第52話 蜘蛛の繭
バレンさんが俺の横に立つ。アリスは後方から氷の槍を飛ばしてくる。炎は俺たちの肌を焼く。一歩間違えれば、俺のアバターやバレンさんのアバターの毛や、アリスの皮膚を焦がしてしまいそうだ。
しかし、そこはしっかり調整できているのかダメージは入ってこない。俺は拳を勢いよく振り、女郎蜘蛛にダメージを与える。バレンさんは鋭い爪で引っ掻く。肉薄すれば肉薄するほど、敵の装甲がかなり硬いものだとわかる。
まだ柔らかい部分が見えてこない。これはゲームの仕様なのだろうか? たしかに、見た目変化なしで肉質が柔らかくなるゲームもある。
だけど、今までケイの一撃必殺で撃退してきた敵。それもあるので肉質変化をするゲームなのかわからない。
「こいつ。きりがねぇな……。ったくめんどくせぇ……」
バレンさんが嘆く。俺だって早く終わらせたい。だけど、ここまで厄介とは思わなかった。
(どんだけHPあるんだよ!)
と女郎蜘蛛に言いたいが相手はAI制御されているもの。アリスみたいな存在ではないボスは、聞いてくれるはずもない。
だんだんバレンさんが疲れてきたのか炎の威力が低下し始める。敵はそれと同時に背を天に向け起き上がった。
ここから女郎蜘蛛の反撃が始まる。俺は散開するように指示を出すと、正三角形を描くような間隔で退避した。
遠距離攻撃ができるバレンさんとアリスは攻撃を続け、俺は敵の次の行動を予測する。蜘蛛は身体を大きくのけぞらし、初めて見るモーションを開始する。
すると、遠距離攻撃組の攻撃が弾かれ始めた。よく見ると薄いバリアのようなものが張り巡らされていた。
「攻撃中止!」
「あいよ!」
「わかりました」
俺は仲間の体力温存を優先にする。対して女郎蜘蛛は繭を作るかのようにバリアの内側を糸で覆い始めた。
これを見ているだけでいいのか?
そうしているわけにはいかないことはわかっている。俺は繭ができるのを待つか、バリアの破壊を優先するか考える。
このままでは時間がもったいない。俺はバレンさんと再び協力することにする。
フロアを埋め尽くしていた紫炎は完全消火されていて少し薄暗い。バレンさんもこれ以上紋章の力は使いたくないはずだ。
だけど、こちらには炎魔法使いがいる。この状況を打開するにはやはりアリスの手伝いが必要不可欠。
まずはバリアの破壊だけど、このバリアにはダメージ判定があるのかわからない。このゲームのもう一つの欠点。それはプレイヤーを除いた敵のHPが表示されないということ。
よく考えれば、カブトムシ戦はある意味ではケイのオーバーキルかもしれなかった。オーバーキルというのは、敵のHPの残量値を大幅に超過させて倒すことを言う。
俺にそれができればと思うと想像がつかない。
「ザコ。こっからどーすんだよ?」
「まずは、もう少し待とう」
「ま、待つだと?」
「はい。先に俺が敵のバリアにダメージ判定があるかを確認します。ダメージ判定があれば少しヒビが入ると思うので」
「ふーーん。好きにしろ……」
俺は一人女郎蜘蛛に近づく。実はここに来るまでの間に、攻撃系スキルを獲得していた。今はそれを試すタイミングでもある。
敵は見上げるほどに大きかった。その分ドーム状のバリアも巨大で、真正面から見た限りだと非常に頑丈そうだ。
「さて、新技使ってみますかね……」
今まで個人的に使ってた"ラビットフィスト"。正直俺のネーミングセンスがそのまんま過ぎて、半ば心の中で笑っていた。でも、今回使うのは、運営側が設定したスキル。
スキル名は"ストロングブレイク"。まあ、意味をそのまま解釈すると強攻撃なのは間違いない。ただ、この位置から繰り出しても無駄になる。
次回使用のクールタイムは約2分ほど。かなりの長さに扱いどころが困るが仕方ない。
俺は高く跳びあがる。バリアの弱点と言えばドームのど真ん中。天井部分の中心だと思う。
「ここで方向転換して……。見えた!」
ドーム状のバリアのへそに黄色い点を見つける。ここを攻撃してくださいとでも言っているような姿に、俺は右手で握り拳を作った。
そのまま手を開かずに中心部に向けて急降下する。
「ストロングブレイク!」
スキル名発声とともに殴りつけようとすると、右拳は青紫色のエフェクトを纏ってバリアの真ん中にヒットした。
その勢いに負けたのかバキバキと音を立てて崩れていく。これでバリアの破壊が完了。俺は攻撃再開の指示を出す。
バレンさんも疲れが少し取れたのか、紋章を改めて発動していた。そう気づけた理由は、彼の身体が激しく燃えていたからだ。
「こっちはいつでもいけっぞ!」
「それじゃあ、繭を燃やしてください。アリスも火属性魔法でバレンさんの補助を!」
「カケルは?」
「俺は繭には直接攻撃できないから破壊が完了するまで待機する。行動はしっかり確認しておくから大丈夫」
「わかった。バレン。手伝います……!」
「へーい」
バレンさんのやる気ゼロ反応。しかし、彼の炎は嘘をつかなった。ものすごく燃え盛るとともに、繭へ着火する。
糸はみるみるうちに消え、ほぼほぼアリスの出番がないまま女郎蜘蛛が姿を現した。
「バレンさん。アリス。ここからはこっちの番だ! 行くぞ!」
「分かりました」
「あい、ザコ」
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