第46話 バレンを黙らせる香り
それから先の結人さんの行動はとても速かった。亜空間という場所からどんどん道具を取り出し、作業を始める準備を進めていく。俺は無音ときどき大きめな音を聞きながら、ゆっくりと階段を下りていく。
最初結人さんの部屋を見たときは、ベッドと机と椅子が二つがあるだけだった。だけど、今は様々な道具が用意されていた。円筒状の容器や管など今後の様子がわかるラインナップ。
結人さんは楽しそうな様子だった。対して、なにかをされる側のバレンさんは逃げるのを我慢しようとしているのjか足が震えていた。
そんなにバレンさんの血液は特別なのだろうか。俺には全くわからない。状況からして血液検査とかではないみたいだけど。
「バレン準備は?」
「ま、まぁ……」
「なんか元気なさそうな感じだけどそのせいもあるのかな? 今日は本当に消極的だね」
「ただ単に今日提供する日ってのを忘れて、昨日からゲームをしてただけだ。こんなんでぶっ倒れてたまるかよ!」
「"あの花"の香りにはすぐ負けるのにね」
"あの花"とはどの花なのだろうか。俺は知ってる花の種類を引っ張り出してみる。コスモスやチューリップといった、花壇にあるような花から。バラやカーネーションなど季節的なちょっとお高めの花。他にも候補を挙げれば挙げるほど頭の中がお花畑になっていく。
そう考えてる間に結人さんはまた亜空間から何かを取り出した。出てきたのは黄色い液体の入った小瓶で、それを見たバレンさんは青ざめた表情で俺のいる入り口を見る。
バレンさんを黙らせる小瓶の中身。まるで蜂蜜のようにトロトロしている液は、結人さんが瓶を逆さまにしてもなぜかこぼれない。というよりも、どう考えても不自然だった。
あの有名な食品保存用ラップで逆さまにしてもこぼれないのは聞いたことあるけれど、瓶の蓋が開かないのは何か細工しているのかもしれなかった。
結人さんが半分ふざけながらバレンさんの周りで瓶をちらつかせると、ようやく蓋を開けた。その時も少し変わったことが起こっていた。
結人さんが蓋を開ける時、瓶のくびれ部分に模様が現れたように見えた。これも魔法の一種なのかもしれないと一度頭の端っこに置いておく。
次にその小瓶からしてきた香り。今まで嗅いだことのない、甘くもなくけれども全く香るわけでもない絶妙なもので、そして俺が知ってる花とは全く当てはまらない。
俺は一回瞬きをする。目を開けたときにはバレンさんは眠りについていて今にも椅子から落ちそうな状態だった。
「よし、これで準備は問題なしっと。えーと、こっちの接続は……。空気が入ると結晶化進むから……」
「結人さん。何しているんですか?」
目の前で起こっていることに違和感を感じた俺は結人さんに話しかける。すると結人さんは優しく微笑みながらこう言った。
「翔斗くん。もしかして見てた?」
「は、はい、結人さんとバレンさんが追いかけっこしているところからずっと見てました」
「そうだったんだね。騒がせちゃってごめん。今日のバレンはちょっとね……」
「今は寝てるみたいですけど、そのの小瓶中身って何なんですか?」
俺は蓋が外されたままの小瓶を指さして尋ねる。結人さんは液を指の先に着けると、俺の方に歩いてきた。
「これはね、僕が少し前にお世話になった異世界から持ってきた蜂蜜だよ。バレンはこの蜂蜜の元になってる花が苦手でね。すぐに寝てしまうんだ」
「ちなみにその花の名前って……」
「たしか、ゼレネスだったはず。こっちの世界には持ち込めないから」
聞いたことのない名前だった。俺は異世界という謎の場所に行く機会はないだろうけど、きっとそれなりの思い出があるところなのは分かった。これもリアゼノン事件の一つなのだとしたら覚えておいた方がいいかもしれない。
そうしているうちに、結人さんはバレンさんの右腕に採血用の針を刺していた。円筒状の容器とチューブでつながってる針。チューブはすこし下にたるませてある。
「ちゃんと隙間埋まってるかな? 漏れないように魔法で補助ををして……」
「何をしているんですか?」
「えーと、ただ普通にバレンの血液にある魔力の研究をしているだけだよ。あとは紋章作成だとか、あとは魔法具だったりとか」
「魔法具? それってファンタジー小説とかにあるものですか?」
なんだろう、自然と俺の口調が敬語になる。どう考えても俺と年齢が変わらなそうな見た目なのに、やはり景斗さんが彼のことを黒白様と呼んでいたからだろうか?
たしかに彼が放ってる存在感は誰よりも強かった。それに、バレンさんと追いかけっこしているときは、無詠唱で空間を移動していた。
人間離れしているのはこの家に住んでる人全員がそうだろう。だけど、その中でも結人さんは自由度が高い。というか何でもありだった。
「よし、これでしばらくは困らないかな? 針を外してすぐに消毒をして……。えーと絆創膏、絆創膏……」
「絆創膏ならここに……」
俺は偶然持ってた絆創膏を結人さんに渡す。結人さんは絆創膏を宙に浮かせ、中身を取り出しバレンさんの採血痕に貼り付けた。
でも、それでもバレンさんは起きない。深い眠りについているのか、今にもいびきをかき始めそうなくらい大きく口を開いていた。
そんな彼に結人さんはこれが日常の一部だというかのように優しく微笑んでいる。俺はやっぱり理解不能だった。
「さて、僕は君に付与させる紋章の作成に入るからちょっと退室してもらえるかな?」
「どうしてですか?」
「それは企業秘密ってものだよ。いくら魔法が使えない君でも種明かしされたら面白くないでしょ?」
「まあたしかにそうですね……」
「完成したら通信魔法で呼び出すから。それまでにバレンが起きてくれればいいんだけどね」
そう言って俺を外に出した結人さん。誰も触っていないのに閉まるドア。この家なんかおかしい。ものすごくおかしい。でもそれが楽しくもあった。
こんな非日常を味わっているのも俺だけかもしれない。そう思うとわくわくが止まらなかった。俺は結人さんの部屋のドアを少しだけ開く。そこでは結人さんが熱心に何かを書いてる最中。俺が見ていることに気が付いた結人さんは、こちらの方を見ると扉は再び無音で閉じてしまった。
そんなに見られたくないのなら、俺はまたゲームに潜り込むとしよう。一人3階の部屋に行って、大樹と景斗さんを踏まないようにベッドの真ん中に寝そべり、ゲーム機ををセッティングする。
「ゲームアクティベート」
そう言ってスリープ状態のアバターに意識を向けた。その時にはケイと責任者の口論に決着はついていた。
応援よろしくお願いします!!!!!!!!!!!!
採血痛いけど眠らせれば大丈夫!!!!!!




