第91話 不死身の明理
上野周辺の対処が終わり、警戒アラートが解除された。今日は何もない日だけど、今いるメンバーでお茶会を開くことになった。
結人さんが北海道のあとにちょこっと京都にも行ったようで、そこで新しい抹茶を買ってきたらしい。現在彼がお茶を丁寧に点てている。
結人さんは和食が好きとのことで、この前の餡掛けオムライスは和食の次の次らしい。だから、本当の話だと俺たちに合わせてやってくれただけとのこと。
この家には茶器も20人分用意されてるようで、もちろん明理さんや亜蓮さんの分もある。きっと大樹がいたら気絶してただろうなと思ってしまった。
「はーい。お抹茶人数分できたよ。あと、たしかここに……。あったあった。カステラも切っとくね」
「わざわざありがとうございます。ここまでしていただいて」
「いいよいいよ。全然大丈夫。このカステラもそろそろ食べないとって思ってたからね。あ、明理さん、たい焼き」
「わかった」
そう言って明理さんも亜空間から人数分×2のたい焼きを取り出した。片方が天然たい焼きでもう片方が養殖たい焼きとのこと。本当に食べ比べセットを買ってきたらしい。
「こんなに。かなりお金使ったんじゃ……」
「大丈夫。こう言っちゃおかしいけど私大富豪だから。ニートだけどね」
「に、ニートの大富豪……」
やっぱり何かがおかしい。ここの家族は頭がおかしい。みんなが普通の人じゃないのはたしか。こんな変わった人の集まりがいていいのだろうか?
俺は天然か養殖かを考えながら、先にいつも食べなれている養殖を食べることにした。
中身はカスタードクリームだった。ほんのり甘くて、口の中に雲が詰め込まれていくような感覚になる。まるでお花畑だ。
次に口直しとしてカステラを食べる。これはまあ普通のカステラだった。甘さ控えめで、特に感想として言えることがない。
そして、甘いのに甘いのが重なったところを、肌と同じくらいまで冷めた抹茶で綺麗に流す。結人さんの磨きがかかった抹茶はだまりも味が偏った部分もなく、とてもふんわりと柔らかい仕上がりになっている。
抹茶を半分残し最後に天然のたい焼きに手を付ける。まず生地が違った。養殖たい焼きはとても柔らかい縁日で見るようなものだったが、天然は少し硬くて生地も薄い。
口に入れると生地はゆっくりと溶けていった。
「美味しかったです。ありがとうございます」
「喜んでくれて嬉しいよ。久しぶりに抹茶用意したからね」
「そうなんですか!?」
「うん。しばらく忙しくて……」
「なるほどです」
なるほどじゃない。彼は最近ゲームに夢中らしく、景斗によると論文も全く完成していないとのこと。どうやら、資料や比較対象がないようで、手が付けられていないのだとか。
それでも、景斗の瞳の研究や治療法。バレンの血のことなどを研究しているとのことなので、"いつか"は完成するのかもしれない。
「あ、そうだ。明理さん。例のもの準備できたよー」
「例のもの? って何ですか?」
「あ、翔斗くんはわからないよね。猛毒だよ。今明理さんの体質を改善するためというか、どんな毒が一番危険なのか? っていうのを、明理さんのお兄さんが知りたがっていてね」
「で、でも。それじゃあ明理さんが死んじゃいますよ!」
その言葉を聞かずに、結人さんは透明な液体が入った容器を用意した。それを管と繋げて針と繋げて、明理さんの左腕の血管に差し込んだ。
液がどんどん明理さんの方に入っていく。頭にはなにか機械を取り付けていて彼女の眼は見えなくなっていた。
「その機械はなんですか?」
「ああ、これ。脳波を計測する機械だよ。これを使うと、自動でデータが僕のパソコンに転送される。そのデータを明理さんのお兄さんに提供する。明理さんは死ぬことは決してないから」
「ど、どういうことですか?」
「それはね。彼女は不死身なんだよ。毒だってすぐに解毒して無力化させてしまうんだ」
俺は余計に言葉の意味が分からなくなってしまった。明理さんが不死身……。
「明理さんどう?」
「うん、いい感じ」
「じゃあ、僕もパソコンで結果見てくるね」
「わかった。ところでお兄ちゃんから頼まれてる毒はこれだけ?」
「まだあるよ?」
「了解!」
お兄さんの思考が異常すぎる。普通自分の妹にこんなことはしないだろう。だけど、明理さんの表情はとても笑顔だった。
毒を摂取すると普通は死ぬ。トリカブトだったら、ほんの数分で死に至る。今回の実験でどんな毒を使用したのかはわからないが、あんなに笑顔を見せられると正直困ってしまう。
「よし。データしっかり取れてたよー」
「良かった。じゃあ次お願いします」
「オーケー。次はー」
「改良劇毒化ゼレネスですよね? たしか、こっちの世界にも持って来れるように遺伝子調整したものの」
「そうそう。ちょっと液を抽出して……」
「いや、そのまま食べます」
そのまま食べる? しかも劇毒だから死亡確率が非常に高い。結人さんは明理さんの意見に従うようで、亜空間から大量の花を取り出した。
明理さんはそれを一心不乱に食べる。脳波を測定する機械を付けたままの状態で。まるで大食い競走だ。
「はいっ。ご馳走様でした」
「お疲れ様」
「うん。にしても劇毒ってのもあって、解毒にかなり時間かかったよ」
「あははっ。体調はどう?」
「大丈夫。でも、今回のゼレネスは口の中がヒリヒリしたかな」
(いや全然大丈夫じゃなさそうなんだけど)
この人の身体いったいどうなっているんだ? いまいち原理がわからない。彼女の身体事態が毒を受け付けない。つまりあれか。俺が生まれる何十年も前にテレビで放送された、異能力家族のスパイアニメに出てくる末っ子のあれか?
でも、あれは生まれつきの特性だったはず。そしてまた別の世界の物語だ。たしかにこの世界も不思議なことがたくさんあるが、あんな超人じみた人がいるはずもない。
「さて、今回のデータ収集は明理さんの体調も考えてここまで。あとは僕が情報を整理してお兄さんに送るね」
「了解です。じゃあ、私はお風呂入ってゲームしてきます。あっちの世界に行ってる間、ビースト・オンラインしか遊べなかったので」
「そうだね……。未審査のゲームソフト……。景斗が1人で捌いてたから、寝不足が酷いみたいでさ……。流石に明理さんみたいにはできないー! って嘆いてたよ」
「あ、あはは……。別に私の真似しなくてもいいのに」
その言葉に、一番目立ちにくい席に座っていた景斗が、指の腹を机に押し付ける動作をする。
どうやら少し機嫌を悪くしたらしい。多分明理さんが『真似しなくても』と言ったことで、自分の頑張りを否定された気分になったのだろう。
「い、いや。景斗が私の負担を減らすために頑張ってくれたのは嬉しいよ? ただ、私とは体質が違うから景斗の体力的にも大変なんじゃないかって思っただけ……。だから……」
「片翼様……」
「だから景斗。私のことはママでいいんだよ」
「でも、片翼様は片翼様です……!」
「景斗ぉー?」
「ッは、はい……。お母様……」
「それでよし」
そんなこんなでお茶会は幕を閉じた。明理さんはビースト攻略時間まで別のゲームで遊ぶらしい。
亜蓮さんはトレーニングルームで40km走るとのこと。結人さんは論文執筆の続きをするのだとか。
俺は景斗の点字について勉強したかったので、俺と景斗と明理さんは同じ部屋へと向かった。
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