第51話 女郎蜘蛛の巣窟
バレンさんが『落とす』と言って1分後。彼の身体は女郎蜘蛛の巨体に隠れていて見えなかったが、バンッという破裂音が空間全体に響き渡る。女郎蜘蛛は8つの脚を意図に絡ませているのか、なかなか落ちてこず、何度も何度も音がしてきた。
「こいつ! なんで落ちねぇんだよ!」
バレンさんが女郎蜘蛛に向かって怒鳴りつける。それよりも巣に近い場所でくっつかないのか心配した。蜘蛛の巣には経糸と横糸がある。蜘蛛は基本粘着性のない経糸を通って移動し、横糸に着いた虫を食べている。このゲームにも反映されているのかと気になっていた。
バレンさんは降りても来ないし、女郎蜘蛛はびくともしない。この状態で倒せるのだろうか? ここは俺も行った方がいいと思い、足に意識を集中させる。アリスを地上に残すことになるが仕方ない。
俺は高く跳ぶ。女郎蜘蛛に近づいていく。その巨体は現実世界のクジラと同じくらい大きかった。まずは方向転換するために壁を探す。今いる位置から右側に一番近い壁があったので、ビーストモードの特性を活かし移動。
そして、女郎蜘蛛の腹に潜り込む形をイメージして角度調整し女郎蜘蛛に近づいた。よく見ると蜘蛛の巣がちゃんとある。それもフロアの天井全体に張り巡らされていた。
「バレンさん! なんで紫炎を出してないんですか?」
「なんでこんなやつに使わなきゃいけねぇんだよ!」
「それは……」
バレンさんが俺の言うことを聞くかはわからない。そもそも、バレンさんは俺のことをしっかり認めたわけじゃない。だから、不安が先に出る。どう指示すればいいのか余計に考えてしまう。
「バレン。カケル。大丈夫ですか……!」
地上から俺たちを気にかけるアリスの声。それよりも、俺は横糸に触れないように蜘蛛の腹部を移動しないといけないため、反応してバランスを崩したら意味がない。
俺はようやく女郎蜘蛛の顎のあたりまでたどり着く。頑丈そうでパクパク動く口。現実世界では自分よりも何倍も小さい蜘蛛だけど、ここまで大きくなった蜘蛛の口を見ると身の毛がよだつほど気味が悪い。
蜘蛛が身体を震わせる。口元に白い何かが集まっていく。俺は攻撃せずにそのモーションを眺めた。敵の動きが止まると巨体が俺の方へ近づいてくる。押しつぶされそうになりながらも、地上の方を見た。
「アリス! フロアの中心から外れてくれ!」
「わかった!」
俺の指示でアリスをフロアの中央から壁の近くに移動させる。直後女郎蜘蛛の口から細長い糸が勢いよく飛び出した。それはうねうねと脈動し壁のすぐそばで待機するアリスに迫っていく。
この時俺はもう動き出していた。女郎蜘蛛の腹部から飛び出すと空中蹴りで落下速度を上げて蜘蛛の糸よりも速くアリスのところへと目指す。
しかし、蜘蛛の糸に追いつけない。いくら落下速度を上げても間に合わない。そしてその糸はアリスを俺と一緒にからめとった。
べたべたとくっつく感覚に気持ちが悪くなる。加えてひとまとまりになる形で俺とアリスがいる状態。一緒になれて嬉しい反面行動不能になるとは思わなかった。
やっぱり俺は馬鹿なのだろうか? ケイのように頭が回らない。何を理由に副団長になったのかはわからない。加えて、俺が副団長になることに対してバレンさんは反対しなかった。
(そうだ!)
「バレンさん。蜘蛛は一旦諦めて、俺とアリスに絡みついている糸を燃やしてください!」
「はぁあ?」
「だから燃やしてほどいてください!」
これでいいのだろうか? たしかフォルテさんが使った雷は威力調整さえすればダメージは受けなかったはず。それがバレンさんにもできるのなら、この方法は有効かもしれない。
バレンさんが女郎蜘蛛の身体の裏から顔を出す。身を乗り出したと同時に彼の身体が紫色に包まれた。女郎蜘蛛が落ちてくる。それに合わせるようにバレンさんが降りてくる。
落下するのはほぼ一緒で俺とアリスは砂埃が起こるだろうと目を瞑る。刹那ドスンという地響きが発生しフロア全体が上下に揺れた。
「カケル。バレンは……」
「大丈夫。きっと」
そう俺が言った時、女郎蜘蛛が紫炎で見えなくなる。バレンさんがいるとしたら俺たちの反対側。でも、なかなかこちらへやってこない。
紫炎が迫ってくる。フロアが炎の海になっていく。まるで髑髏でも浮いてそうな空間と化した戦場に俺は彼の凄さを知った。
炎はやがて俺とアリスを囲んだ。女郎蜘蛛が放った糸が燃えていく。拘束状態から脱することに成功した俺とアリスは、バレンさんがいるであろう場所へと走る。
女郎蜘蛛は炎に飲まれたまま悶えていた。バレンさんは紋章を使うタイミングを見るのに加えて威力調整が苦手なのだろうか?
今回は俺が指示して紫炎を放ってもらったが、彼はいい気分ではなかったかもしれない。
だけど、バレンさんがいたからこそ拘束を解くことができた。
バレンさんを見つけると俺は彼に火力制御を解除するように伝えた。すると彼はすぐに悟ったのか、女郎蜘蛛を高火力で燃やし始める。
俺は一人その中に入る。そこでひたすら殴りつけた。二度手間というのは分かっている。だけど、硬い肉質を壊して柔らかい肉質の弱点を焼く方がダメージが多く与えられる。
「ザコ! お前ひとりじゃ無意味だっつーの!」
「たしかにそうだけど……」
「このいいとこ無し。俺も手伝ってやる!」
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