋章が見れるのは過去だけじゃないから……』
(わかった。頼む澪!)
リミット解除がどんなものかはわからない。だけど、澪が手伝ってくれるなら問題ない。俺と彼は血の繋がった家族でかけがいのない仲だ。
「ケイ! ここからは俺が指揮をとる」
「え? でも、君じゃ……」
「大丈夫だ! みんなここからは俺にしたがってくれ!」
「「ラジャー!!」」
「紋章! リミッター解除。全能力解放!」
(澪行くぞ!!)
――『了解!』
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