第67話 澪の夢
お母さんの誘いで買い物を終え、自宅に帰り、夕食を食べ、一連の流れを済ませた俺は自室で独り床に寝転んでいた。
景斗の部屋よりも落ち着いている感のあるレイアウト。やっぱり整理された部屋は気持ちがいい。
空間魔法の練習は1人になれるこの時間にすることにした。できるだけ高頻度で小亜空間を出現させられるようにならないと、せっかくもらった短剣がガラクタになってしまう。
だけど、ゲームもしたい。アリスとメルの様子が気になる。ちゃんと拠点で待機してくれているだろうか?
もしアンデスでの時のことが起こったらこっちが困る。そうならないことを願うと、俺は左手甲を見る。あの時結人さんは俺に何をしたのだろうか?
「紋章……か……。俺の紋章はどんな効果なのかな?」
俺はボソッとつぶやく。他の人はいない。部屋の真ん中で天井を見上げる。机の棚には高校の教科書。
その上には俺が昔好きだったヒーロー戦隊の大判ポスター。もっと詳しく説明すると、10年前の覆面ライダーで、水色で複眼のような大きな瞳をした仮面が特徴的なもの。
物語はどんなものだったか忘れたが、確か記憶を食べる悪役を倒して住民の記憶を回収し戻していくというものだったはず。
完全にうろ覚えだが、澪とも一緒にまねっこしていたような記憶がある。
昼食の時。結人さんから"大切なものは何?"と聞かれた時。澪の名前がすっと出てこなかった。
むしろ弟の存在すら忘れていた。景斗さんの助け舟がなければ、何ひとつ答えられなかったかもしれない。
「ブルーレイ残ってるかな?」
覆面ライダーの特撮ドラマが見たくなり、俺は透明なCDボックスを引っ張り出す。戸棚の上には個人用のテレビ。
景斗さんの家と比べるとかなりコンパクトで画面も小さい。というより、俺は3人家族。元々は4人家族だった。
家にはそれぞれ個室があり、俺の部屋は2階。すぐ隣には澪の部屋になるはずだった空き部屋がある。今は物置になっていてお父さんの趣味の骨董品置き場になっていた。
両親も澪はいなかったというような表情をしていて、澪の話題は一切出さない。それが2年も続いている。
「あ、あった……。うわぁっ! 裏傷だらけじゃん……。俺そんなにこのドラマ見てたんだ……」
俺は引っかき傷やマジックペンの跡が残っているブルーレイディスクを見て呆然とした。
この状態では正常に映らないだろう。覆面ライダーのドラマを見るのは諦めることにした。俺は、眠くなる前に空間魔法の練習を始める。
しかし、結人さんの説明が大雑把過ぎてどこをどうやるのかいまいちわからない。きっと彼は感覚を頼りに習得したのだろう。凡人の俺には無理だった。
俺は空間を開くイメージをすることに意識を向ける。だけど、空間を開くイメージがどういうものなのかわからない。何度も挑戦するが小亜空間は開く様子もない。
それもそのはず、俺が景斗さんの家でできた回数は3回ほど。それも最後の最後にできたような感じだった。魔法は架空のものだと思っている以上普段使いすることは難しそうだ。
しかし、人の思い込みはそう簡単に覆されるものではない。日々のイメージトレーニングがかなり重要になってきそうだ。
「ダメだ……」
そう言って俺はベッドにダイブする。ふっかふかのマットレスと毛布が俺の身体を包み込む。
そしてだんだんと眠気が襲ってきて、気づけば見地らぬ平原に立っていた。この平原はビースト・オンラインの中? いや違う。これは夢だ。
思えば結人さんは紋章を手に入れて最初に見る夢が効果の全容を説明してくれると言っていた。だから、この平原にいるのかもしれない。
すると、奥の方から1人の少年が歩いてくる。黒髪の短髪で俺と似たような見た目をした人。それは澪しかいなかった。
「久しぶり。お兄ちゃん」
「澪。なんでここに?」
「うーん。ぼくもわからないや。気づいたらここにいたから」
澪は何も知らないようなそぶりを見せてあらぬ方向へ視線を向ける。澪は2年前に死んだ。
だけど、そんな彼が俺の夢の中にいる。今までこんなことは起こらなかった。だけど、これも紋章が引き寄せたもの。俺は思わず溺れそうになる。
澪といられるなら、ずっと一緒にいたい。けれどもそんなことはどう足掻いても叶わない。叶うはずもない。
この夢はいつかは幻想になる。幻想は妄想になり。真実を知った直後に消える。 そんなことはしたくない。したくないけど。
「もしかして。この世界で会うのは初めて?」
「お、おん……」
「だよね。ぼくもずっとお兄ちゃんに会いたかったんだけど。もうこの世にはいない。いられないから」
「だよな……。ごめん。一緒にいられなくて……」
「ううん。いいんだ。ぼくもよく理解していたから」
そう言って、澪はその場にしゃがみ込む。どこか寂しそうな表情に俺は心が痛くなった。
澪は病院でずっとこのような思いをしていたのだろう。病院内の年齢制限で親しか面会ができなかったので、たまに帰ってくる時しか一緒にいられなかった。
俺がもっと年上だったとしたらワンチャンあったかもしれない。だけど、神様の悪戯のように絶妙な年齢差で会えなかった。
「澪?」
「ううん。なんでもない。ぼくは大丈夫だから」
「そ、そう……。って思ったけど。何か隠してたりしてないか?」
「あはは、バレちゃった。その紋章」
澪は俺の左手甲を指さす。そこには翡翠色に輝くルーン文字があった。紋章が反応している? それよりも前になんで澪は紋章の存在を知っているのだろうか?
「おにいちゃん。実際に会えたんだね。神様に」
「神様?」
「うん。結人お兄さんに」
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